第20話 特別依頼
翌日、三人で冒険者ギルドに到着すると、中は騒然となっていた。いつも入口付近で声をかけてくれるシンバもおらず、受付窓口の周りに人だかりができている。
「一体どうしたのかな?」
「とーさん、かーさん、あっちからなんか声がきこえるよ」
「近くに行ってみようか」
近づいていくにつれ、喧騒の中から子供の声と受付嬢の少し困ったような声がきこえる。
「お願いします、お母さんを助けて」
「ここでは病気や怪我の治療はできないのよ、治療院には行ってみた?」
「そこの人が診てくれたけど、呪いだから治せないって……」
涙声になってしまった子供の声は、つい最近聞いたことのあるものだ。真白とライムもそれに気づいたようで、人を掻き分けながら受付けの前まで進む。
「ピアーノちゃん!!」
「あっ! ライムちゃん!!」
ライムが真っ先に声をかけたが、その子は先日迷子になっていたピアーノだ。お母さんを助けてと言っていたが、先日会った時は元気そうだった彼女に、一体何があったんだろう。
「ピアーノちゃん、よくここまで来られたね、途中で迷ったりしなかった?」
「街の人に冒険者ギルドに行きたいって言ったら、案内してくれたの」
「今日はどうしたの?」
「あのねライムちゃん、お母さんが眠ったまま目を覚まさないの」
「さっき呪いって言ってたけど、どんな病気なのかな?」
「治療院の人が家に来ていろいろ調べてくれたり、お薬飲ませてくれたんだけど目が覚めないから、これは呪いのせいだって言われたの。だから冒険者の人や、マシロお姉ちゃんみたいな白の魔法を使える人に、お願いしようと思って……」
ピアーノは眠り続ける母のことを思い出したのか、目には涙が滲み始めた。それを見たライムが近づいて、頭を優しく撫でてくれる。
「呪いにかかった原因はわからないのか?」
「変なものを見たり触ったりしなかったかって聞かれたから、いっしょうけんめい思い出したんだけど、この街に来る途中に見たことない花を拾ったの」
「それはどんな花だったか覚えてるか?」
「すごくいい匂いのする花だったから、お母さんと一緒に触ったりお鼻に近づけたりしてたんだけど、目の前で消えちゃったんだ」
「そいつは“悪魔の落とし物”だな」
「知ってるのか、シンバ」
「あぁ、非常に厄介なシロモノでな、時々この世界に現れるんだ」
シンバの説明によると、この世界に存在しない不思議なものが稀に現れ、近づいたり触ったりした人間に呪いを振りまくらしい。それは様々な状態異常を引き起こすが、治癒魔法や一般に出回っている薬も効かず、後遺症が残ったり命を落としたりする、危険な存在だそうだ。
滅多に見つからない上に、出てくるものはバラバラで対策のしようもなく、その存在を知らない者も多いので、被害者は後を絶たないらしい。この世界では悪魔が実在すると考えられているので、そんなものを総称して“悪魔の落とし物”と呼んでいる。
「その花を見つけた時に、近くにいたのは嬢ちゃんと母さんだけか?」
「旅の途中で休憩してた時だから、私とお母さんしかいなかったよ」
「だとすると、呪いを受けた可能性があるのは二人だな」
「ピアーノちゃんはどこか調子悪くなったりしてない?」
「うん、お母さんを診てくれた人も不思議だって言ってたけど、私は大丈夫」
同じ場所にいて一人が眠ってしまい、もう一人は元気ということは、ピアーノは呪いを受け付けなかったのか、あるいは解除される出来事があったのか……
「誰か特定の人物だけに降るかかる呪いってあるのか?」
「悪魔の落とし物に近づいたり触ったりしたやつは、必ず呪いを受けるはずだ」
「その呪いが何らかの要因で解除されたり発症しなかったりは?」
「そんな話は聞いたこと無いな、呪いが発動する時は全員同じ状態になる」
「つまりピアーノが呪いの影響を受けなかったか、あるいは解除できた要因を探せば、母親の目も覚めるかもしれないってことか」
「ホント!? リュウセイお兄ちゃん!!」
「ピアーノは旅の途中も、この街に来てからも、お母さんとずっと一緒にいたのか?」
「うん、ずっと一緒だったよ……
あっ、でも迷子になった時は離ればなれだった」
迷子になって転んで膝を擦りむいていたあの時か。真白に手当してもらって泣き止んだ後に、すぐ母親が来てくれたんだったな。
……いや、まてよ、あのとき真白は治癒魔法を使ったけど、もしかすると。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、ちょといい?」
「あぁ、俺も同じ事を考えていた」
真白が近づいてきて俺の服を引っ張りながら、耳に顔を近づけて小声で話しかけてきた。ライムにピアーノを任せて、少しだけ集団から離れると二人で話をする。
「前の日にお兄ちゃんが強化してくれてから、初めて使ったヒールがピアーノちゃんなんだよ」
「つまり、あの時は“治癒+浄化”の状態で魔法が発動したのか」
「もしかしたら、お母さんの呪いも解除できるんじゃないかな」
「試してみる価値は十分あるな」
たとえ薬で呪いを解けなくても、浄化ならそれが可能になるかもしれない。短い時間だったとはいえ一緒に話をして、ライムと友だちになってくれたピアーノの母親は助けてあげたい。俺と真白はそう決意して、集団の中に戻っていった。
「ピアーノちゃん、もしかしたらお母さんの目を覚ます方法があるかもしれないけど、お家まで案内してもらってもいい?」
「マシロお姉ちゃんが治してくれるの?」
「私ひとりじゃ無理なんだけど、お兄ちゃんとライムちゃんがいてくれたら、何とかなるかもしれないから、やらせてもらえないかな」
「本当か、リュウセイ」
「初めてのことだから、うまくいくかはわからないが、ピアーノの笑顔を取り戻すためにやってみたい」
「ほう……男の顔をしてるな、リュウセイ。
なら特別依頼の発効をしてやろう、問題ないなタンバリー」
「よかろう」
ギルド長がいつの間にか近くに来ていて、特別依頼というものを承諾したが、一体どんな制度なんだ。
「依頼内容はピアーノの母親を助けること、報酬は……ピアーノの笑顔でどうだ」
「あぁ、十分だ、それでやるよ」
「よっしゃ! タンバリー宣言を出せ」
「アージン冒険者ギルド長の名において、特別依頼の発効を宣言する」
「「「「「「おぉーーーーーーっ!!」」」」」」
ギルド長の宣言で、建物の中が一気に湧き上がった。受付嬢や事務職員が一斉に動き回り、書類を用意したり連絡を取り合ったりしている。
「シンバ、特別依頼というのは何なんだ?」
「これは金に代えられない願いを聞き届ける時に出される制度でな、願う側と聞き届ける側の双方が揃った場合にだけ発効される」
「聞き届ける側の冒険者には、私の権限であらゆる優遇措置がとられる」
「必要なら俺たちをこき使ってもいいんだぜ」
「何か要るものがあれば何でも言いな」
「魔物狩りだって素材集めだって、何でもやってあげるからね」
「みんなありがとう、手伝って欲しいことがあったらお願いするよ」
周りに集まっていた冒険者たちも、口々に依頼達成に必要なものはないか聞いてくる。まずは最初に、ピアーノの家を探さないといけないだろう。彼女は初めてこの街に来ているし、このギルドにも他の人の案内でたどり着いている。それを探す手伝いをやってもらうために声をかけようと思った所で、ギルド入口の扉が勢いよく開いた。
「ここにいたのか、ピアーノ」
「あっ、おじいちゃん!」
「急に出ていったと聞いて心配したぞ」
「ごめんなさい、おじいちゃん」
「冒険者ギルドを探している子供がいたと教えてもらったから来てみたが、見つかって安心したよ」
「この嬢ちゃんはオールガンの所の孫か」
「シンバか、孫が迷惑かけたみたいでスマンな」
「母親想いの良い子じゃないか」
「俺の初孫だが可愛くて仕方がない」
「それで、この嬢ちゃんの母親が悪魔の呪いにかかったって聞いたぜ」
「……あぁ、一昨日帰ってきてから突然眠ってしまって目が覚めん」
入り口から入ってきた人物は、スーツのような仕立てのいい服を着た五十代くらいの男性で、自分の娘のことを聞かれて悲痛な表情になる。
「あのね、ライムのとーさんとかーさんなら、ピアーノちゃんのおかーさんを治せるかもしれないの」
「本当なのか!?」
「呪いを解くなんて初めてやるので成功するかはわかりませんが、治せる可能性はあると思うんです」
「危険な方法ではないのか?」
「少し特殊な方法で治癒魔法を使ってみようと思ってる」
「薬や治癒魔法は効かないという話だったが、何か方法があるのなら頼む、娘を助けてやってくれ。報酬は何でも好きなものを用意する」
「その心配はいらないぜ、オールガン。あんたの孫娘のお願いで、特別依頼が発効されたからな」
「なっ……! 一体どんな条件で依頼を受けてもらったんだ!?」
「ピアーノの笑顔を報酬にもらうことにした」
周りに集まった冒険者たちは俺の答えを聞いて、とてもいい顔でオールガンさんの方を見ている。少し唖然としていたが、ピアーノに早く戻ろうと急かされたオールガンさんは、外に停めていた馬車へ俺たちを案内してくれた。
そのまま全員で乗り込み、ピアーノの家に向かって出発する。馬車に乗るなんて初めての経験なので、俺と真白は少し緊張しているが、ライムはピアーノと並んで座って話をしていて平気のようだ。色彩強化の効果が乗った治癒魔法で、何とかこの家族に笑顔を取り戻してあげたい。
シンバは主人公の表情を読み取ったわけではありません、何となく雰囲気で言ってみただけ。
そんな芸当が出来るのは、妹の真白だけです(笑)




