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第210話 夜明けの来訪者たち

 昼間は思いっきり体を動かし、夕食前にお風呂も堪能して大満足の一日だった。この隠れ里には、競技場のように(たいら)になった広い場所、所々に大きな木の生えた草原、魚の泳いでいる川、そして豊かな森と、あらゆる物が揃っている。


 周りに気兼ねなく思いっきり体を動かせるのは、とてもいいストレス発散になった。無事に転移ポイントも登録されていることだし、定期的に羽根を伸ばしに来よう。



「こんなにいっぱい遊んだのはじめて! またつれてきてね、リュウセイお兄ちゃん」


「休みの前の日とか、泊まりに来ような」


「良かったわね、リコちゃん」



 ケーナさんは俺が抱っこしているリコの頭を撫でながら、こちらに向かってニコリと微笑みかけてくれた。二度も一緒にお風呂に入ったからだろうか、これまでよりもっと距離が縮まった感じがする。



「寒い時期に入る温泉も格別なんだよ」


「雪を見ながら温泉を楽しむのも、風情があって良さそうだな」


「ディストにーちゃん、ここって雪はふるの?」


「寒い時期に訪れたことはないからわからないけど、ここは場所的に大陸の中央に近いよ」


「それで中央大森林出身のハイエルフが、隠れ里の噂を知っておったのじゃな」


「ここ標高たかそう、雪降るかも」



 周りを高い山に囲まれているし、王都より肌寒い気がする。温泉の保温効果で全員ホカホカしてるけど、寒い時期に来るなら暖房を考えておいたほうが良いだろう。


 魔道具のコンロもそれなりに熱を出すけど、ストーブやファンヒーターみたいなものが欲しい。



「リュウセイさんとマシロさんがいると、温泉はただお湯に入るという行為にとどまらないのが凄いです」


「温泉の楽しみ方は無限大なのです」


「打たせ湯というのも体験してみたいですよ」


「ここは底からお湯が湧き出してるから、打たせ湯は難しいな」


「お湯の湧いている辺りは、流れが早くて面白かったわ」


「服がぬげそうになっちゃったよね、ライムちゃん」


「くすぐったくて面白かったね、リコおねーちゃん」



 噴出口は水流が結構あるので、リコやライムの湯浴み着がまくれ上がっていた。真白が行こうとした時は全力で止めたし、俺も近づかないようにしている。当然、ディストやエコォウも接近禁止だ。


 ジェットバスみたいで楽しそうではあるけど、シェスチーのにごり湯と違ってほぼ透明だから、見えてはいけないものが開示されかねない。



「ここに別荘が欲しくなるにゃー」


「ここに職人さんを呼んでー、家を建ててもらうのはー、無理だと思いますにゃんー」


「勝手に家を建てたら竜人族に怒られそうだけど、今の野営小屋より大きなのを持ち運ぶのはアリかもしれないし、ちょっと考えてみるか?」


「リュウセイなら家一軒くらい軽く持ち運べるし、いい案だと思うよ」


「台所と食堂があって、寝室にリビングくらいは欲しいかな」


「三部屋なら私の魔法で明るく出来ますし、水も同時に出せますから良いと思います」



 王都に戻ったらシェイキアさんに相談してみてもいいし、野営小屋を作る時にアージンの街でお世話になった職人さんを訪ねてもいい。持ち運べる別荘というのは、本気で考えてみよう。


 みんなでそんな話をしていたら、何かが肩に触れる感触と重みが伝わってくる。

 視線を横に向けてみると、ケーナさんが俺にもたれかかるようにして、寝息を立てていた。



「お母さん、ねちゃったね」


「体調は良くなってると思うけど、まだ疲れが取れきってないのかもしれないな」


「旦那様、こちらに寝かせてあげて下さいなのです」


「とりあえず、毛布をお掛けするですよ」



 リコに膝から降りてもらい、ケーナさんを支えながらゆっくり横たえると、膝を折り曲げ背中を丸めてしまう。なんだか猫っぽくて可愛い。



「ライムちゃんの寝かたと似てるね」


「かーさん、ライムこんなかっこうで寝てるの?」


「お父さんに登る前は、こんな感じに丸くなって寝てるよ」


「ケーナちゃんも、リュウセイ君に登っちゃうのかしら」


「今夜もリュウセイの隣、ケーナが使うべき」


「リュウセイに対して遠慮が無くなってきてるみたいだし、明日の朝が楽しみだね」



 暖かい場所でも探しているのか、足元にすり寄ってきたので、頭をそっと撫でる。こうして普通に生活している状態で、本来持っていた素の部分が出てきているのなら、俺としては歓迎すべきことだ。



「お母さん、しあわせそう」


「午後になってから憑き物が落ちたような顔をしておったし、なにか良いことがあったかもしれんのじゃ」


「私も前より眩しく感じるようになりました」



 スファレやコールだけでなく、クリムやアズルもケーナさんの変化に気づいていた。当然リコにもわかっているし、ソラや真白も同様だ。いつまでも経験値不足なんて言ってられない、俺も小さな変化を敏感に感じ取れるようになろう。




―――――・―――――・―――――




 昨夜はケーナさんが寝落ちしてしまったし、昼間に走り回って疲れたこともあり、いつもよりかなり早めに就寝した。そのおかげで今日は全員が、日の出とともに起き出している。


 俺の腕を抱き枕にしていたケーナさんは、なにやら良い夢を見たらしい。その内容は教えてくれなかったが……



「二人は今日、どうするんだ?」


「お店にも迷惑かけましたし、今日は出勤しようと思ってます」


「おばあちゃんに、げんきになったって、ちゃんと言いたいから」


「それなら、お店まで送るよ」



 朝食を食べ終わって今日の予定も決まったので撤収の準備を始めたとき、棚の上にいた三人の精霊王が近くに寄ってきた。ちょっと慌てている感じのスピードだったけど、何かあったんだろうか。



『近くに誰かが来ているようだ』


『三人連れの竜人族のようですわ』


『山んとこにある洞窟にいるみてぇだぜ』


「感知してみる、三倍強化して」



 山にあった洞窟は少しだけ見てみたが、長いトンネルがどこまでも続いていた。先に進むと森へ抜けられるらしく、入り口は竜人族だけ認識できる結界で隠されているそうだ。



「洞窟の中、三人いる。大人二人と子供一人、少し反応弱い、病気や怪我かも」


「とーさん、助けてあげよ」


「少し待ってくれるかなライム、子供のいる竜人族に近づくのは危険なんだ」


「どうしてなんじゃ?」


「彼らは子供をとても大切にするから、ちょっと好戦的になるんだよ」



 竜人族の妊娠期間は短く、子供は薄い膜に包まれた状態で生まれてくる。体を覆っていた膜は硬くて丈夫な殻になり、中にいる子供の成長に合わせて大きさが変化していく。そうやって卵の中にいる間は人の手が一切かからないので、森の中を移動しながら生活するという竜人族の暮らし方に適した出産方法だ。


 ライムは生まれたての卵状態で、この世界に現れているらしい。


 子供は卵の中で一気に成長し、親はそれを大切に守りながら旅を続ける。移動が困難になるサイズまで卵が大きくなったら、生まれた子供がある程度成長するまで洞窟などに逗留するそうだ。


 ここまでは以前ディストに聞いていたけど、そうやって子育てしている竜人族は、近づくものに対してナーバスになるらしい。たとえ同じ種族でも自分の縄張りに入らせないようにするので、不用意に声をかけるのは危険だと忠告してくれた。



「ディストにーちゃん、どうしたらいい?」


「相手が人型(ひとがた)種族ならいきなり命を奪うことはないけど、まず間違いなく襲ってくるだろうね」


「竜人族同士ならともかく、エルフや人族が襲われたら大怪我してしまうぞ」


「アゴゴはもう帰っちゃってるし、ボクが行くしか無いかな」


「竜の姿に戻ったり人化したりするのは、かなりの力が必要なんだろ?」


「まぁ、一部分だけ人化を解くことも出来るから、話を聞いてもらえそうになかったらやってみるよ」


「ディストにーちゃん、ライムも行く」


「ライムちゃん、同じ竜人族でも襲ってくるんだよ」


「でもかーさん、ディストにーちゃんだけ危ないめにあうの、ライムぜったいにイヤ」


「本当にライムは優しくていい子に育ってるね、ボク嬉しいよ」


「それなら俺がライムと同化して一緒に行くよ、それなら問題ないだろ?」



 同化状態なら竜人族に対抗できるスピードとパワーがある、そうディストにもお墨付きをもらっている。俺の気持ちもライムと同じで、もう家族同様に思ってる彼が危険な目に合うのは嫌だ。


 結局、同化した俺とライムがディストと一緒に近くまで行って、話し合いを試みることになった。他のみんなは少し離れた場所に待機し、三倍強化で守りを固めてもらう。


 竜人族がここに来る目的は、病気や怪我の療養だ。ソラの感知魔法でも少し弱い反応が出ているし、治療なり薬を飲ませるなりしてあげたい。



◇◆◇



 ライムと同化して手を繋いだディストと洞窟に近づいていくと、奥から人の気配がする。そのうちの一つは俺たちに気づいているらしく、警戒しながら出口に向かっているのがわかった。



『すまないが話を聞いてもらえないか?』

『誰か怪我してるの?』



 この世界の人間に通じるかわからないけど、敵意がないことをアピールするため、両手を上げながら声をかけてみる。一瞬だけ気配は立ち止まったものの、洞窟の出口から黒い影が飛び出してきた。


 その動きはクリムやアズルより遥かに速く、同化で上昇した動体視力をもってしても追うのが難しい。


 なんとか受け止めた一撃で、腕がジンジンと痺れる。普通の人族なら骨折を覚悟しないといけない力だ、手加減を知らないんだろうか、この男は。体格は俺とさほど変わりないのに、力はコンガーをも超えている。



「どうやってここに入った! それにその子供はなんだ、(さら)ったのか!」


『違う、この子は俺の子供だ』

『とーさんと喧嘩するのはやめて』


「この二人が言ってるのは本当だよ。それからここには、竜族に協力してもらって入ったんだ」


「嘘を付くな、竜がそんな事するはずない、子供は黙っていろ」



 少し距離を取って対峙している男性の頭には立派な二本の角が生え、髪の毛は黒に近い紫色だ。服は街で売っているようなものでなく、黒い毛皮を羽織って腰紐で留める装いをしていた。



『病気か怪我をしている家族がいるんだろ?』

『おにーちゃんも右腕を怪我してるよ』


「うるさい、余計なお世話だ。それよりここから出ていけ」


「あーもう、子育て中の竜人族って本当に人の話を聞かないなぁ。面倒だけど人化を一部解除するから、ちょっとその男を抑えといて」


「変な魔法を使っているようだが、人族が俺たちに勝てると思ってるのか」


『怪我してるんだし、無理しないほうがいいと思うぞ』

『早くかーさんの治療を受けて』



 再度こちらに攻撃を仕掛けてくるものの、なんとか凌げているのは相手が怪我をしているからだろう。右腕の一部に黒いアザのようなものがついていて、動かしづらそうにしている。


 正直このハンデがなかったら、俺とライムでは相手を気遣う余裕すらなかったと思う。

 組手の訓練くらしかやったことのない素人だから、身体能力だけで拮抗している状態だ。



 ――グォォォォォォーン!



『いい加減人の話を聞かないか、すぐ力に訴える愚か者めっ!!』



 上着を脱いで胸元から上を竜の姿に戻したディストが吠えると、竜人族の男性は地面に頭をつけて土下座し始めた。


 両腕と頭しか竜化してないので少しアンバランスだけど、ディストの姿はリザードマンみたいでかっこいい。もしかすると王立図書館で見た想像図は、こうして中途半端に人化を解いた姿だったのかもしれないな。




 洞窟の中から竜人族の女性と、小さな子供も出てきて頭を下げ始めたので、この場はもう大丈夫だ。

 まずは怪我の状態をエコォウやヴィオレに診てもらって、事情を聞くことにしよう。


竜人むらさき じけんですよ!


3人の名前は次回登場です。

生まれて間もない竜人族の子供とライムの違いも、次話で少し明らかになりますのでお楽しみに。

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後日談もよろしくお願いします!

色彩魔法あふたー
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