第242話 仲良し大作戦
夕食は海鮮類とショートパスタで作ったグラタンに、マヨネーズドレッシングをかけた新鮮な野菜サラダだった。台所に取り付けられたビルドインオーブンが大活躍している。
二人の騎士と侍従見習いの少女たちは、王族と同じテーブルで食事をすることに、まだ抵抗があるみたいだ。お昼は日よけ小屋を出して一緒に食べたけど、少し離れた場所に座って居心地が悪そうにしていた。
夕飯の時には別の部屋で食べると言い出したので、王子と二人がかりで我が家のルールだと言い聞かせている。少し可哀想にも思ったが、料理を口にした後は一心不乱に食べているので、そのうち慣れてくるだろう。
コンガーはずっと平常運転だったし、あの胆力を見習って欲しい。
まぁ主従関係という、強固な絆を持った人物と比べるのは可哀想か……
クリムとアズルは同じ獣人族のスワラを誘って、お風呂に入った。出てきてからはすっかり仲良しになっていたので、裸の付き合い効果が存分に発揮されたようだ。
コールは鬼人族同士でタルカに声をかけ、真白も参戦してお風呂場に向かっている。出てきた後のタルカは、コールのことを“お姉さま”と呼び始めた。風呂場で一体何があったのだろう。相変わらず、二人そろった時の入浴方法は謎が多い。
ソラとスファレは、ヴィオレとポーニャにヴェルデも連れて、お風呂を楽しんでいる。出てきた後のソラが俺にヒシっとしがみつき、近くでポーニャがオロオロしていた。何があったか聞くまでもなく、ヴィオレを超える女王の資質を見てしまった影響だ。
カリン王女はラメラ王妃と入ったのだが、ライムとクレアも一緒に入れてもらった。王妃が頭や背中を洗ってくれたらしく、これはスーパーレアな体験に違いない。
かく言う俺も、サンザ王子とコンガーの三人で風呂に入っている。王子が望んでいることとはいえ、こんな風に家族ぐるみの付き合い方をしても、いいものなんだろうか。
「二人とも今日はどうする?」
「今日はソラちゃんの膝枕と、クレアちゃんのブラッシングにするよー」
「今夜も思いっきりモフる、覚悟するがいい」
「ん……骨抜きにしてあげる」
「私はスファレさんの膝枕で、ライムちゃんのブラッシングをお願いします」
「われがモッフモフにしてやるから、思いっきり甘えるといいのじゃ」
「ライムもアズルおねーちゃんを、がんばってえきじょうかする」
お風呂が終わった後は、恒例のブラッシングタイムだ。一日の締めにこれをやらないと、ちょっと落ち着かない、それくらい生活に根付いてしまっている。
「それなら、コンガーのブラッシングは俺がやろう」
「おっ、いいのかリュウセイ! 嬉しいぞ」
「なら膝枕は私の役目だね」
「ありがとうございます、サンザ様!」
「スワラちゃんの膝枕は、私がやってあげるよ」
「……おねがいします、マシロさん。
……ブラッシングは、わたしのやくめですから、うつぶせになって、スワラ」
「あの……姫様にそんなことをしていただいて、本当に宜しいのでしょうか」
「……いまさら、えんりょはむようですよ」
コンガーによると、スワラが生まれた家は、礼節を重んじる流派らしい。日本でいえばまだ小学六年生の少女だけど、丁寧な言葉づかいがしっかり身についている。きっと生まれた時から、そうした環境で育っているおかげだろう。
「んほぉぉー、風呂上がりのブラッシングはたまらんなぁ……」
「普段は誰かにやってもらったりしないのか?」
「近衛同士でもやるようになったが、リュウセイのほうが格段に気持ちいいぞぉ……」
「これは、私も頑張って腕を磨かないといけないね」
「楽しみにしていますよぉ、サンザ様ぁ……」
本来なら近衛隊長は国のトップを守るのが仕事だ、しかし今のコンガーは王子の専属護衛と侍従を兼任している。もちろん近衛隊長が王子の専属になったのは、この国はじまって以来のことらしい。
主従契約の成立がきっかけになったとはいえ、こんな風にいい関係を築いている姿を見れば、その判断が正解だったのは明らかだ。
俺とクリムやアズルもそうだけど、主従契約をすると明確にお互いの繋がりを感じることが出来る。決して裏切らず味方になってくれる人が近くにいてくれるのは、とても大きな安心感に結びつく。
上に立つ者として人前に出ることの多い王子たちは、何かのトラブルに遭うリスクも高い。二人にとってコンガーは、かけがえのない存在になったのだろう。
「……わたしのブラッシングはどう?」
「ふあぁぁぁ……姫様ぁ。なんだかしっぽの付け根が、すごく温かくなりますー」
「スワラちゃんの耳も、フワフワだね」
「クリム様とアズル様にぃ、すごく丁寧に洗っていただきましたー」
「犬人族は毛の硬い子も多いんだけど、スワラちゃんは細くて柔らかいんだー」
「しっぽの毛もすごく繊細でー、洗い甲斐がありましたー」
「……わたしがもっと、フワフワにしてみせます」
「あうぅぅぅ……これ以上気持ちよくなるとぉ、眠ってしまいますー」
「このまま眠っちゃっても大丈夫だよ」
「姫様より先に眠ってしまう訳にはぁ、いけませんー」
そう言いつつスワラの呂律は、どんどん怪しくなってくる。今日はずっと緊張しっぱなしだったし、かなり疲れていると思う。頑張ってるご褒美に、そのまま眠って欲しい。
「なんだか王城にいるより、ゆったり過ごせる気がするぜぇ……」
「この家にも騎士たちが休んどる小屋にも、認識阻害の簡易結界が刻まれとる。われに協力してくれる精霊もおるから、安心して過ごすとよいのじゃ」
「こんな体験をしてしまうと、もう普通の出張ができなくなりそうだね」
「うふふ、この家族の普通は、ちょっと常識外れだものね」
「お借りしてる部屋にも……普通の人は読まない本が、何冊か……ありました」
「それ私の本、勉強のため持ってきた」
「ライムが買ってもらった絵本もあるから、カリンおねーちゃんもよんでいいよ」
「……わたしのすきなのと、おなじほんがあったから、あとでみせてもらうね」
野営については、今まで経験した人から必ず言われてるし、もう今更だな。これに関しては誰に言われようと、自重する気はさらさら無い。
そうしてるうちにブラッシングも終わり、スワラは睡魔に抗いきれず眠ってしまった。膝枕をしながら耳をモフってる真白は、とてもいい笑顔だ。スワラのモフ係数は高そうだし、旅の間に一度くらいモフってみたい。
「さあコンガー。ブラッシングが終わったなら、次は私と猫じゃらしで遊びましょう」
「おぉぉぉぉぉ、ありがとうございます! ラメラ様っ」
「ん……ライム、今日は二人でクリムを倒そう」
「がんばろうね、クレアねーちゃん!」
「ふふふー、二対一だって負けないよー」
「われはソラと一緒にアズルを翻弄するのじゃ」
「立てなくなるまでやる、アズル覚悟」
「旅の初日なんですからー、程々でお願いしますー」
「俺はコールの抱っこだな、こっちに来てくれるか?」
「はい、今夜もよろしくお願いします」
「あっ、あのっ、コールお姉さま。カリン様たちがいらっしゃるので、あまりいかがわしい事は……」
顔を真っ赤にして、どんなことを想像しているんだ?
ちょっと後ろから抱きしめて、ツノを撫でるだけだぞ。俺たちは家族なんだから、鬼人族のツノを触ったって、なんの問題もない。やましい気持ちなんて、全く一切これっぽっちもないからな。
吐息が色っぽいので、ちょっとドキドキするが……
足の間に座ったコールをそっと抱き寄せ、髪を軽くすいた後に頭やツノをゆっくり撫でる。タルカは両手を顔に当てて、指の隙間からチラチラ見てるけど、何を恥ずかしがってるんだろうか。
「はふぅ~、やっぱり寝る前にこれをやってもらうと落ち着きます」
「旅の間は水や清浄に照明も、コールのお世話になりっぱなしだからな」
「ふはぁ……みなさんのお役に立てるのは、私の幸せです」
「コールお姉さま、すごく色っぽい。これが大人の魅力……」
「……タルカはわたしがなでてあげる、ここにあたまのせて」
「えっ!? そんな、カリン様にそこまでしていただくのは申し訳ないです」
「……タルカはわたしにツノをさわられるの、いや?」
「いっ、嫌じゃありません! すごく光栄です」
「……わたしはお兄ちゃんみたいに、おおきくないから、ここにねてね」
「では……しっ、失礼します」
膝に乗せられたタルカの頭をカリン王女が優しく撫で、額の真ん中から一本だけ生えているツノにそっと手を触れた。一瞬だけ体を固くしたものの、撫でられているうちに緊張が解けてきたようだ。
「……どう? きもちいい?」
「ふぁい、とても気持ちいいれふ。私は両親の記憶があまり無いんれふが、なんだかお母さんに撫でられてるみたい……」
「……わたしがまいにち、なでてあげるからね」
「嬉しいれふ、カリン様……」
さすがカリン王女の生み出す空間は凄い。そこだけ時間の流れが遅くなっているような、とても優しい空気に包まれている。それにアテられてしまったタルカからも、静かな寝息が聞こえてきた。
「この子たち、昨日はあまり眠れなかったみたいなのよ」
「昼間も馬車の中で、少し眠そうにしていたからね」
「俺が部屋に運ぶから、このまま寝かせてあげようか」
「……はい、それがいいです」
収納から毛布を二枚取り出して、二人にかけてあげる。寝顔はとても穏やかなので、今夜はいい夢を見られるだろう。
俺の頭から飛び立ったヴィオレが、羽から燐光を振りまきながら、二人の上を飛びはじめた。これは運ぶ時に目が覚めないようにしてくれてるんだな。
「うふふ、二人とも一生懸命で、すごく可愛いわ」
「あの……ヴィオレさん」
「あら、どうしたのポーニャ」
「足につけてる鎖……寝る時も……外さないの?」
「あぁ、これね。お風呂の時以外は外さないわよ」
「前はつけてなかった……ですよね?」
「うふふふ、これはね、リュウセイ君に贈ってもらった、私の宝物なの」
ヴィオレはそう言って、俺の胸元に抱きついてくる。とても丈夫で、劣化もほとんどしないという特殊な金属で作られたアンクレットは、今も室内の光を反射してキラキラ光っている。
「その金属はかなり加工が難しいと聞いてるけど、よくそんな細いものが作れたね」
「ピャチの街にいる小人族の職人さんが作ってくれたんだ」
「わざわざピャチまで行って贈り物をするなんて、リュウセイさんもなかなかやるわね」
「……ポーニャもほしい?」
「私はカリンと……一緒にいられるだけで……十分だから」
「……でも、きっとにあうよ」
「ポーニャもなにか贈ってもらうとわかるわよ、涙が出てしまうくらい嬉しいから」
これを贈った時、ヴィオレは嬉し泣きしたくらいだからな。こうした贈り物も、カリン王女とポーニャの絆に、いい影響を与えると思う。
「……ポーニャがきんしょこにいるとき、わたしのことをかんじてもらえる、なにかをもってほしい」
「ありがとう……カリン。……大事に思ってもらえて……とても嬉しい」
俺たちが仲良くしている姿を見せて、カリン王女と親しい人の繋がりをもっと深める。ヴィオレが計画した作戦だったけど、今日の様子を見る限り大成功だ。
王家の人間が率先して他の種族と仲良くすることは、この国がもっと良くなるきっかけになると思う。それに関わることが出来たのは、この世界が好きな俺にとって凄く誇らしい。
思念体になった流れ人の件では色々複雑な思いをしたけど、こうして笑い合える人たちの生活を守ることが出来て、本当に良かった。
異性にツノを触らせるのは、スキンシップ以上の意味を持ちます。
つまり主人公家族がおかしいだけで、鬼人族のタルカが抱いた感情は至極まっとうです(笑)




