第238話 冒険者ギルド本部
新章の開始です!
ベルさんと一緒に地脈源泉へ行って話を聞いてもらってから、夜中に目をさますことはなくなった。ああした気遣いができる人が近くにいてくれたのは、とても幸運なことだ。
自分の弱い部分を見せてしまったからか、それとも膝枕で寝てしまったからだろうか、起きてからベルさんの顔を見るたびに鼓動が高鳴る。
それはベルさんも同じらしく、お互い変に意識しあってるせいで妙に甘酸っぱい。少しギクシャクしてしまったのは残念だが、そのうち元の状態に戻れるだろう。
そうして事件から数日経ったある日、冒険者ギルド本部へ来るよう連絡が来た。
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「思ったより小さいねー」
「王都の冒険者ギルドはかなり大きいですから、ちょっと拍子抜けです」
「本部といっても、やることは会議くらいだからね。大きな建物なんて必要ないんだよ」
迎えに来てくれたシェイキアさんと一緒に馬車を降り、初めて目にした冒険者ギルド本部を前にして、みんなから素直な感想が漏れる。
作りはしっかりしているけど、行政区にある建物の中では小さい部類だ。周りが大きな建造物ばかりなので、余計にそう感じてしまう。
「うぅっ、なんだか緊張します」
「ピィ~」
「大丈夫よ、コールちゃん。別に怒られるようなことじゃないんだし、ちょっと手続きするだけで終わるから」
「いい加減なんの目的で呼んだのか話すのじゃ」
「それ私の口からは言えないんだよー。中に行ったらわかるから、さっさと入ろ」
今日呼ばれたのは、アージンのダンジョンに潜った全員とクレアだ。
もちろん四人の王たちとディストもいる。
まず間違いなく先日の事件絡みだろうけど、口止めされているらしく詳しい内容を話してくれない。こんな大層な場所でいたずらなんて仕掛けないだろうから、シェイキアさんに指示できるだけの立場を持った人物が絡んでいるはずだ。
うん、これは緊張するなって方が無理だな。
ホテルにあるフロントのような上品な受付けで手続きをした後、二階にある会議室へと通された。そこには三人の男性が待っていて、一人以外全員知った顔だ。
「やあ、わざわざ足を運んでもらって悪かったね」
「サンザ王子じゃないか、一体どうしてここに……」
シェイキアさんより上の立場の人が来ると予想していたが、まさかサンザ王子だとは思わなかった。でも確かにそれくらいに地位がないと、御三家の当主に口止めするのは無理だろうな。
部屋にいた三人はサンザ王子と王都の冒険者ギルド長。そしてもう一人は全国の冒険者ギルドを統括する、ここの本部長らしい。
呼ばれた理由は報奨に関することだ。
今回は国難を救ったということもあって、あの時参加したメンバーには国から多額の達成報酬が支払われる。特に俺たちは功績が高いと報告されているので、税金免除などの優遇を受けられることになった。
更に俺たち家族には来年から五十年間、貴族と同じように国から歳費が支給される。前代未聞のことだが、王家と御三家が賛同したため、割とすんなり決定したそうだ。
「叙爵という話も出たんだけど、シェイキアに反対されてね。私としても君たちを縛りたくないから、別の形で功績に報いると決定したよ」
「階位への昇格は望んでないと言っていたし、国王様も認めてくださったからこれを用意した」
「ふぉぉぉー! これは王国認定冒険者カード」
「シンバおじちゃんと、おなじだね」
「シンバみたいに二枚持って、今まで通り黄段として活動していいよ」
ギルド長が開けてくれたケースの中には、銀色に輝く九枚のカードが入っていた。こんな場所に集まって、限られた人数のみで会議をしたのは、これを渡すためだったのか。
身分を明かしても咎められたりしないけど、騒がれることは覚悟したほうがいいようだ。シンバや他の所持者も、そうしたことが鬱陶しいから黙ってるんだろう。
王国認定冒険者が持っている最大の権利は、貴族の要求を断れることらしい。強引に依頼を受けさせようとした場合、王家に対する反抗とみなされ処罰を受ける。特殊な力が発現した俺たちだから、このカードを持っている意味は大きい。
ディストは竜族の王という立場なので国に縛るマネはせず、いま持っている冒険者カードを特別依頼達成の物に変更してくれた。
四人の王たちはいずれ元の生活へ戻るからと、王家から感謝の印として紋章入り特別金貨をもらっている。あとで多目的ルームに飾っておこう。
今回の依頼を受けていないイコとライザには、街の通行税が免除になる手形を発行。これは、禁書庫の掃除を手伝った時に活躍した褒美として、便乗する形で出すと決定したそうだ。
「ん……私ももらっていいの?」
「それはクレアちゃんを大変なことに巻き込んじゃってゴメンねっていう、お詫びの印だから受け取っておいて」
「ん……わかった、大切にする。ありがとう」
「良かったな、クレア」
「ん……パパと家族みんなのおかげ」
隣りに座っているクレアの頭を撫でると、嬉しそうな笑顔を向けてくれる。この姿を見ていると、しっぽがブンブン揺れている姿が目に浮かぶんだよな。匂いで親を判別していることといい、どうにも犬っぽい印象が強い。
こうしてクレアにも通行手形が発行されたから、これで家族全員どこの街にも行き放題だ。俺たちにとっては最高の褒美になった。
「なんだか貰い過ぎの気もしますけど、色々ありがとうございました」
「あなた達はそれだけの事をやってくれたのよ、マシロちゃん」
「君たちの自由な生活は王家で保証するから、これからもこの世界を楽しんで欲しい」
「この国には良くしてもらっているし、何か困り事や俺たちに出来ることがあれば協力するよ」
「それならさっそくで悪いんだけど、カリンのお願いを聞いてもらえないかな?」
最初からその話をするつもりだったのか、待ってましたとばかりにサンザ王子が笑いかけてきた。なんだろう、この爽やかで清涼感あふれる笑顔は。スポーツ選手とかで時々話題になる、スマイル王子とかいうやつか?
容姿が整いまくってるおかげで破壊力が半端ない、同性の俺でもドキッとしてしまう。
シェイキアさんはこめかみを押さえて、アチャーといった感じにこちらを見ているので、なにか事情を知ってそうだ。
「あらあら、カリン王女の頼みなら、ぜひ協力してあげたいわ」
「ダンジョンはしばらく行きたくないけど、カリン王女のお手伝いなら何でもするよー」
「あの方のお願いでしたら危険なことはないでしょうし、是非お話を聞かせてください」
「カリンにはそろそろ王族としての公務を経験させたいんだ。でも知っての通り人見知りだから、なかなかその機会が持てなくてね――」
王族の子女が五歳になると、家族で公務に出席する義務が発生する。これは子供をお披露目する目的の他、王家の安泰を国民に示す役割があるそうだ。
まだ幼いため全て参加させることはないが、年に何度かそうした機会を設けることになっており、そのうちの一つが他の街を訪問すること。
ちょうど来年はじめ、ジェヴィヤという街で民間研究所が開催する国内最大の学会があり、サンザ王子はそれを視察することが決まった。
良い機会なのでラメラ王妃も連れて、家族でカリン王女をお披露目したい。そこで旅のサポートを俺たちに頼めないかというのが、サンザ王子が話してくれた内容になる。
なんというか、まだ幼いのに王族というのは大変だな。
しかし旅のサポートというなら、俺たちにはうってつけの仕事だろう。出発は半月ほど後なので、うまくいけば持ち運び式別荘も完成している。
王家専用の馬車で移動する姿を見せることも職務に含まれるため、転移魔法を使うわけにはいかない。それから途中の街に立ち寄って貴族たちと接見するのも、王族としての大事な使命だ。
かなり長期間家を空ける事になるが、途中でコールに出会ったドーヴァと、ソラと出会った物流拠点のトーリへ寄るから、時間を作って少しだけ家に戻れば問題ないだろう。
みんなカリン王女のことは気に入ってるから、二つ返事で了承した。
◇◆◇
帰りも馬車で送ってもらえることになったので、全員で一緒に乗り込み冒険者ギルド本部を後にする。
そして動き始めたと同時に、シェイキアさんが大きくため息をついた。
「はぁ~、さすがサンザ王子ね、やられたわ」
「なんか始めから頼む気まんまんみたいな感じだったな」
「王家の依頼って普通の冒険者は受けられないんだけど、あなた達は王国認定になったでしょ?」
「その辺も込みで国王が認定したってことか」
「彼、かなり孫バカなんだよ。きっとサンザ王子から今回の計画を進言されて、渡りに船とばかりに即決してるわね。
その時の光景が目に浮かびそうよ……」
それだけの功績を認められていたとはいえ、この短期間で俺たちが認定されたのは、そんなカラクリがあったようだ。
しかし、国王のことをこんな風に言って、不敬にならないんだろうか。まぁ移動中の馬車から声が漏れることはないし、国王といえども彼女にとっては年下なんだから仕方ない。とりあえず聞かなかった事にしておこう、きっとこれが大人の対応ってやつだ。
とはいえ、その辺りの思惑があったとしても、サンザ王子一家との旅は楽しみにしてる。
俺たちは護衛も兼ねてるので、参加するのは侍従見習いの二人と近衛隊長。それに騎士団から、兵士が二名のみだ。
目的地や途中で寄る街には、必要な人員を予め配備してる。そのため移動は少人数に絞り、様々な経験を積みながら初めての公務を体験させたい、そんな目論見を語ってくれた。
それに、開かれた王室を目指しているサンザ王子としては、物々しく周囲を威圧しながら移動することを、良しとしなかったようだ。
「それよりソラよ、ジェヴィヤと聞いた時に少し動揺していたようだが、何か気になることがあるのか?」
「私、隣りに座ってたのに気づきませんでした、何かあったんですか? ソラさん」
「ピピー?」
「大したことない、大丈夫、心配してくれてありがとう」
「それでは何かあると言っとるようなものなのじゃ、家族だから遠慮せんでもよいのじゃぞ」
「ん……パパがいるから、どんな悩みでも即解決」
「ソラおねーちゃん……」
「わかった、言う。そんな悲しい顔、ちょっとずるい。
……ジェヴィヤ、私の生まれた街。父と母どうしてるか、少し気になった、それだけ」
ソラの両親はほとんど家におらず、半ば育児放棄のような状態になっていたと聞いている。あまりその時のことを話したくないようなので、詳しい事情を尋ねたことはなかった。
両親との間になにかあったとしても、ソラの味方でいることだけは絶対だ。そして、もしジェヴィヤの街で会う機会があれば、ソラと家族になって幸せに暮らしていると報告しよう。
次回はクレアとデート。
彼女に関して判っている事など語った上で、資料集の更新もします。
主人公が王都の暮らしにどう溶け込んでるのか、それも判明しますので色々な意味でお楽しみに!




