第208話 竜人族の隠れ里
黄竜のアゴゴが活性化させた地脈にディストとライムの竜魔法を乗せ、手を繋いで輪になった俺たちは竜人族の隠れ里に転移した。
周りを取り囲んでいた白い光が薄くなると、先程までいた滝の近くとは全く別の風景が目に入る。
森の中や山奥をイメージしていたけど、平地で見通しも良く小さな川も流れていた。少し離れた場所には森も広がっているし、山の斜面に洞窟のような穴もあり、少し奥まった場所に見える白い湯気のようなものは温泉だろう。
周りを高い山に囲まれた盆地になっているから、簡単には入ってこられない場所というのがわかる。
「ここが竜人族の隠れ里だよ」
「だれかほかの人は、いるかなー」
「感知魔法、反応ない、動物とかは居る」
「この規模の森があれば、食べる物にも困らんじゃろ」
「お母さん、凄かったね」
「リュウセイさんの魔法と違って体が浮くような感じがしたから、少し怖かったわ」
両手を伸ばしてきたリコを抱き上げると、ケーナさんもそっと寄り添ってきた。あの不思議な浮遊感は竜神殿の遺跡でも体験したけど、ちょっと不安になるのは確かだ。空間魔法とは違う技術を使った転移特有の現象なのかもしれない。
『儂はここでしばらく地脈浴びをして、帰るとするかのぉ』
「ありがとう、アゴゴじーちゃん」
「わざわざ呼び出してごめんねアゴゴ」
『面白い場所に連れてきてもらえとるし、かわいい幼子にも会えたし、問題ありませんのぉ』
この場所は全体に認識阻害の結界が張ってあり、空を飛べる竜族でも見落としてしまう場所になってるそうだ。転移に使える太い地脈が走ってるし、地脈源泉結界のように人や動物の出入りすら阻む強力なものじゃないから、気づいていた竜もいそうな気がする。
チェレンなんかに知られたら、延々と居座って眠ってそうだけど……
「もう一つだけお願いがあるんだけど、古くなった鱗があったらもらえないかな」
『それくらい構いませぬぞぉ』
「俺からもお願いしようと思ってたんだ。腰の辺りにちょっと浮いた鱗があったから、もし良ければそれをもらえないか?」
『これで良いかのぉ』
「竜の鱗が大好きな人に喜んでもらえるから嬉しいよ、ありがとう」
『人族というのは、変わったものを欲しがるのぉ』
これで全ての竜から鱗をもらえたことになる、近いうちにアージン行きは決定だ。その時はケーナさんも連れて行って、クラリネさんに会わせてあげよう。
◇◆◇
天然の温泉は少し山を登って奥に行った場所に存在した。大小様々な岩で囲まれた部分にお湯が溜まり、湯船の端からチョロチョロと漏れ出している。これは天然かけ流しの岩風呂だ。
「思った以上にちゃんと温泉してるね、お兄ちゃん」
「これなら全員で入っても余裕の広さだな」
「とーさん、かーさん、白くないけど温泉なの?」
「少し温めだけど、これも立派な温泉だぞ」
「手を入れると泡がくっついてくるから、炭酸泉みたいな泉質じゃないかなぁ」
「ほんとだ、手が泡だらけになるよー」
「なんだか不思議でちょっと面白いです」
「炭酸泉は切り傷とかに効くはずだから、怪我の治療には最適な温泉だよ!」
屋根もなく雨ざらしなので木の葉が浮いていたりするが、常にお湯が湧き出しているから衛生的には問題ないだろう。多少ゴツゴツしている部分にさえ気をつければ、温めのお湯で長風呂も楽しめるはずだ。
「こんな自然の中に温泉があるなんて、凄いわね」
「転ばないように気をつけないといけないね、お母さん」
『儂がシェスチーで入った温泉のように、少し加工してやろう』
『わたくしは周りを綺麗にして差し上げますわ』
『俺様も協力してやっから、おめぇらはちゃっちゃと着替えてきな』
「それは楽しみだね。お言葉に甘えて、ボクたちは着替えを済ませちゃおうか」
一段上がった部分が平らな岩になっているので、そこに野営小屋を出して着替ることにした。温泉の方では段差を緩やかにしたり、突き出た部分を取り除いたりといった加工が進んでいる。ピャチに行く途中の山岳道でもお世話になったけど、精霊王の操る魔法は本当に凄い。
「リュウセイ、着替え終わった」
「リュウセイお兄ちゃん、どう? 似合ってる?」
「実際に着てみると、露出が多くてちょっと不安になります」
「リコもケーナさんも、よく似合ってて綺麗だよ」
「もうじき冬の季節なので、ちょっと肌寒いですね」
「リュウセイたちも早く着替えてくるのじゃ」
「俺たちの着替えはすぐ終わるけど、体を冷やすと良くないから先に入っていてくれ」
コールが二の腕を掴むように腕を組んでいるので、まろやかさんが持ち上げられてちょっと大変なことになっている。シェスチーのにごり湯とは違い、ここは透明な炭酸泉だから、なるべく上を向くようにしよう。
「とーさん、ディストにーちゃん、エコォウおじちゃん、はやくきてね」
「お先に入らせていただくのです、旦那様」
「お風呂がすごく綺麗になってるですよ」
「すぐ行くから、みんな待っててくれるかな」
「我らは腰に布を巻くだけだだからな」
俺とディストが湯浴み着を身につけ、エコォウが腰布を巻いて浴場に行くと、みんなは思い思いに温泉を楽しんでいた。
湯船の周りは緩い傾斜がついた床に加工され、あふれたお湯で常に全体を洗い流す衛生に配慮した作り。湯船の中では、身長の低いソラやイコとライザが手足を伸ばしながらお湯に浸かり、少し高めのクリムとアズルも同じ格好でくつろいでいるので、座る場所は複数の高さがあるようだ。
ライムが立っている所は彼女の胸元あたりまで水深があり、ちょっと体が浮きそうになってる。泡が付着して浮力も増えそうだから、俺も後で試してみよう。
チェトレで温泉宿と露天風呂を堪能したバンジオだけあって、細かい配慮が行き届いた完璧な作りだ。もちろん周りも綺麗に掃除されているので、落ち葉や床のぬめりもなく安心して歩くことが出来る。
「ありがとう、バンジオ、モジュレ、エレギー。こんな贅沢な温泉に入れるなんて、とても幸せだよ」
『精霊たちも楽しそうにしておるから、気にせんでも良いぞ』
『ここを訪れる他の皆さんにも喜んでもらえそうで、何よりですわ』
『体が泡だらけになっておもしれぇぞ、おめぇらもそんなとこに突っ立ってねぇで、こっち来な』
「キュィー」
「ピルルルー」
バニラや大きくなったヴェルデも、湯船に浮かんだり泳いだりし楽しそうだ。ここなら気兼ねなく霊獣や守護獣も過ごせるからいい。今度はベルさんやシェイキアさん、それにシエナさんも連れてきてあげよう。
かけ湯をしてお湯に体を沈めると、体中に泡が付着してシュワシュワした感覚が楽しめる。泡の出る入浴剤を入れたお風呂と同じ感じがして最高だ。
「体調は大丈夫か?」
「はい、なんだか泡と一緒に疲れも抜けていくような感じがして、とても気持ちいいです」
「ケーナさんって、本当に肌が綺麗ですよね」
「そうでしょうか? マシロさんたちみたいに若くないですから、見劣りしてしまうと思いますけど」
うちの家族は全員まだ若いし肌もきれいだけど、ケーナさんもそれに負けないほど張りと艶がある。何も知らない人が見ると、六歳の子供がいる母親だとは気づかないんじゃないだろうか。
「この温泉だとちょっとわかりにくいですけど、腕をお湯から出してもらっていいですか?」
「こうでしょうか……」
「そうやって水が珠のように滑り落ちるのは、きめ細かくて健康な肌なんですよ」
「マシロお姉ちゃん、私もおんなじだよ」
「リコちゃんの肌もすごく綺麗だね」
「ねぇねぇリュウセイ君、私も見てちょうだい」
「ヴィオレは全身が水を弾いてるな」
「われもまだまだマシロやソラには負けんのじゃ」
「五百歳越えてその肌ツヤ、ちょっとずるい」
みんなが集まってきて、周りで肌自慢大会が始まっている。エコォウも試しにお湯から出てもらったが、ヴィオレと変わらない肌質だった。自宅のお風呂だと気にしたことなかったけど、見た目は壮年なのに凄いな妖精王。
◇◆◇
「とーさん、お湯にうかぶのきもちいいよー」
「頭をぶつけないように気をつけるんだぞ」
『わたくしが見ておりますから、安心なさいませ』
広さも十分あり、奥の方には水深のある部分が広がっているので、ライムやソラは背浮きで湯船を漂っている。モジュレの水流操作で誰にもぶつかる心配がなく、体中に付着する泡の浮力で安定して浮いていられるようだ。
さすがにバタ足やクロールは禁止しているが、こんなに贅沢な使い方は貸切温泉でしか味わえない。
「リュウセイお兄ちゃん、私にもおしえて」
「浮かぶだけならすぐ出来るようになるから、やってみるか」
「ゆめの中だとちゃんと泳げなかったから、がんばるね!」
まだ心が目覚めてなかった時に海に行った時は、抱っこして水の中に入っただけだし、この機会に浮かぶ感覚を身につけてもらおう。
みんなに教えた時のように、全身の力を抜いて顎を引きすぎない姿勢で、手足を大きく伸ばしてもらうと、すぐ浮かぶコツをマスターした。まだ六歳という地球でいえば小学生に相当する年齢だけあって、色々なことを短期間で吸収する力は、目を見張るものがある。
「リコおねーちゃんも、じょうずだね」
「リュウセイお兄ちゃんおしえ方が、じょうずなんだよ」
「リコは飲み込みが早いから、俺も教えがいがあるよ」
こうやって自分の教えを受けて成長していく姿を見るのは、やはり嬉しい。
まったく、この年頃の子供は最高だ。
show you guts cool say what 最高だぜ!
(歌詞の引用なので、本文にこのルビを振るのは自重しました(笑))




