第247話 王家の別邸
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後半に視点が変わります。
ドーヴァの冒険者ギルドに書類を届けた後、コールとヴェルデの思い出が詰まった場所に連れて行ってもらい、ゆったりとした時間を堪能した。そして王都まで転移して、家族を連れ再びドーヴァへ。
「この辺りは来たことない場所なのです」
「大きなお屋敷ばかりですよ」
「王都みたいにきっちり分かれてないけど、ここは貴族と富裕層が住む区画だからな」
「まさか王家の屋敷に招かれるなんて、ボクも初めての経験だよ」
イコとライザは買い物で街に来たことがあるけど、ディストはドーヴァ自体が初めてだ。四人の王たちも街は通り過ぎるだけの場所だし、聖域から長時間離れられない霊獣たちも、こんな場所に来る機会はない。
家族全員連れてきて構わない、そう言ってくれたサンザ王子には感謝しないとな。
『エコォウから聞いておるが、儂もカリンに会うのが楽しみだ』
『皆さん口を揃えて、可愛らしいと言っておりますものね』
『主従契約を結びやがったんだろ、やるじゃねぇか!』
「お前たちが関わると、何かしら大きな変化を生むな」
まぁエコォウの言いたいことはよくわかるけど、今回の遠征は立案自体から異例づくしだ。何が起きても不思議じゃないくらいで納得しておいて欲しい。
「みなさん、あの家がそうですよ」
「ピピー」
「これは掃除のやりがいが、ありそうな家なのです」
「お手伝いがんばるですよ」
「俺たちが泊まることになって、かなり大変だと思うからよろしく頼むな、二人とも」
屋敷には執事や使用人たちが派遣されているけど、今回は俺たちが押しかけてるので負担が増えているはず。料理や簡単な仕事は手伝えても、慣れないことをやって足を引っ張りかねない。その点、イコとライザなら家事全般において、本職の人たちと同等の働きができる。
そのためだけに来てもらうのは申し訳ないが、少し頼らせてもらうことにした。お礼は一緒のお風呂や添い寝で返させてもらおう。
あらかじめ事情を伝えていた門番の兵士から、簡単な入場チェックを受けて中に入る。玄関の扉を開けると、ライムやカリン王女が既に待機中だ。きっといつ来るかと楽しみにしながら、窓越しに外を眺めていたんだろう。
「バニラちゃん、いらっしゃい!」
「キュキューイ」
「……ミルク、あいたかった」
「みゃみゃーう!」
俺の肩から飛び降りた二人が、それぞれのもとに走っていく。うん、やっぱりカリン王女は、とても嬉しそうにしてくれてる。周りで見ているこの家の執事や使用人の顔もほっこりだ。さすが存在自体が萌えのカリン王女、これはもう歩く萌えといっても過言ではない。
ほんわりとした空気に包まれる中、全員が自己紹介をすませる。手伝いをしてくれるメンバーは、それぞれの持ち場に散っていった。俺は配達完了証明書を執事の男性に渡し、ディストや王たちを連れて応接室に。
「……お兄ちゃん、おひざにのってもいい?」
「もちろん構わないから、こっちにおいで」
お茶を運んできてくれたこの家の使用人が、一瞬ギョッとして立ち止まってしまう。侍従見習いの二人が落ち着いているとおり、一応これはいつものことだ。
今は両親は仕事で出かけてしまい、知らない場所でひとり取り残されている。周りには初めて会う使用人もいるし、かなり心細かったんだろう。膝の上にちょこんと座った後、大きく息を吐いてもたれかかってきた。
バニラは気遣うように彼女の手をペロペロと舐め、ポーニャも頭を優しく頭を撫でている。王子がここに俺たちを泊めたのは、こうしたケアの面も含まれていたかもしれないな。
この遠征を成功させるために国王を動ごかし、短期間で王国認定冒険者を承認させたり、かなりやり手といった感じだ。こうした先見性や根回しの良さは、さすが次代の国王といったところか。
ただの親ばかという考えは、そっとしまっておこう。
俺も二人の娘を持つ親として、心当たりがありまくる。
「……王さまがたくさんいて、おどろきました」
「私とは王城で会っているが、他の三人は初めてだったな」
『儂もこの国の王女を見てみたかったのでな、リュウセイの誘いに乗ってみたのだ』
『聞いていた通り、とても可愛らしいですわね』
『主従契約を成立させたんだって? まだ小せぇのにすげぇな!』
「……おほめいただき、こうえいです」
「こうして王族や種族の代表者が集まるなんて、ちょっと面白いね」
「……ディスト様は、りゅうの王さまではないのですか?」
「ボクは王というより、八人の竜を生み出した父親ってところかな。だから、あまり畏まらなくてもいいよ」
――ガシャン
使用人の女性が、持っていたティーカップを落としてしまったようだ。幸い中身は空だったし、カップも割れていないようで良かった。
ちょっと顔色が悪い感じがするから、ここの給仕はイコかライザに任せたほうがいいだろうか……
そのうち慣れるとは思うけど、後で執事の男性に相談してみよう。
「……みなさまは、とてもながいきだと、おききしました」
「もうどれくらい前か、さっぱり憶えてないんだけど、ボクはこの大陸に人が生まれたのと、同じくらいだね」
『儂らはこの大陸が、今の姿になってからだな』
『正確に覚えているのはここ千年くらいですけれど、それよりもっと昔からこの世界におりますわ』
『ディストにゃ負けちまうが、そこそこ長生きだぜ!』
「……このくにができて、三百八十四ねんですから、みなさまとてもすごいです」
少し緊張している様子はあるが、ディストや王たちとは普通に会話ができている。何となくだけど、超常の存在には人見知りが発動しにくい、といったところだろうか。俺が初めて出会ったときから妙に懐かれているのも、カリン王女の中では流れ人が別枠扱いになってるからかもしれない。
それに同じ世界から来た真白は、更に特別な存在になった。
あの事件以降、カリン王女にとって崇拝の対象に格上げされた感じだ。
女神像とか作って祈りを捧げるような真似は、なんとしても阻止したい。
竜人族から聞いた話だと、この世界で信じられている女性の神は夜を司ってる。下手に祀り上げて神格化すると、本物の女神が月に代わってお仕置きしにきそうだからな。
「とーさんのすんでたところって、どれくらいなの?」
「一応、神話としての期間も含めるなら、国ができてから二千六百年以上経ってるはずだ」
「……そんなに、ながいの?」
「その頃に生まれた王様の子孫が、今も同じ国にいるって感じかな。今の王国ができる前には、たくさんの領主が大陸を治めてた時期があったって聞いてる。俺たちの国も、それと同じ状態だった時代が途中に存在するから、正確な数字は難しいな」
日本という土地に人が住み始めたのは何万年も前だし、それはこの大陸に残ってる古代文明も変わらないだろう。今の形で統一されたというなら江戸時代になるんだろうか。
それだと四百年ほどになるから、カリン王女の先祖が統一したノリー王国とあまり変わらない。
「ん……パパのいた世界にはたくさんの国があって、戦争したりもする。私はそんなの嫌い」
「何か思い出したのか? クレア」
「ん……わからないけど、ママに聞いた気がする」
「ライムもケンカするのはきらい」
「……わたしも、あらそいごとはいや、みんななかよくするほうがいい」
「カリン王女なら大丈夫だよー」
「ミルクさんやポーニャさん、それにタルカさんやスワラさんとも仲良しですしね」
「クリム様やアズル様の言うとおりです、カリン様」
「姫様と私の絆は永遠です」
「みゃぅ!」
「カリンとはずっと……友達」
「……みんな、ありがとう」
今の王国はカリン王女がきっかけになって、大きく変わりそうな予感がする。それは間違いなく良い方向だ。この子のためなら、国王もサンザ王子も惜しみない支援をしてくれるだろう。
しかし、クレアの言っていた沢山の国というのは、やっぱり地球のことだろうか。一応これで、この世界の人間じゃない可能性が更に高くなったけど、母親が地球から来た流れ人だったとか、考え出すときりがない。
まぁ、焦らずゆっくり行こう。
今は俺の娘という事実だけで十分だ。
―――――*―――――*―――――
サンザは貴族たちとの晩餐を終え、王家の屋敷にある自室でくつろいでいた。娘たちは既に眠りにつき、ラメラも疲れて寝室で休んでいる。
「お疲れさまでした、サンザ様」
「今日は一段と疲れたよ……
やはりカリンを連れて行かなかったのは正解だった」
「カリン様との縁を作ることが出来れば、王家との強力な繋がりを持てますから、仕方ないでしょう」
執事の言葉を聞いたサンザはやれやれと首を振り、少しぬるくなったお茶を一気に飲み干す。
今日の晩餐会にカリンを連れて行かなかった理由は、縁談を持ちかける貴族や取り入ろうとする者と会わせたくなかったからだ。人見知りは少しづつ改善しているとはいえ、王家との強力なパイプになる娘を虎視眈々と狙う連中に会わせれば、以前の状態に逆戻りしかねない。
あくまでも今回の目的は、カリンの元気な姿を広く国民に知らしめること。馬車に乗って行うパレードや学会の公聴など、離れた場所からその姿を見てもらう以外、カリンを人前に出す予定はなかった。
「そういえば、カリンの様子はどうだった?」
「やはり少し寂しそうにしておられましたが、ライム様やクレア様それにポーニャ様がそばにいて下さいましたので、ふさぎ込むようなことはございませんでした」
「リュウセイがミルクを連れてきてくれたはずだが、どうなっている?」
「ミルク様が来られてから、王宮にいる時と変わらぬ笑顔を浮かべておいでです。夕食の時間まではリュウセイ様の膝にずっと座っておられましたので、そちらもカリン様がお心を穏やかにされていた要因かと」
「なるほど、やはり彼らに滞在してもらったのは正解だったね」
サンザは最初から龍青たちを、ここに泊めるつもりだった。カリンが一緒に居たいと言いだしたので、ちょうどいい理由ができたと了承している。
家族以外の男と仲良くしている娘の姿を見るのは、父親として思うところは多い。しかし竜人族の少女や、ダンジョンで保護された身元不明の少女から父として頼られる龍青の姿を見て、この男になら任せてもいい思ったのは事実だ。旅の間ずっと彼らを見ていたラメラも同意見であった。
もちろん結婚は別問題ではあるが。
「この屋敷に滞在しております使用人の数は最低限でしたもので、みな不安に思っておりましたが、彼らの働きは私も少々驚きました」
「護衛としてもかなり優秀だし、旅の支援要員としては並ぶ者がいないほどの逸材だ。彼らのパーティーだけで、通常の三倍を超える働きをしてくれる。兵士三人と見習い二人だけで移動するなんて無茶を通せるのは、彼らの能力がそれだけあるってことだよ」
「私の部下からも、王宮に迎え入れて欲しいと懇願されております」
「王家が抱えている料理人を唸らせる腕を持つマシロや、それと同等の技術を有し水を無尽蔵に生み出す力があるコール、更に家の妖精が二人だからね」
「イコ様とライザ様は料理の腕はもちろんのこと、掃除や洗濯の技術も大変素晴らしゅうございました」
「庭に彼らの別荘が置いてあったけど、そこも掃除していたと報告を受けてるよ」
「安全確認のため中を案内していただきましたが、全てにおいて一流の作りは貴族の方々でも十分満足していただける品質かと」
「アージンの職人が合同で取り組んだらしいけど、あれは一介の冒険者が持つような家とは一線を画してる」
「この世界に来て二年も経っておりませんのにその人脈、恐ろしい方たちですな」
「王家が束になっても勝てないと、父からも言われてるくらいさ」
広さという点では及ばないが、サンザ自身も王宮で過ごすより快適だと感じているほどだった。精霊の力を借りて一晩で乾く洗濯物、新鮮な材料を使った食事のクオリティー、毎日入れるお風呂。旅の最中にこれだけ衣食住を充実させるには、大量の人員と資金を湯水のように使わないと不可能なこと。
そんな環境でのびのび過ごしているおかげもあり、カリンはいつも以上に楽しそうにしている。窮屈な王宮とは違い、年の近い子供と一緒になってはしゃぐ姿を見るのは、一人の親として無上の喜びだ。
「なるほど、そのような生活をされていたから、あの二人とも親密になられたのですな」
「侍従と共寝するなど顔をしかめる者も出ると思うが、かけがえのない忠臣を得たのは喜ぶべきことだ」
「サンザ様の目指しおられる理想へ着実に近づいている、私はそう感じております」
淹れ直してくれた熱いお茶を口にしながら、得るものの大きさに頬が緩むサンザであった。




