第19話 お兄ちゃん成分
本日二話目の更新です。
今回も途中から第三者(神の)視点へ切り替わります。
今日の依頼も無事終了して、ライムを肩車しながら冒険者ギルドへと向かって歩く。今日の依頼は荷運びだったが、何でもかんでも一度の収納で終わらせてしまわず、何度かに分けつつある程度は自分で持つようにしている。筋力や体力を衰えさせないという理由もあるし、ライムの仲間を探すという目的がある以上、この街でずっと暮らしていくわけにはいかないから、個人の持つ能力に頼りすぎる体制を作ってしまうのはマズイと考えているからだ。
それに、一生懸命仕事を手伝ってくれるライムと一緒に荷物を運ぶのは、とても楽しい。移動速度が少し犠牲になってしまうが、それは収納の容量でカバーして移動回数を減らせるので、無理をしないで済む分かえって捗ると依頼主に言ってもらえるのがうれしい。
「とーさん、道が赤くなってる」
「これは誰か大きな怪我をしてしまったのかもしれないな」
そろそろギルドの建物が見えてくる場所まで来て、ライムが道を染めている血痕を発見した。それはギルドの方角に続いていて、赤く引きずったような跡もついている。通行人は誰も気にすること無く歩いているが、魔物と戦って糧を得るということが日常だからか、この世界に住む人は大怪我をした人を見ても動揺することは少ない。身内が怪我をしたら当然焦ってしまうが、他の人は冷静に手伝ったり処置してくれようとする。
「だいじょうぶかな?」
「ギルドには真白がいるし、余程のことがなかったら大丈夫だと思うが……」
それより、そんな怪我を見て真白が気分を悪くしたり、うまく魔法を使えなかったりする方が心配だ。この世界に来てから、俺も血や怪我に対する耐性が上がってる気がするが、真白も同じとは限らない。
「ライム、むりしないでって言ったのに……」
「ライムに言われた人たちは、絶対そんな事しないと思うぞ」
「きっと、かーさんが何とかしてくれるよね?」
「真白も途中で投げ出したりする子じゃないから、絶対に頑張ってるはずだ」
少し足早にギルドへと歩き扉をくぐるが、血痕は奥の部屋の方に向かって伸びていて、ちょうど職員の人が掃除をしているところだった。
「お帰りなさい、リュウセイさん、ライムちゃん」
「これが依頼主から預かってきた伝票だ」
「はい、受理いたします。今日もお疲れさまでした」
「ここに来るまで、ずっと血の跡が続いていたが、誰か大きな怪我をしたのか?」
「えっと……男女二人のパーティーなのですが、女性の方が魔物の不意打ちを受けたそうで」
「だいじょうぶなの?」
「マシロさんが治療をしてくれたので無事らしいですよ」
「そうか、良かった」
「さすが、かーさんだね」
朝ここに来た時には男女二人組のパーティーはいなかったので、ライムの注意を無視したという可能性は低いだろう。受付嬢に頭を撫でてもらってるライムもホッとした表情なので、詳しい話は真白が戻ってきてから聞いてみよう。
◇◆◇
「お兄ちゃん、ライムちゃん、お待たせ」
「お疲れさま、真白」
「かーさん、おつかれさま」
今日の依頼を終えて、完了手続きを済ませてきた真白が、笑顔でこちらに駆け寄ってくる。この様子を見る限り、大怪我を見て精神的ダメージは受けてないようで安心した。
「ん~、ライムちゃんを抱っこすると、今日の疲れが取れるようだよ」
「だいぶ頑張ったみたいだな」
「かーさんすごいって、みんな言ってた」
「いっぱい頑張れたのは、ライムちゃんのおかげだよ」
ライムに頬ずりしている真白の顔は、いつもより少し元気がない。本人もそれなりの覚悟で望んだこととはいえ、やはり医療の現場は15歳の少女にとって負担が大きかったのだろう。
「お兄ちゃん成分も補給ーっ!」
「今日は真白のやりたいことを何でも聞いてやるから、宿屋でゆっくりしよう」
「ホント!? じゃぁ、今夜は一緒に体を拭こうね」
「……すまん、それだけは勘弁してくれ」
「冗談だよ、冗談。でもいっぱい甘えさせてね」
「あぁ、いくらくっついてきても構わないぞ」
片方の手で抱きついてきた真白の頭を撫でてそう言うと、そのまま俺の腕を取ってピッタリ寄り添ってくる。少しでも穏やかな時間が過ごせるように、今日は思う存分甘えさせてやろう。
―――――*―――――*―――――
三人が出て行った後、甘い空気にあてられた冒険者たちは、少しゲッソリとしていた。
「仲がいいよな、あの三人」
「リュウセイとマシロちゃんは、ホントに兄妹なのか?」
「俺には夫婦にしか見えねぇ」
「あの若さで長年連れ添った夫婦みたいな雰囲気を出しとるし、ずっと一緒に育ってきたのは間違いないだろ」
少し年配の冒険者が言ったとおり、龍青と真白の間にはそれだけの時間を感じさせる程強い繋がりがあるというのは、見る人が見ればわかる。
「あたいは、あの三人の関係に憧れるね」
「お前がそんな事を言うなんて珍しいな」
女性にしては体格のいい戦士然とした人物が、三人が出ていった方角を見ながら、そう言葉を漏らす。
「もしあんた達が違う世界に突然飛ばされて、他種族の子供の父親として生活しないといけない、なんて状況になったらどうなる?」
「自分のことで精一杯になって、ちょっと無理かもしれない」
「俺も同じだ」
「ライムちゃんみたいな子なら出来そうな気もするが、あそこまで懐かれる自信はないな」
「それをリュウセイはやってのけてる。しかも、この世界に来たばかりのマシロも、あれだけ懐かれてしっかり母親してる。子供ってのは意外に敏感だから、二人の仲が相当いいのを感じて、夫婦のように認識してるんだろうさ」
女性冒険者の言葉に、周りにいた男性たちも納得顔になる。龍青に関してはライムが初めて出会った人間ということで理解できなくもないが、突然現れた15歳の少女を母親として受け入れるのは抵抗もあるだろう。それをすんなり認められたのは、龍青と真白が今まで培ってきた関係のおかげだ。
「あたいにも兄がいるが、かなりの無神経男だったからね、リュウセイみたいな兄さんが欲しかったよ」
「リュウセイ君って結構気遣いができる子だよね」
「ここに出入りする時も、マシロちゃんのために扉を開けてたし、優しい子なんだって思ったよ」
「二人が一緒にいる所を見たけど、彼はずっと車道側を歩いてくれてたし、紳士的だなって感じちゃった」
「私は迷子の子供に優しくしてたり、お母さんを探そうとしてるのを見たよ」
ライムや真白がいると話題はその二人に集中してしまうが、三人がいない時はこうして龍青もよく話のネタにされていたのだった。
○○○
真白のサポートをしてくれていた男性職員が、ギルド内にある事務所に戻ってくる。今日はなぜか小さな怪我をしてくる冒険者が多く、もうひとり治療を担当していた年配の女性は、早々にマナ切れをおこしてしまった。他にも治療を担当してくれる男がいるが、彼は時々体を鍛えに行くと言って数日留守にしてしまうので、今日は休みだ。おかげで成人になったばかりの少女に負担をかけてしまったが、初めての経験にも関わらず彼女は依頼をやり遂げてみせた。
治癒魔法は他人を癒したいというイメージが大切で、最初のうちは加減を間違えてやりすぎたり、逆に治しきれなかったりするが、真白は一度も失敗すること無く全員を治療してしまった。それは元の世界でゲームをやっていた経験と、そこで回復職を好んで使っていたという事情があるが、そんな事をこの担当者は知らない。
「お疲れさん、今日は大変だったな」
「あぁ、マシロがいなかったら、女性冒険者もあそこまで綺麗に治ってなかっただろう」
「俺はてっきり治療院に移送すると思ってたよ」
「俺もそうするつもりだったんだが、マシロがやると言い出してな」
「かなりひどい怪我だったんだろ?」
「致命傷になるほど深くはなかったが、四つの爪痕が肩から腰まで伸びてる、治療の難易度がとても高い傷だ」
単純な切り傷ならともかく、複数の傷が並んでいると治療の難易度は一気に高くなる。今日の怪我はそれが四本同時に付いているため、ベテランの治癒師でも傷跡を残しかねないものだった。
「兄の収納も、容量が大きくて重宝されてるって評判だが、妹も凄いな」
「さすが流れ人ってところか」
「でも、リュウセイ君やマシロちゃんのいた所って、魔法なんて無かったらしいわよ」
「ほとんど素人の女の子が、そんな治療してしまうなんて凄いわね」
「しかも二十人近く治療を終えた後に、あの大怪我を治してしまったからな」
「マナの量も相当多いってことか」
「帰る時はさすがに疲れた顔をしてたが、マナ切れを起こした様子は感じられなかった」
事務所にいた数人の職員は、この世界に二人も現れた流れ人の話題で盛り上がっている。特に真白の活躍は職員の間にも広く伝わっていて、期待の新人として注目されていた。それに、彼女の容姿と人当たりの良さは治療を受けた冒険者にも好評で、それが更に真白の評価を上げる結果をもたらす事になった。
こうして龍青と真白、それに娘であるライムは、この街の人達に受け入れられていくのだった。
―――――*―――――*―――――
宿屋に戻って夕食を食べ、体を綺麗にした後にベッドの上で、まったりとした時間を過ごす。今日はヘッドボードにもたれかかった俺の足の間に真白が座り、真白の膝の上にライムが座っている。
「ちょっと窮屈じゃないか?」
「大丈夫だよ、今とっても幸せな気分を味わってるから」
「ライムも、かーさんのお膝の上、すき」
真白に髪をとかしてもらってるライムは凄く気持ちよさそうで、こういった事はやはり女性には敵わないと思ってしまう。そして俺は真白の髪をとかしているが、ストレートヘアのライムと違って、先端の方にかけてふんわりと軽くクセのついてる髪型なので、それを崩してしまいそうで不安になる。
「俺は適当にやってるが、変な髪型にしてしまったりしないか?」
「この髪は自然にそんな風になるから問題ないよ」
「かーさんの髪、フワフワでとっても可愛い」
「ライムちゃんも細くて真っ直ぐな髪で、とってもきれいだね」
「二人ともすごく綺麗な髪の毛だから、触ると気持ちがいいよ」
「ライム、とーさんの髪もすき」
「お兄ちゃんは水泳やってたから短くしてるけど、伸ばした姿も見てみたいなぁ」
「寝癖が付きやすい髪質だから、あまり伸ばしたくないな」
妹の髪をこうしてとかすのは、小学校の時以来だろうか。その頃は真白の髪もまだ短かったから適当にやっても大丈夫だったが、中学に入ってから伸ばすようになったので、いつの間にかやらなくなってしまった。
「お兄ちゃんにこうして髪の毛をとかしてもらうのって久しぶりだけど、やっぱりすごく気持ちがいいね」
「今日は甘えたいって言ってたけど、こんな事でいいのか?」
「お兄ちゃんに抱きしめられるように座って、優しく髪の毛を触ってもらえるなんて、幸せが振り切れそうだよ」
「とーさんとかーさんが仲良くしてると、ライムも幸せになる」
ちょっとささやかすぎる幸せかもしれないが、こうして喜んでもらえるなら、これからも時々やってあげよう。それに、こうしたスキンシップを増やしていくと、家族の絆がもっと深まる気がする。
今日は結婚を控えた冒険者カップルの一人が大怪我をして大変だったみたいだし、真白はよく頑張ったと思う。あと、以前から感じていた、怪我や出血に対する耐性も、この世界の基準に合わせて変化してることもわかった。加えて、竜人族のマナ回復速度がとても優れていることも判明し、真白の力になれたライムがとても喜んでいた。
気持ちだけでなく、マナ同士でも繋がるきっかけになった真白には、とても感謝している。こうして頑張っている妹の力になれるように、俺も気合を入れてやっていこう。




