第230話 出発前夜
誤字報告ありがとうございました!
アージンへ転移したあと、隠密たちはダンジョンの監視や各方面への連絡に散っていった。俺たちパーティーとシェイキアさんにマラクスさん、そしてハイエルフの三人は冒険者ギルドへ向かう。
国の要人や黒階がそろって入場したものだから、門番の人はかなり驚いてしまったが……
ディストのカードも一応作ってあるけど、今回はシェイキアさんの計らいで全員が顔パス通過させてもらっている。
「お待ちしておりました、シェイキア様」
「あなたはギルド長の秘書……でいいのかな?」
「お初にお目にかかります。わたくしギルド長の秘書を務めております、クラリネと申します」
シェイキアさんとクラリネさんは初対面か。
マラクスさんがギルドの査察官をやり始めてから、ずっと外回りを任せていたみたいだし、顔を合わせる機会がなかったんだな。
「おう、マラクスも来たのか」
「こんにちは、シンバさん。今回は僕もリュウセイ君たちの護衛で参加するんだ」
「お前とネロが参加してくれるなら安心だな」
「シンバさんはどうするんですか?」
「そいつは後から教えるぜ」
いつものように入口の横にいたシンバは、真っ先にマラクスさんに話しかけている。二人はかなり親しげというか、何となくシンバの方が立場が上っぽい話し方だ。もしかして古い知り合いなんだろうか。
受付嬢たちはマラクスさんの登場に目を輝かせているけど、さすがにこの場の空気を読んで大人しくしていた。
「みんな、会議室でギルド長が待ってくれてるから、そっちに行くよ」
シェイキアさんの声で、クラリネさんを先頭に全員で移動する。そういえばいつも応接室だったから、会議室に入るのは初めてだ。
どんな場所なんだろうと思いながら案内された先は、かなり広い部屋だった。折りたたみ机を並べてパイプ椅子を置いただけみたいな貧相なものではなく、長細く重厚な机の周りに肘掛け付きの椅子が並んでいる。
扉も凝った意匠の分厚いものが取り付けられ調度類も高級そうなので、重役が使う会議室といった感じだろうか。椅子の座り心地もかなり良さそうだし、ちょっと偉い人になった気分が味わえそうだ。
入ってすぐの場所にギルド長が控えており、シェイキアさんに恭しく頭を下げる。
「本日は当ギルドまでご足労いただき、誠にありがとうございます」
「いいよいいよ、リュウセイ君に連れてきたもらったんだもん、王都から一瞬だよ」
「前に来た時も旅をしてる風じゃなかったが、リュウセイの魔法でそんなこと出来るのか?」
「流れ人の持ってる特殊な魔法で転移できるんだ。色々と制約はあるけど、こんな時には役に立つから重宝してるよ」
「リュウセイ君が動いてくれなかったら、国の救援がもっと遅れるのは確実だし、大変なことになってたかもしれないね」
「あんまり怖いこと言わないでくれ、シェイキアさん。ギルド長の顔色がちょっと悪くなってる」
「リュウセイ君はやっぱり真面目で優しいなぁ~
今のは場の雰囲気を軽くする冗談だよ」
そんなことを言いながら、シェイキアさんが俺に向かって手を伸ばしてきた。会議室に入ってからやたら話し方が軽くなったけど、どうやら人目を気にして真面目を演出していたっぽい。
疲れたからと抱っことなでなでを要求されたが、王都でも色々頑張ってくれてるし、それくらいは応えてあげよう。
「なぁリュウセイ、お館様と一体どういう関係なんだ?」
「リュウセイ君は私の旦那さまよっ!」
「なにをふざけとるのじゃシェイキア、寝言は寝てから言うものじゃ」
「それよりシンバ、シェイキアさんのことをお館様って、もしかして隠密なのか?」
「あー、シンバ君は元隠密よ。冒険者のほうが向いてるって、辞めちゃったんだけどね」
「僕も子供の頃、シンバさんに稽古をつけてもらったことがあるんだ。かなり強かったんだよ、この人」
「まぁ、ヴァイオリさんには一度も勝てなかったがな」
ヴァイオリさんは本当に強かったんだな。
王都のギルド長にも負けなしという話だし、全盛期だったら近衛隊長のコンガーにも勝てたんじゃないか?
「ギルド職員しか知らないことだが、シンバ君には私の補佐をやってもらってるんだ」
「そのような役職は設けてないのですが、シンバさんは副ギルド長の地位を持っています」
「一応ここでは黄段ってことになってるが、本当のギルドカードはこれだ」
「ディストにーちゃんとおなじ、銀色だね」
「ふおぉぉぉぉぉー! これは伝説の王国認定冒険者! 身分を明かす人は少ないから、超貴重!!」
王国認定冒険者は、ソラが興奮するほど凄いみたいだ。
見せてもらったカードには緻密な模様が刻まれ、かなり高級感あふれるデザインになっている。
特別依頼達成の称号を持ってるわりに、いつ活動しているか不明だった。ギルドの入り口で冒険者や子供の相談に乗ってたり、森に迷い込んだ子供の捜索隊を組んだり、ああいったことを仕事にしていたんだろう。
そういえば、ピアーノの母親を助けるために特別依頼を受けた時も、シンバがギルド長に進言してくれたな。あの時は疑問に思わなかったけど、いち冒険者に特別依頼の発効を決められる訳がない。副ギルド長という地位を持ってるなら納得だ。
「ところで、ディスト様というのはもしや……」
「ボクのことかい? リュウセイたちから聞いてると思うけど、銀色をした鱗の持ち主だよ」
「ふぉぉぉぉぉぉー! あなたが真竜様っ!! あの、あっ、握手していただいても宜しいでしょうか!?」
「ん? それくらい構わないけど」
「ありがとうございます、ありがとうございます、今まで生きてて良かった……」
ソラとおなじ興奮の仕方をしたぞ、ギルド長。しかもディストと握手しながら泣き出してしまった。
クラリネさんがそっとハンカチを差し出してるけど、竜に対して暴走するギルド長を邪険に扱ってる割に優しいな、この人。
邪魔玉がらみの危険なものが近くにあるのに、話し合いが開始される気配がない。必要以上に重くなるのはダメだと思うけど、今の状況は軽すぎないだろうか。
王国認定冒険者についても詳しく知りたいし、問題を解決するなら早いほうがいい気がするんだが……
◇◆◇
色々グダグダになったけど、会議は無事に終了した。どうやら今日中にダンジョンに行くのは無理なので、少しくらいじゃれ合っていても問題なかったらしい。
今回は不測の事態が発生したので、関係各所への通達や万が一俺たちでも手に負えない状況だった場合どう動くか、協議を進めないといけないようだ。
その辺りは隠密たちが奔走してくれているし、各所との調整はシェイキアさんやギルド長がやってくれる。
何となく徹夜で会議していそうな予感がするけど、ダンジョン攻略組は付き合うわけにいかない。この日は冒険者ギルドの裏にある宿舎で泊まることになった。
「王国認定冒険者なんて、この世界に来た時も教えてもらえなかったよ」
「認定するのギルドでなく王家、かなり特殊、人数も少ない」
「今の国王様ってかなり活動的な人でね、若い頃はよくダンジョンとかにも行ってたらしいんだ。その時に事故があってウチからも隠密を派遣したんだけど、そこに彼が参加したって聞いてるよ」
「国王を助けて認められたというわけじゃな」
「その時は特別依頼の称号だけだったらしいよ。シンバさんはそれから後も隠密を続けながら、冒険者の救出や捜索とかやってたんだ。その功績が認められて王国認定になったって、僕は教えてもらってる」
マラクスさんがまだ小さかった頃の話が多いので、詳細はちゃんと知らないみたいだ。シンバ本人は隠密たちと明日の打ち合わせをすると言って、宿舎とは別の場所に泊まっているから聞き出すことも出来ない。
シェイキアさんならわかるだろうけど、あまり言いたくないのかマラクスさんに説明を丸投げしてるくらいだし、これ以上深入りするのはやめよう。彼は王家から功績が認められた特別な冒険者、この事実だけで十分だ。
「シンバおじちゃんのことは、ひみつなんだよね?」
「みんなから気軽に声をかけてもらえる、おっさん冒険者で十分って言ってたねー」
「あまり功績を自慢したくないのかー、恥ずかしがり屋なのかもしれませんー」
「私たちがアージンで活動してたとき、お礼を言われたシンバさんが照れてたし、アズルちゃんの予想が正解じゃないかな」
「最初に見た時は怖い人かと思ったんですけど、食事をおごってくれたり明日の調査を手伝ってくれたり、面倒見が良くて優しい人なんですね」
「ピピィー」
「シンバさんって人族にしては背が高い方だし、言葉遣いもちょっと乱暴だから隠密時代も怖がられてたよ」
この世界の人族は男性でも百七十センチに届かない人ばかりだけど、シンバは確実に超えてるからな。俺より数センチ低いくらいだから、百七十五センチ前後あるだろう。
「そうだ、明日の調査で思い出しました。マラクスさん、私たちと繋がりましょう」
「えっ!? つ、繋がるって……」
「もちろん一つになることですよ!」
「えっと、あの、その、まだ心の準備が……」
「痛くなんかありませんし、一瞬で終わりますから安心して下さい」
「リュウセイ君ってそんなに早いの!?」
チョット待ってくれ、一体何の話をしているんだ。
いや、なにを想像してるのか予想はつくが……
一応、自分の名誉のために、そこまで早くないはずだと、心の中で唱えておこう。
それより、調査中ずっと男として過ごすと言ってたんだから、俺の方を熱い視線で見つめるのはやめてくれ。うっかりベルと呼びそうになる。
「明日の調査でマラクスさんは、最後まで俺たちと一緒に行動するだろ?」
「そのつもりだよ、僕とネロで必ず守ってあげるからね」
「なぅっ!」
「三倍強化をかけて魔法を発動すると、マナの消費量が十倍近くに跳ね上がるんだ。だから途中で息切れしないように、俺たちとマナの共有をしておこうと真白は言ってる」
「あっ……うん、そうだよね、わかってる、ちゃんとわかってたよ」
マラクスさんが俺のことを、そういう対象として見てくれていたのは嬉しいから、変にツッコミを入れるのはやめておこう。今は化粧をしていない男の格好をしているし、俺の脳が混乱してしまいそうだ。
「それじゃぁ私たちとマナを繋ぎますから、目を閉じてじっとしてて下さい」
「よろしくね、マシロちゃん」
《コネクト》
「はい、終わりましたよ」
「……今のって、僕の額に口づけしたんだよね?」
「そうですけど、お兄ちゃんのほうが良かったですか?」
「ちっ、違うよ!? マシロちゃんみたいに可愛い子にしてもらえたのは光栄だからね!」
今日の真白はマラクスさんを弄りまくってるな。やっぱり明日のことが不安で、それを紛らわしてるんだろうか。その気持はみんな同じだろうし、俺がしっかり支えてあげたい。
「真白、ライムと一緒にこっちにおいで」
「うん、わかったよお兄ちゃん」
「とーさん、だっこしてくれるの?」
足の間にライムを乗せた真白を座らせ、後ろから包み込むように二人を抱きしめる。
「明日はみんな協力してくれるから、安全第一で頑張ろうな」
「いざとなったらボクも本気を出すし、心配しなくても大丈夫だよ」
『儂らもついておるからな』
『聖域のおかげで、わたくし達の力も上がっておりますから、ご安心なさいませ』
『おめぇら、明日はあの服を着てけよ、また一時的に強化してやらぁ』
「これだけの顔ぶれが揃っているのだ、心配するだけ無駄だろう」
「ちょっと豪華すぎるくらいね」
確かにヴィオレの言うとおりだな。隠密の中でもトップクラスの実力を持つ側付きたちに、王国認定冒険者まで参加してくれる。
これだけ錚々たるメンバーが集まるなんて、歴史上初めてになるはずだ。そうやって気持ちを切り替えると、俺も少し気が楽になってきた。
今回発生している正体不明の魔物は、間違いなく邪魔玉が関係して生み出されたんだろう。
しかし、一度同じような存在と対峙したハイエルフの三人が、万全の体制を求めてシェイキアさんに相談している。どうしても緊張してしまうのは、仕方のないことだ。
とにかく相手を見てみないことには何も判断できない。
出来ることを一つずつ、確実にこなしていこう。
その日の晩は全員を抱きしめたり頭を撫でながら過ごし、明日に備えて眠ることにした。
シンバが特別依頼の発効をギルド長に進言したのは、第20話になります。
210話越しの伏線回収(笑)
明日も懐かしい人物の再登場。
次回もサービス、サービスゥ~




