第228話 効果は抜群だ
終盤で視点が変わります。
ハイエルフの里で転移魔法を使った俺たちは、一旦王都まで帰ってきた。早く薬を渡してあげたいのは山々だけど、お昼時に行ってバタバタするより落ち着いてから服用してもらい、家族揃って効果を確認できた方が良いと考えたからだ。
ディストや王たちも家でのんびりしたいとのことなので、こちらもお昼を食べてから希望者だけでアージンへ向かう予定にしている。
「試練の洞窟に妖精は入れないのです?」
「ちょっと面白そうですよ」
「私は小さすぎたからかもしれないけど、扉は反応しなかったわ」
「王たちやボクも入れなかったし、ライムも同じだったから、色の魔法を持ったもの限定なんだろうね」
「ライムはとーさんといっしょじゃないと、入れなかったからね」
「中を掃除する試練とか受けてみたかったのです」
「ライムちゃんのように、旦那様と合体したいですよ」
合体じゃなくて同化だからな。
前者の言葉だと肉体的に繋がる意味も含まれるから、とても危険だ。
「私もお兄ちゃんと合体して、光る湖に行ってみたかったなぁ……」
「春の季節になったら湖へ遊びに行ってもいいし、夏の海でもボート遊びは出来るから、それまで我慢してくれ」
万浄水も手に入ったし、もうあの時と同じ暴走はしないからな、真白。それに合体はなしだ、変に期待を込めた目でこっちを見るんじゃない。
「黒月天気悪いの残念、早く緑月来て欲しい」
「緑月の前に白月が来るから、暖炉の前でのんびりするの楽しみにしてるんだー」
「この家で過ごす初めての冬、今から待ち遠しいです」
「アージンなら薪も安そうだし、ついでに買ってくるか」
「あの、リュウセイさん。前回すごく目立っちゃって、色々な人に声をかけられそうですから、今日はお留守番させてもらっていいですか?」
「われも同じじゃな、今日はここで大人しくしておくのじゃ」
緑の疾風亭を手伝ったときにフロアスタッフをやったメンバーは、行って騒がれるのは恥ずかしいと留守番を決めたようだ。
最終的にアージンへ行くのは俺と真白にライム、それからイコとライザも知らない街を見てみたいと参加することになった。薬は三日くらい日持ちするので、ヴィオレから預かって持っていけば問題ない。
◇◆◇
さすがにメイド服で行くとまた騒ぎになるので、イコとライザの二人は白いワンピースを着てもらった。
ヴィオレと同じようにギルドカードを持っている妖精の二人は、ウキウキしながら通行税を支払って街の中へ入っていく。初めて来た街なので目に入るものは全て珍しいらしく、あちこち視線を向けながらとても楽しそうだ。
イザーさんたちはダンジョンの調査中だろうし、お礼はまた今度の機会にして、まずは緑の疾風亭に向かう。
「街によって雰囲気がぜんぜん違うのは面白いのです」
「ここは建物の間隔も空いていて、住みやすそうな感じがするですよ」
「俺もこの街の雰囲気はとても好きだ」
「おみせのひとも、みんなやさしいよ」
「旅の目的が終わってどこかに定住する時、この街も候補だったんだよ」
三人で旅を始めた目的は、竜人族の手がかりを探したいというのが一番だった。それに、飛ばされる前に一緒だった仔猫を探すことや、この世界を色々見てみたいというのもあったな。
まだまだ行ってない場所はたくさん残ってるけど、竜人族のことや仔猫を探す目的は既に成就している。
「王都も便利で住みやすいし、イコとライザのいない家で暮らすなんて考えられないから、あとは行ける場所をどんどん増やすだけだな」
「あの家を立派な聖域にしないとだめだしね」
「バニラちゃんがたのしく暮らせる家にしようね!」
「私たちも精一杯頑張るのです」
「大陸で一番住みやすい家にするですよ」
現時点でも既に大陸一だと思うぞ。
家事のほとんどを任せられて長期間安心して留守に出来るなんて、個人が持つ家だとそう多くないはずだ。セキュリティーも万全だし、新築同様の状態を常に保っている。
同じことをしようと思ったら、住み込みの使用人やお抱えの職人、そして二十四時間体制の警備員を大勢雇わないと無理だろう。
「二人にはもう十分やってもらってるから感謝してるよ」
「私たちの方こそ、大切にしていただいて幸せなのです」
「こうやって色々な場所に連れて行ってもらえるのは、きっと私たちだけですよ」
ライムを真白に預け、イコとライザを抱き上げて緑の疾風亭を目指す。今日も頭の上には誰も乗っていないから、左右からスリスリ顔をこすり付けてきた。また髪の毛が乱れていると思うけど、我慢しよう。
そんな話をしていたら緑の疾風亭が見えてくる、さすがに今日は大勢が列を作っていることはなかった。今なら訪れても大丈夫そうだ。
「あっ、いらっしゃい!
……って、また知らない女の子を連れて来てる。小人族はソラちゃんだけじゃなかったの?」
入った瞬間挨拶してくれたシロフに、ジト目で見られてしまった。そういえば二人を抱っこしたままだったな。こうして誰かを抱き上げるの行為が日常茶飯事すぎて、ついつい忘れてしまっていた。
「はじめましてなのです。私は旦那様の家に棲んでいる、妖精のイコなのです」
「同じく家妖精のライザですよ。よろしくお願いするですよ、シロフ様」
「えっ? えっ? 飛んでる!? ほんとに妖精なんだ……
でも、妖精ってこんなに大きいの? ヴィオレさんも大きくなれるのかな」
思ったとおり混乱しているけど、まぁ仕方ないか。とにかくまずは薬を飲んでもらって、その後に詳しく説明しよう。
◇◆◇
サラスさんに薬を渡し、イコとライザのことやハイエルフの里で起こったことを伝えていく。たった数日で森の深い場所にあるエルフの里に行って戻ってきたのは驚かれた。しかしこれは、真竜やハイエルフの人たちが協力してくれたからこその結果だ。
話を聞いた親父さんの顔色は悪くなり、シロフからは表情が消えている。母親はオロオロと視線をさまよわせ、サラスさんは目を閉じて腕を組んだ姿勢でじっとしたままだ。
持ち帰った薬が本物だという証明するために、包み隠さず話したのは失敗だっただろうか。大陸に暮らす重要人物が、総出演してるからな。
「とにかく、あんた達には大きな恩ができちまった。だけど、こんな老いぼれに差し出せるのは、わずかな貯金と孫のシロフくらいだね」
「ちょっ! お婆ちゃんっ!?」
「俺たちは自分のやりたいことをしただけだから、シロフをそんな風に扱うのは冗談でもやめて欲しい」
「シロフおねーちゃんは“かんばんむすめ”だから、いなくなったらみんなさびしがるよ」
「私が将来、王都で食堂を開いた時に、シロフさんを引き抜きに来るかもしれませんけどね」
「そりゃいいね! あんたの腕は息子から聞いてるし、繁盛間違いなしだろうさ」
「とにかくそうやって笑ってもらえるのが、俺たちには一番の報酬になる」
「こんな大それたことやってるのに、笑顔が報酬なんてあんたたち損な性格してるね。でも本当にありがとう、いい人に出会えてあたしゃ幸せだよ」
組んでいた腕をほどき、俺たちに向かって家族全員で頭を下げてくれた。
やはりこうして誰かに喜んでもらえるのは嬉しい、きっと家にいる家族も同じ気持ちだろう。薬の効果が確認できたら、薪を買いに出発だな。
「迷惑ついでにお願いがあるんだけど、構わないかい?」
「俺たちに出来ることなら、何でも協力するよ」
「あたしをセミまで連れてってくれないかね、店を引き払っちまいたいんだ」
「もう歩いて大丈夫なのか、お袋」
「ほれ、この通りさ。今なら走ってセミまで行けるよ!」
スボンをめくりあげると、赤い腫れは全て引いて、すっかり元の状態に治っていた。生の材料で作った秘薬だけあって、ものすごい効き目だな。
屈伸運動をしたり軽く歩いている姿からは、関節が固まったり筋肉が落ちている様子も見られない。早めに治療できたおかげか、後遺症らしきものが一切ない感じなのは良かった。
これなら今からセミの街に行っても大丈夫だろう、歩くのが辛くなったら俺が背負えばいいだけだ。
「お掃除は私たちに任せて欲しいのです」
「家中ピカピカにしてあげるですよ」
「私も荷造りのお手伝いしますよ」
「ライムもがんばっておてつだいする!」
「よし、なら決まりだね! お店に残ってるものは全部あんたたちにあげるから、よろしく頼むよ」
前回少しだけ中を見せてもらった時、店内には猫じゃらしや積み木が残ってたから、それをもらえるのはありがたい。暖炉の前でのんびり過ごすことが多くなる冬に向けて、おもちゃが増えるのは大歓迎だ。
―――――*―――――*―――――
途中で現れる魔物をほとんど無視し、マキ、シマ、イザーの三人はダンジョン出口まで一気に走り抜ける。八階で出会った人の姿に似た化け物は、ベテラン冒険者を震え上がらせる存在だった。
赤く光る目で見つめられた瞬間、三人は直感した。
――あれは人ならざる者だと。
自分たちがその場で襲われなかったのは、それが出来ない理由があったからだろう。それならまだ対策に時間を割く余裕がある。冒険者ギルドだけでなく、国への連絡が最優先だ。
感知魔法で相手の状態を見ただけでも、自分たちの手に負えないことはわかった。それなら情報を持ち帰ることに全力を尽くす。そうした判断ができるのは、やはり経験に寄るところが大きい。
弓から短剣に持ち替えたイザーが先行し、進路上にいる魔物を斬り伏せ、時には投擲で倒していく。投げ終わった短剣には目もくれず、自分の収納から次々補充している。
殿を務めるシマは、久しぶりに見る彼の全力戦闘にため息を漏らす。
「はぁ……やっぱり、イザーのやつは弓より短剣のほうが強いな」
「まぁ私たちは、あれで何度も助けられてるからね」
「短剣は疲れるからって弓を使ってるけど、あの姿を見るといつも勿体ないと思うぜ」
エルフ族の戦い方は、基本的にアウトレンジからの遠距離攻撃だ。森の中で足の速い動物や鳥を狩るのだから、弓を使った攻撃が得意になるのは当然と言えよう。
それ故に近接戦闘を苦手とする者が多い中、短剣が得意なイザーは異端ともいえるいえる存在だった。たった三人でパーティーを組んでいる彼らが、黒階で長く活動できているのは、オールレンジの戦闘ができるためだ。
「出口が見えてきたぞ」
真っ先に飛び出したイザーは、入り口の監視をしているギルド職員がパニックを起こさないよう、努めて事務的に「未知の魔物が確認された」とだけ告げ街へ向かった。
◇◆◇
三人が冒険者ギルドの建物に入ると、そこにはいつものようにシンバが立っている。
「今日は早いな、何かあったのか?」
「ギルド長に確認しなければいけないことがあってな、早めに戻ってきた」
「ギルド長ならそこに居るぞ。
おーいタンバリー、こいつら用があるってよ」
受付カウンターの後ろにいたタンバリーがフロアの方に来ると、ダンジョン調査中の三人を見て少し表情を曇らせる。この時間に戻ってきたということは、何かトラブルがあったとわかるからだ。
「話は中で聞いたほうがいいかね?」
「詳しいことは中で話すが、最優先で頼みたいことがある。なんとかしてリュウセイに連絡を取りたいんだ」
「リュウセイなら今日、この街で見たよ」
「マシロちゃんとライムちゃんの他に、また知らない女の子を抱いて歩いてたわ」
「小人族みたいだったけど、可愛かったわよー」
「そりゃ助かる、アイツラが居るとしたら緑の疾風亭か」
「ねぇイザー、報告とリュウセイくん探しで手分けする?」
「他にも一緒に話を聞いて欲しい人がいる、報告はそれからにしよう。すまんがそれでも構わないか、ギルド長」
「君たちがそう判断したのなら私に異論はない。
ダンジョン内は立入禁止でいいな?」
「入り口の職員にも告げてきたが、未知の魔物がいる可能性がある。ダンジョンには誰も入れないように頼む」
「おい、リュウセイたちを危険な目に合わせるのは俺が許さんぞ」
「わかってる。だからシンバ、お前も話し合いに参加しろ」
「もちろんだ、あいつらは俺が守ってやる」
それを聞いたイザーはニヤリと笑ってシンバの肩を叩き、三人でギルドを出ると緑の疾風亭へと走った。
イコ&ライザが行ったことのある街。
ドーヴァ :肉を買いに
チェトレ :魚介類を買いに
ピャチ :激辛香辛料を買いに
シェスチー:麺類を買いに(温泉も)
セミ :パンを買いに
ヴォーセ :卵を買いに
だいたい買い物がメインです(笑)
次回はいよいよ時系列が一つになります。
最後に絡んできたシンバですが、再登場は230話なのでお楽しみに!




