第22話 これからの事
第2章の最終話になります。
応接室から戻ると、ギルドの飲食スペースは大いに盛り上がっていた。一部のテーブルには軽食や大きなジョッキが並べられているので、お酒を飲んでいる人もいるんだろう。ギルド長は一杯だけ奢ると言っていたが、出来上がりっぷりを見ると自腹でお酒を追加してるっぽい。
「おっ、主役の登場だ!」
「待ってました、お三方!」
「お前たちもこっちに来て、何か頼んでいけ」
「ギルド長の奢りだから、一番高いやつがおすすめだぞ」
俺たちを見つけたシンバが真っ先に声を上げ、他の冒険者たちも手招きしながら誘ってくれる。緑の疾風亭でも夜の食堂がこんな感じだが、夕食はいつも部屋で食べているので、こういった場に参加するのは初めてだ。
「みんな盛り上がってるな」
「みんな楽しそう」
「お酒を飲んでる人も多いね」
三人でシンバたちが座っている長いテーブル向かい、開けてくれた場所に腰かける。ライムにはちょっと高すぎるので、俺の膝の上に座ってもらうことにした。
「酒は飲めるのか? リュウセイ」
「俺たちの世界では二十歳になるまで、お酒は飲めなかったんだ、だから今日は遠慮しておくよ」
「ならマシロちゃんも無理か……まぁ、酒なんぞ無理に飲む必要はない。
誰か果実水の品書きを持ってきてやれ」
冒険者の一人がメニューをテーブルに置いてくれたが、初めて見ただろう真白は戸惑うような視線をこちらに向けてくる。メニューには“赤の果実水”や“青の果実水”と色で表現された文字が並べられていて、俺とライムも最初はどんな味かわからず、注文してから後悔したこともある。
「お兄ちゃん、味の予想ができないよ」
「赤の果実水は少し刺激のある味で、青の果実水は飲んだ後に口がスーッとする、緑の果実水は野菜ジュースみたいな感じだな」
「ライムは黄色がすき」
「黄色はどんな味なの?」
「少しとろっとした果物ジュースで、とても濃厚だった」
「お兄ちゃんのオススメはどれ?」
「俺はスポーツドリンクみたいな白が好きだ」
他にも黒や水色や紫があるが、水色は少し酸味のある味で、紫は甘くて美味しいが舌もその色に染まって、なかなか元に戻らなかった。黒は……もう思い出したくない、何かの罰ゲームなんじゃないかと感じる味だ。
「私もお兄ちゃんと同じのにするよ」
「なら白が二つと黄色が一つだな、注文してくるよ」
「俺が行ってきてやる、リュウセイは座ってな」
メニューを持ってきた人とは別の冒険者がカウンターに走っていき、コップを三つ持って戻ってきた。何というか、みんな色々と世話を焼いてくれようとするのが、かなり珍しいけどとても嬉しい。
「ありがとう」
「ありがとう、おにーちゃん」
「ありがとうございます」
「なに、いいって事よ!」
二十歳くらいの冒険者は、少し照れながらサムズ・アップして席についた。ウィンクは苦手のようで、両目をつぶりそうになっていたが。
「飲み物は揃ったな、なら改めて乾杯といこうじゃないか。
特別依頼の達成を祝して、乾杯!」
「「「「「「乾杯!!!」」」」」」
シンバが乾杯の音頭をとってくれると、あちこちのテーブルからコップのぶつかる音が聞こえてくる。俺たち三人も同じようにコップを軽く合わせて乾杯をする。
「ホントだ、白ってスポーツドリンクみたいな味だね、美味しいよ」
「ライムのも美味しい」
「飲んだ後はちゃんと口の周りを拭こうな」
「うん!」
黄色の果実水は粘度が高いので、飲んだ後は口の周りに汁が残ってしまう。テーブルの上に小さな手ぬぐいを置くと、それを確認したライムが元気に返事をして、果実水を飲み始めた。
「ギルドから褒美はもらってきたか?」
「あぁ、カードに模様を入れてもらったよ」
「俺とお揃いだな」
シンバが自分の首からカードを抜き取りテーブルの上に置いたが、そこには俺たちがさっき付けてもらったものと同じ模様が刻んである。
「最初に見た時は黄色の段位だから違うデザインだと思ってたんだが、シンバも特別依頼の達成者だったんだな」
「おう、若い頃にちょっとした縁で受けられてな」
「シンバさんの他にも、その模様が入ったカードを持ってる人っているんですか?」
「全員のカードを知ってるわけじゃないが、治療を担当してる筋肉も持ってるぞ」
「それは難しい治療をする依頼を受けたからか?」
「いや、あいつは自分の筋肉で成し遂げたと言ってたな……」
「だからあいつは、どんな怪我でも筋肉で治せって言うんだよ」
「女性にも同じ事言うのよ……そんなの無理だって!」
「今も体を鍛えに修行に出てるらしいからな」
「なんでそんな奴に白が発現したのか、さっぱりわからん」
みんなが口々に治療を担当している男性のことを教えてくれるが、聞けば聞くほど変わった人物だという印象が強くなる。ただ一つだけブレないのは、“筋肉が全て解決する”という一点だけだ。
「マシロちゃんが治療を担当してくれて、本当に良かったぜ」
「僕も一度はマシロさんの治療を受けてみたいな」
「お姉さんの心の傷も治療し・て・ね」
「全員の治療は無理ですけど、頑張りますね」
「みんな、むりしたらだめだよ?」
「「「「「「わかってるよ、ライムちゃん!!」」」」」」
酒が入ってるせいか、サムズ・アップするみんなの動きがキレッキレだ。
そして、何があったのは知らないが、心に負ったものは無理だと思う。ハートが飛んできそうな投げキッスをしている女性は、真白に何をさせようとしてるんだ……
「そういやリュウセイ達はこれからどうするんだ、ここに定住するのか?」
「ここはいい街だから出来るだけ長くいたいが、いずれライムの仲間を探す旅に出ようと思ってるんだ」
「ほう、竜人族を探す旅か」
「とーさんはライムのために、竜人族のことをもっと知りたいんだって」
「いいじゃないの、さすがリュウセイ君ね」
「うんうん、そうね、やっぱりいいお父さんしてるわ」
「竜人族を探すなんて夢があっていいじゃないか、冒険者はそうじゃなくっちゃな」
「ライムちゃんやマシロちゃんと別れるのは辛いが、応援してるぜ!」
「俺たちもまた別の街に行ってみるか」
「なら特別依頼を達成できて、ちょうど良かったな」
「シンバがそういう方向に話を持っていってくれたおかげだよ、ありがとう」
「よせやい、俺は別に何もしてないぜ」
シンバに向かって頭を下げると、珍しく照れた顔になって目をそらす。周りの冒険者にも冷やかされてるが、かなりレアな表情を引き出してしまったらしい。
「竜人族の手がかりみたいなものは無いんですか?」
「竜人族が街に出てくることは滅多にないからな」
「森や山の中を転々としてるって噂だぜ」
「人の少ない街道の近くで、それっぽい人を見たって噂はあるわよ」
「僕のおばあちゃんは、湖や川みたいに水のある所が好きだって話をしてたよ」
「人のあまり入ってこない谷の近くにある洞窟に、誰かが暮らしていた跡があったりすると、竜人族の逗留場所と言われたりするな」
みんなの話を統合すると、他種族の前にはほとんど姿を表すことがないみたいだ。それにライムを見つけたのも渓谷のほとりだとドラムが言っていたので、水のある場所を好んでいるというのも信憑性がある。各地を移動しつつ、そういった場所を訪ねてみるのが、竜人族を探す第一歩かもしれないな。
依頼を終えて帰ってきた冒険者も、今の状況を何事かと受付嬢に聞いて一杯飲んで帰ったり、人が何度か入れ替わりつつ、夕方近くまでギルドで話をして帰ることにした。
◇◆◇
緑の疾風亭に戻ると、シロフも特別依頼達成の話を知っていて、とても喜んでいた。親父さんもカウンターまで出てきて褒めてくれたし、母親も厨房に続く扉から少し顔を出して微笑んでくれた。ここは冒険者もよく来るし、俺たちが泊まっていることも知られてるので、真っ先に話が伝わったんだろう。
「今日は普通の依頼ができなかったけど、色々な話が聞けて楽しかったね」
「ピアーノちゃんが笑ってくれて、よかった」
「オールガンさんにも、小さな小屋作りの協力をしてもらえる事になって良かったよ」
依頼の報酬はピアーノからもらっているが、オールガンさんからの提案でオーダーメイドの小屋作りに協力してくれる職人を、紹介してもらえることになった。さすがに建築資材の卸商だけあって、自分たちだけでは手のつけようがなかった部分を手助けしてもらえるのは嬉しい。話によると腕の確かな職人さんらしいので、快適な旅の実現に向けて大きく前進することが出来た。
「しばらく普通の依頼を頑張って、旅の資金を貯めようね」
「いつくらいに出発するの?」
「秋の収穫が終わるくらいまでは、ここで荷運びをやらせてもらおうと思ってるんだ」
「じゃぁ、それが終わった時点の状況次第だね」
「とーさんと、かーさんといっしょの旅、たのしみ」
「俺もそれまでに、もう少し剣の訓練をしておくよ」
ごく稀に“ハグレ”という、本来はダンジョンにしか生息しない魔物が地上に出てくることがあるらしいが、街道で剣が必要になるのは主に動物を追い払う時だけだ。整備された街道は、定期的に討伐や巡回が行われているので、危険な野生動物に襲われる可能性も低い。それでも、大切な家族を守れるだけの技術は、身につけておこうと思う。
「まずは南を目指すんだよね」
「これから冬の季節になると北の方は雪も降るみたいだから、ちょっと見てみたい気もするが、やっぱり寒いのは嫌だからな」
「南はくだものが美味しいっていってた」
「料理の味付けも、この辺りと少し違うって言ってたから楽しみだなぁ」
「海産物も手に入りやすいらしいな」
「お魚や貝のフライなんかもいいね」
「かーさん、それどんな料理?」
「コロッケを作る時に使ったパン粉を、お魚や貝につけて油で揚げるんだよ」
「なんか美味しそう!」
「旅の目的が変わってしまいそうだが、やっぱり食べることは大事だし楽しい方がいいな」
「移動中も出来るだけ美味しいものが食べられるように、おじさんに色々教えてもらっておくね」
真白がいてくれると、移動中の食事にも困らないのがうれしい。それに、持ち運びのできる小屋が完成したら、宿泊も快適になるだろう。街道にはところどころ井戸も掘ってあるようなので、収納魔法と合わせれば水不足に悩むことも無さそうだ。
まだまだ知らないことの方が多い世界なので、一体どんな物があるかわからないが、行ったことのない場所というのは好奇心をくすぐられる。その日は眠りにつくまで、まだ見ぬ世界へ思いを馳せながら語り合った。
ネクターは森永が商標を手放しているので、使っても大丈夫なはず。
次話からいよいよ旅に出ますが、出会い系チート持ちの家族だけあって、いい出会いが待っています(笑)
ご期待下さい。




