第236話 クレア
ダンジョンの中で黒い思念体に取り憑かれ、目覚めた後に俺のことをパパと呼び始めた少女は、クレアという名前だった。
覚えていることは自分の名前と両親の匂いだけという不思議な少女だが、この世界では使われていない“パパ”や“ママ”という言葉を知っている。もしかしたら地球から来た流れ人かもしれないと判断し、シェイキアさんの了承を得て俺たちが預かることに。
詳しい事情聴取や報告は後日にして、その日は王都の自宅へ帰還した。王たちやヴィオレは結界と妖精魔法で力を使い続けてくれたし、蘇生で大量のマナを消費した真白の体調も心配だ。
聖域の力で敵の侵入を阻んでくれたバニラにも、ちゃんとお礼をしないといけないしな。
「ただいま、イコ、ライザ、バニラ」
「お帰りなさいませなのです、旦那様、皆さま。お抱きになってる方は、ディスト様に少し似てるのです」
「お帰りなさいですよ、旦那様、皆さま。男同士で子供が出来るとは、驚きですよ」
「キュキューイ!」
「いくらディストが真竜でも、俺と子供を作るのは無理だからな」
「リュウセイのことは好きだけど、それはボクもちょっと遠慮したいね」
「この子はクレアという名前だ。詳しいことは後で話すけど、俺の娘になった」
「ん……私はクレア。ダンジョンでパパの家族に助けてもらった」
「この家でしたら、何があっても安心して暮らせるのです。これから宜しくお願いしますのです、クレア様」
「家族が増えるのは嬉しいですよ。クレア様の身の安全は、私たちにお任せですよ」
予想通りイコとライザは、快くクレアのことを受け入れてくれた。
しかし俺とディストの子供と言い出したのは想定外だ。二人の中で暮らしている腐女子に、小一時間ほど説教をしてやりたい。
◇◆◇
新しい生活に馴染めるかと心配したが、クレアの順応力はとても素晴らしかった。みんなともすぐ打ち解け、俺を起点とした親子関係になるライムとは、特に仲良くなっている。
記憶はないものの知識や経験はあるようで、スプーンやフォークの扱いも上手だ。イコとライザが中心になって作ってくれた食事を、全部美味しいと言って平らげていた。
これならここで暮らしていくことに、何の問題もないだろう。
「どうだ、強すぎたりしないか?」
「ん……気持ちいい」
「クレアねーちゃん、ライムはどう?」
「ん……ライムも上手。さすがパパの娘」
「すべすべしてて、すごくきれいだよ、クレアねーちゃん」
「次は少し敏感な部分だから、覚悟しておくように」
「ん……ふぁっ、パパそこ……あぅ、耐えられ、ない」
「初めてなんだから、ちゃんと綺麗にしておかないとな」
「なれたら気持ちよくなるから、だいじょうぶだよ」
「ん……ゃっ……やめ…声でちゃう」
「もう少しで終わるから、声は我慢しなくてもいいぞ」
「ん……でも……恥ずか……………し……あっ、あぁぁーーー! もうだめっ、あはははははは」
「よしっ、よく頑張ったな、これで終了だ」
脇の下から脇腹にかけて洗い終えたクレアが、全身泡だらけの状態でぐったり椅子へ座り込む。着替えや食事は難なくこなせたものの、お風呂に入る知識は持ってなかった。
当然のようにパパと入るなんて言い出したので、ライムと一緒に体を洗って差し上げたところだ。
身長はイコとライザよりわずかに高い十歳くらいの体型だし、今日からとはいえ自分の娘になったんだから、お風呂に入って背中を洗ってあげることに何の問題もない。前の方はライムが担当してくれたから、倫理規定にも抵触しないはず。
思わず頭に浮かんできたけど、倫理規定ってなんだ?
久しぶりにソラの冷たい視線を浴びてしまったが、身長でなく年齢で判断してるから理解して欲しい。まぁ、クレアの正確な年齢はわからないけど、変な身体的特徴はなかったから人族で間違いないだろう。
「ん……くすぐった気持ちよかった」
「お湯で流すぞー」
「バニラちゃんとヴェルデちゃんも、いっしょにながそ」
「キュイーン」
「ピピー」
泡だらけになったクレアにお湯をかけると、白くてきれいな素肌が現れる。髪の毛もそうだけど、この子は肌も透き通るように白い。もし地球の出身だとすれば、寒い地方で生まれたんじゃないだろうか。
憶えていた名前といい、髪の色や顔の作りは日本人とは全く違う。
エルフや妖精とも異なる神秘的な風貌は、ちょっと浮世離れした印象を受ける。この子が元の世界でソーシャルメディアに紹介されたなら、間違いなく一気に拡散するほどの容姿だ。
匂いという良くわからない要因で父親認定されたけど、不思議なことにすんなり受け入れられた。ライムと同じように、心のどこかで繋がりを感じているのかもしれない。
それが何かはわからないが、俺たちは縁もゆかりもなかった人たちが集まってできた家族だから、きっと大丈夫だ。この子だって、ここで幸せになれる。
「さて、湯船で温まろうか」
『今日もいいお湯だぞ』
『今日は色々ありましたから格別ですわ』
『一日の締めは風呂に限るぜ』
「疲れを癒やすには風呂が一番だな」
今日は王たちにかなり頑張ってもらってるし、せっかく作った聖魔玉を全て使ってしまった。金色の輝きを失った玉は灰色になったが、スファレによると無魔玉に変化したとのことだ。
ところが、真白が発動した蘇生魔法の光を浴び、再び虹色に輝く透明な玉になっている。
込められた力によって、聖魔玉・霊魔玉・邪魔玉へ姿を変えるのが、無魔玉という素材なんだろう。そしてシャボン玉のように光る透明な玉は、力を受け入れやすい状態になっていると考えて間違いない。
俺がポーチに入れっぱなしにしていた物が霊魔玉になり、精霊王と霊木によって聖魔玉を量産できたのは、そうした性質によるおかげだ。
「クレアねーちゃんのかみのけ、お湯のいろとおんなじだね」
「キューイ」
「ん……変じゃない?」
「真っ白で綺麗だから、全然変じゃないぞ」
「ディストにーちゃんのぎんいろも、クレアねーちゃんのしろも、どっちもきれい!」
「ん……ライムの羽も緑でキレイ」
「ありがとう、クレアねーちゃん」
クレアと一緒にライムの頭を撫でると、お湯の中で羽がパタパタと揺れていた。
ライムは血縁認定をすると、呼称から“お”を抜くという特徴がある。家族や友人は“おにーちゃん”や“おばーちゃん”と呼ぶが、竜族に対してだけ“にーちゃん”や“ばーちゃん”と呼ぶ。クレアのことを“ねーちゃん”と呼んでいるということは、完全に俺の子供として認めているわけだ。
ライムが血の繋がりを感じているのなら、二人には別け隔てなく同じ愛情を注ぐようにしよう。
「ん……パパ、考え事?」
「今日のことをちょっと思い出してた」
「ん……急に来て、迷惑だった?」
「いや、そんなことないから、心配しなくても大丈夫だ。俺はクレアと会えて嬉しかったしな」
「ライムもおねーちゃんができて、うれしい」
「とにかく王たちにはお世話になったし、バニラのおかげで王都が直接襲われずに済んでるから、ちゃんとお礼を言いたかったんだ。本当にありがとう」
「キューイ?」
『儂らとて助けられておるのだ、この大陸を救ったのはお主たちだぞ』
『最後はリュウセイさんが決めてくれましたものね』
『ありゃぁカッコよかったぜ』
「近くで見ていたヴィオレが、何度も同じことを語るくらいだからな」
バニラはちょっとわかってない風だけど、最大の功労者と言ってもいい。単なる俺の想像だが、あの男は王都内にダンジョンの出口を出現させようと、考えてたんじゃないだろうか。もし公園の中や古い倉庫街に出現した場合、場所によっては見落とされていた可能性が高い。
それを阻止できたのは、王都にある聖域とこの家が結界の役割をしていたからだろう。ここにできた聖域がなければ計画通り事が運び、いきなり街の内部から襲われたなんて事態もありえる。
更に四つ目の聖魔玉を生み出したのは、玄関ですくすく育っている霊木の力だ。あれがなければトドメはさせなかったし、クレアを助けることは出来なかった。
「うん、やっぱりバニラが一番凄かったよ」
「キュキューイ?」
「とーさんがすごいって言ってるから、バニラちゃんがいちばんだね!」
「ん……バニラ凄い、一番偉い」
「……キュ~ン」
「はははっ、まぁいいじゃないかバニラ。感謝の気持だから、素直に受け取ってくれ」
「ほう、リュウセイの笑顔とは、貴重なものが見られたな」
『なんでぇなんでぇ、ちゃんと笑えるんじゃねぇか! 普段からその顔みせやがれ』
『なかなか良いものを見せていただきましたわ、ちょっとした宝物ですわね』
『国の滅亡を救い、家族が増え、リュウセイの笑顔を見る、今日は実に良い日ではないか』
「とーさん、笑うとすごくすてきだよ!」
「ん……パパが世界で一番ハンサム」
「ピピーッ!」
「キュイッ!」
今日はうまく笑えることが出来たらしい。
こうやって少しづつ自分の感情を表に出せるようになればいいな。
しかし、ハンサムなんて元の世界でもあまり使われてない言葉だったと思うけど、やっぱりクレアは不思議な子だ。何か隠してるような感じはしないし、ゆっくりお互いのことをわかり合っていこう。
次回でこの章は終わりになります。
資料集等の更新は、239話までお待ち下さい。
次回は、筆者的に避けて通れない、大事な話。




