第215話 持ち運び式別荘の相談
新章の始まりです。
下から来るぞ!気をつけろ!
大陸中央にあった洞窟で実体化していた、悪意の集合体のような怨霊をライムの攻撃で消し飛ばし、奥にあった古代の祭壇を汚していた邪魔玉を浄化した。
祭壇のある部屋は神聖な空気で満たされていて、大陸の中心に集まりやすい邪気を浄化する役割があるらしい。それを妨害するため、邪魔玉を置いていたのは確実だ。
ディストのいた結界内にも突如現れているから、転移や転送の出来る魔法や道具を利用しているんだろう。そうなると犯人の足取りを追うのは難しく、非常にもどかしい。
動機は不明なものの一つだけ確かなのは、強い意思を持って大陸に災いを振りまこうとしている点だ。今後も出来る限り被害を抑えるため、動いていこうと思っている。
―――――・―――――・―――――
今日は約束どおりケーナさんとリコを連れて、アージンの街にやってきた。王たちとディストは自宅でのんびりすると不参加、食堂に入れないバニラは可哀想だけど留守番をお願いし、それに付き合うイコとライザもこの場にいない。
大きな予定は二つあり、竜の鱗を売りに行くついでにクラリネさんに会うこと、それから竜人族の隠れ里で思いついた持ち運び式別荘の相談だ。朝一番の冒険者ギルドは忙しいから、まずは野営小屋を作ってくれた職人さんの作業場に向かっている。
「かなり賑わってる街ですね、秋の季節になった時のセミみたいです」
「ダンジョンが一つあるし木材の生産も盛んだから、いつもこんな感じだな」
冬の季節が目前に迫っているけど、街の活気はここに住んでいた夏から秋の頃と変わらず、雨の季節だった前回訪れた時より人は多い。
「あたらしいお家つくってもらうんだよね、リュウセイお兄ちゃん」
「広くて大きな家にしようと思ってるから、リコも希望があれば教えてくれ」
「私おふろがほしい!」
「旅をしながらお風呂に入れるのっていいよねー」
「毎日は無理かもしれませんけど、時々入れると嬉しいです」
「お風呂はすごくいいと思います、あるとヴェルデも喜びますよ」
「ピーピピッ!」
台所兼食堂にリビングと寝室は確定していたけど、それ以外の水回りは全く考えてなかったな。排水の問題なんかは職人さんと相談してみよう。
「こうなったらもう、普通の家と同じでもいいかもしれないね、お兄ちゃん」
「書斎、欲しい」
「洗濯物を干す場所があっても良いかもしれんのじゃ」
「ライム、おへやいっぱいほしい!」
みんなの意見を聞いていたら、本当に王都にあるような家になってしまいそうだ。持ち運ぶのは十分可能だけど、置く場所がないという問題が発生してしまう。でも、こうして計画するときが一番楽しいのは、旅行なんかと同じだな。
◇◆◇
町工場のような大きな作業場と、材木を保管している倉庫が立ち並ぶ場所にやってきた。作業員に指示を出している熟年の男性が、以前お世話になった職人さんだ。
「こんにちは、ご無沙汰してます」
「こんにちは、おじちゃん!」
「おっ!? 嬢ちゃんたちはオールガンの旦那に頼まれて、野営小屋を作った冒険者じゃないか」
指示が一段落したタイミングを見計らって真白が声をかけると、すぐに俺たちのことを思い出してくれた。
「あの時はありがとう、おかげで快適な旅ができてるよ」
「ワシが作った傑作の一つだからな! それでどうしたんだ、どこか壊れたから修理の依頼か?」
「パーティーメンバーが増えて手狭になってきたから、もっと大きな家を作れないか相談に来たんだ」
「ほほぅ、美人ばっかりじゃないか、この色男め!」
それぞれ自己紹介すると、いつものように種族の多さで驚かれたり、未亡人が一緒のことを冷やかされたりしたが、相談する前に一つだけ確かめたいことがあると言われた。
「そこの広場に出してみろ」
「わかった、よろしく頼む」
《ストレージ・アウト》
それは以前作った野営小屋を見てから、受注を判断するというものだった。粗末な扱いをする人間には、自分の腕をふるいたくないという、職人のこだわりだ。前回何も言わずに請け負ってくれたのは、オールガンさんの頼みという部分が大きかったんだろう。
確かに、丹精込めて作ったものを簡単に壊されたりしたら、たまらないものな。いくら対価を貰う立場だったとしても、職人にだって客を選ぶ権利はある。
「ほう……この土台の減り具合、かなり使い込んでるな。その割に外装はきれいに手入れされて、痛みや歪みが一切出てないぞ」
「良かったら中も見てもらえないか」
「もちろん確認させてもらう」
イコとライザが丁寧に掃除とメンテナンスをしてくれているけど、職人の目で見たらどこかにダメージが蓄積されているかもしれない。そんな場所を見つけてもらえると非常に助かる。
玄関で靴を脱いで中に入り鎧戸と窓を開放して明るくすると、柱に手を当てて確認したり床下収納を覗き込んで具合を確かめてくれた。
「中もよく使い込まれて味が出てる。そんなヤワなものを作ってないが、欠けた部分や隙間も一切できてない。
よし、合格だ! お前たちになら、どんなものでも作ってやろう」
「この野営小屋にはお世話になってるから、次の家も期待してるよ」
「だが一年以上経って、これだけキレイに維持できるってのは異常だ、一体どんな使い方してるか教えてくれ」
「あぁ、実は家の妖精に整備や掃除をしてもらってるんだ」
「この小屋に妖精が住んでるのか!?」
「この小屋に棲んでるわけじゃないのよ」
「そういえばあんたも妖精だったな、どこから呼んでやってもらってるのか?」
「俺たちが拠点にしている家に妖精が住んでいて、敷地内に持ち込めば家の一部として扱ってもらえるんだ」
それを聞いた職人さんは少しがっかりしたものの、妖精に管理してもらってると上機嫌になっている。建築家にとって、自分が手掛けたものに妖精が棲むことは、到達点の一つに数えられるらしい。
間接的とはいえ妖精の手で管理されてると聞いて、そのうち絶対に妖精の棲む家を作ってみせると闘志を燃やし始めた。こだわりもあるし腕も確かなので、その夢は叶いそうな気がする。
そんな話で盛り上がっていたら、広場の向こうから小さな男の子と女の子が手を繋いで走ってきた。
「おじーちゃーん、おべんとうわすれてるよー」
「おばーちゃんにたのまれたの」
「おぉ、すまんな、フルト、カリナ。事務所にお菓子があるから、後であげよう」
「「やったー!」」
見覚えのある子供だと思ったら、森で迷子になってハグレに襲われていた少年だった。病気になった妹に好物のキノコを食べさせたいと言っていたが、ちゃんと元気になったみたいで一安心だ。
「フルトおにーちゃん、こんにちは」
「あっ、ライム! それにお兄ちゃんとお姉ちゃんたちも!!」
「おにいちゃん、しってるひと?」
「おまえが食べたがってたキノコをとりにいったとき、森でまいごになったボクを助けてくれた人たちなんだ」
「なんだと!? ワシの孫を助けてくれたのがお前さんたちか」
「あの時、俺たちは森の奥を担当してたから、見つけられたんだ」
「既に別の街に行ったと言われて礼が出来なんだが、本当に世話になったありがとう」
職人さんはエルフがいる時点で気づくべきだったと苦笑いしていたけど、もうあれから半年は経っているので仕方ないだろう。
家を丁寧に扱ってることと妖精の存在に加え、孫を救った人物ということで、どんな要望にも答えると言ってくれた。できるだけ優先して作業してもらえるので、納期が短くなるのもありがたい。
ライムとリコが二人に連れられて広場の端の方に遊びに行ったので、俺たちは新しい家について相談を始める。
「利用する人数は最大で二十人くらいだな」
「どうしても必要なのは台所と食事の場所、それからみんなでくつろげる部屋と寝室です」
「かなり大きな建物になってしまうが、収納できるのか?」
「俺が流れ人なのは前にも話したと思うけど、あれからマナの量が大きくなったんだ。今の量だとそっちにある倉庫くらいなら、まるごと収納できる」
「屋敷ごと持ち運べるじゃないか!」
真竜のマナまで共有してるから当初の二千倍くらいになってるし、その気になれば王城にある大きな建物でも大丈夫だ。さすがにお城は無理な気もするけど、尖塔があるから大きく見えるだけで、体積は案外少ないかもしれない。
あれ? もしかすると、収納できたりして……
「お風呂ってつけられないかなー」
「脱衣所も欲しいです」
「洗濯物を干す場所が欲しいのじゃ」
「書斎に使える、小さな部屋ほしい」
「まてまてまて、お前ら。あれこれ欲張ると、家一軒分より高くなるぞ」
「土地に建てる家と違って特殊な作りになるだろうし、認識阻害の簡易結界もお願いしたいから、資金はかなり多めに用意してるんだ」
入浴剤の配当金は毎月コンスタントに入金があり、王都のダンジョンで見つかった黒玉丸や浄化後の邪魔玉はかなりの高値がついた。
それに今から竜の鱗を六枚売りに行く。しかもそのウチ一枚は、ディストからもらった銀色だ。一体どれほどの価値があるか想像もつかない。
「金に糸目をつけないってなら出来るだけ要望は聞いてやるが、風呂は難しいな」
「どうしてなんだ?」
「水を生み出す魔道具がかなり大規模でな、あれは土地を掘って地下に作るような代物なんだ」
「あらあら、残念ね」
「まあ、水を温めるくらいなら小さな魔道具でも大丈夫なんだが、風呂に使うだけの水を汲むのは大変だろ?」
「あっ、それなら私が生活魔法で作りますよ」
「いくらなんでもそりゃ無理だろ、何よりあんたはマナの少ない鬼人族だ」
「えっと、この街の皆さんが使う水くらいなら、一人で作り出せますので……」
職人さんは口をあんぐり開けて固まってしまった。ソラがポケットから小さな包みを出してるけど、あれは飴か? 入れたくなる気持ちはわかるけど、本当にやろうとしたら止めよう。
クリムもなにか細長いものを取り出してるが、あれは干し芋の試作品だな。サツマイモが手に入ったので、もう少し寒くなってきたら大量生産してみると試しているやつだ。ねっとり甘くて美味しいけど、そのまま口に突っ込むのは危険すぎる。
「お前らが普通じゃないのは、なんとなくわかった。風呂でもなんでもつけてやる、欲しい物があったら全部言ってみろ!」
いたずらされそうな気配を察知したのか、一瞬で表情を引き締めながら俺たちをぐるっと見回して宣言してくれた。やけくそになって開き直ったのかもしれない。
とにかく平屋だと場所を取りすぎるし、底面積が広いと土地の高低差で歪むリスクが高くなる。そのため一階は台所やリビングのみの生活空間にして、二階に寝室と個室をいくつかつけようという話になった。
全体のレイアウトを考えるために簡単な図面を引いてくれると言っているので、そっちは真白たちに任せよう。
そろそろ冒険者ギルドも落ち着く頃なので、俺はケーナさんとリコを連れてそちらへ向かうことにした。
第10章に出てきた迷子の男の子が、何気に再登場(笑)
心のメモ
少年:小・中・高校生
青年:20歳代
壮年:30歳中盤~40歳
中年:40歳~50歳
熟年:50歳前後~
老年:65歳~




