第246話 お使いクエスト
誤字報告ありがとうございました!
誤字を思いっきり“見落とし”てた(笑)
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ジャンル詐欺と言われるくらいクソ甘なシーンを書きたい(願望)
途中で予定外の滞在をしたものの、無事ドーヴァへ到着することが出来た。
予定外といえば、鬼人族のタルカがツノの生え変わりを果たし、成人としての第一歩を踏み出している。抜けたツノは健やかな成長を願うため、家の高い場所にしばらく置いておく風習があるらしい。
今は小さな木箱に入れて、二人部屋にある作り付けの棚に飾っている。王都へ戻ったら、王宮の最上階にある、カリン王女の私室に置き直すそうだ。
そしてなんと、スワラがカリン王女との主従契約を成就。やはり強大な敵に立ち向かったことで、お互いの絆が大きくなったんだろう。
二人の成長は王子と王妃も大いに喜び、コンガーや騎士たちからも祝福を受けている。同じ鬼人族のコールは色々なアドバイスをしてあげているし、クリムとアズルは自分たちの体験を聞かせていた。
あの日の夜、大部屋で三人は抱き合うように眠ってしまい、今では二人部屋が彼女たちの寝室だ。サンザ王子とラメラ王妃は、個室は自分たちがもらったと、ニコニコしながら三人の退路を断っている。
色々と危ない状況ではあったが、結果だけ見れば素晴らしいものを残せたと思う。
―――――・―――――・―――――
俺はいま、途中の村で集団発生したハグレの報告書や、王都へ送る手紙などを持って冒険者ギルドへ向かっている。収納持ちの俺が一番安全確実に運べるということもあり、サンザ王子から任された形だ。
泊まる場所は、王家が所有する屋敷を利用させてもらう。もちろん普通だったら、護衛の冒険者が使えるような場所ではない。
俺たちも最初は断ろうと思っていたけど、カリン王女や侍従候補の二人からお願いされたら、首を縦に振るしかないのは、わかってもらえるはずだ。王子も二つ返事で許可を出したくらいだしな。
「俺たちがこの街にいたのはひと月ちょっとだったけど、案外色々なところを憶えてるな」
「この街を出たのが、ちょうど一年くらい前ですよね」
「ピピー」
「コールと一緒に何度かダンジョンにも挑戦して、出発したのが黒月だったから、確かにそれくらい経ってるな」
「何だかとても懐かしいです……」
冒険者ギルドへは、何となくコールと二人だけで向かうことにした。
もちろんヴェルデは俺の頭の上にいる。
ここはコールと出会った思い出の街なので、この組み合わせが自然に決まった感じだ。
食肉が有名な街ということもあり買い物には時々来るけど、お店以外に足を運ぶことはほとんどない。冒険者ギルドに行くのも一年ぶりくらいになる。あの時お世話になった主任の女性は、元気にしているだろうか。
「思い返せば目まぐるしい一年だったよ」
「でも、忘れられない一年になりました」
コールはお互いの指を絡ませるように繋いだ手をキュッと握りしめ、二人の距離を一層縮めてきた。それは腕にまろやかなものがしっかり感じられる近さで、俺の鼓動はどうしても高鳴ってしまう。
出会った頃は少し垢抜けない感じが残っていたが、今のコールは女性としての魅力が大きく増している。優しく控えめな性格を反映した目元は安心感を与え、薄く色づいた唇は思わず触れたくなるほど美しい。タルカにお姉さま呼びされるのも納得できるほど、今のコールには人を惹きつける力があった。
まぁ、古代エルフ族の男性を魅了できるんだから、レベルの高さは推して知るべしといったところか……
「大変なこともあったけど、充実していたのは間違いない」
「この国を魔の手から守った英雄になっていましたしね」
「みんなやたらあの時のことを蒸し返すけど、俺としてはちょっと勘弁して欲しいところだ」
「だってヴィオレさんが何度も再現してくれましたから、頭から離れなくなりました」
「言われる方は結構恥ずかしんだぞ」
「記憶としてすっかり定着してしまったので、何かの拍子に頭に浮かんできちゃうんです。諦めてください」
「だったら俺がコールの介抱したとき、目にしてしまった光景を時々思い出すのと相殺だな」
「ちょっ、あれはもう忘れてください! リュウセイさん意地悪です」
「ははっ、冗談だよ」
「……リュウセイさん、今の!?」
「ちゃんと笑えていたか?」
「はい、とても素敵でした!!」
そうやって腕にしがみつかれると、どうしてもあの時の光景がフラッシュバックする。とはいえ、今それをここで言うのは、空気が読めなさすぎだろう。
男性に比べ女性の背が著しく低いという鬼人族の種族特性があって、コールの身長も百四十センチ台しかない。最初は中学生の妹みたいに思ったこともあったけど、最近はそう感じることはなくなった。
コールは立った状態でも座った姿勢でも、大きすぎず小さすぎずスッポリ収まるフィット感が一番いい。有り体に言えば、抱き心地が家族の中でナンバーワンなのだ。
甘えてくることも多くなったので、ついつい過剰なスキンシップを取りそうになる。この子がその気で迫ってきたら、恐らく俺の理性はあっけなく崩れるだろう。俺にとって、ケーナさんとベルさんの次に危険なのが、いま腕に抱きついてニコニコしている女性だ。
「なんとなく、もう時間の問題な気がする……」
「どうしたんですか、リュウセイさん? 時間がどうとか言ってましたけど」
「いや、王都に戻るまで時間があるし、どこか寄ってみるのもいいなと思ってるんだ」
「それなら行きたい場所があるんですけど、構いませんか?」
「あぁ、どこでもいいぞ」
「街を出たところに小さな丘があって、ヴェルデがマナ回復ポーションで元気になった時、よく遊びに行った場所なんです」
「ピピーピッ」
「へー、そんな場所があったのか。それはぜひ行ってみたいな」
俺とコールはこのまま王都に戻って、家族全員連れてこようと思っている。夕方くらいになると、毎日ミルクがうちに遊びに来ることになってるから、一緒に転移してもらう予定だ。
今日、王子と王妃は貴族との晩餐で帰りが遅く、カリン王女はポーニャと侍従見習いだけでお留守番。俺たち家族がそばにいても、知らない場所で不安になってしまうだろう。そんな時にミルクと会えれば、きっと喜んでくれる。
それにしても、コールとヴェルデが思い入れのある場所に、連れて行ってもらえるのは楽しみだ。二人とヴェルデだけで過ごす時間に思いを馳せながら、今日も開放されたままの扉をくぐった。
◇◆◇
建物の中に入ると時間的に人は少ないながら、依頼ボードの周りはそれなりに混雑していた。やはり近くに大きなダンジョンがあると、冒険者ギルドはにぎやかになるな。
なにせ混雑緩和のために、入口のドアを開けっ放しにしてるくらいだ。
「おっ? 確かお前は流れ人の……」
「あぁ、一時期この街に滞在してた、流れ人の龍青だ」
「おぉ、そうだそうだ、その目つき見覚えがあるぜ!」
「じゃぁ、そっちにいる鬼人族の女は、あの時一緒だったやつか?」
「この街で知り合って、一緒にパーティーを組んだ女性で間違いない」
「ちょっまて、こんな美人だったのかよ!」
「信じられん、まるで別人だぞ!?」
「なんだそれ、どんな魔法を使ったんだ」
「可憐だ……」
「ちくしょう! どうして俺はあの時、声をかけてやらなかったんだ!? 過去に戻ってやり直したい」
当時の俺たちを知っている冒険者たちが一気に押し寄せ、今のコールを見て興奮しはじめた。女性としての魅力はさっきも実感したけど、一年ぶりに見るとそこまで劇的な変化をしているようだ。
そんな空気に押されたコールがしがみついてきたので、軽く抱き寄せて頭を撫でる。
周りの視線がさらに重さを増したが、囲まれてしまって身動きが取れない。コールは俺の大切な家族なんだから、誰にも渡さないぞ。
「そんなところに集まると危険です、早く散ってください」
集団の外側から声をかけてくれたのは、ここでお世話になった主任の女性だった。俺たちのことも憶えてくれていたらしく、こちらに軽く会釈をしてくれる。
周囲が落ち着いた所で抱き寄せていたコールを開放し、後ろから支えるようにして俺の正面に立ってもらった。
「あの、ご無沙汰してます」
「とても美しくなられましたね」
「ありがとうございます。これは、リュウセイさんとその家族のおかげです」
「異種族同士でそうやって仲良くされているのは、ちょっと羨ましいです。
ところで、本日はどういったご用件ですか?」
「今日は個人的な配達の依頼で来たんだけど、どこかの部屋を貸してもらえないか?」
「それでしたら、こちらにお越しください」
主任の女性に連れて行かれたのは、小さな会議室だった。
俺とコールが並んで座り、机を挟んだ正面に主任が座る。
「この街と王都を結ぶ街道の途中で、ハグレの集団が発生したんだ。村が襲われていたので討伐したけど、その報告書がこれになる。そして王家からの指示書と、王都のギルド本部へ送る手紙も預かってきた」
「しょ、少々お待ち下さい。今この街に王子ご一行が滞在されているのは聞いていますが、どうしてあなた方がこの手紙を……」
「実はつい最近、俺たちの身分はこれになったんだ」
俺とコールは机の上に、黄色と銀色のカードを並べた。主任の女性がそれを確認したとたん、目を見開いて動きを止めてしまう。このカードを貰った時に聞いた話では、現役の王国認定冒険者は二十人いないらしいので、こうなってしまうのも仕方ないだろう。
「まさかこのカードを生で見る機会があるなんて……」
「これで俺たちがこの手紙を持っている理由が、わかってもらえたと思う」
「はい、もちろんです。本日は当ギルドまでご足労いただき、誠にありがとうございました。こちらのご案件とお手紙は、責任を持って取り扱わせていただきます」
やっぱり王国認定冒険者というのは影響力がある。権力を笠に着るような真似はやりたくないので、提示する場所や相手はよく考えた方がいいな。
◇◆◇
冒険者ギルドで用事を済ませた後、街を出て丘のある場所までやって来た。ダンジョンとは反対方向にあって、目隠しになる森もあるから、のんびり過ごした後にここから王都へ直接飛べる。
「かなり驚かれてしまいました」
「この街に来た時、俺たちはまだ青級だったし、たった一年で黄段に上がるだけでも異例だしな」
「それだけ色々な場所に行って、様々な経験を積んだってことですよね」
「コールとヴェルデがいてくれなかったら、俺たちの旅もどこで躓いていたかわからないし、感謝してるよ。ありがとう」
大きくなったヴェルデが、気持ちよさそうに上空を飛び回っている。コールはその姿を見ながら、俺を背もたれにして足の間でくつろぎ中だ。
いつもお世話になってるお礼をコールに伝えながら、組んだ腕でお腹を抱きかかえると同時に、頭の上へ顎を乗せた。
やっぱりこのフィット感は一番落ち着く。
「今日も曇りで肌寒いのが残念ですけど、こうされていると温かくて幸せです」
「顎が当たって痛かったりしないか?」
「そんなことないですよ、ちょっと癖になる硬さです。よくリュウセイさんは、私のツノが当たって気持ちいいと言ってくれますけど、それと同じ感じじゃないでしょうか」
「コールのツノが当たると、血行が良くなったり疲れが取れる気がするんだよ」
「ふふふ、なんですか、それ。私のツノにそんな効果なんか無いですって」
こっちの世界に住んでる人に、ツボとか言っても通じないからな。コールのツノは硬さといい大きさといい、ちょうどいい刺激になるんだ。
「そういえばタルカのツノが生え変わるのって、どれくらいかかるんだ?」
「最初はゆっくり盛り上がってくるんですけど、伸び始めるとひと月くらいで成長が止まりますね」
「まだ少ししか盛り上がってないみたいだし、成長した姿を見られるのは白月の終わりくらいか……」
「大抵の子は以前と同じ形のまま少し長くなるので、きっと可愛いツノになります」
「生え変わる前のコールも見てみたかったな」
「ツノは一年くらい高い場所に飾った後、土の中に埋めてしまいますから、残念ですがもう見られません」
「まぁ、今のツノも可愛いから、その当時の形も何となく想像できるよ」
「はふぅ~、眠くなってしまうので、あまり触らないでください」
ツノの話をしていたから、いつもの癖でつい手が伸びてしまった。周りに人がいないとはいえ、昼間の屋外で色っぽい吐息を吐かれてしまうと、背徳感が半端ない。イケナイ趣味に目覚めてしまいそうだ。
「やっぱりこの不思議な手触りは、何ものにも代えがたい価値があるよ」
「はふぅ……もう、やめてって言ってるのに……
でも、そんなに気に入ってもらえるのは嬉しいです」
「眠ってしまったらお姫様抱っこで運ぶから、心配しなくても大丈夫だぞ」
「ふぁ~ぅ、それはちょっと、魅力的です。
……ねぇ、リュウセイさん。私のこと、ずっと離さないでいてくださいね」
「もちろんだ、これからも一緒にいよう」
そう言って、少し強めにコールを抱きしめる。
久しぶりに二人きりで過ごす時間を十分堪能し、俺たちは王都まで転移した。
言うまでもなく、コールをお姫様抱っこしながら――
一生に一度生え変わる鬼人族のツノは、乳歯と永久歯みたいな感覚です。
下の乳歯は屋根へ放り投げ、上の乳歯は床下へ放り込む、日本にもそんな風習があります。
(へその緒のように、大切に保管しておくなんてのもあるそうな)
欧米の方だと抜けた乳歯をコインに変えてくれる、歯の妖精なんかいたりしますね。




