第229話 プライスレス
アージンに来た俺たち五人とサラスさんでセミの街へ行き、今まで住んでいた自宅兼商店を引き払ってきた。
住居と店舗が一体になった物件は、不動産屋でなく商業組合が管理しているらしく、正式な廃業手続きと同時に引き渡しも完了。イコとライザが完璧に掃除してくれたおかげで、査定額も上乗せされている。
俺たちがセミに行っている間に、シロフたちが使ってない部屋の掃除を終わらせていて、収納魔法で運んできた大切なものや生活必需品を、家具ごと並べるだけで終了だ。
ケーナさんたちが引っ越す時も同じ手を使ったが、魔法を使えば地球より手軽に引っ越しができる。ゾウとアリ、それにネコやクマにパンダもびっくりするだろうな。
「無理を聞いてもらってありがとね」
「引越の手伝いはしようと思ってたから、ちょうど良かったんだ。今日中に片付いて安心したよ」
「これだけ世話になって何もお返しできんのは面目が立たん」
「……なにか出来ること無い?」
「またソースを分けてもらえるだけで十分ですよ」
「あの黒いソース、ライムだいすき」
「あんたたちは金も受けとりゃしないし、本当に欲がないねぇ」
最初からそのつもりで連れてきたのか、サラスさんから商業組合に預けていたお金や、店の売却金をすべて渡すと言われた。いくら難病の治療薬を手に入れてきたといっても、長年コツコツ働いて蓄えてきたお金を受け取るわけにはいかない。
この世界に来てずっと良くしてくれた緑の疾風亭で暮らす家族に、笑って過ごしてもらえることが一番の報酬だ。そのためなら自分たちの持つ力を、どれだけ頼りにしてくれても構わない。それが俺にできる恩返しだと思ってる。
「そうだサラスさん、今度私に料理を教えて下さい」
「それくらいかまやしないけど、あんたに教えることなんてあるのかい?」
「私の両親はこの世界にいないから、家庭料理ってあまり知らないんですよ。色々な人に教えてもらってるので、サラスさんからも習いたいです」
「その時は私たちもご一緒したいのです」
「知らない調理法はお金に変えられない価値があるですよ」
「俺もお袋に鍛え直してもらうか」
真白の料理が進化するのは、家族にとって一番ありがたい。食に関して自重を一切しない俺たちには、最高の報酬になる。真白が新しく憶えた料理も親父さんに伝えられるし、これは双方にとってメリットのある落とし所、まさにウィン-ウィンというやつだ。
「はぁ……、あんたたちにゃ負けたよ。いつでも教えたげるから、好きな時に来な」
「今度はコールさんも一緒に連れてきますから、よろしくお願いしますね」
新しいダンジョンの調査が終わったら、アージンは更に賑わう可能性がある。教えてもらえるのは少し先になるかもしれないけど、焦る必要はないだろう。今日のサラスさんはやたら体調がいいと言っていたし、万浄水が小さな不調も全て治してしまったのかもしれない。
ダンジョンフィーバーが落ち着いた頃を見計らって、何度か訪れるのが良さそうだ。
「あの、リュウセイ君、ちょっといい?」
「どうしたんだ、シロフ」
「うちにご飯を食べに来てくれるエルフの人が、リュウセイ君たちに用事があるんだって」
「イザーさんたちが来てるのか、すぐ行くよ」
カウンターの方で店番をしていたシロフが呼びに来てくれたけど、一体何の用事なんだろう。新しいダンジョンの規模は知らないけど、調査はもう終わったんだろうか。
そもそも俺たちは彼らの里に行くと言ってるし、この短時間で戻ってこられるなんて思ってないはずだ。だとすれば以前のように、何かトラブルがあったと考えるのが妥当かもしれない。
薬のお礼をするにも丁度いい、とにかく会って話をしてみよう。
◇◆◇
受付フロアの方に行くと、三人が軽く手を上げてくれた。ダンジョンから直接ここまできたのか、防具や装備を身につけたままだ。
……少し悪い予感がする。
「呼び出してスマン、お前たちがいると聞いて来てみたんだ」
「もう薬は渡し終えて、効果の確認もできてるから問題ない。それに里ではイザーさんの父親にお世話になったんだ、俺たちに出来ることがあるなら何でも協力するよ」
「俺の予想はあたってたってわけか、さすがだなリュウセイ」
「まさか本当に里まで行って戻ってきてるなんて、相変わらず無茶苦茶ねー」
シマさんがどういった予想をしてたか知らないが、今までのやらかしを考えると普通に行って帰るとは思ってもらえないのも当然か。試練の洞窟も四回クリアしてるしな。
「ライムもとーさんといっしょに、しれんのどうくつでお花とってきたんだよ」
「二人一緒に入ったのか、それは親父もびっくりしてただろ」
「シークさんはお兄ちゃんたちが洞窟に入ったあと、入り口をボーッと見つめたまま固まってました」
「ホント、お前たちはやることが想像の斜め上を行くぜ」
「試練の洞窟を設計した人にも想定外の使い方だったろうけど、竜魔法を使って一心同体になったら入れたんだ」
「試練の洞窟って誰かが作ったものなの?」
「そういえばアレと似てる不思議なダンジョン、俺たちの里以外で見たこと無いよな」
三人に俺の考えを告げてみると、言われてみれば確かにそうだと感心してくれた。こうして冒険者活動を続けているだけあって、柔軟な考え方ができるのはさすがだ。
「実に面白い発想だ、立地や特異な内部構造を考えると、かなり信憑性が高い」
「訓練施設なら失敗しても凹む必要はないって寸法か」
「私もまた挑戦してみようかしら」
「ちょっと話が脱線してしまったけど、俺たちに用事ってなんだったんだ?」
「それなんだが、すぐにシェイキアさんと連絡を取りたい、力を貸してもらえないか」
「なら王都に送るよ」
「お前たちの協力も必要なんだ、一緒についてきてくれ」
三人がこう言ってるんだから、今回の件は邪魔玉絡みだろう。しかも、転移魔法を使ってシェイキアさんに連絡したいということは、状況があまり良くないに違いない。
シロフや親父さんも心配そうにこちらを見ているし、この場で詳細を聞き出すのはやめておいた方が良さそうだ。
「わかった、すぐ王都に行こう」
「リュウセイ君、大丈夫なの?」
「俺たちも国の調査に参加できるように、許可をもらいに行くだけだ。冒険者ギルドは安全第一で動く組織だから心配ないぞ」
「私たちはまだ黄段だから、偉い人に話を通さないと国の依頼を受けられないんですよ」
「いや、お前たち。ここに来て一年と少しで黄段とか、普通はありえんぞ……」
「とにかくあんたたち、それにそっちのエルフの子も、終わったらうちへご飯を食べにおいで。腕によりをかけてごちそうしたげるよ」
「ぜったい食べにくるね、おばーちゃん!」
緑の疾風亭の家族四人に見送られながら、俺たちは王都に転移する。邪魔玉はこの世界にあってはいけないものだ、それを無くすために全力を尽くそう。
◇◆◇
ハイエルフの三人から軽く説明を受けたが、王都のダンジョンで見たものよりはるかに強い邪気を感じたそうだ。そんな状況の中、感知魔法を使って三つの反応を調べてくれたことは頭が下がる。
そして最下層と思われる八階にいた黒い霧のような塊には、手足や顔のようなものがついていた。これは大陸の中心で見た怨霊と同じか、更にタチの悪いものかもしれない。
それを聞いたディストも参加すると言ってくれたので、フルメンバーでシェイキアさんの屋敷へ直行。今は広い応接室でイザーさんたちから、詳しい状況を聞いているところだ。
部屋にはシェイキアさんとベルさん、それからヴァイオリさんの他にも複数の隠密たちがいる。
「俺たちが大陸の中央で出会った黒い物体は、触った部分の肉体を穢れという一種の状態異常にするんだ。皮膚が黒く変色してしまうと、竜人族の身体能力を落とすくらい痺れが出るから、手を出さずに撤退してくれて良かったよ」
「リュウセイ君たちはどう防いだの?」
「アズルの使う三枠の障壁魔法に反射強化をかけて全て弾き返した」
「それなら今回は僕も参加するよ、ネロの障壁魔法も三枠だしね」
「にゃーぅ!」
「構いませんよね、お母様」
「今回は私とマラクスの側付きを全員参加させるわ、あなたはリュウセイ君たちを必ず守りなさい」
「はい、お母様」
ダンジョンで実物に対峙した三人がかなりの危機感を持っているので、今回の件はシェイキアさんも全力で対応すると決めていた。
大陸中央で見た黒い物体より形もはっきりし、何より頭のような部分に赤く光る目と口がついていたという。ベテラン冒険者が底知れない恐怖を感じる相手だ、過剰なほどの対策が次々決まっていく。
「七階までの魔物は初級から中級程度の強さだが、王都のダンジョンのように変種が発生する可能性もある。そっちの対策もしておいた方がいいだろう」
「ヴァイオリは冒険者ギルド本部へ行って、今回のことを伝えなさい。私たちはすぐアージンに向かうから、特例措置の承認は事後で構わないわ。貴族連中が文句を言うようなら、私の名前を使って王家に介入させることを許可します」
「畏まりました、お館様」
「俺たちの参加ってそんなに難しいのか?」
「あなた達はサンザ王子に気に入られてるから問題ないわよ。ただ例外を嫌う人って必ず出るの、そういった横やりを防ぐ保険みたいなものだから、心配しないで」
未調査のダンジョンは不確定な利権が絡むので、横から掠め取られないか警戒する貴族が多いらしい。国が選定した人物以外を入れたなんて発覚すると、文句を言い出す人がかならず出てくるようだ。シェイキアさんはそうした芽を、事前に潰そうとしてくれている。
その辺りのややこしいことは全て任せてしまおう、とてもじゃないけど一個人の手に負えるものじゃない。
細々とした打ち合わせや隠密たちの準備を整え、全員でアージンまで転移した。
冒険者のイロハを教えてくれたアージンのギルド、生活の仕方や異世界の常識を教えてくれた緑の疾風亭の家族。異世界転移で1から生活基盤を築くのが困難なのは、ファンタジー好きだった父の影響もあり、主人公たちは痛いほどわかっています。
次回はちょっとした伏線の回収もありますので、お楽しみに!




