第211話 たった一つの約束
誤字報告いつもありがとうございます。
名前の取り違いやタイポが相変わらず多い
今回も最後の方で視点が変わります。
隠れ里に現れた竜人族の親子と対話を試みようとしたが、子育て中は好戦的になるという言葉どおり、いきなり襲いかかられた。
結局、ディストに一部分だけ人化を解いてもらい、咆哮と叱咤で拳を収めてもらっている。
「大丈夫か? ディスト」
「ここも地脈の力が強い場所だから平気だよ」
「とーさんに抱っこしてもらう?」
「それは魅力的な提案だね」
全身を人化状態に戻して服を着たディストを抱き上げ、頭をそっと撫でる。竜人族の子供は不思議そうにこちらを見はじめたが、大人二人は土下座の姿勢を崩さないままガタガタ震えていた。あの咆哮は、かなり怖かったんだろう。
とりあえず、様子をうかがっている家族を連れてこよう。
「ケーナさんは平気だったか?」
「こちらからは見えてなかったのでちょっと驚きましたけど、あの声ってディストさんなんですよね?」
「うん、ごめんね。ちょっとイラッとしたから、本気で吠えちゃったんだ」
「すごく大きなこえだったね!」
「驚かせてごめんよ、リコ」
俺たちの家族は竜に何度も会ってるから平気みたいだけど、ケーナさんがちょっと怖がっている。後でしっかりフォローしておくとして、今は頭を少しだけ撫でてあげよう。
不安そうに見上げていた表情が和らいだので、とりあえずは大丈夫なはずだ。
「父親の右腕に黒いシミのような跡がついて、動かしにくそうにしてるんだ。母親の方も動き方がぎこちなかったから、どこか怪我してるんじゃないかと思う。エコォウとヴィオレに診てもらってもいいか?」
「あぁ、任せておけ」
「シミっていうのがちょっと気になるわね」
「とにかく普通に治らない病気だったら、私の治癒かポーションを試してみようよ」
まずは症状を診てもらおうと元の場所に戻ってきたが、両親は土下座をしたまま全く動いていない。子供は地べたに座ってライムと話をしているけど、体の異常は特にないみたいだ。
「これは呪詛に侵されているようだぞ」
「毒とか怪我とかじゃないみたいだわ」
「悪魔の呪いとは違うものなのか?」
「この言い方で通じるかわからんが、穢れに触れて汚染された状態と考えてくれ」
「悪意の塊みたいなものに触っちゃったのね」
「それなら私が浄化してみるよ」
しかし体の震えは収まったとはいえ、土下座の姿勢のまま言葉も発しないのはちょっと可哀想だ。ディストはもう怒っていないみたいだし、子供とライムはすっかり仲良しになっているから、そろそろ顔を上げて欲しい。
「そのままだと治療がやりにくいから、二人とも立ち上がってくれないか?」
「ちょっと強く気をぶつけすぎたから腰が抜けたんだと思うけど、もう大丈夫だよね?」
「……はっ、はい、竜神様」
「病に冒されたあたいはもう長くないんだ、でもせめて子供の命だけは……」
「いやいや、命を取ろうなんて思ってないからね。逆にマシロが君たちの治療をしてくれるよ」
「なにか悪いものに触れてしまったみたいですから、私の魔法できれいにしてみますね」
「人族はずる賢くて信用できない、何を企んでいる」
過去に何かあったんだろうか、この男性は。俺も誘拐犯呼ばわりされているし、人族に偏見を持っている感じがする。
「そこにいる竜人族のライムは、神と呼ばれているボクを補佐する神子だよ。そして、さっき君が襲ったリュウセイと、治療をしてくれると言ったマシロは、ライムを大切に育ててくれている親なんだ。そんな二人に対して、よくそんなナメた口が利けるね」
「「……ひぃっ」」
「少し抑えてくれディスト、なんか覇気みたいなものが漏れてる」
「おっと、どうもいけないなぁ。君たちの周りには素直で聞き分けのいい子ばかり集まってるから、こんな物言いをされると昔やってたような対応をしちゃうよ」
抱っこしているディストから、風も吹いていないのに圧力みたいなものを感じる。せっかく立ち上がってくれた二人は、全身から冷や汗を流して今にも倒れそうだ。
しかし、ディストも過去に何かあったんだろうか。転移装置である竜神殿を作るとき、竜人族に協力してもらったらしいが、無理やり従わせたってことは……まずありえないな。一緒に暮らしている彼は、少し大人びた感じがする普通の少年だし、性格だってかなり温厚だ。
今も俺に頭を撫でられながら、フニャッとした笑顔を浮かべて抱きついてくるから、甘えん坊にしか見えない。元の姿が持っていたであろう威厳が足りないので、言葉が少し乱暴になってるだけという事にしておこう。
「ずっと旅を続けてみたいですし、体が冷えて風邪をひいたら大変ですから、治療が終わったら温泉に入ってきて下さい」
「ここの温泉、すごくきもちいいよ」
「我らは病気になるような軟弱な――」
「何か言ったかい?」
「……いえ、温泉に入らせていただきます」
ディストとの間に、すっかり上下関係が出来上がってしまっている。
強い者に惹かれる獣人族のように、竜人族には強者に服従する種族的な本能でもあるんだろうか。
◇◆◇
念の為、二倍強化にした真白の治癒魔法で黒くなっていたシミも消え、三人はお礼を言った後に温泉へ向かっている。
俺は家の掃除をしたいというイコとライザ、そしてバニラを連れて王都へ戻ってきた。お店に出勤するケーナさんとリコも一緒だ。
残りのメンバーは全員、隠れ里に残って事情を聞いておくらしい。
ディストがいれば暴れだすこともないだろうし、向こうはみんなに任せよう。俺は王都で自分の役目をこなすため、リコを抱っこしながらケーナさんと一緒に通りを歩く。
「ハモナちゃん、かわいかったなー」
「竜人族って、本当にあれくらいの大きさで生まれてくるんですね」
「生まれたてのライムも同じくらいだったよ」
「たまごも見てみたかった」
「ライムが入っていた卵は、俺も見たことないな」
この世界に飛ばされた直後だったし、ライムに名前をつけて魔法の使い方を教えてもらった後、すぐ街まで送り届けてもらったから、そんなものを確かめる余裕や発想自体がなかった。
もうあの場所に戻ることは出来ないだろうけど、せっかく知り合えた竜人族の家族がいるんだから、詳しいことを彼らに聞いてみてもいいだろう。
ディストも竜人族に関しては基本的なことしか知らないようだから、育て方や独自の文化、それに旅をする目的とか、知りたいことはいっぱいある。
「ディストくんもふしぎだけど、りゅうじんぞくもふしぎだね」
「アゴゴさんみたいな竜が人の姿をしているなんて、まだ信じられない部分があります」
中途半端に人化を解いた姿は、ディストとしてもあまり見られたくはないらしい。それで今回もみんなから死角になる場所で、腕や頭を竜の姿に戻している。
俺とライムはバッチリ目撃しているので、ディストに気持ち悪くなかったか聞かれた。しかし二人の答えは“かっこ良かった”だ。
俺はリザードマンを彷彿とさせる姿に感動し、ライムは自分もあんな風になってみたいと言い出している。図書館で二足歩行する竜や、尻尾の生えたイラストを見たときも思ったが、そんな姿でも自信を持って可愛いと言えそうなのは、我ながら親バカだな。
ついでに、大人になったら尻尾を出せるようになるのか、あの二人に聞いてみよう。
「ケーナさんはアゴゴが少し苦手みたいだったけど、ディストの咆哮とか聞いて怖くなったりしてないか?」
「驚きはしましたけど、リュウセイさんに抱かれている時のディストさんは、いつもと同じように可愛らしかったので、大丈夫ですよ」
「ディストくんもリュウセイお兄ちゃんの抱っこが、だいすきだもんね」
「こうやって頭を撫でられるのも好きみたいだしな」
「えへへー、私もおなじだよ」
ディストとしては半人半竜の姿を受け入れてもらえたことが、とても嬉しかったみたいだ。真白もまず間違いなく嫌ったりはしないし、ウチの家族ならどんな姿を見ても大丈夫だろう。
日々の会話で俺たちの世界にあった物語なんかも伝えてるから、ファンタジー耐性が強くなってるしな。
「……あの、リュウセイさん」
「どうしたんだ?」
隣を歩いていたケーナさんが、ためらいがちに声をかけてきた。切り出しにくいことなのか、黙ったままこちらを見つめる顔は、ちょっと思いつめた表情をしている。
「あの人たちが触れたという穢れ、やっぱり浄化しに行くんでしょうか?」
「邪魔玉もそうだけど、世界に悪影響を与えるものを完全に浄化できるのは、俺と真白だけだと思うんだ。違う世界から来た二人だけど、この国には大切なものがいっぱいある、だからそれを守りたい」
「私やリコちゃんもですか?」
「もちろん二人は、俺にとってかけがえのない存在だ」
「それなら一つだけ約束して欲しい。
……必ず帰ってきて」
「無茶なことは絶対にしない。それに俺たちのパーティーには世界の王たちが揃ってるし、逃げるときだって一瞬で家まで戻れる。帰ってきたら笑顔でただいまって言うと約束するよ」
「こんどのやすみの日は、アージンにつれていってね」
「もちろん連れて行くぞ、なんたって二人との約束だからな!」
ちょっと軽めにそう答えると、リコは嬉しそうに俺の頭を抱きしめ、ケーナさんはそっと手に触れてくる。二人で指切りのように小指同士を絡ませ、そのままお店まで歩くことにした。
―――――*―――――*―――――
真白から温泉に入ってくるように言われたブースは、妻のトレモと子供を連れてお湯の湧いている場所までやってきた。そこは精霊王たちの手で綺麗に整備され、子供やお年寄りでも安心して使えるように、バリアフリー化されている。
「親父やお袋から聞いていたのと違うな」
「私も両親から聞いていたのは、もっと寂れた感じだったよ」
「とーたん、かーたん、みゆいっぱいあゆ」
「深い場所に行くなよ、ハモナ」
「あいっ!」
このお風呂は一番深い場所でも七十センチほどなので、竜人族の身長なら子供でも溺れる心配はない。ちなみにハモナがいま立っている場所は、半身浴が出来るように浅くなった部分だ。
「アイツラのこと、どう思う?」
「悪い人たちじゃないと思う」
「精霊や妖精の王、それに竜神様までいらっしゃるしな」
「押しつぶされそうな重圧を放つ存在を、あの男は平然と抱いていたね」
「オレの攻撃も受け止めやがった」
「王たちを従え竜神様ですら子供扱い、彼は天上神なんじゃないの?」
「ヤツは男だから、昼の神か」
「夜を治めてるのは女神だから、きっとそうね」
「ならヤツの妻だという女が、夜の女神か?」
「ブースはとんでもない人に手を出したわ」
「言うなトレモ、この辺が痛くなってくる」
ブースは胃のあたりを押さえながら渋い顔をしている。竜人族の子供を肩の上に乗せたまま自分の攻撃を受け止めた龍青、そして竜人族に伝わる薬草や秘伝も効かなかった体の異常を治してしまった真白、そんな二人を神と誤認してしまうのはある意味仕方がない。
「ライムたん、かーいかったれしゅ」
「神子なのに偉そうにしてなかった、不思議なヤツだ」
「ハモナはライムのこと好き?」
「やさしーから、しゅき」
「アイツラは信用できるかもしれんな」
「体を洗ったり拭いたりする布を何枚も貸してくれたし、“せっけん”というものもくれたからね」
「かーたん、いーにおいしゅる」
「食べ物とは違うから、口に入れるんじゃないよ」
「あいっ!」
「彼らには逆らわないようにしよう」
「あたいもそれがいいと思う」
竜人族にとって、他の種族は全て格下の存在だ。竜族は遠い先祖として敬うが、力で劣る者たちを認めることはない。
そんな彼らにとって、竜神として崇められているディストや同じ竜人族のライムが、様々な種族を家族として受け入れているのは衝撃だった。しかもライムは真竜に認められた神の子である。
いきなり襲いかかった汚名は返上できないが、龍青たちの家族には敬意を持って接しよう。そう固く誓った二人だった。
ケーナは何気に正統派ヒロインっぽくなってしましました(笑)
次回は竜人族のことが色々分かる話です、お楽しみに!
◇◆◇
ライムは生まれた時から呂律がしっかりしてましたので、それだけ特別な子供ってことです。
なにせ、ディストの補佐として即戦力が求められるため、当然チート能力を持ってます(笑)
(ただ、ディストに育てられるともっと成長は速かったですが、ここまで感性豊かな子供にはならなかったでしょう……)
◇◆◇
第0章の資料集を更新して、竜人族の三人を追加しています。
細かいところではバストサイズの一部に±記号が付きました(笑)
(登場人物一覧も更新)




