第222話 ねぎらいの時間
冒頭部分は別視点です。
緑の疾風亭にある自宅スペースでは、サラスとシロフの両親が椅子に座って話をしている。祖母と会うことが出来たシロフは安心から来る気の緩みで、いつもより早い時間に眠ってしまった。
「お袋、本当に大丈夫なのか?」
「ちょっと痛くなるだけで別に死ぬような病気じゃないんだ、心配したって無駄だよ」
病気について調べた龍青たちは、赤い腫れが紫に変わると痛みが出てくること。そして、その段階になってから治療しても、後遺症が出て元のように動かないことを、サラスにだけ伝えていた。それを聞いた彼女はシロフには黙っていることを決め、こうして息子夫婦に打ち明けている。
「……きっとマシロちゃんたちが、薬を持ってきてくれます」
「あたしみたいな老いぼれのために、あんな若い子に苦労をかけるのは申し訳ないねぇ」
「ここが繁盛してるのは、マシロが教えてくれた料理のおかげだ、あいつらには感謝してもしきれん」
「去年来た時に流れ人を泊めたって聞いたけど、まさかシロフを連れて来てくれるとは思わなかったよ」
「……私もマシロちゃんに怪我を治してもらったことがあるけど、みんな優しくて可愛い子ばかり」
「おかげで今日の売上が、とんでもないことになった」
真白が持っていたファミレス接客の知識を全員に伝え、拙いながらも一生懸命に働く姿は多くの来店者を虜にした。今日一日だけ限定の手伝いという希少性と、この世界にはないメイド服というインパクトのせいで、噂が噂を呼んでお客が殺到。
追加で買いに行った材料も切れてしまい、夜の食堂営業時間も短縮したほどだ。厨房作業で即戦力になる真白とコールがいなければ、とてもじゃないが回らないほど忙しかった。
そんな戦場みたいな状態だったにもかかわらず、三人はとても満足そうにしている。やはり自分や家族の店が繁盛するというのは、嬉しい悲鳴にしかならないからだ。
それに、思わぬ形でアージンに来たサラスだったが、お店を畳んだことで移住を決意したことも大きい。特にシロフがとても喜び、眠りにつく直前までサラスに甘えていた。
帰り際にその意志を聞いた龍青も引っ越しに協力すると申し出ているので、ハイエルフの里で薬が手に入った後に手続きする予定になっている。もちろん以前から引退を勧めていた二人も、サラスの移住には大賛成だ。
「あたしはリュウセイのことが気に入ったよ、シロフを嫁にやるならあんな男がいい」
「確かに悪い男じゃないが、あいつは自分の妹と結婚してるぞ」
「……二人の仲は凄く良くて、ライムちゃんも幸せそうにしてます」
「周りにいる子はみんなリュウセイのことを好きみたいだし、嫁が一人増えたところでどうってことないだろうさ。それにセミの街で“難攻不落の鉄城”って言われてた、ケーナちゃんを落としてるんだ。そんな甲斐性のある男は、何があっても捕まえとくに限る、あたしはそう思うんだけどね」
「……でも、シロフちゃんには気になる男性がいますから」
「なんだと!? 俺はそんな話を聞いたこと無いぞ?」
「……女同士の秘密ですから、あなたにも黙ってたんですよ」
「それで、どんな男なんだい?」
「……冒険者ギルドの査察官だという人が、うちの食堂に来てくれたことがあるんです。線の細い中性的な男性で、名前は確かマラクスだったと思います」
真白直伝の料理が食べられるということもあり、マラクスは緑の疾風亭へ足を運んでいた。シロフにとって一目惚れに近い状態で、まだ話もろくにしたことのない関係だ。しかし、彼女の恋が報われないことを、ここにいる三人は気づくはずもない。
龍青たちと一緒に海水浴へ行った際、その事実を知ることになるが、まだまだ先の話である。
―――――*―――――*―――――
今日は夜の食堂営業時間も材料不足で早く終わり、引き止めてくれたシロフに申し訳ないと思いつつ、王都へ帰ってきた。あの家族にはもう転移魔法のことは知られているし、明日仕事のあるケーナさんとリコを家まで送る必要があったからだ。
多発性紫紋症についての詳細は、サラスさんにしか伝えていない。家族には隠し事をしたくないので全て話しているが、サラスさんからは「治ったら儲けもの程度のことだから、気に病んだり無理したりするのは絶対やめてくれ」と言われている。
俺は既にやらかしてしまっているから、いつもどおりを心がけて旅の準備をしようと思う。変に深刻になったり真面目にやろうとすると、かえって良くない結果になるとは真白の弁だ。
「この場所の近くに大きな湖があるんだ。そこに古い遺跡があって、神域にある転移装置で飛べると思うよ」
「それはどこなのじゃ?」
「確かこの辺りだったと思うな」
「そこに飛べるなら大幅に行程が省けるのじゃ」
「あの転移装置はヴォーセの森にある遺跡と繋がってるんじゃないのか?」
「相互に行き来できるのはそこしかないんだけど、神域にある転移装置から一方通行で繋げることが出来るのさ」
空を飛べない神子が大陸中を移動する時に、地脈を使った転移で行けない場所を少なくするため、既存の転移装置を一時的に間借りする機能がついているらしい。ただし一回の転移でリンクが切れてしまうので、そこからは戻ることが出来ないという、片道切符の移動方法になる。
それでも大幅に日数が短縮できるのはありがたい。しかも神域には俺の魔法で入れるから、転移装置にエネルギーをチャージする時間も不要だ。
「ありがとうディスト、貴重な施設を使わせてもらって助かるよ」
「リュウセイたちが大切にしている人は、ボクにとっても大事だからね」
「あとは試練の洞窟を攻略するだけだねー」
「危険はないんですよね、ご主人さま」
「里の人たちも腕試しで挑戦するけど、軽い怪我くらいで済んでるらしい」
「何は必要なものがあれば、私たちがお作りするのです」
「この世界に無いものでも、お任せあれですよ」
「収納魔法持ちに課せられる試練は、道具を使って障害を突破していくようなものらしいから、二人にはいくつか用意して欲しいものがあるんだ」
イザーさんから聞いた話で、俺はフィールドアスレチックを思い浮かべている。そうした施設との違いは、コースを進むための道具が用意されていないことだ。
対岸へ渡るための綱があるのに、滑車がついていないとかそんな感じだろう。そのために必要な道具やアイテムを、収納に詰め込んでおくのが勝利の鍵になる。
水のエリアや壁のぼりなんかを想定して、使えそうな道具を揃えておけばいい。障害物をゲームのように突破していくテレビ番組もあったし、そんなのを参考して準備することにしよう。なにせ俺の収納魔法は、ほぼ無尽蔵に物が入れられるからな。
◇◆◇
お風呂から上がったあと、寝室に移動していつものまったりタイムを満喫する。慣れない接客業で疲れているみんなを、目一杯労ってあげよう。
「みんな、今日はお疲れ様」
「ライムいっぱいがんばったよ!」
「一生懸命注文を聞く姿が大人気だったのじゃ」
「偉いぞライム、さすが俺と真白の子供だ」
膝の上に移動してきたライムの頭を撫でながら顎の下にある逆鱗に触ると、気持ち良さそうな顔で甘えてくる。可愛い口から「ん~~~」と息を吐くような声が漏れていて、猫が喉をゴロゴロと鳴らす姿を彷彿とさせる。
今日はセミの街に行ったり王都で調べ物をしたり、緑の疾風亭でもイザーさんたちと話し込んでいたので、店の手伝いがほとんど出来なかった。
まぁ無愛想な俺より、可愛い女の子たちに接客してもらう方が嬉しいのはわかっているけど、やっぱり何も出来なかったのは申し訳ないと思う。
真白には「執事服を着て接客したら、女性のお客さんが大喜びしただろうけどね」とか言われている。初対面の人に本当に喜ばれるか不明だが、何かの機会があれば挑戦してみよう。シロフも見たがっていたしな。
「とーさんにそうされてると、からだの中がポカポカしてくるの」
「眠くなってきたんだったら、お母さんの方に来る?」
「うん、かーさんにも抱っこしてほしい」
ライムは俺の膝から降りると真白に正面から抱きつき、家族で一番戦闘力の高い部分に顔を擦り寄せながら、気持ち良さそうにまどろんでいる。二人が出会って母娘になった時からずっと、こうやって甘えるのが好きだな。ホント、誰に似たんだろう……
焦りの出ていた俺が早足になりそうな時、ギュッと抱きしめながら引き止めてくれたから、まろやかな感触は腕に残ったままだ。
「リュウセイ、私も超頑張った、褒めて」
「ソラちゃん、すごく計算が速いんだよー」
「団体のお客様にはすぐ合計を伝えてましたし、割り勘でも即座に金額が出るんです」
「それは凄いな、割り切れない時はちょっと大変だったろ」
「桁数多くない、計算簡単」
この世界にはレジスターなんてものは存在しないから、慣れてないとなかなか難しいと思う。俺も足し算くらいなら時間をかけずに出来るけど、わり算と余りの計算は正直自信がない。
今日は台の上に乗って、ずっとカウンターの担当をしてくれていたから、ソラも疲れたはずだ。少しでもその疲れが癒えるように、澄んだ天色の髪をブラシでゆっくり梳かしていく。
「スファレは大丈夫だったか?」
「エルフ族が店で接客などせんじゃろうし、かなり声をかけられたのじゃ」
「スファレ、子供に人気だった、耳触られそうになってた」
「ここを触って良いのは旦那だけじゃと、何度も言う羽目になったのじゃ。ほれリュウセイ、お主ならいくら触っても構わんのじゃ」
スファレはソラと交代に俺の膝に座り、背中を思いっきり預けてくる。少しひんやりする耳に触れると一瞬だけ体を震わせ、すぐ気持ち良さそうに長い息を吐いた。
以前シェイキアさんは、エルフが耳を触らせるのは家族か配偶者だけと言っていたけど、あれは本当に冗談だったんだろうか。古代エルフとハイエルフだと風習は違うかもしれないが、マキさんにも聞いてみればよかったな。
仮にそれだけ大事な場所だったとしても、こうやって甘えてくれる彼女の願いを断ることは、今の俺にはもう無い。
「私も頑張ったから、リュウセイ君の服の中に入らせて欲しいわ」
「ヴィオレも今日はありがとう、親父さんもかなり喜んでたな」
「色々な街で仕入れた新鮮な食材を、たくさん収納してもらってるんだもん。それが使えるのは料理する人にとって、涙が出そうなくらい嬉しいことなんだよ」
「かなり減ってしまったから、補充しておかないといけないわね」
「それなら、明日にでも買い出しに行こうか」
「ふふふっ、今日はあまりリュウセイ君のそばに居られなかったら、明日は一日中頭の上で甘えさせてもらおうかしら」
みんな今日のことで疲れてるだろうし、買い出しはヴィオレと二人だけで行くのが良いかもしれない。せっかくだからちょっと寄りたい場所もあるし、明日はその方向で話を進めてみよう。
服の中に入ってきたヴィオレの頭を撫でながら、俺はそんな計画を立てる。
「われはもう十分癒やしたもらったから、コールと交代するのじゃ」
「コールちゃんも大人気だったものね、こっちに来て一緒に癒やされましょ」
「あの……、リュウセイさん。時々マシロさんにやってるように、後ろから抱きしめて欲しいです」
「それくらいお安いご用だ、これでいいか?」
ベッドのヘッドボードを背もたれにして、足を開き気味にして迎え入れる準備をする。その間に腰を下ろしたコールの前に両腕を回してお腹の辺りで組むと、自分の手を重ねてそっと撫でてくれた。
「今日は色々な人に見られて恥ずかしかったです」
「メイド服を着たコールは可愛いから、どうしても目が行ってしまうんだろうな」
「見られている場所が何となくわかるので、ちょっと居心地が悪くて……」
「コール、鬼人族でも大きい方、女性にもよく見られてる」
背が低いぶん余計に目立ってしまうから、男女問わず視線を集めていたみたいだ。イコとライザの着ていたメイド服がクラシカルなものでなく、ゲームに出てくるようなちょっと派手なタイプだったら、もっと大変だったろう。
抱きしめている腕にもその片鱗を感じられるが、非常にまろやかなソレは包み込むような優しさを持っている。
精神的に疲弊気味なコールのツノを撫で、吐息と一緒に疲れを吐き出してもらうことにした。
「あるじさまー、もうしっぽ乾いたよー」
「今夜もお願いします」
「今日はどうする?」
「今日は膝枕の気分かなー」
「なでなでも一緒にお願いします」
「なら、われがクリムのブラッシングをするのじゃ」
「アズルは私、やってあげる」
足の上に頭を乗せて甘えてくるので、ねこみみをモフりながらゆっくりと撫でていく。スファレとソラのブラッシングが進むにつれ、足にかかる重さがどんどん増してくる。ふたりとも順調に液状化中だ。
「初めての体験はどうだった?」
「お客さんが褒めてくれるし、結構楽しかったよー」
「ねこみみメイドさんのー、本領を発揮することが出来ましたー」
入り口の接客も二人の担当だったので、ほぼ全ての来客と顔を合わせてる。入り口でこんな可愛いねこみみメイドさんに出迎えられたら、俺も常連になってしまうことは確定的に明らか。
冒険者たちだけでなく街の人も大勢訪れていたので、今度アージンに行ったら色々な人に声をかけられるだろう。あの街に行くたびイベントが発生している気もするけど、今回のこともきっとうまくいく。
俺はサラスさんの病気を治すために全力を尽くすだけだ。
空にそびえる鉄の城。
ケーナはスーパーロボットでした(嘘)
第0章の資料集と登場人物一覧に、サラスを追加しました。
(ベルの目の色を金赤→緋色に小変更)
次回は買い出し&デート回です、お楽しみに!




