第216話 タンバリーにプレゼント
今後の展開に合わせて、第95話を少し変更しました。
そこにも記載していますが、大した変更ではありません。
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「聖魔玉は光る、これ恐らく別物」
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「聖魔玉、金色に光る、これ恐らく別物」
アージンにやってきた俺たちは、野営小屋を作ってくれた職人さんに持ち運びできる別荘の製作をお願いし、細かい打ち合わせを真白たちに任せてから、三人で冒険者ギルドへ向かうことにした。
ここにはケーナさんの親友であるクラリネさんがいる。朝の忙しい時間帯を過ぎれば交代で休みをとったりするので、上手くタイミングが合えばいいんだが……
「ここのギルドってどんな人がいるの?」
「ここのギルド長は竜の鱗が大好きなんだ、持っていくとすごく喜んでくれるぞ」
「ディストくんのって、とってもめずらしいんだよね?」
「俺たち以外で見たことある人は、一部の研究者や国の関係者くらいだな」
「それみたときに、どんな顔するかたのしみだね!」
「リコも一緒に鱗を渡しに行くか?」
「うん! リュウセイお兄ちゃんといっしょに行く」
ちょっと教育に悪い顔をされるかもしれないけど、リコは見た目で人を判断する子じゃないから大丈夫だろう。むしろケーナさんにこそ、あの顔は見せられない。ドン引き間違いなしだ。
よし決めた、ギルド長とは会わせない方向で話を進めよう。
「俺はリコとギルド長に会いに行くよ。ケーナさんは個人的な話もあるだろうから、クラリネさんと二人で話すほうがいいと思うんだけど、どうだろう?」
「気を使っていただいて、ありがとうございます。申し訳ないですけど、リコちゃんのことお願いします」
「あぁ、任せてくれ」
「その人って、ずっと前にセミにすんでた、お母さんのおともだちだよね」
「今はギルド長の秘書をやってるけど、子供好きで優しい人だぞ」
ちょっとライムに対しては可愛がりすぎることが多いけど、ギルドでも子どもたちに人気が高い。小さい女の子に囲まれている時は、本当にいい笑顔をするからな、あの人は。
「リコちゃんも昔、遊んでもらったことあるのよ」
「う~ん、ちゃんとおぼえてないなー」
「リコちゃんが一人で歩けるようになった頃だから、憶えてないのは仕方ないかな」
「会ったらおもいだすかもしれないね」
「思い出せたら後で話をしに行こうな」
「今日はリュウセイお兄ちゃんといっしょがいいから、そうする!
それより、他にはどんな人がいるの?」
「あとは“怪我くらい筋肉で治せ”が口癖の、治癒師もいるな」
「うでやあしに力をいれたら、けがってなおるの!?」
彼から聞いた“筋肉は絶対に裏切らない”とか“筋肉は最高の友”など名言を聞かせると、リコだけでなくケーナさんまで笑っている。普段は軽く微笑む程度の彼女をここまで笑わせるとは、なかなかやるな筋肉ヒーラー。
いつも入口付近でたむろしているおっさんのことや、他の冒険者のことを話していたらギルドの建物に到着した。扉を開けて中に入ると、そこが定位置といった感じに、シンバが立っている。
「久しぶりだな、シンバ」
「おっ! リュウセイじゃないか!!」
「おじちゃん、こんにちは!」
「おぅ、こんにちは……って、ライムちゃんじゃないのか!? こんな美人と可愛い子を連れて来やがって、マシロちゃんはどうした。まさか別れたんじゃないだろうな?」
シンバの素っ頓狂な声で、建物内にいた冒険者たちが一斉に寄ってきた。このままだと入り口が渋滞になるので、ケーナさんの手を引いて邪魔にならない場所に移動する。
「なんだなんだ、浮気か? リュウセイ」
「あれだけ可愛い子に囲まれてるのに、こんな超美人と付き合いやがって、お前ばっかりずるいぞ」
「そうだそうだ! マシロちゃんと別れたなら俺によこせ!」
「バカいうな、あのおっぱいは俺のもんだ!」
「鬼人族の女の子は一緒じゃないのか?」
「猫人族の双子はどうした、隠すとためにならねぇぞ」
「おいら、小人族のちっちゃい子が……」
「今日は妖精もエルフの子もいないな、一体どういうことだ?」
「あっ、あの、リュウセイさん、凄い人だかりに……」
「いきなり襲ってきたり噛みついたりしないから大丈夫だ」
「「「「「俺たちを何だと思ってやがる!!!!!」」」」」
「はぅっ」
相変わらず一糸乱れぬタイミングで放たれるツッコミだ。俺にとってはいつもの光景だったけど、慣れてないケーナさんはびっくりしてしがみついてきた。リコは笑いながら周りを見てるので大丈夫っぽい。
怯えるケーナさんを軽く引き寄せ、抱っこしたリコと一緒に頭を撫でていると、周りから質量を伴った視線が突き刺さる。
こうなっている原因は、お前たちだからな?
基本的にみんな気のいい連中だから、こんな残念な部分がなければモテるはず。こうしたノリの良さは美徳でもあるけど、お茶目すぎる部分は実にもったいない。少し離れた場所で見ている女性冒険者たちの呆れ顔が、全てを物語っている気がする。
シンバも離れたところでニヤニヤしてないで、事態の収拾に力を貸してくれ。
「そんな場所に固まってると邪魔ですから散って下さい。
お久しぶりですね、リュウセイさん。隣りにいる女性は……ケーナですか!?」
「クラリネッ!!」
知ってる声を聞いたケーナさんが、俺から離れてクラリネさんに抱きつく。そんな彼女を少し驚いた顔で受け止め、優しい手つきで頭を撫ではじめた。
幼女を相手するとき以外にもこんな顔ができるなんて、二人は本当に仲良しなのがひと目でわかる光景だ。
「こんにちは、クラリネお姉ちゃん」
「お久しぶりです、リコちゃん。大きくなりましたね、元気でしたか?」
「ずっとねむってる病気だったんだけど、リュウセイお兄ちゃんたちになおしてもらったから、いまはげんきだよ!」
「どういうことですか、ケーナ」
「あのね、ずっと手紙を出せなかったんだけど、引越しのこととか色々話さないといけないと思って、リュウセイさんに連れてきてもらったの」
「ちょうど今から休み時間に入るところですので、少しどこかでお茶しましょうか」
一瞬こちらを見たクラリネさんは、何かを察してくれたみたいだ。リコはいまだに悪魔の呪いを受けていたことを夢だと思っているし、込み入った話は二人きりでしてもらった方がいいだろう。
「俺とリコはギルド長に挨拶したいんだが、いま時間は大丈夫か?」
「はい、部屋にいますから勝手に入っても構いませんよ」
「お母さん、行ってくるね」
「俺たちはあっちの飲食スペースで待ってるから、ゆっくり話をしてきてくれ」
「わかりました、リュウセイさん。くれぐれも迷惑かけないようにね、リコちゃん」
「うん、ちゃんとリュウセイお兄ちゃんの言うこときくよ」
俺とリコは建物の奥の方へ進み、ケーナさんとクラリネさんはギルドを出て行った。何度も訪れたドアをノックして中に入ると、書類を山積みにした机にギルド長が座っている。ここまで書類まみれなのは初めて見たけど、本当に時間は大丈夫なんだろうか。
「久しぶりだねリュウセイ君。今日はライム君と一緒じゃないのかな?」
「こんにちは、タンバリーおじちゃん。私はリコっていうの」
「ライムや真白たちも一緒に来てるんだけど、今は別行動中なんだ。リコはセミにいたケーナさんという女性の子供で、今はクラリネさんと一緒に出かけてるから一時的に預かってる」
「確かクラリネ君の幼馴染がセミにいると聞いた覚えがある、なるほどその娘さんか。とにかくソファーに座ってくれ」
俺がソファーに座ると、当然のようにリコは膝の上に来る。いつものことなのでギルド長も全く気にせず平常運転だ。
今日はクラリネさんがいないので、見たことのない女性がお茶を入れて持ってきてくれた。受付けにもいなかったし、事務職の人だろうか。
「あっ、これマシロちゃんがいれてくれるのと、おんなじ味がする」
「この甘いお茶はアージン以外ではあまり見ないけど、やっぱり美味しいな」
「ライムちゃんやソラちゃんも好きだもんね」
「同じ種類の茶葉でも、アージン以外で育てると甘みが弱くなるそうだ」
食材の購入に関しては真白に任せっきりだから、このお茶にそんな特徴があったのは知らなかった。そういえば王都でも、産地別に商品を並べている棚を見た気がする。
その辺りは後で真白に聞いておくとして、今は当初の目的を果たそう。
「今日はギルド長に渡したいものがあって来たんだ」
「ほほぅ……まさか、アレかね?」
「直接こうして渡しに来てるんだから当然だ」
ギルド長が目を細めてニヤリと笑ったので、俺は収納から一枚づつ取り出して机に並べていく。固唾を飲んで見守っていた顔が次第に驚愕の表情になり、五枚並べ終わった時点で口元がだらしなく歪んだ。よだれとか垂らさないでくれることを祈ろう。
「……緑竜様、青竜様、赤竜様、紫竜様、そして黄竜様。まさか全ての竜の鱗が拝めるとは、今まで生きていて良かった」
「リュウセイお兄ちゃん、ディストくんの分は?」
「ディストというのは誰なんだね、以前聞いた八人の中には居なかったようだが……」
「ギルド長は竜神という存在を知ってるか?」
「竜族や竜人族に崇められる神がいるという文献を読んだことがある。しかし、壁画などに名残を残しているだけで、そのような信仰は存在しないというのが定説だ」
さすが竜の鱗マニアだけあってよく知っている。今までの説が間違っていたのは、信仰対象として竜神が崇められていたのではなく、実在する人物として敬われている点だ。
「先日、王都で古代文明に関する学会が開かれたんだけど、そこで九人目になる竜の存在が発表された」
「まっ、まさか……」
「今まで竜神と呼ばれていた原初の竜は、銀色だったんだ」
そこまで言って、俺は収納から最後の鱗を取り出した。机の上に並べた五枚の鱗とは全く異なり、部屋の明かりを反射して鈍い銀色に光っている。ギルド長は大きく目を開いたまま、息をすることすら忘れたように魅入っていた。
シエナさんと一緒に竜神殿の遺跡を調査して判明した事実は、下手すると学会のみならず国を混乱させてしまう。そのため情報は少しずつ公表され、新しい事実をゆっくり根付かせることになった。
古代竜言語や太古の大規模な地殻変動、それに種の起源などは文献が現存しないため伏せられ、この世界でも比較的馴染みのある竜について、九人目の存在を発表することにしたそうだ。
竜族の信仰や祖先については、壁画などを元に考察がされていたため、ある程度は受け入れやすい。研究者が調査中に発見した銀の鱗が公開されるのと同時期に、どこかの冒険者が偶然見つけたとギルドに持ち込めば、その存在がより確かなものになる。
もちろん誰が持ち込んだか秘匿されるのはギルドの大原則だし、研究者が発見した場所も竜神殿の遺跡とは別の名前が公表された。転移装置のある場所を誰かに荒らされたら、ディストが黙っていないと判断されたからだ。
「……まさか、リュウセイ君は銀竜様に会ったのかね?」
「ディストくんは、すごくかわいい男の子だよ」
「先程もディストと言っていたが、それにしても可愛い男の子というのは……?」
「実は今、銀の竜と一緒に暮らしてるんだ」
それを聞いたギルド長は、口を大きく開けたまま固まってしまった。目の前で見せられると、確かに何か放り込みたくなる。確かピャチで買った激辛香辛料が収納に……
そんな衝動をぐっと抑え、竜の神ではなく不滅の存在として、この大陸を見守ってきた真竜であること。八人の分体を生み出した始祖と呼べる存在で、今は力を回復するために聖域で暮らしていること。そしてディストだけが人化できることや、竜の世代交代についても伝えておいた。
リコが要所々々で話を振ってくれるので、話題に広がりが出てギルド長も満足そうだ。感謝の気持を込めて頭を撫でると、足をパタパタ動かしながら背中を擦り付けてくる。
「素晴らしい! これはもう流れ人とかは関係なく、君の持っている魅力なんだろう」
「リュウセイお兄ちゃんのことは、私もお母さんもだいすきだよ」
「もちろん私もリュウセイ君のことは大好きだ」
「ライムちゃんやみんなといっしょだね!」
「竜の鱗を持ち込んでくれる人を、嫌う理由なんてどこにも無い!」
その思考パターンは実にギルド長らしい。ちょっと持ち上げ過ぎで恥ずかしくなってきたから、話を逸らしてしまおう。
「国からも情報の一部が発表されるけど、ディストの詳細は秘密ということでお願いするよ。これは口止め料として、ギルド長に進呈するため用意した」
「……なっ! いいのかね!?」
「この世界に来て最初にお世話になったのがこのギルドなんだ、そのお礼も兼ねてるから遠慮なく受け取って欲しい」
「ありがとう、本当にありがとう! これがあれば私は、この先の激務にも耐えられる!」
「そういえば、いつもより書類が多いようだけど、何かあったのか?」
「実はこの街の近くに、新しいダンジョンが出現したんだ」
感涙しながら銀色の鱗を胸に抱いていたギルド長の口から、そんな言葉が飛び出した。
物語が動き出す……
次回はクラリネの秘密に少し触れる話です、お楽しみに!




