第209話 心の変化
中盤から視点が変わります。
竜人族の隠れ里にある天然温泉は温めのお湯ということもあり、途中で水分補給などもしつつ浮かんだり半身浴をしたり、みんながそれぞれ長風呂を楽しんでいる。
「リコちゃん、とても楽しそう」
「来年の夏になったら、またみんなで海に行こうな」
「私に水着なんて似合うでしょうか?」
「ケーナちゃんなら、私が着ているような水着でも大丈夫よ」
「そこまで露出の多いのは、自信がないです……」
「私が着ていたようなのは、どうでしょうか?」
「私には少し可愛すぎる気もしますけど、コールさんと同じような水着なら、着られるかもしれません」
ケーナさんならコールの着ていた、フリル付きのセパレートタイプでも絶対に似合う。スタイルがいいんだから、ビキニ姿だって大丈夫だろう。
クリムとアズルも参戦して、チューブトップタイプやタンクトップタイプを勧めているので、ぜひともその系統を選んで欲しいものだ。
彼女が少し年齢を気にし過ぎなのは、自分より若い俺たちと過ごすことが多いからだろうか。年齢的に超年上のスファレには種族特性があるから、ケーナさんの自信に繋がっていない気がする。
例えば一度シエナさんに会わせてみるのはどうだろう。彼女ならイコとライザが着ていた、紺色のワンピースタイプが似合うのは確定的に明らか。
そして胸に白い布を縫い付け、日本語の平仮名で“しえな”と書こう。何か言われてもデザインだと言い張れば押し切れるはずだ。
自分より三歳年上の女性が可愛らしいスク水を着ている姿を見たら、自分もまだまだ大丈夫と思ってくれないだろうか。あの容姿を見たら、かえって落ち込んでしまうかもしれないが……
「お兄ちゃんはどんなのが似合うと思う?」
「真白やヴィオレが着ているような、少し大胆なものが良く似合うはずだ」
「さすがリュウセイ君ね、ケーナちゃんの事をよく見てるわ」
「リュウセイ、即答だった」
「最初から答えは決まっていたような感じじゃったな」
突然話を振られたせいで、脳内会議の決定事項をそのまま伝えてしまった。恥ずかしそうにこちらを見るケーナさんの顔を見て、失敗してしまったと後悔するけど、変に取り繕うのは男らしくないからやめよう。
彼女のビキニ姿を見たいのは、紛れもない本心だ。
「開き直ったお兄ちゃんは強いなぁ」
「ケーナに対して遠慮が無くなってきた感じなのかな?」
「お母さんとリュウセイお兄ちゃんが仲良くしてるから、私はうれしいよ」
「私はリュウセイさんに弱みを握られてしまった気がします……」
「俺としては少し大胆なことでも言えるような間柄になったという認識なんだが」
こちらをジト目気味に見つめてくるケーナさんの頭を、そっと撫でながらそう答えた。
例え昨日の出来事が弱みになったとしても、それで何かを要求することはないから安心して欲しい。ただ俺に、可愛くて甘やかしたい女性として認識されてしまっただけだ。
「これってリュウセイさんの父性が、また荒ぶってますよね」
「ピルルー」
「キューィ」
「今のお二人は、とてもいい雰囲気だと思うのです」
「旦那様がまた一段と大きくなられたですよ」
「ライムのとーさんだからね!」
妖精であるライザがそう感じたのなら、俺の中でまた何かが成長したのかもしれない。みんなとの関係を見つめ直したからか、周りにいる年上女性を全員かわいいと思えるようになったからか。
どちらにしてもケーナさんのおかげだと思うので、もう少し頭を撫でてあげよう。
本人もまんざらではないって表情をしているし……
◇◆◇
お湯の中に沈んでいると体中に発生した泡が弾け、体中の悪いものを溶かしてくれる気がする。動く気力まで抜けていきそうだ。
「お兄ちゃん、気持ちいいね」
「あぁ、いつまでも入っていたいな」
「今日はもう、ここに泊まってかない?」
「それは名案だ」
「ここはハグレも発生しない場所だから、安心して過ごせるよ」
「ホントなのディスト君。なら、今日はここで野営しちゃおっか」
「ケーナさんとリコも、問題ないか?」
「まちの外でねるの初めてだから、たのしみだねお母さん」
「全員一緒に眠れるんでしょうか?」
「家のベッドより小さいから少し狭くなるけど、俺たちだったら並んで眠れるよ」
イコとライザが作り直してくれたベッドなら、この人数でも並んで寝られるはずだ。全員が密着して眠る、この家族ならではの力技ではあるが。
「寝る前にも温泉に入ろうね」
「できれば朝風呂も楽しみたいけど、明日の状況次第だな」
『リュウセイとマシロの入浴好きは、特筆すべきものがある』
『わたくし達も、すっかり影響されてしまいましたけどね』
『ぬりー風呂も結構いいもんだぜ』
「この泡ができる温泉というのは、いつもと違う感覚が楽しめるな」
王たちも温泉好きになって何よりだ。
この楽しみは、みんなで分かち合ったほうがいいからな。
誰からも反対意見が出なかったので、今日はここで泊まっていくことになった。
―――――*―――――*―――――
「いくぞ、リコ」
「いつでもいいよ、リュウセイお兄ちゃん!」
アンダースローで投げた布ボールが龍青の手から離れ、緩やかな軌道を描きながらリコへ向かって飛んでいく。
「やったー、とれたー! こんどはライムちゃんのばんだよ」
「おもいっきり投げていからねー」
「えいっ!!」
リコが力いっぱい投げたボールはライムから少し離れた場所に飛んでいくが、持ち前の運動神経でなんなく追いつき、危なげなくキャッチした。
「とれたよー!」
「ライムちゃんじょうず!」
「リコもライムも二人とも上手だな」
「こんどはとーさんに投げるよー」
「おう、いつでも来ていいぞ!」
ライムが投げたボールは山なりに飛んでいき、それを少し下がりながら龍青がキャッチする。
食事が終わってしばらく休んでから、龍青たちは布でできた手作りボールで遊び始めた。的あてをやったり、お手玉のように遊んでみたり、今はキャッチボールを三人で楽しんでいる。
「いきますよー、クリムさん、アズルさん、ヴェルデ」
「今度は負けないからねー」
「空中で捕るのは反則ですよ、ヴェルデさん」
「ピルルルー」
進化したヴェルデの三倍強化で身体能力を上昇させたコールが、大きく振りかぶってボールを上空に投げる。弾丸のように放たれたボールは、目視が困難なほど小さくなってしまう。しかし、獣人族の視力はそれを正確にとらえ、落下予想地点へ走り出す。
「やったー、今度は捕れたよー」
「うぅー、思ったより上空で流されてしまいました」
「ピルゥー」
ヴェルデは目測を誤ってかなり遠い場所に飛んでしまい、アズルは上空で吹いていた風の流れを読みきれなかった。
「あんなのよく捕れるなぁー」
「私だと、リュウセイさんの投げた球でも捕る自信ありません」
少し離れた岩の上に真白とケーナが座り、元気に遊んでいるメンバーを見つめている。
ソラは木陰で読書しており、スファレは森を散歩中。エコォウとヴィオレは近くにいる妖精たちを探しに行き、精霊王たちはそれぞれ風の吹き抜ける場所、川の流れている場所、少し離れた場所にある草原へ移動していた。
イコとライザは野営小屋の掃除を、ディストは地脈浴びをしているアゴゴと一緒にお昼寝中だ。
「外でのんびりしながら、自分の子供が楽しそうに遊んでる姿を見るのって、幸せを感じませんか?」
「私はあの絶望を味わいましたから、こうしているのが全てが夢みたいなんです。正直、まだ実感がわかないと言えばいいんでしょうか……」
「大丈夫です、もうあんな悲しい毎日は戻ってきません。これからは私たちもついていますし、何かあればお兄ちゃんが支えてくれます」
真白はケーナの手をそっと握って、優しく微笑みかける。この世界だと既に成人しているとはいえ、真白はまだ十七歳になっていない。そんな彼女から伝わる包容力は、少女と女性の境界線にいる年齢とは思えないほど、大きなものだった。
それを感じ取ったケーナは、ずっと自分の中で渦巻いていた気持ちを吐露してしまう。
「……夫に先立たれた私が、他の人と幸せになってもいいんでしょうか」
「自分にはそんな経験がないから想像でしか答えられませんけど、もしお兄ちゃんが私とライムちゃんを残して死んでしまったら、他の誰かを同じように好きになる事はないと思います」
「マシロさんもやっぱりそうなんですね」
「だって生まれた時からずっとそばに居てくれて、いつも私のことを一番に考えてくれるんですよ。ちょっとワガママ言ってみても、困った顔しながら受け入れてくれるし――」
真白は気づいていた、ケーナの視線がリコではなく龍青に注がれていることを。そして昨日の出来事で、心の天秤が大きく傾いたことに。それがわかっていたから、いきなり核心を突く方向に話を誘導していく。
そしてケーナは、いきなり嬉しそうな顔で兄の素晴らしさを得々と語る真白に戸惑いつつ、自分自身が龍青から感じている部分との一致点を次々見つけていた。
「――だから、お兄ちゃんと同じように好きになる事はないです。でも、別の愛し方なら出来るかもしれない」
「別の愛し方、ですか?」
「お兄ちゃんの代わりは他の人に絶対できないですし、そんな事で愛していた人を忘れてしまったら可哀想です。それに失った人の身代わりみたいに誰かを好きになるのは、とても失礼なことじゃないですか」
「あっ……」
「もし私の前からお兄ちゃんがいなくなって、その後に誰か支えてくれる人が現れたら、別の形で応えてあげたい、そう思います」
「支えてもらっても……いい?」
自分の兄が同情心だけでケーナに手を差し伸べていないことを、真白はよくわかっている。加えて、昨日のように龍青を慕って甘えてくる人物は、真白にとっても手放したくない存在だ。
だからもう少し背中を押してげよう、そう考えて言葉を紡ぐ。
「残された人が不幸を背負って生きていくのは、とても悲しいことです。誰にでも幸せになる権利はありますから、それを掴み取る機会があるなら逃すべきじゃありません」
「現状に甘んじていたらダメでしょうか?」
「焦って答えを出す必要はないですし、離れていたって家族になれますよ。結婚しなくたって一緒に暮らしていけるし、子供が作れなくたって夫婦になれる。家族の形は一つじゃないですから」
言いたいことを言い切った真白は、ケーナに向かって「偉そうに語りましたけど、私が読んだ本の受け売りなんです」と照れくさそうに笑う。
しかし真白の言葉は、ケーナに大きな変化をもたらした。
ずっと思い出を振り切る努力ばかりして、がむしゃらに働いてきたのが馬鹿みたいに思える。隣に立てる存在に少しでも近づけるよう、無理を重ねた結果が今回の過労だ。
亡くなってしまった夫を忘れることは出来ないし、もうあの頃と同じ気持ちになるのは難しい。でも、これから新しい関係を作っていくことは出来る。
家族の形は一つじゃない。
娘と二人で幸せになれる理想の形を見つけていこう、ケーナはそう決意するのだった。
数話かかってしまいましたけど、ケーナがメインの話は一旦ここで終了です。
次回は竜人族の隠れ里に来訪者が、その正体とは?(公然)
第0章の資料集を大幅に更新し、サブヒロインのプロフィールを大量加筆しました。
ベルがシェイキアに拾われた経緯、ケーナとリコの舞台裏、シエナの心境などちょっとした情報も満載です。よろしければ目次まで戻っていただくか、下記の直リンクからどうぞ。
(ページの真ん中あたり、2枚めにある挿絵の下から追加分が始まります)
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