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第239話 根も葉も《ある》噂

 冒険者ギルド本部で王国認定冒険者になることが決まった俺たちは、サンザ王子の依頼を受けることになった。


 ジェヴィヤの街はソラの生まれ故郷だが、あまりいい思い出が残っている場所ではない。どうしても辛いようだったら断ってもいい、シェイキアさんはそう言ってくれた。だがソラは、せっかくだから久しぶりに生まれ故郷を見てみたいと、ちょっと前向きになってくれている。


 なにか辛いことを思い出しても、俺たち家族がついていれば大丈夫だ。全て楽しい思い出で上書きし、ソラにはいつも笑顔で過ごせるようにしてあげよう。




―――――・―――――・―――――




 白いブラウスの上に黒の袖なしワンピースを着込んだクレアを抱っこして、王都の街をのんびりと歩く。向かっているのは冒険者ギルドだ。


 しかしこの服装、ソラに頼んでフリルをつけてもらうと、ゴスロリファッションぽくなるな。ちょっと想像してみたけど、クレアの不思議な雰囲気と合いすぎて怖い。カラコンを入れてオッドアイにしたり、眼帯を装着したりすると、立派な中二病患者が爆誕する。


 自分の娘が突然「()が左目に封じられた邪眼がうずく」とか、「魂に刻まれたアカシックレコードが」とか言い出すと対処に困りそうだ。元の世界にあるそんな知識を思い出さないように祈ろう。



「ん……パパ、どうしたの?」


「いや、インフィニティー( 無限大 )な可能性に、父さんの中にあるジャスティス( 正 義 )が、サクリファイス( 生 贄 )されそうになっただけだ」


「ん……???」



 おっとまずい、クレアの心配より、まず自分が先かもしれない。

 父親が読んでいたライトノベルにも邪眼持ちとか、超級しか使えない魔法使いとか、怪我してない腕に包帯を巻いてるキャラとか居たから、つい意識が引っ張られてしまった。


 それにしても、英語はわからないか……

 単に憶えてないだけかもしれないけど、この子に関する手がかりは本当に少ない。出会ってまだ数日だけど、既に情が移ってしまってるから、わからないままでも何ら問題ないけどな。



「クレアは将来どんな子になるのか、ちょっと想像してただけだから、気にしなくても構わないぞ」


「ん……大きくなったらパパのお嫁さんになるよ」


「クレアもライムと同じなんだな」


「ん……ライムと二人でパパのこと幸せにしてあげる」


「それは嬉しいな。

 よし! お礼に肩車してあげよう」


「ん……パパの肩車、好き!」



 抱いていたクレアを持ち上げ、そのまま肩の上に登ってもらった。

 頭の上からハミングのようなものが流れてくるが、全く聞き覚えのないメロディーだ。気にならないと言ったら嘘になるけど、こうしてご機嫌な娘を見るのは親の幸せだし、難しいことを考えるのはやめよう。



「冒険者ギルドに行った後はどうする?」


「ん……海が見てみたい」


「今度いく旅の帰りは船になるみたいだし、港まで行ってみるか」


「ん……船は初めてだから、楽しみ。パパは乗ったことあるんだよね?」


「父さんはこの世界で一度だけ乗ったことがあるぞ」


「ん……どんな船?」


「荷物と人を一緒に運んでくれる船で、なんと妖精がいるんだ」


「ん……ヴィオレみたいな人?」


「名前はドーラといってな――」



 途中で海が荒れて船酔いで気分が悪くなる人が出た話や、モニカと友だちになって王都でも時々会ってる話を伝えていく。見るもの聞くものが全て新鮮なクレアは、俺の話に耳を傾けるだけでなく街にある気になるものを、次々質問してくる。


 そうやって歩いていると、あっという間に冒険者ギルドまで到着した。



◇◆◇



 建物の中に入った後も、クレアは物珍しそうにあちこち視線をさまよわせている。


 王都に帰ってからも事情聴取や報告で忙しく、外出といえば服を買いに行ったくらいだから、ここに来るのは初めてだ。フロアにいる冒険者たちに少し注目されたものの、数人が手を振ったりサムズ・アップした後、依頼掲示板に視線を戻していく。


 正直、もっと騒がれると思ったけど、俺が誰かを抱っこしてるのは日常の光景だから、軽い反応で済んだ感じだろうか。まぁ無視されてるわけではないし、それだけ俺や家族の存在が王都に馴染んできたってことだな。


 いくつもある受付窓口を眺め、俺たちが家の購入をした時に手続きしてくれた、若い女性のいる場所へ向かう。明るくて気さくな人だから、友達感覚で話ができる受付嬢だ。



「王都ノリーの冒険者ギルドへようこそ、本日のご用件は何でしょうか」


「この子の拠点登録と、パーティー加入の申請をしたい」


「ん……これ私のカード」


「では、この用紙に必要事項の記入をお願いしますね」


「ん……わかった」



 クレアのカード自体はアージンで発行してもらったけど、拠点の登録は家のある場所でしか出来ない。パーティー加入もメンバー全員の署名が必要なため、イコとライザが来ていないアージンでは無理だった。


 俺の膝に座りながら書類を受け取ったクレアに視線を向けると、手渡された用紙に自分の名前をスラスラと記入している。これもこの子の不思議な点の一つだ。


 俺や真白が転移してきた時、言葉や文字は自動的にわかるようになっていたけど、書くのはちょっと苦労した。<実際の文字>と<書こうとする言葉>の違いに慣れず、違和感がなくなるまで時間がかかっている。例えるなら、日本語をローマ字として書くという感覚に近いだろうか。


 クレアの場合はそうした戸惑いが一切見られない、まるで初めからネイティブに使っていた、そんな感じがする。



「はい、問題ありません。これで手続きを進めさせていただきます」


「良かったなクレア」


「ん……これでパパや家族みんなと一緒」


「何だかすごく仲良しですけど、()()子供のいる女性と付き合い始めたんですか?」


「“また”ってどういうことなんだ?」


「あれ、ご存じなかったんですか? すごくきれいな未亡人の女性と街を仲良く歩いてたって、結構有名になってますよ」



 パーティーメンバーの同意書と、クレアの書いた紙を受け取った受付嬢に、そんな事を言われた。もしかして、あの時のことか……


 竜人族の隠れ里で泊まった後、ケーナさんと三人だけで歩いていたのが、噂になったんだろう。このあと港に行く予定だけど、知ってる作業員に会ったら冷やかされそうだな。



「そんな噂になってたなんて知らなかったよ」


「まぁ本人の耳には入りにくいですから、仕方ありませんね。

 それにしても未亡人好きですか……。私いい人しってますけど、紹介しましょうか?」


「ちょっと待ってくれ、ギルド職員がそんなことしていいのか?」


「リュウセイさんって優しい人だし、子供も大切にしてくれそうだから、問題ありません」



 問題しかないと思うんだが、俺の常識が間違ってるのか?



「ん……パパ、お嫁さん増やすの?」


「いや、増やしたりしないからな」


「王都で話題の多妻(ハーレム)王ことリュウセイさんですから、一人や二人増えた所で平気ですって。良ければ私も立こぅ……あいたっ!?」


「当ギルドの職員が大変失礼いたしました。ほら、あなたはさっさと手続きを済ませなさい」


「うぅ~、書類の角で叩くなんて酷いですよぉ、先輩」



 隣の受付けにいた職員に束ねた書類で頭を叩かれた受付嬢が、ちょっと涙目になりながら手続きを進めてくれている。何か言おうとしてたみたいだけど、聞かなかったことにしよう。


 しかし、多妻王とかいう称号はやめて欲しい。



「王都では初めて見る子ですけど、とても可愛らしいですね」


「ん……パパの娘だから当然」


「申し訳ありません。少し分かりづらい言葉を使ってらっしゃいますが、リュウセイさんのご息女なんですか?」


「先日から家族になった娘のクレアだ」


「……今度はどこの未亡人と?」



 いや、どうしてそこで未亡人が前提になるんだ。

 この王都で一体どんな噂が流れているか、とても気になってきた。



◇◆◇



 パパという言葉の意味や、俺たちと同じ世界から来た流れ人という説明をして、受付嬢たちには何とか納得してもらった。窓口担当だけじゃなく、後ろにいた事務員も集まった来てたけど、あとでギルド長に怒られても知らないからな。


 再びクレアを肩車して向かった港は、今日も大勢の人たちで賑わっている。



「ん……凄く大きい! パパ、あれは何?」


「あれは大型の貨物船みたいだな、中は色々な荷物がたくさん積まれてるはずだ」


「ん……船って面白い。後ろのところ、パカって開いてる」


「あそこから荷物を出し入れするんだ。中はいくつかの部屋に分かれてて、右に置く荷物と左に置く荷物を、一緒の重さにしないとダメなんだぞ」


「ん……どうして?」


「片方だけ重たくなると、船が傾いてしまうからな。荷物を積む時も降ろす時も、中にいる船員さんの言うことを聞いて仕事しないと、怒られてしまうんだ」


「ん……パパもやったことあるの?」


「父さんは大きな収納魔法を持ってるから、時々依頼を受けるぞ」


「ん……私、魔法使えないの残念」



 クレアには魔法が発現していない。

 出会った頃のライムのように、枠だけあって何も書かれていないとか、文字化けしたような表示になるとかではなく、魔法そのものが使えない生粋の地球人とでも呼べばいいんだろうか。


 さっき冒険者ギルドに行ったときに、俺も以前やった魔法の色を調べる玉を使わせてもらったが、全く反応しなかった。


 出会ってからも色々試しているけど、呪文を唱えたりスマホのフリックみたいな動きをしても、魔法枠やステータスプレートが出たりしてない。


 クレアは世界が呼び込んだ流れ人(ながれびと)ではなく、偶然この世界に来てしまった迷い人(まよいびと)ではないか、そんな仮説を立てている。


 四人の王たちやディスト(真竜)がわからないと言うんだから、これ以上調べても結論は出ないだろう。



「魔法が使えなくたって、クレアが大事な娘であることに変わりはないからな」


「ん……ありがとう。パパ大好き!」


「よし、今度はあっちの方を見に行くか」


「ん……あっちも面白そう、早く行こ」



 港で作業している人の邪魔にならないよう移動していると、積み上げた荷物の近くで談笑している集団がいた。あれは紫晶ししょう商会で働いている、収納持ちの従業員だ。大型貨物船が入港したとあって、チャーター便以外の荷物が届いたんだな。



「おっ、リュウセイじゃないか!」

「噂の未亡人殺し(キラー)がご登場だ」

「上手いことやりやがって! やっぱりこの間の配達で、お近づきになったのか?」

「どうやって口説き落としたか教えろよ」



 未亡人殺しとか言われたぞ? なんて二つ名をつけるんだ。多妻(ハーレム)王といい未亡人殺し(キラー)といい、本当にどんな噂が流れているか気になって仕方がない。



「ん……パパのお友だち?」


「この人たちとは冒険者ギルドの依頼で、時々一緒に仕事をするんだ」


「ん……私、パパの娘になったクレア。よろしく」


「リュウセイのことを変な呼び方してるが、こりゃまた可愛らしい娘ができたな」

花紫(はなむらさき)にいる子供とは違うみたいだぞ」

「おい、リュウセイ。今度はどこの未亡人を落とした、正直に言え」



 いや、だから、どうして未亡人前提なんだ。


 ちょうど荷降ろしの順番待ちだった従業員たちが集まり、ケーナさんやクレアのことを根掘り葉掘り聞いてくる。とりあえずケーナさんのことは正直に話すとして、クレアは適当に濁しておこう。ぶっちゃけ、もう面倒くさい。




 王都に流れる噂や複数ついた二つ名とか名状し難いことはあったものの、クレアとのお出かけはとても楽しかった。またこうした機会は作るようにしよう。


SAN値が下がる主人公(笑)


◇◆◇


 第0章の資料集と登場人物一覧を更新しました。

 クレアの追加と身長対比画像の差し替え、黒い思念体の男、そして筋肉ヒーラーことディレなど追加していますので、よろしければご一読下さい。

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後日談もよろしくお願いします!

色彩魔法あふたー
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