第217話 紅茶のおいしい喫茶店
前半部分が別視点です。
龍青とギルドで別れ、ケーナとクラリネは近くにある喫茶店へ入った。ここは紅茶の種類が多く、店舗の裏側はオープンテラスになっている。
広い敷地を贅沢に使ったテラスはテーブル同士も離れていて、ちょっとした内緒話なら気軽にできる人気のお店だ。
二人はそれぞれ好みの紅茶を注文し、柔らかな日差しが降り注ぐテーブルで話を始めた。お昼にはまだ早い時間なので、周りの席には誰も座っていない。
「こうしてゆっくり話すのは久しぶりですね、王都の暮らしはどうですか?」
「うん、色々あったけどなんとかやってる」
「それにしてもリュウセイさんと一緒に来るなんて、驚きましたよ」
「彼の家族がリコちゃんを救ってくれたの」
「先程、あの子は眠り続けていたと言ってましたが、もしかすると悪魔の呪いですか?」
「リコちゃんが受けた呪いは、眠ると悪夢を見続けるっていう残酷なもの、毎日がこの世の終わりみたいだったわ」
ケーナの話を聞いたクラリネは、あまりの悲惨さに胸が張り裂けそうになっていた。どうして自分に相談してくれなかったのかと憤ったが、呪いが発症した後は気の休まる時間が消え、精神的な余裕を失っていたと言われたら引き下がるしか無い。
仮に自分がリコの症状を知っていたとしても、それを悪魔の呪いに結びつけられたかわからない。クラリネにはケーナをそれ以上責めることは出来なかった。
現在、全国の冒険者ギルドや治療院に、原因不明の症状が出た患者がいれば報告するよう、シェイキア経由で通達が回っている。しかし、呪いの存在を知覚できる上位の妖精でもいない限り、見極めは非常に困難である。特にリコのような体に何の異常もない場合は、精神的な問題として診断されるのがオチだ。
そんな追い詰められた状況の中、藁にもすがる思いで連絡したのが、母の遺言にあったマリンだった。王都にいる人なら何か情報を知っているかもしれない。たとえ治療法がわからなくても、お願いして王都に連れて行ってもらおう。心身ともに疲弊したケーナが最後に希望を見出したのは、この国の首都しか無かった。
「リュウセイさんたちに会えたのは偶然かもしれませんけど、あなたの判断がそれを呼び込んだのですね」
「彼がこの世界に来た時、クラリネに色々教えてもらってお世話になったって聞いたの。私たちが出会えたのはあなたのおかげだと思って、直接お礼を言いたかったんだ」
「私はギルド職員としての責務を果たしただけですよ」
「でも、ライムちゃんを膝に乗せて絵本の読み聞かせをやってあげたり、動物の鳴き真似も披露してあげたんでしょ?」
「うっ……そんなことまで伝わってるのですか」
「ライムちゃんって可愛いから、クラリネがそうなるのも仕方ないと思うわ」
「そうですよね! あのサラサラの髪を撫でたり、つぶらな瞳で見つめられると鼓動が激しくなって、いても立ってもいられません」
相変わらずの子ども好きっぷりを発揮するクラリネを見て、ケーナは思わず苦笑を漏らす。脳裏に浮かんでくるのは、まだ幼いリコを溺愛する姿だ。
ライムの仕草がどれだけ愛らしいか熱く語るクラリネを見ながら、ケーナは昔のことに思いを馳せる。自分より三歳上なだけなのに、子供の頃から随分大人びていた。
面倒見が良く、子供たちを纏めるお姉さんのような存在で、そんなクラリネに憧れてあれこれ真似したものだ。今にして思うと、自立心が強くなったり甘えるのが苦手になったのは、目の前にいる彼女の影響も大きかったのかもしれない。
少しだけ複雑な感情が渦巻いてしまうが、龍青と出会ってからのことを考えていたら、ついつい頬が緩んでしまった。
「どうかしましたか? そんなに面白いことを言った覚えはありませんが」
「ううん、なんでもないよ。そんなに子供が好きなんだったら、結婚したらいいのにって思っただけ」
「私はギルドに来る小さな子供たちを見守るだけで十分です、結婚は考えていません」
「気になる人とか居ないの?」
「そっ、それは一応……」
「ねぇねぇ、誰なの、教えてよ、私の知ってる人?」
「会ったことはないはずですが、少し変わったものが好きな人ですね。それが手に入ると、お風呂へ持ち込んで一緒に入ったり、ベッドで添い寝したり、残念な行動ばかりするのが欠点です」
「好きなものに夢中になるのは普通だと思うんだけどな」
「アレは常軌を逸してます。それに私とは親子ほど年が離れていますし、奥様もいらっしゃるので……」
それを聞いたケーナには、クラリネが誰のことを想っているのか、何となくわかってしまった。冒険者ギルドに来る途中、龍青からそんな行動をする人物について聞いていたからだ。
「クラリネがあの時の私にやってくれたようなことは出来ないけど、その人といい関係を続けられるように祈ってる」
「ありがとう、ケーナ。
それより、あなたの方はどうなのですか? リコちゃんはかなりリュウセイさんに懐いているようですが」
「あのね、リュウセイさんって凄いんだよ――」
リコの呪いを解いてから起こった様々なことを話すケーナを見ながら、クラリネの顔が自然にほころび始めた。肉親に旅の思い出を聞かせる少女のような口調からは、以前漂っていた悲壮な気配が完全に消えている。今の姿を見たら、夫の死や娘の呪いが立て続けに起こり、心がズタズタに引き裂かれていたとは誰も信じないだろう。
そしてクラリネは当時のことを思い出す。ケーナが若くして夫を亡くした後、深く落ち込んでいる彼女にどう接してあげればいいのか、自分にはわからなかった。仕事に打ち込むことで考えないようにしていたら、いつの間にかギルド長の秘書に抜擢されたのは皮肉な話だ。
そんな彼女と娘を、龍青たちのパーティーが救ってくれた。そして今は間違いなく、龍青がケーナの精神的な支えになっている。しかも彼女は亡くなった夫を忘れたわけではない、それに比べたり序列を付けたりもしていない、二つの気持ちを両立させているのだ。
自分もあんなふうに輝いてみたい、眩しそうに目を細めてケーナを見るクラリネは、心の中になにか熱いものが生まれたのを感じていた。
―――――*―――――*―――――
アージンに新しいダンジョンが生まれた、そんな話がギルド長の口から飛び出す。少しだけ詳しいことを聞いてみると、今の王国ができてから街の近くにダンジョンが生まれたのは二つ目らしい。
ダンジョンが出来る法則や仕組みは解明されていないが、階層型ダンジョンは人が住めるような開けた場所の周囲にしか生まれないそうだ。不便な場所にあるのは階層のない洞窟型ダンジョンだけで、中には魔物もいない。
それがダンジョンだとわかるのは、地上では採れない薬草があったり、壁や天井が光っているからだ。
以前は仕事を辞めてでも竜に会いに行くと言っていたギルド長が、ディストと一緒に住んでいると聞いても暴走しなかったのは、こんな事件が発生していたからだったのか。
今日は本人が遠慮して一緒に来なかったけど、近いうちにディストも連れてこよう。激務で疲弊するだろうギルド長にとって、最高の栄養剤になるだろうからな。
「そういえば新しいダンジョンが見つかった割には、ギルドにいた冒険者たちは普通にしていたけど、人が殺到したりしないのか?」
「新しいダンジョンは国の調査が終わるまで、立ち入り制限されているんだ」
「そこってあぶないの?」
「それを調べるために、凄い冒険者が来てくれるから大丈夫だよ」
「いつ来てくれるんだ?」
「お昼までに到着する予定になっているから、そろそろ来るかもしれないな」
「それなら邪魔にならないように、今日はお暇するよ」
ディストの鱗を抱きしめながら、満面の笑みで手を振るギルド長に見送られ受付けフロアに行くと、その場が騒然となっていた。俺たちが入ってきた時のように騒いでる人はいないけど、受付嬢まで立ち上がって入口の方を注視している。
全員が信じられないものを見たという顔で、言葉を発することも忘れている感じだ。
「リュウセイお兄ちゃん、スファレちゃんと同じ人がいるよ」
「この街にエルフ族が来てるのか?」
リコが指差した先には三人の大人が立っているが、背の高さ的にハイエルフだな。耳は隠していないけど、口元にバンダナのようなものを巻いて、目元が隠れるくらいまで帽子を深くかぶっていた。
三人は室内をぐるっと見回したあと、手を上げてこちらに近づいてくる。
「久しぶりだなリュウセイ」
「元気だった?」
「お前たちの噂は聞いているぞ、あの近衛隊長を倒したんだってな」
「イザーさんにマキさんとシマさんか。すまない、すぐわからなかったよ」
「リュウセイお兄ちゃんのしりあい?」
「前に王都にある大きなダンジョンに行った話をしただろ、その時に知り合ったんだ」
王都にある超大型ダンジョンにある森林階層で、変種が異常発生した原因を探るため国から派遣されたのが、マキさんとシマさんとイザーさんのパーティーだった。感知魔法担当のマキさんが状態異常になってダンジョン内で立ち往生したので、俺たちのパーティーが救助に向かい、邪魔玉を取り込んだ大型変種と戦闘している。
帽子とバンダナを脱いだ瞬間、こちらを見つめていた冒険者や受付嬢の顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。この街にエルフが来ることは少ないだろうし、慣れてない分チャームの効果も高いな。
「お前たちもダンジョンの調査に参加するのか?」
「いや、俺たちは別件でギルド長に会いに来ただけなんだ」
「アレを使ったのか?」
「この子と母親が一緒だったからな」
「相変わらず反則だな、この野郎」
イザーさんが笑いながら俺の方を小突いてくる。ダンジョンで一緒に野営をしたり探索をしたおかげで、すっかり気安いやり取りが出来るようになっていた。彼らは冒険者歴が百年を超える大ベテランだけど、変に偉ぶったところがないので付き合いやすい。
「それより、そっちの可愛い子はどうしたのよ、ライムちゃん以外にも娘がいたの?」
「この子は王都に住んでる知り合いの娘さんだ」
「私リコっていうの。よろしくね、お姉ちゃん、お兄ちゃん」
「ん~、ライムちゃんに負けず劣らず可愛いわ。前回はダメだったから、今度また頑張ろうね、シマ」
相変わらずマキさんとシマさん夫婦はラブラブだな。
しかし、新しく出来たダンジョンの調査に来たのは、この三人だったのか。マキさんの感知とシマさんの治癒、そしてイザーさんの収納があるから、大抵の場所なら大丈夫だろう。三人ともエルフ族だけあって、弓もかなりの腕前だった。
「リュウセイは凄いな、エルフ族と普通に話してるぜ」
「あいつのパーティにもエルフがいたし、慣れてるんじゃないか?」
「でもよ、ダンジョンの調査に来たってことは、黒階なんだろ?」
「さっきリュウセイが近衛隊長を倒したって言ってたぞ」
「それだけの力があるから、黒階と対等に話せるのか」
「なんか友達って感じだよね」
「二人は夫婦っぽいけど、もうひとりの男の人、紹介して欲しい……」
「リュウセイさん、そちらの方はもしかして」
「お帰り、クラリネさん、ケーナさん。この三人はダンジョンの調査に来てくれた冒険者だ」
「この度はお世話になります。私はギルド長の秘書を務めている、クラリネと申します」
エルフ族を目の前にしたクラリネさんの態度は、いつもと同じ丁寧なもので表情も特に変化したりしてない。誰かのことを強く想っていたら彼らの魅了効果は薄くなるみたいだから、きっと彼女にもそんな人がいるんだろう。
俺が知る限り未婚のはずだから、いるとしたら彼氏か。幼女好きという点を除けば、面倒見のいいきれいな女性だから、若い冒険者にもよく声をかけられている。俺たちの世界基準で見れば若いOLさんといった感じだけど、年齢を聞いたことはなかったはずだ。一体いま何歳なのか、ちょっと気になる……
「そうだ、リュウセイ。飯の旨い場所を知ってたら教えてくれ」
「それなら緑の疾風亭に行くのがいいぞ。そこの料理人は、真白の師匠だ」
「それは期待できるな、必ず行ってみる」
「また機会があったら、一緒にどこか行こうぜ」
「みんなにもよろしくねー」
三人は手を振りながら、クラリネさんと一緒に建物の奥に入っていった。
「お母さん、おかえり」
「ただいま、リコちゃん。ちゃんといい子にしてた?」
「うん、リュウセイお兄ちゃんのおひざの上で、おとなしくしてたよ」
「ゆっくり話はできたか?」
「はい、会えなかった時のことを全部話してきました」
すごくスッキリした笑顔なので、十分満足できたんだろう。さっきはイザーたちに転移を使うのは反則だと言われたけど、こんなに喜んでくれる人がいるんだから、せっかくの能力は使わないと損だ。
受付フロアにいたみんなに挨拶をし、ニコニコ顔のケーナさんを連れてギルドを出る。
真白たちと合流して、俺たちも緑の疾風亭へお昼を食べに行こう。
クラリネの想いがどうなるのか、一応構想はありますが作中で出すかは未定です。
(主人公たち以外のこうした話は、この章で複数登場します)




