第243話 救援要請
終盤で視点が変わります。
―――――・―――――・―――――
(2020/05/31)
表現の変更と、追加をしています。
この世界の月は地球より明るいですが、どうして暗闇なのか説明不足だったため。
・142行目
馬が頑張ってくれたおかげで、日が沈む前に村までたどり着くことが出来た。
↓↓↓
馬が頑張ってくれたおかげで、暗くなる前に村までたどり着くことが出来た。
・152行目
そして夜の帳が下り、辺りの視界が悪くなってきたころ、それは現れた。
↓↓↓
冬の季節である黒月は曇りの日が多く、今日も空は厚い雲に覆われ月は見えない。そして夜の帳が下り、辺りの視界が悪くなってきたころ、それは現れた。
途中に寄るドーヴァへの移動も順調に進み、緊張や不慣れからくるぎこちなさも、徐々に解消されてきた。侍従見習いの二人はブラッシングとなでなで効果が発揮され、カリン王女の隣で食事ができるほど距離が近づいている。
アージンからドーヴァへ向かったときに使った道に合流しているので、行程は少し早いくらいだ。王家が所有している馬だけあって非常に優秀なことに加え、毎日しっかり世話をしている恩返しとばかりに、やたら張り切って進んでくれる。特に二頭の白い馬はカリン王女の言うことを何でも聞くようになり、手綱いらずで馬を操っていた。
それを見た騎士の二人は自信をなくしていたが、それは仕方ないだろう。いくら普段から馬術の訓練をしてるとはいえ、カリン王女の萌えには勝てない。霊獣や妖精すら気を許す彼女の萌えに、人の身で太刀打ちするのは不可能だ。
なにせ「……きょうもがんばってくださいね」と言うだけで、先導しているコンガーの乗った馬車を追い越す勢いで、歩きはじめるくらいだからな。
ライムと一緒に御者をやっている真白の背中を見ながら考え事をしていると、スファレが何もない空間を注視していることに気がついた。
「脇道から人が近づいておるようじゃ、ちと警戒したほうが良いじゃろ」
「感知してみる、三倍かけて」
精霊から伝言を受け取ったスファレに人の接近を告げられ、三倍強化したソラの魔法で確認してもらう。脇道の方から人が二名、街道に向かって走っているようだ。以前の旅でお昼を一緒した行商の女性に、小さな村があると教えてもらった方角だな。
敵意はないものの、走っているというのは気になる。警戒するに越したことはないだろう。
「俺は先頭のコンガーに知らせてくるよ」
「一緒にいくよ、あるじさまー」
「私もお供します」
クリムとアズルを連れて馬車から飛び降り、真ん中で御者をやっている騎士に軽く説明し、先頭を行くコンガーの所まで全力疾走する。
「おう、どうしたリュウセイ」
「前方に見える脇道から人が二名、走りながら近づいてる。あの先には確か村があるはずだから、ちょっと事情を聞きに行ってくるよ」
「さすがお前たちの索敵は半端ないな。サンザ様には俺から伝えておく、気をつけて行ってこいよ」
「行ってくるねー」
「何があるかわかりませんので、少し速度を落として進んでください」
コンガーが後ろの馬車に向かったを確認して、俺たち三人も脇道を目指してダッシュした。もう少し経つと野営の準備も考えないといけない時間に、村のある方角から走っているというのが気になる。
何となくトラブルの予感はするけど、今は護衛任務中なので気安く手を差し伸べることも出来ない。あまりややこしい事にならないよう祈りながら、分かれ道までやって来た。
こちらに向かってきていたのは、犬人族と人族の若い男性のようだ。俺たちに気づいて大きく手を振ってくれる。腰に短剣を装備しているけど、あれは狩猟や作業で使うものだろう。
「そんなに慌ててどうしたんだ?」
「はぁっ、はぁっ……冒険者の方とお見受けする。俺たちの村を助けてくれないだろうか」
「何があったのー?」
「近くの森にハグレが出て、村が荒らされてるんだ。昼間に若い連中で退治しに行ったんだが、アイツラ複数いやがった。返り討ちにあってけが人も出てるから、助けてほしい」
「出来ればお助けしたいんですけど、私たちは護衛任務中なんです。依頼者の方に許可していただかないと、動けないんですよ」
「我が国の民が困ってるんだ、話を聞かせてもらおう」
ちょうど王子たちが乗った馬車が到着したらしく、コンガーと二人でこちらに来てくれた。金糸を使った上等な服を着ているサンザ王子を見て、村人の二人は大きく目を見開いて固まってしまう。
「……こちらの方は、貴族様ですか?」
「この方はサンザ様。我が国の第一王子だ」
「たっ、大変失礼いたしました」
「王子様の護衛とは知らず頼み事をするなど、申し訳ありませんでした」
「俺たちの方から声をかけたんだし、あまり気にしないでくれ」
「彼の言うとおりだよ、広く国民の声に耳を傾けるのも王族の努めなんだ、遠慮せずに事情を教えてもらえるかい」
王子のこういったところが、国民から支持される理由だ。一緒に旅をしている部下に対しても、高圧的な態度をとったことは一度もない。
地面に膝をついて頭を下げていた二人の村人は、王子の言葉を聞いて詳しい事情を説明してくれた。
ある日の晩、村で飼っている家畜が襲われてしまう。噛み傷の痕から野犬か何かだろうと見張っていると、翌日の夜にオオカミのような動物が現れる。その目は暗闇でもわかるほど赤く光り、危険を感じた村人は夜間戦闘を断念。
ハグレを討伐するために昼間に山狩りをすると、そこには二匹のハグレが待ち構えていた。何とか逃げ帰ったものの数人が怪我をし、自分たちでは手に負えないと判断される。
そして助けを呼ぶため、この二人は街道まで出てきたそうだ。
「リュウセイ、君の意見を聞きたい」
「特殊な力を持った変種でもない限り、二匹なら討伐は出来ると思う」
「コンガー、君はどうだ?」
「幸い行程に余裕があるから、今夜は村の近くで野営しても問題ないですよ」
「なら決まりだね。二人とも、村まで案内を頼むよ」
「あっ、ありがとうございます!」
「まさか王子様の護衛をされている方に来ていただけるとは……」
「けが人の治療も治癒師がいるから大丈夫だ、急いで村に向かおう」
「マシロの治癒は骨や筋肉も治してくれるから、安心しろ」
「やはり王子様の護衛だけあって、高名な治癒師の方が……」
「しかし、我々の村では治療代をお支払いすることが出来ません」
「俺たちのパーティーは国に所属しているわけではないから、その心配は無用だ」
普段使いの黄色い冒険者カードを取り出すと、二人はホッとした表情を見せてくれた。ハグレは辺りが暗くなると村に出てくるらしいので、なるべく早く移動して準備を整えよう。
俺たちの馬車に二人の村人を乗せ、ここからは先行して進むことにする。後ろにいるのが女性ばかりなので、御者台に座った二人はなんか居心地悪そうだ。
「女性ばかりで緊張する……」
「オレ、エルフ族を初めて見た……」
「今回の遠征はサンザ王子の家族や付き人も一緒なんだ、それで女性の多い俺たちのパーティーが護衛を引き受けることになった」
「まっ、まさかカリン王女もご一緒なんですか?」
「王女のことを知ってるのか?」
「はい、噂だけですが、とてもお可愛いとか」
「公の場に出られたことがないと聞いてますが、まさかご一緒だとは」
王都から比較的近い場所とはいえ、カリン王女の噂はここまで届いているのか。今回の公務では街でのパレードも予定されているし、あの愛くるしい姿は更に有名になるだろう。
姿絵が出回ったり、吟遊詩人に語られるようになるかもしれないな。
本人は無茶苦茶恥ずかしがるだろうけど……
馬たちには負担になるが、少し早めの速度で俺たち一行は村までの道を急ぐ。
取り返しのつかない被害が出る前に、なんとかハグレを討伐したい。
◇◆◇
馬が頑張ってくれたおかげで、暗くなる前に村までたどり着くことが出来た。突然この国の王子が来たことに驚かれたが、今はそんなことを言っている場合ではないと、即座に怪我人の治療が開始される。
酷い噛み傷や爪の跡があったものの、ほとんどが傷跡も残らず完治。どうしても時間の経過で跡が残ってしまう者も出たが、二倍強化で再生しているため、時間が経てば目立たなくなるはずだ。
ここでも真白は聖女と呼ばれてしまったけど、もうこれはお約束だろう。
村外れの広い場所に別荘を置かせてもらい、ここには王子たち一家と侍従見習いの二人、そしてコンガーが待機する。騎士の二人は、簡易厩舎に繋いでいる馬たちの護衛を担当。この子たちも大切な仲間だから、ここで失うわけにはいかない。
夕食は作りおきのサンドイッチで簡単に済ませ、俺たちパーティーは村を守る柵と森の間で待機した。相手に警戒されると困るので、照明魔法は発動していない。ソラの索敵とスファレの精霊が頼りだ。
冬の季節である黒月は曇りの日が多く、今日も空は厚い雲に覆われ月は見えない。そして夜の帳が下り、辺りの視界が悪くなってきたころ、それは現れた。
「オオカミ型、数は二、かなり強い、気をつけて」
「森に逃げ込まれぬよう、出来るだけ引きつけるのじゃ」
夜の森を歩き回るのは、スファレがいたとしても危険を伴う。付与魔法の届く範囲まで近寄らせ、片方を麻痺させた後にクリムが攻撃、もう片方は同化した俺とライムで倒す。シンプルかつ確実な作戦をとる。
そうしているうちに、森の中から四つの赤い目が足音も立てずに現れた。魔物と同じで食べる必要のないハグレだが、なぜか人や動物を襲う。生きているものの命を奪うことで快感でも得てるんだろうか、理由はわからないけど厄介な性質だ。
「コール、いま!」
「はい、ソラさん!」
《明るくなって》
進化状態で待機しているヴェルデによって強化された照明魔法が次々発動され、四個の光が周囲を明るく照らす。急に闇が払われ戸惑った様子のハグレだったが、俺たちの存在に気づいて唸り声をあげながら威嚇してきた。
《付与の力を》
《とーさんといっしょ!》
《絶対おしおきハンマー!》
スファレの付与魔法がハグレを硬直させ、そこに三倍強化のハンマーを携えたクリムが迫る。俺とライムも同化して、収納から取り出した大剣を持ち、一気に肉薄した。
竜人族の身体能力を持ったダッシュにハグレは反応できず、正中で分断された体が揺らめいた後、黒い魔晶を落として消えてしまう。もう片方のハグレも、クリムのハンマーに押しつぶされ、そのまま霧散するように消滅する。
「あー、手元が狂っちゃったよー」
『確実に倒すのが優先だから、仕方ない』
『気にしちゃダメだよ、クリムおねーちゃん』
照明魔法の光で四方向に影が伸びるからだろう、クリムは魔晶ごとハグレを叩き潰してしまった。スポーツ選手なんかでも、昼間の試合とナイターではボールの見え方がぜんぜん違うと言ってるくらいだし、遠近感が狂ってしまうのは避けようがない。
とりあえず、討伐完了を知らせに行こう。
村長や村の重役は俺たちの別荘で、サンザ王子と話し合いをしているはずだ。
―――――*―――――*―――――
龍青たちがハグレの出現を待っていたころ、カリンとポーニャそれに二人の侍従見習いは、別荘の二階にある二人部屋にいた。
サンザとラメラは一階のリビングで村長たちと話し合いをしており、コンガーはそこで護衛任務についている。
窓の近くに立って祈るように外を見ていたカリンの耳に、かすかな音が飛び込んできた。
「……そとでこどもが、ないています」
「姫様? 私には聞こえませんでしたよ」
「……あれはたすけをもとめるこえです」
スワラが窓際に移動して耳をすますが、声のようなものは一切聞こえてこない。しかし、さきほど上がった助けを呼ぶ声は、カリンの耳にはっきり捉えられていた。
犬人族は聴力に優れているが、ドアの近くに控えていたため、その声が届かなかったのだ。
「カリン様、もう外は暗いですから危険です、コンガー様や騎士の皆さんに任せましょう」
「……コンガーは父上さまと母上さまの、ちかくにいないといけません。きしのふたりは、うまをまもるたいせつなやくめがあります」
「でもカリン……あぶないよ」
「……さっきのこえがきこえなくなりました、きっとなにかあったにちがいないです。こくみんのこえをきき、たみをまもるのはおうけのつとめ、わたしはいきます」
カリンは焦っていた、さきほど聞こえた声が明らかに幼いものだったからだ。
そして父や祖父が口癖のように言っている、王族たるもの民の声を聞き民を守る義務がある、これを幼いながらしっかり心に刻み、自分の行動理念にしていた。
「あっ、カリン様、お待ち下さい!」
「姫様、走ると危ないですよ」
部屋を飛び出したカリンを追って、二人の侍従見習いも外に出てしまう。
作りのしっかりした家が災いし、その音はリビングにいるサンザたちに届かなかった――
感知魔法はマナを使ったレーダーみたいなもので、見通しの良い場所だと範囲も上昇します。
(他にも特徴があるのですが、その説明は第244話で出てきます)
次回は3つの視点が絡み合いながら、物語が進行します。




