第225話 試練の洞窟
エルフ族を見ても反応を示さないことや、様々な種族が集まっていることに驚かれたりしたけど、イザーさんたちに書いてもらった手紙の効果もあり、すんなりと受け入れてもらった。
元々ハイエルフは変わった分野で活躍する人が多いとシェイキアさんに聞いてるので、珍しい来訪者を面白がってくれてるんだろうか。どんな理由があるにせよ、試練の洞窟をクリアすると力を貸してもらえるのはありがたい。
以前、古代エルフに協力をお願いした時は、色々と無理難題をふっかけられたので身構えてしまったけど、あれはあくまでも例外ってことだな。これからはエルフ族に対する認識を改めよう。
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ハイエルフの居住地はスファレの住んでいた里と違って、木だけでなく石でできた建物がいくつもあった。なんでも、古代文明の集落跡を利用して、暮らしているそうだ。
もしかすると、転移装置の使用で薄くなるマナを避けるためには、これくらいの距離を開ける必要があるのかもしれない。ディストの記憶だと、ここが森になったのは大規模な地殻変動より後なので、移動はもっと楽だったんだろう。
転移装置に代表される高度な文明があったんだ、地上を高速で移動する手段が存在してもおかしくない。
案内された里の一番奥には、ドームのようになった巨大な岩の塊があり、側面は垂直の壁になっている。高さ的には三階建てのビルくらいだろうか。ここから後ろの方は見られないけど、奥行きもかなりありそうだ。
この内部が全て試練の洞窟だとすれば、マキさんやシマさんが二度と挑戦したくないと言っていた気持ちもよくわかる。
「ここが試練の洞窟じゃ。さぁ勇者を目指す者よ、試練に見事打ち勝ち、薬の材料を取ってまいれ」
「これはどうやって入ればいいんだ?」
「さぁ勇者を目指す者よ、試練に見事打ち勝ち、薬の材料を取って――」
「そこの壁に手を当てると、反転して中には入れるようになる」
「中に入れるのは一人だけなんだよな?」
「孤独に打ち勝つのも試練のうちじゃ。誰の力も借りず征することで、その力が示されると知れ」
「複数人で壁に触れると、どうなるんだ?」
「誰の力も借りず征することで、その力が示されると――」
「そんなことをすれば壁は動かないし、運良く中に入れたとしても先に進めないようになる」
「つまり攻略不能になるってことか」
「中に入ると一定時間経過するまで出られぬようになる、馬鹿な真似はせんことじゃ」
「もしかして攻略し終わっても時間待ちしないといけないのか?」
「中に入ると一定時間経過するまで出られ――」
「仮に最後まで行けたなら、別の出口が出現するから安心しろ」
どうしても無理だったら転移魔法で出てもいいと思ってたけど、それなら大丈夫だな。仮に攻略できなくても別の場所で薬の材料は手に入るみたいだし、多少時間はかかっても最悪のケースだけは防げるだろう。
ちょっと気を抜いて挑戦できるようになったのはありがたい。
真白も言っていたけど、こうして肩の力を抜く方が、本来の力を発揮できるはずだ。
「必要なことは大体聞けたと思うから、俺が挑戦してみるよ」
「では勇者を目指す者よ、き――」
「お前の魔法は何色なんだ?」
「(……シークよ、今は儂が話す場面じゃ)」
「すまない里長、何度も繰り返したせいでつい割り込んでしまった」
小声でボソボソと何か言っているが、定型文以外も喋れたんだな、里長は。
まぁこの里を治めてるんだから当たり前なんだろうけど、本当にNPCと会話してる気分になってきてたから、シークさんの気持ちもわかる気がする。
「俺の魔法は紫の収納だ」
「息子と同じか……
あいつから色々聞いてると思うが、人族のマナ量では難しいかもしれん。まぁ頑張ってこい」
「三人には色々助言をもらってるし、出来る限りのことはやってみるよ」
「では勇者を目指す者よ、気をつけて挑むのじゃぞ」
決め台詞を言うことが出来て満足そうな里長と俺の家族たちに見送られ、垂直にそそり立つ岩壁に刻まれた平面の部分を軽く押し込む。
すると壁が回転ドアのようにくるりと回り、内部に進入することが出来た。
◇◆◇
内部は壁や天井がぼんやり光っていて、その様子はダンジョンとそっくりだ。この手の洞窟型では魔物の出現はないと聞いているし、突然襲われる危険は少ないだろう。
外壁は岩だったが、内部は普通のダンジョンのように硬い土っぽいもので出来ていた。ダンジョンは別の世界に繋がってるなんて仮説をソラが教えてくれたけど、内部構造が変化したり外とは材質が大きく違っているところなんか、その説が正しいように思える。
道は奥の方に続いているものの、これ見よがしに置かれているのは丸い石だ。四隅にわずかな隙間が空いているけど、とてもじゃないが通り抜けることは出来ない。
「俺の魔法に合わせたダンジョンだから、収納して先に進めということなんだろうな……」
道を塞いでいる石に手を当て、呪文を唱える。
《ストレージ・イン》
なんの抵抗もなく収納できたから、これで終了だ。一番最初の試練だけあって、かなり簡単だった。
この調子で、どんどん先に進んでいこう。
◇◆◇
道を塞いでる岩を収納してしばらく歩いていると、少し雰囲気の違う場所に出た。それまでとは明らかに壁や床の材質が変わり、より硬質でなめらかな物になっている。
恐らく何かの道具を使って突破しないといけないと思うが、とりあえず進んでみることにしよう。目測で二十メートルほど先が広くなっているので、そこまでたどり着ければいいはずだ。
侵入するとなにかの仕掛けが起動するのかもしれないので、まずは長い木の棒を取り出して床や壁を叩いてみる。少し硬質な音はするものの、床が抜けたり壁から槍が飛び出してくることはなかった。
軽い怪我はまだしも、命を奪うような仕掛けはないとの話なので、思い切って進んでみるしか無いか。
そう考えて材質の違う部分を慎重に進んでいくと、数歩目でふっと体が軽くなる感覚がした。
落とし穴かと思って身構えた瞬間、目の前が真っ暗になってしまう。
「今のは地脈の転移に似ていたけど、一体どこに飛ばされたんだ……」
収納からランプを取り出して火をつけてみると、立っている場所は小さな部屋だった。ダンジョン内と同じような壁なのに光を放っておらず、広さは二メートル四方の正方形といった所だろうか。天井もあまり高くないので、ものすごい圧迫感がある。
「扉のようなものもないし、まさか時間切れまでここに閉じ込められるのか?」
恐らくあの材質の違う部分は、触れずに越えなければならなかったんだろう。踏んだ瞬間に飛ばされなかったのは、油断させるためだったのか、あるいは遅延動作の罠か。
とにかくここを出ないと話にならない。一回失敗したくらいで挑戦失敗なんて作りにはなってないだろうし、ここから脱出する方法は必ずあるはずだ。
「……ここか」
壁をコンコン叩いていたら、他とは違う音がする場所を発見した。そこを押し込むと洞窟の入口のようにくるりと回転し、明るい場所へ出ることが出来た。
周りを見渡してみると、材質の違う通路のスタート地点のようだ。
同じ失敗を繰り返さないように、今度は床に板を置いてその上を進んでいくことにする。そして数歩進んだところで、また体が軽くなる感覚がして辺りが暗くなった。
「触れると飛ぶんじゃなくて、あのエリアに一定時間とどまると発動するみたいだな」
今度は普通の速度で歩いたので、最初の時より奥に進むことが出来ている。壁を反転させて出た場所は同じなので、罠は転移だけなんだろう。しかしこの距離だと、全速力で走った程度ではゴールにたどり着けそうもない。何か高速に移動できる手段、例えばタイヤの付いた乗り物なんかで、一気に駆け抜ける必要がありそうだ。
トロッコのようなものは用意していないので、俺は材質の変わるギリギリの場所に立つ。
《トリプル・カラー・ブースト》
《ショート・ワープ》
通常の色彩強化で使えるようになる縮地は、およそ十メートルの移動距離がある。それが二倍強化だと二十メートル、三倍強化だと三十メートルに伸びるので、材質の違う部分を一気ににショットカットできた。
チートを使った攻略は想定外かも知れないけど、楽できるところは容赦なく活用させてもらおう。
◇◆◇
広くなった部屋には入り口以外の通路がなく、辺りが壁で囲まれている。上の方に一か所だけ出っ張ったところがあり、そこから外に出られるみたいだ。
ロッククライミングのように壁を登る方法、ロープの先に鉤爪のついたようなものを出っ張りに引っ掛けて登る方法、下に台を作って登る方法やハシゴで登る方法と色々あるな。
一応、収納の中にハシゴは用意しているけど、いま持っているのは長すぎて、ここで取り出すことが出来ない。
この世界には折りたたみやスライド式はないから、とりあえず一番長いのをと思ったのは失敗だった。こんなに狭い部屋で使うことを想定してなかったからだ。
足場を組んだり即席でなにか作ってもいいけど、せっかくチート能力が使えるんだから有効活用する。
《サモン・ハシゴ》
家の物置に置いてあるハシゴならこの部屋でも使えると思って召喚してみると、ちょうど出っ張りに届く長さだった。
イコとライザは飛べるから、家にハシゴがなくても大丈夫だろう。
出っ張りの上に到着して、召喚したハシゴを収納にしまい、通路を先に進むことにした。
◇◆◇
その後も足場の悪い場所を歩かされたり、バランスを要求されるような細い通路があったりした。一本道なので迷う心配はないし、やってることは本当にアスレチック施設のそれだ。
初見殺しの罠に何度かハマったけど、コース自体は安全にできている。それに何度も同じ感覚を味わって確信した。
スタート地点に戻される時の感覚は、転移装置を使った時と同じことに。
入る人によって変わるギミックや安全に配慮したペナルティー、そしてここは古代文明の集落があった場所。恐らく試練の洞窟は、古代人が魔法の鍛錬をするために作った訓練施設だ。
この巨大な岩の塊は魔道具で、錬金術か何かを使って内部を作ってるんだろう。入口を塞いでいた丸い石も、収納した後に消えてしまっているから、何らかの方法で作られた疑似物質だと考えられる。
これだけの巨大な施設なんだから、もしかしたら地脈を利用するのかもしれない。戻ったらディストかライムに、太い地脈が走ってないか聞いてみよう。
「そろそろゴールだと思うが、これなら楽勝だ」
目の前には大きな水たまりがあって、対岸に通路が続いている。この距離なら泳げないこともないけど、今は気温が低いからやめておく方が無難か。
チェトレで買ったボートを浮かべ、水面をゆっくり進んでいく。水は透き通っていて、湖底が光を発してるのでとても幻想的だ。真白を連れてきたら、とても喜ぶだろうな。お一人様限定なのが残念でならない。
まぁボート乗りは来年の海水浴でやってもいいし、昨日覚えた湖でも出来る。サラスさんの病気が回復して、職人さんに頼んでいる持ち運び式別荘が完成したら、必ず水の多い場所へ遊びに行こう。
「……あれがクリア報酬の花か、ユリみたいな形をしてるな」
池から上がって入った丸い部屋の中心に、ラッパの形をした真っ白の花が一輪咲いていた。高い効果を持つ薬の材料になるくらいだから、ダンジョンに生えている薬草と同様の存在に違いない。
遠い場所にあるという群生地から転送しているのか、この施設内のどこかで育てているのか、古代のテクノロジーはなんだか凄いものがある。一夜にして二つの大陸を沈めた大規模地殻変動がなかったら、この世界はどんな発展を遂げていたんだろう。
古代文明にはロマンを感じるけど、とりあえずはこの花を持ち帰るのが先決だ。
あらかじめ言われていたとおり、土の下にあるコブ状の根を傷つけないように掘り返し、部屋の奥にある回転扉から外へ出ることにした。
薬の材料になるのはユリ根。
食べても美味しい(裏話w)




