第201話 ポーニャ
本作品と前作「魔操言語マイスター」の2作品が、第8回ネット小説大賞の一次選考を通過してました。
このコンテストに応募したのは昨年に続き2回目ですが、複数選ばれたというのは嬉しいです(≧∇≦)b
こうやって、思わず顔文字が出てしまうくらい(笑)
読んでいただいている方に、少しでも楽しんでいただけるよう、これからも執筆を続けていきます。
◇◆◇
今回はいよいよ本の著者が判明します。
カリン王女が王城の聖域を守っている霊獣に、ミルクという名前ををつけてあげた。この世界で売っているミルクも真っ白なので、とてもいい名前だと思う。
霊獣本人も気に入ったのか、カリン王女にべったり懐いている。王子や王妃だけでなくコンガーですら優しい眼差しで見つめるくらい、その様子は可愛くて癒やされる光景だ。
「ポーニャに聞きたいことがあるんだけど構わないか?」
「うん……いいよ、本の事……だよ……ね」
「どんな人と一緒に妖精語の本を作ったのか、教えて欲しいのよ」
「えっと……ね、すごく……変わった人だった……の」
事情を知らない王子たちに簡単に経緯を説明すると、カリン王女がキラキラとした目でこちらに近寄ってきた。まだ幼いとはいえ、ロマンスを感じる話題に食いついてくるのは、さすが女の子だな。
その頃はまだ本という物自体が希少で、それを好む妖精の数も少ない時代だった。その中から女王に選ばれたポーニャは、静かで落ち着ける場所を探して各地を放浪していたそうだ。
この国が統一国家になる前は、土地を収める領主が各地に存在していた。ポーニャは一時期、ある地方領主の家に身を寄せることになる。その街の領主は書物を読み漁り、様々な知識や考え方を学ぶ事に生涯を費やす人だった。
そして、誰もが幸せになれるような国を作るにはどうすればいいか、そんな思想や心構えを書物として書き残していたらしい。
「その人……喋れなかった、だから……近くにいても……怖くなかった」
「……どうやって、おはなししたの?」
「伝えたいこと……紙に書いて……くれた。それを妖精語で……話したこと……あって、それを聞いた彼……教えて欲しいって」
「それであの本ができたのか」
「変わった字の書き方……して、ちょっと面白……かった」
「文字の大きさや線の太さで、私たちの言葉を表現しようとしていたものね」
確かに妖精の発音で書かれた方は、漫画の効果音みたいな文字になってる部分がある。かなり工夫して妖精の言葉を残そうとしたんだろう。
「話に割り込んですまない、もしかしてその本を書いた人物は、アコーデという名前だったのではないかな?」
「うん……そう、知ってる……人?」
「今の王国を樹立する際に、彼が説いた教えを参考にしているんだ。図書館に置かれているのは写本だが、原本が王宮にあるから、文字の特徴とかを見てもらえないか」
サンザ王子が手を叩くと、侍女の一人が走り寄ってきた。その人に本を持ってくるように伝えているけど、そんな貴重なものを持ち出してもいいんだろうか。
「音集言語から国に繋がる話、予想外の展開」
「彼の著書は全て読んだつもりだったけど、他にも遺した本があるとは思わなかった……」
「片方は特殊な書き方じゃったし、もう片方は資料価値がないと閉架書庫にしまわれとったくらいじゃ、気づかぬのも無理はないのじゃ」
「よく対になる本を探し出せたね」
「お兄ちゃんが図書館で知り合った、王立考古学研究所に勤めるシエナ主席研究員に、本の存在を教えてもらったんです」
「そうだった、その事でポーニャにお礼を言いたかったんだ」
「私……なにか、……した?」
「ポーニャとアコーデが本を作ってくれたおかげで、シエナさんと一緒に遺跡の調査へ行けることになったんだ。それがきっかけでライムの出自が判明したり、かけがえのない出会いにも繋がった。本当にありがとう」
「なにかの役に立ったなら……うれしい」
あの時ポーニャの名前が出なければ、シエナさんが家に来ることはなかっただろう。そして彼女から話を持ちかけてくれたから、竜神殿の遺跡へスムーズに行くことが出来ている。
もちろんこうして禁書庫の掃除にも参加しなかっただろうし、王子や王妃それにカリン王女にも出会えなかった。思い返せばここ最近の出会いや出来事は、全てポーニャが起点になっているといっても過言ではない。
みんなから口々にお礼を言われたポーニャは、顔を真っ赤にしてカリン王女の方へ飛んでいき、頭の後ろに隠れてしまった。
そんなやり取りをしていた時、本を持った侍女が戻ってきたので中を見せてもらう。本の内容は難しい言い回しが多く、ちょっと目を通したくらいでは読み解けない。
しかし力強い筆跡で書かれた文字には見覚えがあった。
「前にとしょかんでみた本と、おなじ字だね」
「この角張った感じの文字は、同じ人物が書いたと考えていいんじゃないでしょうか」
ライムやコールもひと目で共通点に気づいているし、間違いなく同一人物が書いたものだろう。
「ポーニャは彼とその後どうしたのだ? ヴィオレとリュウセイのように一緒に暮らしたのか?」
「あの人……いつの間にか、……いなくなった。しばらくして……本もどこかに運ばれたから、……私も家を……出たの」
「アコーデ氏は晩年、持病が悪化して治療院で暮らしていたそうだ。最後はそこで息を引き取ったと言われているよ」
「そう……だった、……の」
「……ポーニャ、かなしい?」
「わからない……けど、……なにか欠けた気が……する」
「……わたしがそれ、うめてあげる。
……だからげんき、だして」
「うん……ありがとう、……カリン」
カリン王女は頭の上から飛んできたポーニャをそっと胸に抱き寄せ、慈しむような手付きで頭を撫でている。その姿はとても神々しく、まるで聖母のように大きく包み込む存在感があった。こうした資質は、やはり王族といったところだろうか……
胸元に飛んできたヴィオレを同じように抱き寄せて頭をそっと撫でながら、俺も将来のことをしっかり考えて付き合っていこう、そんな風に決意を固めた。
◇◆◇
ちょっとしんみりしてしまった空気を洗い流そうと、カリン王女にも猫じゃらしを使った遊びを教えてあげることにした。
「……ミルク、こんどはこっち」
「みゃうっ!」
「何だそれ面白そうだな、俺も体がウズウズしてくるぞ」
「コンガーもやってみるか?」
「いいのかっ!?」
「クリムとアズルもこれで遊ぶのが大好きだから、きっと獣人族の本能を刺激するんだろう」
コンガーだけでなく、近くで警備をしている猫科っぽい獣人たちの視線も釘付けだ。収納からありったけの猫じゃらしを取り出し、ライムやソラたちにも渡していく。ちょっとした猫じゃらし大会になってしまったな。
「マラクスも守護獣を出したらどうだ、猫なら好きなんじゃないのか?」
「宜しいのですか、サンザ王子」
「君の守護獣もカリンに見せてやってくれ」
「わかりました」
《来なさい、ネロ》
「なぁーぅ」
「……くろい、ねこさん」
「なぁー」
「この子は僕の守護獣でネロといいます、宜しければ一緒に遊んであげて下さい」
「……ネロ、こっちきて」
「なぅっ!」
「あらら……まさかリュウセイ君以外に、ネロちゃんを触れる人がいるなんて、びっくりね」
「こうして妖精や霊獣にも好かれてらっしゃいますし、リュウセイ殿と似た特別な資質をお持ちなのかもしれません」
カリン王女に呼ばれたネロが近寄っていき、差し出された手にスリスリと顔を擦り付けている。さすがにこの光景は、ヴァイオリさんのポーカーフェイスを少し崩すほどの衝撃を与えたようだ。
「旦那様と同じ、やさしくて大きなお心を、お持ちだと思うのです」
「お近くで確かめてみたいですよ」
「……いいよ、くる?」
「お言葉に甘えさせていただくのです」
「少しだけ失礼しますですよ」
人化を解いて小さくなったイコとライザが、空を飛んでカリン王女に近づいていく。それを見た彼女は少し驚いた顔になっていた。
人が突然妖精サイズになったら無理もないと思うけど、目を大きく見開いている姿はかなり可愛い。
「……ようせいさん、またふえた」
「私たちは家の妖精なのです」
「あちらにいる旦那様の家で、お世話になっているですよ」
「……お兄ちゃん、いろいろなしゅぞくの、おうさまみたい」
「ここにいるみんなは順番とかなくて、みんな家族で仲良しなんだよ」
「……わたしも、いろいろなしゅぞくと、なかよくなりたい」
「カリン王女様もポーニャさんやミルクちゃん、それからネロちゃんにまで好かれていますから、お兄ちゃんと同じように仲良くなれますよ」
「私たち……お友達」
「みゃみゃーう」
「なぅー」
「キュィー」
「ピピー」
バニラやヴェルデも、カリン王女の近くに移動して鳴き声を上げた。霊獣や守護獣や妖精に囲まれ、頭を撫でたり膝の上に乗せたりしている彼女は、とても幸せそうな笑顔だ。
王子と王妃も優しげな表情でこの光景を見守っているので、今日の出会いはとても良い結果をもたらしたんだと思う。
◇◆◇
あの後しばらく猫じゃらしで遊び、カリン王女が疲れて眠ってしまったタイミングで、サンザ王子たちは王城へ戻っていった。
コンガーは三人の護衛を終わらせたあと、幸せそうな顔をして警備任務に復帰している。カリン王女に猫じゃらしで遊んでもらえたのが、かなり嬉しかったようだ。
「二人とも、カリン王女の近くはどうだった?」
「旦那様とは少し違うですが、近くにいると気持ちが軽くなるのです」
「旦那様が大きくて落ち着く感じ、カリン様は清楚で爽やかな感じですよ」
「居心地がいいのは変わらないけど、種類が違うってことか」
あの子は仕草や笑顔、それに喋り方も含めて全てが可愛いので、俺とは違う雰囲気をまとっていて当然だろう。それだけ違っていても霊獣や守護獣、それに妖精も惹きつけるというのは不思議な共通点といっていい。
「そんな彼女に気に入られたリュウセイ君は、もっと凄いんだよ」
「あの御方が他人の膝に座るなど、考えられませんので」
「お母様とヴァイオリの言うとおりだよ、しかもそのまま寝てしまったんだからね」
「あれは俺も驚いたよ……」
まさか膝に座りたいなんて言われるとは思ってなかった。王子や王妃は問題ないと言ってくれたけど、王族に対して不敬に当たらないかドキドキしたのは秘密だ。
「お兄ちゃんの膝で眠っちゃったカリン王女様、すごく可愛かったなぁ」
「カリン王女、その存在全て可愛い」
「あの可愛さは反則だよねー」
「思わずお持ち帰りしたくなりました」
さすがに王族を連れて帰ったら大問題になるからな、アズル。
正直に言うと、俺もちょっとその考えが頭をよぎったが……
「人見知りの幼子がああして眠ってしまえるのは、二人が持っとる共通点の影響かもしれんのじゃ」
「ポーニャもすっかり懐いてしまったものね」
「妖精と心通わせるものが更に増えるとは、私も驚いたよ」
「ミルクちゃんとも仲良くなったし、カリンおねーちゃんも、とーさんと同じくらいすごいね」
本の妖精が近くにいると、書物が傷みにくくなるという効果がある。ポーニャはどちらも大切にしたいらしく、禁書庫とカリン王女の近くを行き来するみたいだ。
王城にある聖域がどこまでの部分を支配してるかわからないけど、ミルクはずっと近くに居そうな気もする。
なにはともあれ、王族と一緒に食事をしたり、話ができたのは貴重な体験だった。残りの作業もしっかり終わらせて、家へ帰ることにしよう。
次回はまるまる一話、別視点でお送りします。
そのあとに、資料集や人物一覧を更新する予定です。




