第223話 買い出しと無人島
アージンから帰ってきた夜、みんなを労いながら計画したとおり、俺はヴィオレと二人だけで買い物に出発した。今日は様々な街に行って食材の補充をしつつ、試練の洞窟を突破するのに必要なものを買い揃えていく予定だ。
それ以外にもちょっとした計画があるから、そちらも出来れば目処だけでもつけたい。
「初めて二人きりで出かけたのが、この街だったわね」
「そこに見えてる岬の上まで行って、ラチエットさんたちに会ったんだよな」
「変わった依頼だったけど、受けて良かったと思うわ」
「あの時に二人で話してたこと、ヴィオレは憶えてるか?」
「確か妖精に姉妹はいるのかや、リュウセイ君のことをどう思ってるのかだったかしら」
あれから王都に行ってイコとライザに出会ったことで、姉妹として振る舞う妖精がいることは判明した。しかも二人の力が繋がっていて、相乗効果をもたらすという非常に珍しいものだ。
なにせ精霊王が初のケースだと驚いたくらい、イコとライザはレアな存在として生まれている。
「もう一つの話題だった俺の評価だけど、あの時とは変わってきたか?」
「そうねぇ……
今は、そばにいると安心できて頼れる男の子って思ってるわ」
「それは大きく前進したと思って良さそうだな」
あの時の答えは年下の男の子だったから、居心地の良さだけでなく頼りがいや安心も、感じてもらえるようになったみたいだ。
やっぱり男として、女性にそう思ってもらえるのは嬉しい。
「あなたに抱かれたり、撫でられたりする幸せを感じられるようになったから、女の体に生まれてきて良かったと感じてるのよ」
「ちょっとドキッとする言い方だけど、そう思ってくれるのは嬉しいよ」
「ふふふっ、あなたをドキドキさせたのなら、私も一歩前進かしら」
事情を知らない人が聞いたら、小さな妖精にどんないかがわしい行為を働いてるんだと、あらぬ誤解を受けかねない言い方だぞ、今のは。元々あまり人の来ない海岸とはいえ、誰かいる可能性が低い冬の季節目前で本当に良かった。
以前は枕の上で寝ていた彼女だが、最近はライムがうまく隙間を開けていたら、俺の服の間に入って眠るようになっている。朝起きたら入ってきてることもあるので、夜中や明け方に移動しているようだ。
ヴィオレの着ている服は薄手のワンピースに近い形だから、うつ伏せに寝転がられるとどうしてもまろやかなものを感じてしまう。女王の資格にスタイルの良さが含まれる、妖精族の不思議な生態に触れる朝が多くなった。
「そういえば、俺たちが出会ってまだ一年経ってないんだよな」
「あなた達が聖域に来たのは、白月の真ん中辺りだったわね」
「泉の花広場でヴィオレとバニラに出会って、初めて邪魔玉の浄化をやったけど、ずいぶん昔のことに思えるよ」
「今年一年の間に色々なことがあったけど、今まで生きてきた中で一番充実しているわ」
王都に家を持つことになり、今は精霊王や妖精王と暮らしている。百二十八年に一度しか開かれない神樹祭にも参加できたし、真竜にも会うことが出来た。様々な場所に行って多くの人と出会い、浄化した邪魔玉は全部で八個だ。
そのうち三つは精霊王たちが持ち、一つは霊木と一緒に置いている。王都のダンジョンで見つけたものは国が買取り、神域で見つけたものは王立考古学研究所で管理。残りの二つは俺のポーチと魔法収納に入れて、霊魔玉になるか観察中。
聖域を増やす予定はないから、お世話になった白蛇の霊獣へプレゼントしようと考えている。
「信じられないくらい色々なことがあって、確かに充実していたな」
「今では私もバニラちゃんも、あなた達の家族になってるものね」
「王都の家は、全ての種族が暮らしてる凄い場所になってしまったよ」
「あと足らないのは神様くらいかしら?」
「流石にそんな存在には会えないだろ」
「今でもありえない人たちが住んでるんだもの、案外向こうから訪ねてくるかもしれないわよ」
目の前に飛んできたヴィオレが、いたずらっぽく笑う。以前もそんな話題が出て、頭を撫でてみようなんて考えたけど、いくら何でも地上に降臨することなんて無いよな?
ディストから聞いてないくらいだし、あるとしても創作された神話くらいだろう。
◇◆◇
チェトレの朝市で買い物をすませ、二人で造船所に足を運んでいる。試練の洞窟対策に、手漕ぎの小さなボートを買うためだ。
もし足漕ぎのスワンボートがあったら、真白は大喜びするだろうな。なんでも、カップルで乗る船の定番らしい。俺にはわからない世界の話だったから、きっと少女マンガに出てくるシチュエーションだろう。
「おや、あなた方はあの時のお客様と妖精のお嬢様」
「王都まで乗せてもらった船の船長さんだったな、久しぶり」
「あらあら、お久しぶりね。ドーラちゃんは元気?」
「はい、いつもお供えを食べていただいております」
港を横切っている時に声をかけてくれたのは、王都に行く時にお世話になった貨客船の船長だった。その船には茶色い焼き菓子が好物の妖精が棲んでいて、ドーラという可愛い船の守り神だ。
後ろにいるのは船員の人たちだな、見知った顔が何人もいる。
ちょうど船のメンテナンスを依頼しに行った帰りで、しばらくこの街で休暇を取るらしい。
「もし知ってたら教えてほしんだけど、この近くに泳げるような無人島はないか?」
「兄さん、いくらチェトレでも冬には泳げねぇぞ」
「いや、来年の夏に泊りがけで海水浴へ行く計画を立てていて、人が来なくてのんびりキャンプの出来る島を探してるんだ」
「ちくしょう、あんな可愛い子たちと無人島に行きたいだと……」
「若いだけあってお盛んだなっ」
「贅沢すぎるぞ、一人くらいよこせ!」
「あー、オイラも早く王都に戻って、彼女とイチャイチャしたいっす」
「「「「「オメーは、黙ってろ!!!!!」」」」」
俺と同じくらいの年齢の男性は、前に乗った時に彼女が出来たという話は聞いていたけど、うまくやっているみたいだ。
しかし、家族とは清い付き合いをしているんだから、変な誤解はやめて欲しい。
あと、みんな俺の大切な人たちばかりだ、何があっても絶対に渡さないからな。
「それなら遠浅の海岸がある、いい島を知ってるぞ」
「ここから近いのか?」
「今日は海が凪いでるから、手漕ぎの船でも行ける距離だ」
「ちょうど今から小さな船を買いに行くんだ、素人でも辿りるけるなら場所を教えてもらってもいいか?」
「暇だから連れて行ってやるよ。買った船の試運転にも丁度いいし、俺に任せときな!」
船の航海士だという男性が、いい島を知っているというので連れて行ってもらうことにした。手頃なボートも選んでくれると言ってるし、お世話になることにしよう。
船長たちにヴィオレの収納に入っている真白手作りのお菓子を渡し、三人で造船所へ向かって歩き始める。
無人島ならベルさんも気兼ねなく遊べるし、ケーナさんやシロフも誘いやすい。これは来年の夏が楽しみになってきたな。
◇◆◇
連れて行ってもらった場所は三日月型の小さな島で、本土から見て反対側が遠浅の湾になっていた。草木の生い茂る山が丁度いい目隠しになり、地盤のしっかりした平らな場所もある。そこそこの広さがあるので、別荘を出しても大丈夫だろう。
漁場から外れた島だから、訪れる人はまずいないらしい。冬の時期はここで暮らしてもいいとすら思える、文句のつけようがないくらい理想の無人島だ。
少しだけ上陸させてもらったおかげで転移ポイントも憶えられたから、いつでもこの場所に来られるようになった。
意気揚々と港に戻ってきた俺たちは、お世話になった船員さんにお酒を数本プレゼントし、買い出しを再開することに。
ドーヴァの街でお肉を買い、シェスチーの街でパスタも仕入れる。そしてセミの街ではパンを、ヴォーセの街で新鮮な卵も買い揃えた後、ピャチの街までやってきた。鍛冶の盛んなこの街で、滑車や金属パイプを購入する予定だ。
「今日はいろいろな場所に行けて楽しいわ」
「ヴィオレのおかげで、食材を気兼ねなく保存できるからな。いつも助かってるよ」
「こんな風に頼られるのって、なんだかいいわね」
「女王なんだから、他の花妖精に頼られたりしないのか?」
「私たちって、あまり他の妖精に干渉したりしないから、頼ったり頼られたりすることは無いのよ」
「ヴィオレが他の妖精に話しかけたり、イコやライザを連れてきたくれたりしたのは、かなり特殊な事例なのか」
「あなた達と出会ってから、色々なことに興味が湧くようになったの。そのおかげで、今まで知らなかった感動や喜びを感じることができて、新しい幸せを次々実感してるわ」
頭の上から刺激が伝わってくるのは、ヴィオレが撫でてくれてるんだろう。
妖精たちにとって頼るべき存在というのは王だけで、女王はあこがれの対象みたいな存在だと、説明してくれた。有り体に言えば、ヴィオレだと花妖精のアイドルといった感じのようだ。
家にある花壇で他の妖精を見ないのは、遠くから眺めるような存在が住んでいるからだろう。今のヴィオレはこんなに社交的で優しいんだから、そんな理由で他の花妖精が近づかないのは実にもったいない。
そして、エコォウも俺たちと出会ってから、ずいぶん雰囲気が変わったそうだ。
今まではどこか事務的で、立場と義務だけで動いている印象があった。それが自らポーニャに興味を示したり、誰かの手助けをしようとするのは、今までの彼だと考えられない行為らしい。
「家の庭に霊木を植え替えたら、妖精が気軽に集まれる場所にしたいな」
「リュウセイ君の考えることは素敵ね。その時はエコォウにもお願いしてみるわ」
「神樹祭の時に、妖精たちを集めてくれた手腕に期待だな……と、目的の店が見えてきた」
「こんな小さなお店に、試練の洞窟で必要なものがあるの?」
「それとは別口で、俺の個人的な用事なんだ。何が出来るかは、入ってみてから職人さんと相談だ」
「???」
この小さなお店は、さっき買い物した鍛冶組合長のフェイザさんから教えてもらった、小人族がやっている宝飾細工店だ。手先の器用な種族だけあって、緻密な細工や小さなものを作るのが得意らしい。
イコとライザに髪留めを買ってあげた時に、ヴィオレにも何か贈りたいと考えていたので、ここで探してみようと思っている。
「らっしゃい! よく来たな」
「少し相談があるんだけど、構わないか?」
「大抵のもんなら作れるから、何でも言ってくれ」
「ヴィオレ、すまないけど机の上に立ってくれないか」
「えぇ、いいわよ」
「……おぉぉぉー!! 妖精さ生で見だの初めてだ。おらたちのご先祖様みたいなもんだべ?」
作業台らしき乱雑に物が積まれた机にヴィオレが降り立つと、興奮した職人の男性から変な訛りが出てきている。これは小人族の特徴なんだろうか、興奮したソラが流暢に喋れるようになるのと同じ感じか?
「彼女が身につけられる装身具を探してるんだ、既製品じゃなくてもいいから何か見繕ってほしい」
「おらの家に妖精さ主人公にした本があるだ、それに装身具をつけた姿が載ってただよ。すぐ取ってくるけえ、ちょっと待ってけろ」
そう言い残して、職人さんは奥の方に入っていった。
「ねぇ、リュウセイ君、ホントにいいの?」
「イコとライザにも髪留めを買ってあげてるし、他の家族にも装飾品や小物を贈ってるんだ。ヴィオレだけは大きさの関係で何も出来なかったから、特注してみようと思ってここに来た」
「こんなこと初めてで、どう反応したらいいかわからないわ」
「実際に身につけてみたら気持ちがはっきりするかもしれないし、とりあえず何が出来るか楽しみにしておこう」
しばらくして、本を手にした職人さんが戻ってくると、開いて中を見せてくれた。その本は挿絵付きの小説で、羽の生えた妖精が描かれたページがある。
「ここを見てみるだ、足首に紐みたいなの巻いてるべ」
「確かにここに描かれている妖精たちは、全員が同じようなものを身に着けてるな」
「おらの作った極細連環を短くしてやると、妖精でも身につけられると思うだよ」
確か足首につけるアクセサリーはアンクレットだったと思うが、挿絵の妖精たちは全員がそんな装飾品を身に着けていた。描かれているのは妖精たちのお祭りといった感じの絵だから、催事用の装飾品かもしれない。
見せてもらったサンプルの極細チェーンは、等間隔に入れられた少し大きめのリングがアクセントになっている。腐食やサビに強く非常に硬い金属だから、少々引っ張ったくらいでは切れることはないそうだ。
光をキラキラと反射する赤みを帯びた金色はとても美しく、ヴィオレもひと目みて気に入ってくれた。
◇◆◇
店内に置いてあるアクセサリーを眺めていたら、妖精のサイズに合わせたチェーンが完成した。短く加工するだけだから、短時間で終わるという言葉どおりだ。
人間が使うには小さすぎるんじゃないかと思うような留め金を外し、ヴィオレはゆっくりと自分の足に装着して再び固定する。色白ですらっと長いきれいな素足に、赤みを帯びた金色がよく映えていた。
「リュウセイ君、どうかしら?」
「すごく似合っててきれいだよ。ヴィオレは普段、靴を履くことがないから、足首につける装飾品はとてもいいと思う」
「なんだか……胸にこみ上げてくるものがあるわ。この気持を……どう表現すれば……いいのかしら」
「えっと、ヴィオレ。泣いているのか?」
「これが嬉し泣きなのね。私、今すごく幸せだわ、ありがとうリュウセイ君、大好きよ」
胸に飛び込んできたヴィオレが、俺の首元にキスの雨を降らせてくれる。こんなに喜んでくれるなら、ここまで買い物に来たかいがあったというものだ。
満足そうに俺たちを見つめる職人さんにお礼を言って、支払いを済ませた後に店を出た。全身から嬉しさが溢れ出ているヴィオレは、俺の服の間に入って足をパタパタ動かしてるので、ちょっとくすぐったい。
せっかくのチェーンが隠れてしまっているが、そのままでいいんだろうか。
まぁ、本人は上機嫌だから、好きにさせておこう。
今日は色々な場所で買い物をして無人島にまで行き、最後はずっと考えていたことを叶えられた。
とても充実したデートだったな。
メイド服の時は白いソックスを履いてます。
(流石にソラといえども革靴は作れない)




