第214話 黒い怨霊
この章の最終話になります。
竜人族の隠れ里にある洞窟を出てから数日かけて森を移動し、穢れが発生しているという場所までやってきた。ここは大陸の中心部分にあたり、大規模地殻変動が発生する前は神に祈りを捧げる斎場だったそうだ。
今はその名残も消えてしまい、どこにでもある洞窟として竜人族には認識されている。古代文明が栄えていた頃には道も整備されていたらしいが、今では森に飲み込まれて見る影もない。
「奥に邪魔玉、反応ある。それ以外、感知魔法だとわからない」
「瘴気みたいに危険なものとは別の存在なんだろうね」
「奥にナニかいるのは確かよ、近づくだけで怖気がするもの」
「これは悪意や恨みのようなものだと思うが、ここはそういった類が集まりやすい場所なのではないか?」
『そのような輩は自然に消滅するものだがな』
『今は世の中も安定しておりますから、大昔のように形を成すことはないでしょうしね』
『なら、やっぱり邪魔玉絡みってことじゃねぇか?』
スファレや王たちが近くの精霊たちに聞いてみると、彼らが身を委ねている流れの壁みたいなものが、この場にできているらしい。元々そんなものは無かったとのことなので、洞窟の奥で何かしらの異常が発生しているのは確かだ。
「リュウセイ君、ちょっと怖いからあなたの胸元に入らせて」
「あぁ、構わないぞ。エコォウはどうする?」
「私は肩に座らせてもらうだけで大丈夫だ」
胸のポケットにでも入ってくるのかと思ったら、襟元から服の間に潜り込まれてしまう。靴を履いてないヴィオレのひんやりとした素足から、俺の胸に細かい振動が伝わってくる。
そこを刺激されると色々困ると思って彼女を見ると、俺の服をギュッと掴んで震えていた。そんな姿を初めて見たけど、ただでさえ小さい体が余計に儚く見えてしまう。
怯える体にそっと手を添えると、抱きしめられた指がまろやかな感触に包まれた。いつも笑顔を絶やさない彼女がこんな状態になっているのだから、この先は慎重に進んでいかないとダメだな。
「もう平気よリュウセイ君、ここすごく落ち着くわ」
「みんなが付いてるから絶対に大丈夫だ、ゆっくり奥に進んでみよう」
「ヴィオレおねーちゃんをこわがらせてるの、ライムがやっつけるからね」
「洞窟の外には出てこれぬようなことを言っておったのじゃ、まずは少人数で様子を見に行くのが良いじゃろ」
照明魔法を担当するコールとヴェルデ、障壁魔法で守ってくれるアズル、攻撃担当のライムと補佐をしてくれるディスト、付与魔法を試してみるスファレ、それから四人の王と俺から離れたくないというヴィオレを連れて、洞窟の奥へ入ることにした。
◇◆◇
洞窟の中に入ると、俺たちにも嫌な感じがわかるようになった。これは不気味な存在を見た時に感じる、背筋が寒くなるという感覚だ。コールとアズルが左右から抱きついているので確かめられないが、腕に鳥肌が立ってそうな気がする。
「二人とも大丈夫か?」
「へっ、平気です。照明魔法は絶対に消しませんから」
「どんな状況でも、障壁魔法は必ず成功させます」
――オォォォオオォォ……
奥の方からわずかに聞こえてくる動物とも人の声とも違う、地の底から響いてくるような音にコールがビクリと反応して、更に体を密着させてきた。アズルのしっぽも腕に巻き付いてきたし、二人は幽霊とか悪霊みたいなものが苦手なんだろう。
ライムとディストは平気のようで、スファレも黄色の彩色石を二つ持ったまま、辺りを見回しながら油断なく歩いている。
「思わず山ごと消し飛ばしたくなるくらい嫌な音だね」
「そんな事をしたら、生き埋めになってしまうのじゃ」
「その時は竜の姿に戻って君たちを守ってあげるから大丈夫さ」
「ライムの魔法で、こわれたりしない?」
「ライムの息吹は何かを壊したりする力はあまり強くないし、ちゃんと手加減できるようになったから心配ないよ」
「リュウセイ君、ほらあそこ、何かいるわ」
ヴィオレの指差す先には輪郭のはっきりしない、光を吸い込んでしまいそうな黒い塊があった。頭や手足のようなものがなく、人の体に袋をかぶせたようなその形は、エジプト神話にでてくる謎の神みたいだ。
「何か来る、アズル障壁を張れ」
「はっ、はい! わかりましたエコォウさん」
《超絶固くなれ》
黒い塊は自分に近づいてきた気配を探るように、体の一部から触手を出してこちらに伸ばしてきた。突然現れた異物を確認するような動きで伸ばされた触手が障壁に触れると、反動でビクンと仰け反りながら離れていく。
その様子に一同ホッとしながら相手をじっくり確かめてみるが、表面が波打っているような姿は禍々しい。これで触手から粘液でも出ていたら、未成年お断りな絵面になるだろう。
ぱっと見た感じ開口部は無いので、あの不気味な音は空気を直接振動させているのかもしれない。
――オオオオォォ……ォォオオオォン
アズルの生み出した反射障壁に弾き返された相手は、次に触手をムチのようにバシバシと叩きつけてきた。
触ると状態異常を引き起こす不定形な存在を防ぐ障壁は、三枠持ちのアズルにしか作れないだろう。もしもの時はディストが受け止めると言ってくれていたが、そんな事態にならなかったのは僥倖だ。
自分の思った場所に触手を動かせないことに苛ついているらしく、黒い物体の動きがどんどん苛烈になってきた。
強化魔法の副次効果で持続時間も大幅に増えている障壁が、その全てを防ぎながら相手にダメージまで与えている。見えない壁に当たった漆黒のムチが霧散すると、相手は体から次々と新しい触手を生み出す。
そうやって何本も消し飛ばすものの、一向に弱ってくる気配はない。
「私の魔法で防ぐことが出来てよかったですが、このままだと埒が明きませんね」
「なら次はわれの番じゃな」
《付与の力を》
――オオオォォ……ォ……ォ……
スファレの放った呪文で触手が大きく跳ね、その動きをピタリと止めてしまった。輪郭がゆらゆら揺れているのは、何とかして動かそうとしているからだろうか。
「二人とも凄いわ」
「あの嫌な音も聞こえなくなったね」
「魔法を使ってくるような気配なないか?」
「ヤツの攻撃方法は、あの黒い触手だけのようだな」
「それならつぎは、ライムががんばる!」
《おしおきだよ》
クリムの呪文を真似たライムが、右腕を前に突き出して呪文を唱えると、手のひらから金色に光る球体が飛び出す。真っすぐ飛んでいった息吹が黒い物体に当たり、その部分を丸い消しゴムツールを使ったように、キレイに消滅させた。
「もっと大きくても大丈夫みたいだよ、ライム」
「うん、わかった」
《おしおきだよ》
二度目に放たれた大きな球体が黒い物体を覆い尽くすと、その存在を跡形もなく消し去ってしまう。ゲームで言うところの聖属性攻撃みたいですごい、さすが俺の娘だな。
『実体化した怨霊を一瞬で消すなど、儂らにもできんな』
『あのように気味の悪いものを取り込むのは、少しばかり遠慮したいですわ』
『腹ぁ壊しそうだぜ』
四人の王たちやヴィオレは、あの塊からは暗い思念みたいなものを感じ取っている。明確な意志は無かったようなので、近づいてきた者を祟ろうとか、取り憑こうとしていたのかもしれない。
しかし、そういった存在にも魔法が有効だとわかったのは大きな収穫だ。そうそう出現するようなものじゃないと思うけど、憶えておいて損はないだろう。
「リュウセイさん、肝心の邪魔玉はここに無いみたいですよ」
「ディストでも消せん玉じゃ、ライムの魔法で消滅することはないじゃろうな」
「怖気は消えたけど、空気の重い感じは残ってるわね」
「ソラがはっきりと形を感知してるから、もしかしてこの先にあるのか?」
黒い塊が消えた辺りは行き止まりで、軽く叩いてみた感じだとかなり厚い壁のようだ。仮に奥が部屋になっていたとしても、簡単には入れそうもない。
「この壁には違和感がある、周りの岩と異なる材質のようだ。何らかの手段で、ここを塞いだのではないか?」
『儂らが奥に入ってみよう』
『邪気が漏れているからには、どこかに隙間があるはずですわ』
『サクッと行ってくっから、おめぇらはここで待ってな』
完全に密封された状態でなければ、どんな小さな隙間でも移動できる精霊の特技を生かして、三人の王たちはそれぞれ別れて壁と岩の隙間に消えていった。
◇◆◇
三人とも奥に行くことが出来たらしく、開けた空間と邪魔玉の存在を確認してきてくれた。この壁は通路を塞ぐ巨大な石で、取り除いたとしても崩落が発生する危険はないそうだ。
みんなを呼んできてもらってから収納魔法で石を取り除くと、開いた通路の奥には祭壇を彷彿とさせる場所があり、石を削って作ったような台の上に邪魔玉が乗せられていた。
「神聖な場所しめす言葉、書いてある。邪魔玉置くの許せない」
「あそこに見える字って、前にソラちゃんが図書館で読んでた本とそっくりだー」
「確か神代文字と言ってましたね」
「とにかく浄化しちゃうから、それからじっくり調べてみよ」
真白の浄化が進むにつれ重苦しかった空気も薄らいでいき、密閉状態に近い洞窟の中とは思えない爽やかな空間になっていく。早朝の山で感じた澄んだ空気と同じで、身も心も洗われる感じがする。
「とーさん、なんかすごく気持ちいいよ」
「これは聖気だね。ボクも中に入るのは初めてだけど、人間たちが祈りを捧げるのにふさわしい場所なんじゃないかな」
「大陸の中心、色々なもの集まりやすい。そこの御神体、浄化の力ある、祭壇それ祀ってる」
祭壇の上には人の形に似た石が置かれていた。修験者が使っていたような古道に、自然石を仏像に見立てて置いてるのをテレビで紹介していたけど、それとよく似ている。
壁に刻まれている神代文字は祝詞で、ソラにも意味のわからない言い回しが多いらしい。これはシエナさんを誘って調査してみるほうが良さそうだ。今度会ったときにでも誘ってみよう。
「なんだか神聖な場所みたいですけど、開けたままにしておいて良いんでしょうか?」
「心配しなくてもいいよ、コール。竜人族はこういった史跡を大切にしてくれるから、壊したり荒らしたりすることはないからね」
「エルフ族も同じじゃ、森にあるものは保護すべき対象じゃからな」
『精霊たちもここに戻ってきておりますし、守ってもらえるように伝えておきますわ』
『壁も消えたみてぇだし、みな喜んでるぜ』
『ここを訪れる精霊たちにわかるよう、儂が伝言を刻んでおこう』
バンジオが壁の方に飛んでいき精霊だけにわかるメッセージを刻み、モジュレは洞窟にいる精霊たちと話を始め、エレギーは外にいる精霊たちと会うため離れていった。
結界の残滓がかすかに感じられるので、奥の祭壇が精霊たちに知られることなく存在していた理由は、その影響だろうとのことだ。今は邪魔玉の影響で消えてしまっており、結界が再展開されるかは時間が経過しないとわからない。それまでは、ここに来る精霊たちに頑張ってもらおう。
「洞窟入口にあった精霊阻む壁、この祭壇作ったのかも」
「そういえば王たちは普通に入れたな」
「王の器、止められない。あるいは誰かと一緒だったから、その可能性高い」
「私に壁は感じられなかったが、妖精は近づくのを嫌がっただろうな」
「あのゾクゾクする感じだと仕方ないわよね」
「もしかして、あの黒い怨霊が洞窟から出られなかったのは、ここに閉じ込められていたからか」
「壁の祝詞、全部は読めない。でも封じる守る、そんなこと書いてる」
「自己防衛や自動迎撃みたいな、自立機能があったりするのかな」
「かーさん、それどんな意味があるの?」
そういった機能は、SF作品とかだと定番だな。俺と真白は小説やゲームでそうした用語に触れているけど、こっちの世界だと馴染みが薄いだろうから仕方ないか。
しかし、この国にいくつか残っている転移装置を見る限り、古代文明はそれくらいの技術を有していそうだ。もしかすると地脈源泉結界や、そこへ繋がる遺跡のように流れ人が関わっている可能性もある。
そんな太古のロマンを考え出すと、ワクワクが止まらないな。
八個目の邪魔玉も無事に浄化できて、古代文明の遺構に巡り会えたのが楽しい。
ここも大陸の重要な場所みたいだから、一連の騒動解決へ向けた大きな一歩になっただろう。
次章は作品中に散らばっていたピースが嵌っていく、そんな展開にご期待下さい!




