第237話 英雄
第17章の最終話です。
後半で視点が変わります。
寝ている途中で、ふと目覚めてしまった。
部屋の中はまだ暗く、夜明けまでだいぶ時間がありそうだ。
周りから聞こえてくるのは、静かな寝息だけ。
左腕は真白のまろやかな感触に包まれ、俺に安心感を与えてくれる。昨日は背中に張り付いてきたり、膝枕でゴロゴロしたり、抱っこしながら頭を撫でられたり、寝る直前まで甘えまくっていた。
体の上にはいつものようにライムが登り、その横で丸くなってるのはバニラだ。服の間には今夜もヴィオレが潜り込み、うつ伏せになってスヤスヤ寝息を立てている。
昨日から娘になったクレアは、俺の右腕を枕にしつつシャツを掴みながら眠っていて、ぼんやり見えるその顔から寂しさのようなものは感じられない。
珍しく夜中に起きてしまったのは夢のせいだ。
内容は詳しく憶えていないけど、間違いなく昨日消滅させた男が喋っていた。
あの行為は間違ってなかったと思ってるし、後悔だってしていない。似たような事件が起これば、俺はまた同じことをするだろう。
しかし、この世界で暮らす家族や友人を守るため、他人を手にかけてしまったのは事実だ。例えそれが思念体だったとしても、このことを忘れるわけにはいかない。
もしこの世界を作った神が本当にいるのなら、どうして流れ人の不始末を同じ流れ人に任せたのか、ちょっと文句を言ってやりたいところだ。愚痴くらい聞いてもらっても、バチは当たるまい。
まぁ、こうやって家族に囲まれた生活は幸せだから、恨んだりしないけどな。
そんなことを考えながら、俺はもう一度目を閉じた。
今度はいい夢を見られますように……
◇◆◇
朝ごはんを食べて少し経ったころ、ベルさんが一人で家に来てくれた。客室で女性の格好に着替えてくれたけど、事情を知らないクレアは混乱している。
「ん……女の人と男の人、どっちが本当?」
「色々事情があって普段は男の格好をしてるんだけど、こっちが本当の姿よ」
「ん……男の方はマラクスで、女の方はベルって呼んだらいいの?」
「何だかすごく理解が早くて助かるわ、申し訳ないけどそれでお願いね」
「ん……大丈夫。パパの子供だから、それくらいちゃんと出来る」
「たった半日なのに、リュウセイ君の子供として違和感なくなってるのが凄い……」
今も俺の膝に座ってご機嫌だし、仲の良い親子に見えるのは当然だろう。
しかし、膝に座りたがる家族が増えたから、ちょっとローテーションが大変になってしまった。食事中以外は、誰かが俺の膝にいる気がする。
「せっかく旦那様の子供が増えたのに、“まま”になれなかったのは残念なのです」
「旦那様との間に、念願の子供が出来ると思ったですよ」
「そういえばベルちゃんはどうなの? 昨日は試してなかったわよね」
「え!? ほら、昨日は男の格好だったし、それにリュウセイ君との子供って、えっと、その、あの……」
ヴィオレの言葉でアワアワしながら照れるベルさんは、相変わらず可愛いな。このままでは、また父性が荒ぶってしまいそうだ。
せっかく女性の格好をしてくれたんだから、クレアにチェックしてもらおう。
「試してみるか? クレア」
「リュ、リュウセイ君!? 本気なの?」
「ベルさんがどうしても嫌と言うなら、やめておくけど?」
「嫌じゃ、ないんだけど……ちょっと恥ずかしくて」
「ベルさんとはもう、私のマナ共有で繋がってるんですし、これでクレアちゃんのママ認定されたら、もっと結び付きが強くなれますよ!」
「うぅっ……じゃぁ、お願いします」
「ん……わかった」
俺の膝から降りてベルさんの方へトコトコ歩いていったクレアが、胸のあたりに顔を近づけてスンスンと匂いを嗅いでいる。全員あの辺りで確かめてるけど、場所的に意味があるんだろうか?
「クレアどう? ベル、ママになれそう?」
「ん……ママとは違うけど、すごくいい匂いがする。膝に座ってもいい?」
「えぇ、いいわよ。そのままこっちにいらっしゃい」
「あるじさま以外の膝に座ったの初めてだねー」
「やはり女性の姿をしたベルさんは強敵です」
「今日のベルはいつもより気合が入っとるようじゃからな、女性らしさがにじみ出ておるんじゃろう」
俺にはいつもと同じようにしか見えなかったけど、化粧とか身だしなみが普段とは違うんだろうか。赤みを帯びた金色の髪はいつもどおりキレイだし、耳につけたピアスもよく似合ってる。薄く色づいた唇や、紅葉を思わせる瞳も……って、じっと見つめていたら、ちょっとドキドキしてきた。
これが気合の入ったベルさんの本気なんだろうか、なかなか恐ろしいものの片鱗を味わった気分だ……
ここは何か話題を振ってごまかそう、それしかない。
「そういえば、シェイキアさんはどうしたんだ?」
「お母様は王城とギルド本部に行ってるわ。昨日のことでかなり忙しいから、私がリュウセイ君たちの様子を見に行くよう、頼まれたのよ」
「過去の流れ人が起こした事件だし、国としては大きな問題になってるんだろうな」
「とーさんやかーさんは悪くいわれたりしない?」
「大丈夫よ、ライムちゃん。同じ流れ人だからって、そんなことを言う人がいたら、私の家が全力で潰すわ」
ベルさんの迫力が急に増したけど、あの目は本気で言っている感じがする。
そこまで力強く味方になってくれるというのは嬉しいから、ここは素直に甘えさせてもらおう。
「ボクや王たちは国に囚われた存在じゃないからね、自ら身を滅ぼすようなことは控えるほうが利口だよ」
「今日の話し合いで王家が味方になるのは確定してますから、ご心配いただかなくても大丈夫かと」
「王城で出会った王子とやらも、リュウセイのことを気に入っていたし、悪いようにはならんだろう」
サンザ王子の人柄を見る限り、今の国王もかなりいい人なんだろう。昔はちょっとアクティブ過ぎたみたいだけどな。
大人の事情やら国の柵やらあると思うけど、変な要求でもされない限り任せてしまったほうが良さそうだ。
◇◆◇
お昼を食べて食休みをした後、ベルさんが二人だけで話をしたいと、こっそり告げてきた。
その雰囲気から完全な内緒話だと感じた俺は、家の中で話すのをやめて二人で出かけることに決める。とはいえ、女性の姿をしたベルさんを街へ連れ出すのは無理だ。そこで自由に使っていいと言われている、地脈源泉結界へ転移することに。ここなら絶対、誰の目にもとまることはない。
「へー、ここがディストさんの住んでいた場所なのね」
「精霊や妖精すら入れない結界が張ってあるから、ここは言葉どおり二人だけの場所だ」
「うっ……それ、ちょっと恥ずかしいわね」
「確かに、言われてみればそうだな」
よくよく考えてみると、女性をひと気のない場所に誘うとか、かなり危ないことをしている。何も警戒せずに了承してくれたベルさんの気持ちを、裏切るような行為だけはやめよう。
「この格好で外を歩くことってほとんど無いから、なんだか新鮮だわ」
「そんな貴重な機会の相手が、俺で良かったのか?」
「ふふふ、逆にリュウセイ君以外だったら断ってるわよ」
俺が知ってる限りでは、古代エルフの里で催された神樹祭に参加した時だけだ。あの時は家族やシェイキアさんが一緒だったけど、今日は二人っきりで出かけている。
もしかして、これってデートになるんじゃないか?
そうやって意識すると、どんどん鼓動が速くなってきた。これはとっとと木のある場所に移動して座ってしまおう。
「誰にも聞かれたくない話って、クレアや俺の家族に関することか?」
「違うわよ、リュウセイ君のこと」
真剣な目でこちらを見つめられ、また鼓動が跳ね上がった。
自意識過剰かもしれないけど、もしかして俺に告白するつもりなのか?
嫌われてはいないと思うけど、そこまで想われているかは正直なところ自信がない。
もちろん俺はベルさんのことが好きだし、間違いなく大切な女性だ。なにせ、この世界が大事だと宣言した時、頭に浮かんできた一人だからな。
「……えっと、詳しいことを聞かせてくれ」
「ねぇ、リュウセイ君……昨日のこと大丈夫?」
「大丈夫、とは?」
「世界に弓を引いた罪人の思念体だったけど、あなたが引導を渡してくれたでしょ? 本当はそんなこと、あなたに任せたくなかったの。でもあの時、私は何も出来なかった。だから、あなたが傷ついていないか、すごく気になって、何か力になってあげられないかなって」
「そうだったのか……」
―――――*―――――*―――――
ベルと龍青の二人は、地脈源泉の近くに生えた大きな木に並んで腰掛け、太い幹を背もたれにしながら話をしている。
昨日やったことは後悔していないし、間違ったこともしていないと語る龍青の言葉を、ベルは黙って聞く。世界のためとか、国民を救ったなんて、耳障りのいい言葉は口にしない。あれしか方法がなかったや、仕方がなかったとか、行為を正当化するようなことも言わなかった。
ただ龍青の話を聞き、それを全て受け止め、ベル自身の言葉で肯定していく。そして、心の中にある引っ掛かりを丁寧に解きほぐし、優しくいたわるように言葉を紡ぐ。
諜報の仕事というのは、綺麗事だけでは済まされない。実力行使を伴うことも多く、正当防衛も発生する。ベル自身も同じような思いをしたことは、過去に何度もあった。
幸いベルには、人より遥かに長い人生経験を積んできた、古代エルフの母親という存在がついている。しかし龍青の家族に、誰かを害した経験のあるものなどいない。そのことをずっと心配していたシェイキアが、娘に龍青の心をケアするよう頼んだのだ。
「ありがとうベルさん、話を聞いてもらってだいぶスッキリしたよ」
「あなたの役に立てたのなら良かったわ」
「何かトゲが刺さっていたような気持ち悪さも無くなったから、夢見も良くなると思う」
「また話したいことがあったら、いつでもウチに来てね」
「家族にこんな話はできないから、申し訳ないけど頼らせてもらうよ」
「いいのよ、これくらい。私だって、その……リュウセイ君に甘えたことが、あったんだから」
膝枕をされながら眠ってしまった時のことを思い出し、ベルの頬がほんのりと染まる。それを見ていた龍青の表情が、わずかに柔らかくなった。
「膝枕くらいならいつでもするから、遠慮なく言ってくれ」
「きょ、今日は私が膝枕する番よ。昨日あまり眠れなかったんでしょ?」
「ここは風も吹いてないし暖かいから、言われてみればちょっと眠くなってきた気がする」
「夕方までに起こしてあげるから、少し横になってもいいわよ」
「じゃぁお言葉に甘えて、そうさせてもらおうかな」
龍青が体を倒し、ベルの太ももにそっと頭を乗せる。
とりとめのない話をしながら、ベルが優しく頭を撫でていると、やがて静かな寝息が聞こえてきた。
「さっきは言わなかったけど、あなたがこの世界を救ってくれたんだからね」
ベルは頭を撫でていた手を、ゆっくり龍青の頬へ移動させる。少しくすぐったそうに身をよじるが、その目が覚める気配はない。
「あなたは私の英雄よ」
もちろん龍青一人の力じゃないことを、ベルは良くわかっている。しかし、あの家族をつなぐ要になってるのは、間違いなく龍青だ。
そして、召喚魔法で四つ目の聖魔玉を呼び寄せ、あの男が張った障壁を瞬間移動で越え、身勝手な野望を阻止することが出来た。
そんな龍青に対し、ベルは憧れのような感情をいだき始めている。
「この国を護ってくれてありがとう。
……私の初めてを、あなたに捧げるわ」
そう言葉にしたベルは寝ている龍青の顔に近づき、少しだけ至近距離で見つめたあと、目を閉じてそっと口づけをした――
どこにキスしたのかは、言わぬが花でしょう(笑)
異世界に転移してグロに関してはリミッターがかかるようになっていますが、他人を害することの倫理観は日本基準です。その辺りどう折り合いをつけるか、しっかり解決しておきたかったので、この話が生まれました。
余談ですが、プロットの段階で、この役はケーナでした。
甘えまくって泣き言をいう主人公の構想もあったんですが、物語が進んでいくうちになんか違うなーと思って、今の形になりました。
次章は新しい街に向かって旅に出ます。
とある人物の再登場や街でのデート、徐々に深まっていく絆など、盛りだくさんでお送りしますので、ぜひお楽しみ下さい!




