第23話 出発
第3章の開始になります。
旅を通じて知り合いができたり、パーティーメンバーが増えたり、新しい魔法を覚えたり、盛りだくさんの内容になっていますので、ご期待下さい。
黄月も終わりに差し掛かり、収穫物の荷運びも一段落した。真白もこの世界の生活に慣れ、治療の依頼を受けたり宿屋の親父さんと新しいメニューの開発をしたり、充実した日々を送れていると言っていた。もちろんハンバーグは食堂の定番メニューになり、冒険者やライムにも大好評だった。野菜や肉などの素材は地球と違うはずなのに、それを感じさせない料理にしてしまったのは流石に真白だ。そして、ハンバーグに合うソースを開発した親父さんも凄い。
揚げ料理だけでなく焼いた料理や、石窯を使ったグラタンのようなものも試作していて、パン粉一つでこの世界の料理を大きく進化させている。そのおかげで宿屋で食べる食事も無料になり、他の街に移動するのに十分なお金がパーティー口座に蓄えられた。
俺の剣の扱いもそこそこ様になってきたので、いよいよ別の街に出発することにした。
◇◆◇
「今までありがとう、ここは本当にいい宿だったよ」
「道中気をつけるんだよ、またこの街に来たらウチを利用してね」
「ご飯すごくおいしかった、ありがとうございました」
「ライムに言われると嬉しい、食堂もマシロのおかげで大繁盛だ、こっちこそ世話になった」
「思う存分料理ができて嬉しかったです、それに旅の準備で厨房を使わせてもらって、ありがとうございました」
「……マシロちゃん、これお昼に食べて」
この世界に来てずっとお世話になった緑の疾風亭を出る時に、家族全員が見送りに来てくれた。なんとシロフの母親もこの場に現れ、真白にお弁当を渡してくれている。厨房に入ることの多かった真白は、すっかり仲良しになったみたいだ。
「わー、ありがとうございます」
「お昼たのしみだね」
「お弁当まで用意してもらってすまない」
「お母さんがみんなのためにって、すごく張り切ってたんだ」
「(///)」
シロフの暴露で顔を真っ赤にした母親は、親父さんの後ろに隠れてしまった。この世界での生活のしかたを教えてもらったり、三人部屋より安い値段で泊めてもらったり、お湯や食事代を無料にしてもらったり、この宿では本当にお世話になった。またアージンに来た時は、必ずここを利用するようにしよう。
◇◆◇
三人に見送られながら緑の疾風亭を後にして、次は冒険者ギルドに向かう。本拠を移しながらの旅になるので、この街からの転出手続きをしないといけない。竜人族の手がかりを探すのはもちろんだが、途中の街でも依頼をこなしていかないと、何かのトラブルが発生した時に資金が底をついてしまう。
それに、妹がこの世界に来たということは、一緒にいた仔猫が巻き込まれた可能性が高い。その子たちの捜索も同時に進めていきたいので、それぞれの街での滞在は長めに取る予定だ。
「いよいよ出発だな、リュウセイ」
「色々世話になった、ありがとうシンバ」
「またこの街に来たら顔を出せよ」
ギルドに到着すると、入口の近くにいたシンバが声をかけてくれる。いつもこの場所でギルド内を見回しているが、いつ依頼をやってるのか全くわからなかった。本人に聞いてみても「お前の知らない間にやってるだけだ」と言われて、具体的なことはさっぱり教えてくれない。
まぁ、彼がこうして話しかけてくれるから、ここのギルドでうまくやっていくことが出来たし、依頼を受ける時にアドバイスしてくれるので、助かっている冒険者も多い。次の街にある冒険者ギルドでも、シンバのような存在がいてくれたら、とてもありがたいのだが。
「マシロ、お前ならどの街に行っても大丈夫だ、みんなをしっかり癒してやれ」
「はい、ありがとうございます、頑張りますね」
「それからリュウセイはもっと体を鍛えろ、筋肉は絶対に裏切らないからな!」
「両手剣を軽々振り回せるくらいには鍛えてみるよ」
ギルドの冒険者からは“筋肉”と呼ばれている、治療担当の男性が声をかけてくれたが、何度見ても服がはちきれそうな鍛えっぷりは凄い。それに喋る時に大胸筋をピクピク動かすので、そっちに意識を取られてしまう。このギルドには鱗フェチや幼女好きがいるが、上層部がこれなので一癖も二癖もある冒険者が多く、その中でも彼はダントツだ。
「ライムちゃん元気でね」
「うん、行ってくるね」
「またこの街に来たら、頭を撫でさせてください」
「いいよー」
ライムは早めにギルドに来ていた子どもたちや、受付嬢から声をかけられている。窓口業務がほったらかしだが、ギルド内にいた人は全員近くに集まってるし大丈夫か。中には「撫で納め」と言いながらライムに近づいている人もいるが、クラリネさんもしっかり参加してるな。
「娘や孫のことではお世話になった、君たちの冒険が実りあるものになるよう祈っているよ」
「こちらこそ腕のいい職人を紹介してくれてありがとう、あの家はこれからの旅で大きな力になってくれる」
「オールガンさんのおかげで、旅の途中でもお兄ちゃんやライムちゃんに、美味しいものを食べてもらえます。本当にありがとうございました」
「ベッドも大きくてフカフカですごかった、ありがとうございますオールガンおじちゃん」
「君達の成し遂げたことに比べれば、大したことではないよ。娘たちのいる街に行った時には、またピアーノに会ってやってくれ」
オールガンさんの紹介してくれた職人は、非常に優秀な人だった。収納魔法のこともよく知っていて、俺の容量を検証しつつ最適な小屋を設計してくれている。収納魔法は入れる物の体積で消費するマナが決まるらしく、中に入ってるものや、その重量は影響しない。
そのため、日本風に言うと八畳くらいある直方体の小屋を作り、備え付けの棚やクローゼットと大きめのベッド、それにテーブルや椅子に簡易キッチンまで詰め込んだ、多機能ハウスが完成した。俺たちの希望も可能な限り取り入れてくれたので、玄関部分には日本家屋のような土間を作ってもらい、靴を脱いで中で過ごせるようにしている。
簡易キッチンには高級品であるコンロの魔道具も設置しているが、その費用はすべてオールガンさんが出してくれた。ベッドもかなり上等な物のようで、ライムも大喜びでゴロゴロしていた。
「これはギルドからの餞別だ、何かあった時に使ってくれ」
「ありがとう、ポーションは高いから助かる」
「またどこかで竜の鱗を見つけたら、この街まで持ってきてくれると嬉しい」
「見つけた時は収納にしまって、この街に来るまで置いておくよ」
ギルド長から、ポーションの瓶が数本入ったカバンを手渡された。ちょっと賄賂っぽい気がしないでもないが、せっかくの気持ちだからありがたく受け取っておく。色彩強化した真白の治癒魔法もあるが、こういった保険は多いほどいいので助かる。
「じゃぁ、そろそろ出発するよ」
「皆さん、色々ありがとうございました」
「いってきます!」
「またアージンまで来いよ」
「どこか別の街で会ったら声をかけてくれ」
「気をつけて旅を続けるのよ」
「ライムちゃん、またねー」
「困った時は筋肉に聞け」
「またお姉さんたちを癒しに来てね」
「ライムさんの温もりが遠ざかっていく……」
「鱗のことはくれぐれも頼む」
みんなの見送りを受けてギルドを出発する、いきなり飛ばされてきた世界だったが、みんないい人ばかりだった。変な人も多かったが。
こうして何の経験も後ろ盾もない俺たちが生活してこれたのは、この街にいる人たちのおかげだ。いつの日か必ず、アージンの街には戻ってくることにしよう。
◇◆◇
最初にお世話になった門番の男性にも挨拶しようと思ったが、今日は休みのようでいなかった。しかしここでも見送りをしてもらい、この街に住む住民の一人として受け入れてもらえていたんだと、改めて感じた。
「みんないい人だったよね」
「この世界にある他の街は知らないが、一番最初にここに来られて良かったと思うよ」
「私もお兄ちゃんと同じ気持ちだよ」
「つぎの街は、どんなところなのかな」
「アージンと同じくらいの街らしい」
「ドーヴァって名前だったね」
「とーさん、どれくらいで着くの?」
「ここから徒歩で十日くらいかかるみたいだ」
「私たちはお兄ちゃんのおかげで荷物が無いから、少し早めに着くかもね」
旅に必要なものは、簡易ハウスと道具屋で購入した荷車にまとめて、収納魔法でしまっている。俺は護身用の短剣を腰に差しているだけで、真白は軽くて硬い木の棒を携帯し、ライムはショルダーバッグをたすき掛けにしているが、近所に遊びに行くくらいの装備にしか見えないだろう。
「とーさん、登ってもいい?」
「あぁ、構わないぞ」
「やったー! かたぐるま、かたぐるま♪」
「お弁当もあるし、ピクニックに行くみたい」
「どこか見晴らしのいい所があったら、そこでお昼にするか」
主要街道の近くは危険な動物もほとんど出ないので、丘みたいになった場所があれば、そこでお弁当を食べることにしよう。少し気を抜き過ぎかもしれないが、旅は楽しい方がいいだろう。
◇◆◇
少し街道から外れた所に、登れそうな大きくた平たい岩場があったので、そこでお弁当を食べることにした。荷車を取り出して水や敷物を用意し、そこに座って朝もらった箱を開ける。
「コロッケパンとハンバーグだ!」
「朝から凝ったものを作ってくれたんだな」
「きっと昨日の晩から、私たちのために仕込んでくれてたんだね」
箱の中にはコロッケを挟んだパンと小さめのハンバーグ、それに茹でた野菜が入っていた。いつものように濡れた手ぬぐいで手を綺麗にして、早速いただくことにする。
「いただきまーす」「「いただきます」」
「とーさん、かーさん、美味しいね!」
「味が馴染んでいて美味しいな」
「このソースも食堂で出すものと違って、冷めても美味しいように配合を変えてるんだよ」
「コロッケパン専用ソースを開発してしまうような拘りが、この味を生み出してるのか」
「少し甘めにして、粘度の高いソースにするのがコツなんだって」
時間の経過で味のしみたコロッケパンは、揚げたてとは違った美味しさがあるが、専用のソースを開発していたとは驚いた。真白も親父さんから様々なノウハウを教えてもらったと言っていたので、どこかで食堂を経営しても十分やっていけるんじゃないだろうか。
「竜人族のことが色々わかって仔猫たちも見つかったら、どこかでお店を開くのもいいかもしれないなぁ……」
「ライム、お手伝いがんばる」
「笑顔と楽しい笑い声があふれる、街の小さな食堂。そこには看板娘のライムちゃんがいて、いつも元気に働いてるの。厨房にはお腹の大きくなった私と、優しく微笑みながら肩に手を置いて、寄り添ってくれるお兄ちゃん。
……いい、すごくいいよ、それ! 頑張ろうね、お兄ちゃんっ!!」
「妹か弟がうまれるの楽しみ!」
「何を頑張ればいいのかわからないが、こっちの世界に戻ってきてくれ、真白」
思わず漏れたつぶやきを聞いた真白が、どこか遠くの方へトリップしてしまった。脳内にどんな光景が繰り広げられているのかわからないが、俺に優しい微笑みは難易度が高すぎる。
しばらくして現実に復帰した真白も食事を終え、午後からも次の街に向かって移動を開始した。
筋肉本人が出てきたのは初めてですが、日常回でも登場させたかったです(笑)




