第232話 八階の異変
八階に生息する未確認の魔物を調査するためダンジョンを進んできたが、すでに七階にも邪気がわずかに漏れ出していた。その影響で変種の発生も多く、スファレの付与魔法も使って安全確実に進む方針へ変更している。
「お館様に聞いてたが、よくこれだけの逸材を集められたもんだ。獣人族の二人もそうだが、特にコールちゃんの身体能力には驚いたぜ」
「コールの実力は近衛の隊長からお墨付きをもらってるし、クリムやアズルも騎士団を超える実力があると言われてるな」
「ヴェルデが私の動きを上手く補助してくれるので、あれだけ動けるんです」
「ピルー」
「私たちも主従契約の祝福をもらってから、すごく体が動くようになったんだー」
「でも私とクリムちゃん、それにコールさんが組んでも、ライムちゃんと同化したご主人さまには、全く歯が立ちませんよ」
「どんだけ強いんだよ、リュウセイは」
「俺と筋肉勝負するか?」
暑苦しそうなので、それはお断りだ。
俺たちは八階に降りる通路の少し手前にある安全地帯で一休みしている。下の状況がどう変化しているかわからない以上、しっかり休んで万全の態勢をもって望むべき。合同パーティーの総リーダーをしている、イザーさんの判断だ。
下の階から漂ってくる邪気はエコォウが緩和してくれているので、このフロア程度の濃度なら地上にいる時と変わらない。おかげで全員がゆっくりと体を休めることが出来ている。
いま潜っているダンジョンは、下の階層に行くほどフロア面積が減っていく。そういった構造のため、狭くなってきた七階を進行する道中で、かなりの魔物を間引くことが出来た。ダンジョン内の魔物は再出現まで時間がかかるので、この階にとどまって退路確保をしてもらうシンバや隠密たちの負担も減るはずだ。
「まさかダンジョン内でもそうしてるとは思わなかったが、リュウセイは誰かを抱っこしてる姿が本当に似合ってるな」
「索敵集中できる、リュウセイのおかげ」
「同じ索敵使いだけど、ソラちゃんの正確さには本当に驚くわ。私もシマに抱っこしてもらおうかしら」
「お前を抱っこしながら歩き回るなんて、そりゃ無理だ」
「私が重いって言いたいの?」
「エルフは筋肉がつきにくいんだ、だから弓を使ってるんだろうが」
「筋肉は誰にでも平等だ、一緒に鍛錬するか?」
「お前と一緒にするな、無理だつってんだろ!」
今まで古代エルフとハイエルフの里に行ったけど、そのどちらでもムキムキな人は見たことなかったな。それに全員スマートで、肥満体型の人もいない。
その辺りをスファレやハイエルフの三人に聞いてみると、予想通りの答えが返ってきた。真白とコールがとても羨ましがってるけど、二人ともちょっと軽いくらいだから心配は無用だ。
家族では上位組の二人だけど、真白のサイズでも体重にはそんなに影響しないはず。重さを果物に換算した例を元の世界で見た気がするが、肩車やお姫様抱っこしても負担にならないくらいだから、あまり気にしないで欲しい。
「私だと両方合わせて、家でよく買ってた四角いパック入りの味噌より少し重いくらいだけど、お兄ちゃん持ってみる?」
「何の話をしているんだ?」
「お兄ちゃんが丹精込めて育ててくれた果実を確かめてもらおうかなって」
また思考を読まれてしまったんだろうか?
それにしてもあの味噌と同じくらいとは、重くはないけど結構インパクトがある。ちょっと考え方を改めよう。
それよりレジャーシートの上に両手をついて、二の腕で押し出すようにしながらこっちに来ないでくれ。とてもいい笑顔を向けてくれているが、近くで見ているマキさんが凄いジト目で睨んでるぞ。
コールも腕を組んで重さを確かめるような動きをしてるし、クリムとアズルも包み込むように手を当てている。今日は合同パーティーで他の人もいるんだから、少しは人目を気にして欲しい。マラクスさんも苦笑してるじゃないか。
「……まったく、お前ら本当に仲がいいな。隠密たちが目のやり場に困ってるから、それくらいにしといてやれ」
「そういえばシンバはこういった話にあまり乗ってこないけど、もしかして結婚してるのか?」
「俺か? 二歳の息子がいるぞ」
「シンバおじちゃん、ホント?」
「もうちょっと大きくなったら、一緒に遊んでやってくれよ、ライムちゃん」
「うん! いっしょにあそびたい!」
「俺は筋肉が恋人だ!」
聞いてもないのに横から予想通りの答えが返ってきた、さすが筋肉だ。
それにしてもシンバに子供がいたのか、これはぜひ見てみたいぞ。海水浴とか誘ったら、家族で来てくれるだろうか。元隠密でマラクスさんを子供の頃から知ってるのなら、彼女の性別もちゃんとわかってるはずだし、無人島へ誘う候補に入れておこう。
「シンバさんが助けた冒険者の女性だけど、すごくかわいい人だよ」
「ちょっ、こら、マラクス。ペラペラ喋るんじゃない!」
「どんな人なんだろう、すごく興味あるなー」
「シンバさんにはご主人さまやマシロさん、それにライムちゃんがお世話になっていますし、ぜひご挨拶に行かないといけません」
「今回のダンジョン調査でも協力してもらっとるし、当然じゃな」
「あらあら、帰ってからの楽しみが増えたわね」
渋々自白してくれたけど、十歳以上年下の女性らしい。ギルドにいる時の様子を見ると子供好きで扱いも上手いし、きっと円満な家庭を築いてるんだろう。何だかんだで奥さんと子供の話をするシンバは、幸せそうな顔をしているしな。
◇◆◇
心身共にリフレッシュを終え、適度に緊張もほぐれた俺たちは、ハイエルフの三人とともに八階への通路を下っている。
一歩進むごとに濃くなってくる嫌な空気は、質量を持っているかのように纏わりつく。大陸中央の洞窟で実体化した穢れより、更に厄介な相手だというのがここからでもわかった。
エコォウは俺を中心として浄化の範囲を目一杯広げ、三人の精霊王たちはこの先にいるであろう本体を警戒し、少しでも相手の力を抑えられるよう結界の準備を始めている。
前回の時は障壁魔法やライムの息吹で、相手の攻撃を防いだり浄化できるか確かめる必要があった。しかし今回は、そんな悠長なことを言っていられる状況ではないみたいだ。
「妖精王に浄化してもらっても、昨日より嫌な感じが強い」
「これ以上時間を置くとヤバそうだぜ」
「一晩で成長とか魔物だとありえないね」
「ヴィオレは大丈夫か?」
「ここに入っていたら平気よ、心配してくれてありがとう」
「ヴィオレの魔力も乗せないと、私一人では支えきれんから頼むぞ」
「任せてちょうだいエコォウ。みんなの心を守ってあげるのは、私の役目よ」
ヴィオレはエコォウの魔法に自分の魔力を乗せて、精神防御のような障壁を張ってくれている。まだ八階に到着していないのにこれだけのプレッシャーを与えてくる相手だ、何も対策せず突入したら気持ち悪さや恐怖で、体がすくんでしまうかもしれない。
本気で使うと幻覚をおこす精神攻撃が出来るほど、女王であるヴィオレの力は強い。普段は眠りを誘ったり、船酔いを解消したり、使うのは軽い力だけだ。そんな彼女は近くにいるだけで周囲にリラックス効果を与えられるので、今はその力を意図的に強めてもらっている。
そのおかげで恐怖心や気持ち悪さは、大陸中央の洞窟に行った時より多少軽い程度まで抑えられていた。この状態でもイザーさんたちは昨日より嫌な感じが強いと言ってるから、中にいる正体不明の魔物は大きく力を増しているんだろう。
服の間に入っているヴィオレの頭をそっと撫で、八階に続く出口を全員でくぐる。
◇◆◇
八階に足を踏み入れると、その異様さに全員が息を呑む。
部屋は全体を見渡せる程度の広さで、形はほぼ円形だろう。これまでの部屋より薄暗く、辺りにはモヤのようなものがかかって視界が悪い。
その原因は、部屋の中心にいる黒い物体だ。
大陸中央の洞窟で見たモノより輪郭がはっきりしており、頭や手足のような形がここからでも確認できる。
顔を伏せながら体育座りをしているその足元からは、瘴気のようなものが漏れ出して空中に溶けていた。恐らくあれが視界の悪さと薄暗さを生み出しているんだろう。
――ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ォ゛ォ゛ー゛
「アズル、障壁を張れ!」
「っ、はい! エコォウさん」
《超絶固くなれ》
槍のように伸びてきた黒い触手が鈍い音を立ててアズルの障壁魔法と衝突し、その勢いをそっくり返された衝撃で霧散する。
『儂らであの物体を少し抑えてみよう』
『どのような反応をされるかわかりませんので、くれぐれもご用心下さいませ』
『あいつぁどう見てもヤバそうだ、逃げる準備もしとくんだぜ』
俺の頭から飛び立った精霊王たちが三方に散ると、その体を強く発光させた。今まで魔法を使っている姿を何度も見たが、結界を張っている最中でもここまで体が光ることは無かったはずだ。
王たちの負担になってるのは明らかだし、早めに決着を付けないとダメだな。
「ソラ、あれはどんな反応をしている?」
「形は人に近い、でも反応は邪魔玉、それに敵意ある」
「邪魔玉が人の体に変化したのか、あるいは人が邪魔玉を取り込んでしまったのか、この状態じゃ判断できないな」
「われが麻痺させてみるのじゃ」
《付与の力を》
――ウ゛!? ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ー゛
黄色の彩色石を二個持ったスファレが呪文を唱えると、一瞬ビクリと体を震わせ小刻みに震えだす。王都のダンジョンにいた魔物は、この状態でも魔法を発動していた。俺は相手から目を逸らさないよう、精神を集中する。
「……アラユル攻撃ヲ無力化デキル吾輩ヲ縛ルトハ、貴様タチ何者ダ」
「あっ、あるじさま、魔物が喋ったよー」
「アレは人……なんですか?」
「とーさん、変な顔してる」
付与魔法で麻痺しているにも関わらず、顔の部分に浮き上がったのは赤い三つのパーツ。目のような丸いものが二つと、その下には三日月型に割れた口が見えていた。
クリムやアズルは唖然とその姿を見つめ、真白やコールたちは俺にしがみついている。あの姿は人間が本能的に拒絶する嫌悪感だ。
それに動き方が異様に気持ち悪い。
関節を動かしているのでなく、自分の体を変化させて動いている感じに見えた。スライムのような軟体生物が、人間の姿に擬態していると言えばいいだろうか。
そんな構造をしているから、麻痺状態でもある程度の自由が効く可能性、あるいは耐性でレジストしている可能性がある。どちらにしても油断できない相手なのは確かだ。
それに、知性のある相手だというのが、俺たちの行動を大きく制限してしまう。
仮にライムのブレスで浄化できたとしても、喋って意思疎通できる相手に攻撃なんて、自分の娘にさせられるわけがない。
相手からの問いかけにどう答えようか、俺は懸命に思考を巡らせた。
いよいよ黒い物体の正体が明らかに、待て次回!
・こぼれ話
次回もカタカナで喋る台詞が多くて読みづらいです、スイマセン。
選択範囲の平仮名を片仮名化するマクロ組んじゃったので、書く方は楽なんですけどね(笑)




