第235話 君の名は
「真白の負担になると思うけど頼む、この子を助けたい」
「任せてお兄ちゃん、絶対呼び戻してみせるからね」
《トリプル・カラー・ブースト》
《リザレクション》
この世界に絶望した流れ人が憎悪の思念体となって国を支配しようとし、邪魔玉を生み出して大陸中にばらまいていた。その時見つけた女の子に取り憑いて大きな力を得ていたが、四つの聖魔玉によって浄化される。
消え去る時に女の子の魂を道連れにしてしまったらしく、浄化の終わった体からは心音が聞こえてこない。
使う機会はないだろうと思っていた蘇生魔法を真白にかけてもらうと、女の子の体からあふれた光が部屋を白く染め上げた。
「お願い、帰ってきて」
「おねーちゃん、がんばって!」
目が開けられないほどの光の中から、真白の祈るような声とライムの応援が聞こえてくる。俺も声には出さないが、女の子を支えながら生還して欲しいと願う。
この子の素性は全くわからないけど、あの男に利用されたのだけは確かだ。そんな理不尽な理由で人生が終わってしまうなど、あってはならない。
「うおっ、まぶしっ!」
「なんだこれは、筋肉が発光しているのか?」
『あふれ出した光で、この場も浄化しているな』
『邪気で澱んでた空気も、キレイになっていきやがる』
『素晴らしい力ですわ』
「これは以前、祭壇で感じた聖気と似ている気がするな」
「それに近い力をマシロが生み出してるのさ、正直いってボクも驚いたよ」
蘇生はいわば神の領域に踏み込んだ力だ。人の身でそれを行使するんだから、真白へ掛かる負担は計り知れない。これだけ頑張ってくれてるんだから、絶対に成功して欲しい。
そう祈りながら光り輝く少女を見つめていると、徐々に明るさが弱くなってきた。
それがすっと収まった瞬間、真白の体がぐらりと揺れる。
「マシロちゃん!」
「ごめんなさいマラクスさん、ちょっと力が入らなくて……」
「かーさん大丈夫?」
「うん、すぐ良くなると思うから平気だよ。
それよりお兄ちゃん、この子の状態はどう?」
倒れそうになった真白を、近くにいたマラクスさんがそっと抱きしめてくれる。
支えていた女の子の首筋に指を当てると、確かな鼓動が伝わってきた。そして温かい吐息もしっかり感じる、無事に命を繋ぐことができた証拠だ。
「もう大丈夫だ真白、本当にありがとう」
「邪気も感じられないから、もうあんな力は使えないと思うわ」
「本当に良かったです、お疲れさまでしたマシロさん」
「早く帰ってマシロちゃんとその子を寝かせてあげよー」
「ずっと緊張してましたから、手が汗でベタベタです」
「早く落ち着ける場所に帰りたいのじゃ」
「マシロ、今夜はリュウセイにいっぱい甘えるといい」
「よっしゃ、とりあえず撤収だな」
「マシロは運んでやろう、リュウセイはその少女を連れて行ってやれ」
「了解だ」
「ありがとうございます、ディレさん」
「気にするなマシロ、この筋肉は病人を癒やすためにある。よく頑張ったな、お前は我ら治癒師の誇りだ」
「えへへ、嬉しいです」
ディレの太い腕でお姫様抱っこされた真白が、照れくさそうに微笑んでいる。普段から筋肉筋肉しか言わない男だけど、病人や弱ってる人にはちゃんと優しくできるんだな。少しだけ見直すことにしよう。
そんな姿を見ながら転移門を開き、全員でアージンの街へ帰還した。
◇◆◇
俺たちが戻ってきた後の冒険者ギルドは大騒ぎだ。
国が滅びかねない存在を見落としていたシェイキアさんは大きく落ち込み、土下座しそうな勢いで謝りだす。そしてその後、みんな無事に帰ってこられて良かったと、涙を浮かべながら喜んでくれた。
真白の蘇生魔法や、流れ人の思念体に取り憑かれていた少女については、箝口令が敷かれている。ハイエルフの三人は黒階だし、シンバは王国認定冒険者だ。筋肉ことディレも特別依頼の達成者だし、隠密たちも外部に漏らすことはない。
ギルド長やシェイキアさんの人選だから、その点は全く心配いらないと思ってる。
真白はベッドで少し休んだあと、起き上がって歩き回れるくらい回復した。少し体がだるいと言っているが、妖精王の診察でも異常がないから大丈夫だろう。
残る問題は、ダンジョン内で助けた少女だけだ。
「この調子じゃ飲み会は無理そうだな」
「真白も本調子じゃないし、この子もいつ起きてくるかわからないから、また日を改めてやろう」
「その辺はみんなに伝えといてやるから心配すんな」
「なんだか、リュウセイ君にベッタリよねー、ちょっと羨ましいかも」
真っ白のきれいな髪をした女の子は、俺の服を強く握ったまま離してくれない。無理に引き離そうとすると余計強くしがみつかれるので、ダンジョンから戻ったあともずっと抱っこしっぱなしだ。
おかげで一人だけ執事服を着替えられず、ついヤケになって受付嬢たちにも謎の丁寧語スキルを発動してみた。全員から食事に誘われたけど、やはり服の威力というのは大きいらしい。
馬子にも衣装とは、こんな時に使う言葉だったか?
受付嬢やフロアにいた冒険者たちには、ダンジョン内に迷い込んでしまった迷子として伝えてある。この街の子供じゃないからごまかせてない気もするけど、こんな時はプライバシーに踏み込んでこない冒険者同士のマナーがありがたい。
「この子の処遇はどうなるんでしょうか?」
「おこられたりしない?」
「大丈夫よ、マシロちゃん、ライムちゃん。黒階の冒険者が証言してくれたんだもん、この子に責任は何もないって確定してるからね」
「それなら、あとは身内を探すだけだな」
「そっちは私に任せてちょうだい、今度こそ役に立ってみせるから!」
邪魔玉や悪魔の呪い関連で成果を挙げられなかったシェイキアさんが、ガッツポーズをしながら気合を入れている。
今回の首謀者もダンジョンという別空間に潜伏していたし、なにせ空間魔法の使い手だった。それを見つけ出せという方が無理なんだから、あまり気にしないでもらえるとありがたいんだが……
とにかく無事解決したし、結果オーライで構わないだろう。
「しかし、俺たちは何も役に立たなかった」
「後ろで見てるだけだったもんな」
「それを言うなら僕だって同じだよ、頑張ってくれたのはネロだしね」
「なーぅ」
「経験豊富な者が近くにおると安心できる、お主らは十分役に立っておったのじゃ」
「今回の件以外でも色々お世話になったんだし、首謀者とうまく話し合いに持ち込んでくれたのはイザーさんなんだから、とても助かってる。こっちがお礼を言いたいくらいだ」
「さっき緑の疾風亭にいたお婆さんがギルドに来てたけど、私たちのご飯はずっと無料にしてくれるって言ってくれた。こっちもお礼は十分もらってるよ」
「あそこのメシはうまいから嬉しいぜ。なぁイザー、しばらく活動拠点をこっちに移すか?」
「それはいいな。ダンジョン調査の依頼が終わったら、泊まる場所もそこにしよう」
三人は国の宿泊施設に泊まってるんだったな。シロフも心に決めてる人がいるのか、エルフ族にも普通の接客が出てるみたいだし、泊まる場所としては最適かもしれない。きっと色々融通してもらえるはずだ。
「ん……」
「あっ、あるじさま、この子起きそうだよー」
「びっくりさせないように少し離れましょう」
俺が座っているソファーからみんなが離れて行くと同時に、眠っていた女の子の目がゆっくりと持ち上がった。ディストとは少し違う明るい灰色の瞳が、こちらをボーッと見つめている。
目の前に静かな水面が広がっている、不思議とそんな感じがする女の子だ。まだ覚醒しきってないからだろうか、どことなく空虚で透き通った印象を受ける。これは真っ白の髪や、無彩色の瞳がそう思わせてるのかもしれない。
「おはよう、気分はどうだ?」
「ん……おはよう、パパ」
「とーさん、“ぱぱ”ってなんのこと?」
「パパっていうのは、父さんのいた世界で使われていた、“お父さん”って意味の言葉だ」
「お兄ちゃーん? 私の知らない間に、向こうの世界で子供作ってたの?」
「ちょっと待て、真白。この子の年齢って十歳くらいだぞ、俺が八歳の時に子供なんて作れるわけ無いだろ」
「それはそうなんだけど、ライムちゃんのこともあるからなぁ……」
「なぁ、どうして俺のことをパパって呼ぶんだ?」
「ん……パパの匂いがするからパパ」
「じゃぁじゃぁ、お兄ちゃんと結婚してる私がママになるの?」
女の子は俺の腕に抱かれたまま顔を真白に近づけると、そのままスンスンと匂いをかぎだした。本当にそれで親を判別してるなら、ちょっと犬っぽいな。
「ん……ママの匂いしない」
「えー、そんなぁー、お兄ちゃんだけずるいよぉ」
「ずるいって、何を言ってるんだ……
それより、名前を教えてもらえないか?」
「ん……クレア」
「クレアっていうんだな、よく似合ってる名前だと思う。
えっと、質問ばかりで悪いが、どこから来たとか、住んでた場所とか憶えてるか?」
「ん……憶えてるのは名前、それにパパとママの匂いだけ。あとはわからない」
蘇生で魂を呼び戻してるから、何かしらの影響が出てしまったんだろうか。しかし、この世界で使われてない言葉を知ってるということは、流れ人の可能性がある。
「とーさん、クレアおねーちゃんどうするの?」
「ん……この子、誰? パパの子供?」
「この子はライム、俺と隣りにいる真白の子供だ」
「ん……パパの子供なら、私の妹。よろしくね、ライム」
「うん! よろしくおねがいします、クレアねーちゃん」
これは、なし崩しに家族が増えるパターンだ。別にそれは問題ないんだけど、身元不明者を勝手に引き取ってもいいんだろうか。
そう思ってシェイキアさんの方を見ると、すごくいい笑顔でこちらを見ていた。
そういえば、この人も身寄りのないベルさんを引き取った経験者だったな。
「リュウセイ君と同じ世界から来た流れ人かもしれないし、あなた達に預かってもらうのが一番だと思うんだけど、どう?」
「リュウセイさんにこれだけ懐いてますし、私はいいと思いますよ」
「やったー、妹が増えたー」
「可愛い妹、嬉しいです」
「リュウセイ君の娘が増えるのは大歓迎よ!」
「新たな流れ人の可能性、興奮を禁じえない」
「なかなか楽しいことになってきたのじゃ」
ディストや四人の王たちも歓迎してくれているし、これはウチで面倒を見るのが良さそうだ。
こうして、俺の娘がまた一人増えることになった。
例え邪霊や悪霊にとり憑かれやすい体質だったとしても、聖域である主人公の家なら安全。更に暴れだしたりすれば、家妖精の結界で捕縛は容易。万が一の場合でも真白が浄化できる。
シェイキアが主人公たちにクレアを託す理由は、この辺りを考慮しています。




