第244話 三匹目
誤字報告ありがとうございました!
文節や単語入れ替えまくってるのがバレバレのミスw
◇◆◇
(2020/05/31)
第243話を少し書き換えました。
前書きに修正箇所を乗せています。
物語の内容に変化はありませんが、状況に整合性を保たせるための変更です。
◇◆◇
今回は初っ端から視点が違います。
時系列を戻しながら二度視点切り替えし、最後は主人公視点に戻ります。
※重症表現がありますので、お気をつけ下さい。
暗闇の中に助けを呼ぶ声がこだまし、それを聞いたカリンが家の外へ飛び出してしまった。慌ててついてきた侍従見習いの二人とともに、暗闇に沈む道を走る。
しばらく走っていると、スワラの耳に嗚咽の声が届く。ヒックヒックとしゃくりあげるような音は、明らかに幼い子供のものだ。
「姫様、この先で誰か泣いています。それに、低い唸り声のようなものも聞こえます」
「……さきほど父上さまがいっていた、ハグレなのでしょうか」
「申し訳ありません、私にはわかりかねます。しかし、誰かが泣いているのだけは確かです」
スワラもタルカも戦闘訓練はしているが、まだ魔物と戦ったことはなかった。座学のみの知識では、この先に待っている脅威を判別できない。そうした経験不足が故の致命的な弱点を残しているから、見習いとして修行しているのである。
夜目の効く犬人族のスワラが、赤く光る二つの点と獣の姿をぼんやり捉えた時、遠くの方で明るい光が四つ打ち上がった。それはコールが生み出す、強化された照明魔法だ。
その光が辺りを薄く照らすと、カリンの目には道に座り込んで泣く少女と、その近くで獲物を狙うハグレの姿が映る。それを見た瞬間、彼女の体が反射的に動く。
少女の近くに走り寄ると、その体を盾にしてバグレから隠すようにしがみついた。
「……もうだいじょうぶです、わたしがあなたをまもります」
「ふっ、ふわぁぁぁーん」
子供があげた泣き声に反応し、その距離を一気に詰めるオオカミ型のハグレ。
未知の存在に目を奪われ、カリンの動きに反応できない従者の二人だったが、飛びかかろうとしているハグレを見た瞬間、普段の訓練で繰り返してきた行動がとっさに出る。
噛みつこうとしていたハグレの口に、タルカが自分の腕を差し出す。彼女が持つ耐久向上の身体補助を発動していたが、鬼人族の肉体強度に魔法を加えても、ハグレの力には勝てなかった。
その腕はたやすく噛み砕かれ、何かが砕ける鈍い音、そして声にならない悲鳴が、その場の時間を一時停止させる。
ハグレは一旦タルカから距離を取り、どうやって獲物を痛めつけようか、そんな思考を巡らせながら低い唸り声をあげた。
「姫様には手を出すな!」
タルカとハグレの間に立ったのはスワラだ。
その体はブルブル震えていたが、精一杯の勇気を振り絞って目の前のハグレを睨みつける。
それを見たタルカは気の遠くなるような痛みに耐えながら、カリンの方に視線を向けた。全身は脂汗でべっとりと濡れており、血の気が失われた顔は青白い。
「カリン様……に……げて………下さい」
「……でもそのうで、まっかで、はやくなおさない……と、タルカが」
「姫様、ここは私が時間を稼ぎます、その子を連れてコンガー様のところに」
「カリン……今は逃げないと……だめ」
「……ふたりをおいて、いくのは………いや」
ハグレに向かってスワラが火球を飛ばして牽制するが、まだ練度の低い魔法は容易くかわされてしまう。そしていたぶるように、爪や牙でスワラの体を傷つけ始める。
「姫様っ! 私ではこの魔物に勝てません、早く、早く逃げ……あうっ」
カリンは既に正常な判断ができないほど混乱していた。いくら王族として教育を受けているとはいえ、彼女はまだ五歳だ。旅の間に親しくなった二人が大怪我をしている状況で逃げるなんて無理、そんな思考に囚われた体はいうことを聞いてくれない。
いまの彼女にできるのは、震えながら小さな子供をきつく抱きしめることだけ……
自分の懐からクナイに似た暗器を取り出し、近接戦闘に切り替えたスワラだったが、その手を爪で引き裂かれ、持っていた武器を落としてしまう。
もうこれで自分は終わりだ、最後は体当りしてでもハグレを止めるしかない。スワラがそう考えていた時、怒声とともに彼女の横を一陣の風が通り過ぎた。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁーっ! よくも俺の大事な後輩に酷いことしやがったな!! そのまま死にやがれっ!!!」
まさに鬼の形相という顔で飛び込んできたのはコンガーだ。
具現化した土の剣を振り下ろすと、ハグレの首が宙に舞う。首と胴を泣き別れさせた剣の勢いは止まらず、地面が大きく抉られる。対人戦闘では決して見せない、彼が持つ本気の一撃だった。
近くには龍青たちのパーティーも集まり、四つの照明魔法が辺りを照らす。
それを確認したタルカとスワラは、そのまま意識を手放した――
―――――*―――――*―――――
ポーニャは普段の姿から考えられない速度で空を飛ぶ、目指しているのはサンザ達のいる持ち運び式別荘だ。
カリンに撤退を勧めたが、混乱した彼女は身動きできない状態に陥っていた。侍従見習いのタルカは重症を負い、スワラは自分の身を犠牲にして時間を稼ごうとしている。
今のカリンから離れるのは心配だけど、移動速度の一番速い自分が行くしかない。そんな思いで飛ぶ速度を上げ、リビングの窓にすがり付いて思いっきり叩く。
それに気づいたコンガーが近くに来て、窓を開けてくれた。
「どうしたんだポーニャ、なんで外にいるんだ?」
「カリンが……ハグレに襲われてるの……助けて」
「ちょと待て、カリン様も外か!?」
「子供の泣き声したから……カリンが助けに行くって」
「チッ……サンザ様!!」
「一時的に護衛任務を解く、コンガーは直ちにカリンの元へ向かえ!」
「はっ!」
コンガーは靴も履かずに窓から飛び出し、ポーニャの案内で現場へ疾走する。村の外では四つの照明魔法が発動しており、龍青たちが二匹のハグレに向かっているところだった。
「三匹目がいやがったのか……」
「村の子供が……襲われてたの」
「なんで黙って出ていったとか、誰も止めなかったとかは後回しだ、とにかく急ぐぞ」
「うん……
……カリン無事でいて」
照明魔法の光はこの近くまで届いており、夜目の効くコンガーはぐんぐんスピードを上げる。そして見えてきたのは、全身がボロボロになったスワラと、腕から血を流すタルカだ。
コンガーは全身の血を沸騰させ、具現化した剣を大上段に構えた。
二人が侍従見習いとして働くようになってから、コンガーと彼女たちの接点は大きく増加。ちょうどコンガーが主従契約を成立させた頃だったので、それを知ったスワラは舎弟のように懐く。コンガーも年の離れた妹のように可愛がり、訓練にもちょくちょく付き合っていた。
そんな彼女が傷つきながらも、自分の主君を守ろうとする姿は誇らしかったが、同時に目前のハグレは絶対許せない存在になる。
鍛え上げた下半身の筋肉を爆発させ、飛ぶように加速したコンガーは、ハグレの首に向かって剣を振り下ろした――
―――――*―――――*―――――
二匹のハグレを倒し、別荘にいる村長たちに報告しに行こうとした時、遠くの方に一瞬光るものが見えた。
「松明かなにかの明かりだったのか?」
「ここからだと、ちょっとわからないかなー」
「今夜は外に出ないよう通達されてるはずですし、あっちに方に家はなかったはずですよ」
「精霊たちに聞いてみるのじゃ」
「リュウセイ、気になるから三倍強化して」
アズルの言う通り、今夜は外出を禁止するよう村長に伝えているし、あの方向は畑くらいしか無かったはずだ。
「精霊たちはこちらに集まって、他は手薄になっとるようじゃ」
「子供みたいな反応が四、大きい赤さっきのハグレと同じ、そこに向う人が二、小さい方ポーニャ」
「ポーニャがいるってことは、カリン王女が襲われてるのか!?」
「とーさん!!」
「ライム、頼む!」
《とーさんといっしょ!》
再びライムと同化して一気に加速する。どうして外に出てしまったのか疑問はあるが、まずは現場の確認だ。
感知魔法は意識している方向が広範囲になる。森から出てきたハグレと逆方向だったので、見落としてしまったんだろう。
三匹目の存在を考慮していなかった失敗は痛い。ああすればとか、こうしておけばという考えが次々浮かぶが、今はひたすら全力で走ることだけ考える。
しばらくすると、大きな獣人族の背中が見えてきた。白と黒の縞模様をしたしっぽはコンガーだ。そして進行方向には相手を威嚇するオオカミ型のハグレと、所々裂けた服を赤く染めながら立つ犬人族のスワラ。その後ろには腕を押さえてうずくまる鬼人族のタルカ、少し離れた場所で何かを守るように覆いかぶさってるのはカリン王女だ。
俺とライムがそれを確認した瞬間、コンガーが魔法で剣を具現化させ、走るスピードを更に加速させた。そのまま一直線にハグレに向かうと、以前の模擬戦で見せたように真っ直ぐ剣を振り下ろす。
土の剣は正確にハグレの首をはね、地面に大きな亀裂を残している。あれがコンガーの本気なんだろう。対人戦で使われたら、相手にとっては悪夢でしかないな。
剣を振り下ろしたまま、下を向いて固まっているコンガーに声をかける。
『大丈夫か、コンガー』
『ハグレはもう消えちゃったよ』
「こっちは大丈夫だ、だがタルカとスワラが……ちくしょうっ!!」
『すぐかーさんが来てくれるからね』
『それよりサンザ王子たちもこっちに来ているみたいだ、コンガーは護衛に戻ってくれ』
「すまん、アイツラのこと、よろしく頼む」
後ろから来たメンバーが追いつき、コールの照明魔法で辺りが明るくなる。騒ぎを聞きつけた村人も、近くに集まってきてしまった。
『ライムはカリン王女を見てやってくれ』
『わかった、とーさん』
「クリムとアズルは、村人をあまり近寄らせないようにしてくれるか」
「まかせてー、あるじさま」
「行ってきます」
「お兄ちゃん、怪我が酷いからここで治す。清潔な布と救急セットを用意して! コールさんは照明を四つ集めて、消毒を手伝ってね」
「わかりました」
「クレアもライムと一緒にカリン王女と泣いてる子供を頼む」
「ん……了解した」
「われもクリムとアズルを手伝うのじゃ」
「私もそっち行く」
「私は痛みを感じにくくしてあげるわ」
それぞれが一斉に動き出し、清潔な布の上に寝かせた二人の治療を開始する。とにかく腕から血を流しているタルカの状態が悪い。近くに来てくれたサンザ王子も顔をしかめ、倒れそうになったラメラ王妃を支えているほどだ。
「真白、いくぞ」
「うん、お兄ちゃん」
《ダブル・カラー・ブースト》
《リジェネレーション》
噛み砕かれていたタルカの腕が白く光り、それが徐々に収まると元のきれいな肌が蘇る。傷だらけになったスワラにも同じく再生魔法をかけ、牙や爪が貫通した怪我は跡形もなく消えた。
「……目の前で起きているのに、信じられないね」
「……これほど酷い怪我まで治してしまうなんて」
「これがリュウセイとマシロの力なのか……」
「……タルカとスワラは、たすかったのです、か?」
「はい、もう大丈夫ですよ、カリン王女様」
「……うっ……うぅっ……………うわぁぁーん、ごめんなさい、タルカ、スワラ。……わたしのせいで……ひっく……ひどいめに、あわせて」
カリン王女は寝ている二人に、泣きながらすがり付いてしまった。
とにかく一旦別荘に戻って落ち着こう。怪我をした二人に服を着せないといけないし、カリン王女も泥だらけだ。
二倍強化の治癒で発動される《再生》は、いわば巻き戻しに近い能力があります。
故に、複雑骨折していたとしても、元通りの骨の形へ復元します。




