第200話 カリン王女
キリ番になる200話をお送りします。
思えば遠くへ来たもんだ。
非常事態宣言が発令され、一部都道府県にお住まいの方は、不便な生活を強いられていると思います。こんな時こそ様々なコンテンツに触れる絶好の機会だと、ポジティブ思考で乗り切りたいですね。
緩い気持ちで読み進められる(と執筆者は思ってる)、当作品もよろしくお願いします。
そろそろお昼にしようかという時間になったとき、コンガーがサンザ王子とラメラ王妃、それに娘のカリン王女を連れてやって来た。彼の首元には重なり合った契約印が浮かび上がっていて、同時に二人と主従契約をするという、世界初になるだろう快挙にみんなが驚く。
サンザ王子はその容姿と爽やかな人当たりで、庶民からも人気が高いらしい。この世界が呼び込んだ流れ人とその家族だから、普通に接してくれればいいとイケメンスマイルを浮かべている。
まだ道半ばだと言っていたが、開かれた王室というのを目指しており、なるべく身分の違いを意識させないよう気をつけているそうだ。
「……ようせいさん?」
「私は花の妖精でヴィオレというの、よろしくね」
「……よろしく、ヴィオレ」
「私を見てもあまり驚かないけれど、他の妖精に会ったことあるのかしら?」
「……おにわで、ときどきみるよ」
「あらあら、それは凄いわね。見かけたら仲良くしてあげてね」
「……わかった」
「そうだわ、あと二人いるから紹介してあげる」
真白と一緒にお弁当の準備をしていたヴィオレが俺の方に飛んでくると、バニラや白猫を撫でていたカリン王女が話しかけてくれた。しかし、妖精を見たことがあるというのは凄いな。この子には他人の警戒心を解くような力があるのかもしれない。
「皆に紹介しよう、この子が本の妖精女王ポーニャだ」
「あの……ポーニャ、……っていいます、……はぅっ(///)」
「リュウセイ君の近くにいると落ち着くから、一緒に行きましょ」
「わっ……わかっ、……た」
ポーニャは毛先に向かって黒から緑になっていくグラデーションで、長さは顎のあたりまであるセミショートの妖精だった。女王の資質があるというだけあって、厚手の服の上からでも判るまろやかさは、ヴィオレを越えているかもしれない。
背中には細長いひし形の羽が二対生えていて、上の方が長く下は小ぶりだ。みんなの視線が集まって恥ずかしいらしく、顔を真っ赤にして俺の頭の上に飛んできた。
「……ようせいさん、ふえた」
「こっちの男の人は妖精の王様で、名前はエコォウというんだ」
「……おうさまって、おじい様とおなじ?」
「人の王とは少し違うが、種族を統べる存在なのは同じだな」
「……ようせいさんの、いちばんえらいひとと、おはなしできてうれしい」
「私も、この国の王女と話すことが出来て嬉しいぞ」
何というか、カリン王女が近くにいると、すごくゆったりした時間が流れる。それに一拍置いてから話す姿が、とても可愛い。
小さな声でとぎれとぎれ話すポーニャと、舌っ足らずな甘い声で話すカリン王女がいると、それだけで癒やされる気がする。
「……ポーニャ、いつもどこに、いるの?」
「ポーニャは昔から恥ずかしがり屋でな、今は王城内の静かな建物に棲んでいる、仲良くしてやってくれ」
「人が多い場所……苦手で……、本のいっぱいある……倉庫でくらして……ます」
「……ポーニャ、ひといっぱいこわい、わたしとおなじ」
「見られると……緊張して……、うまく話せなくなる……の」
「……わたしも、はなせなくなるから、いつも母上さまに、たすけてもらうよ」
「この気持……わかってくれる人……、いるなんて……すごく嬉しい……です」
「……ポーニャはわたしが、たすけてあげる。こっちくる?」
「あの……、行ってみたい……です」
俺から離れたポーニャがカリン王女の頭に移動して、隠れるようにすがりついた。まだ幼いにもかかわらず、こうやって弱いものに手を差し伸べようとするのは、王族の血と王家で育ってきた環境のせいだろうか。人の上に立つ地位を持つ者として、とても良いことなんじゃないかと思う。
「……わたしのあたま、どう?」
「リュウセイさんと……同じくらい……、落ち着き……ます」
「……お兄ちゃんといっしょ、うれしい」
「近くに友達ができてよかったな、ポーニャ」
「はい……エコォウ様に……、連れてきてもらって……良かった」
カリン王女とポーニャを見ていると、何かの感情が心の中から湧き上がってくる。この気持をなんと表現したらいいんだろうか……
高揚して何かを叫びたいのに、そんな無粋なことは許さないという、相反する意志がせめぎ合う。この二人をそばでずっと見守っていきたいという気持ちは、お気に入りの登場人物が出てくる物語や漫画を読んだ時と同じだった。
そこまで思考を巡らせてやっと理解した、これは萌えという感情だ。
そうとしか考えられない。
「そろそろお昼にしましょうか」
「かーさん、お腹すいた」
「そうだった、せっかくみんな揃ったんだし、お昼を食べよう」
「手でつかむ食事なので、王家の方には少し抵抗があるかもしれませんが、召し上がってください」
「公務で忙しい時に机の上で食べ物をつまんだり、移動中に馬車の中で食べることも多いから、気にしなくても大丈夫だよ」
サンザ王子もそう言ってくれたので、サンドイッチでも問題なさそうだ。きれいなオシボリをみんなに配って手を拭いてもらい、レジャーシートの上に輪になって座る。
普段から高級な食事を口にしているだろう王族の人が、真白の料理をどう評価してくれるのか楽しみだ。
◇◆◇
お弁当箱の中には色とりどりのサンドイッチが並び、ライムの大好きなメンチカツサンドもある。マヨネーズが作れるようになってから、食材のバリエーションが大幅に増えたので、なんど食べても飽きがこない。
やはりマヨネーズというのは偉大な発明だ、マヨラーという存在を生み出す理由が良くわかる。
「……父上さま、母上さま、すごくおいしいです」
「パンに具を挟んだ軽食かと思っていたけど、これは一つの料理として完成されているね」
「卵がこんなに美味くなるなんて驚きました、それにパンと魚の相性がこれほど良いなんて……」
「やっぱりマシロの料理は最高だな、こんなの食べたことないぞ」
「つい最近ヴォーセの街に行ったんですが、そこにあった“金と銀の卵亭”ってお店で、新しいソースの作り方を教えてもらったんです」
「新鮮な卵を使わないと作れないソースなんだ、それにちょっと時間もかかる」
「料理長なら何か知ってるかもしれない、戻ったら聞いてみよう」
「あの子たちにも食べさせてあげたいんだけど、少しいただいても構わない?」
「はい、まだ収納している分がありますから、いくらでも持っていってあげて下さい」
ラメラ王妃の視線の先には、回廊の柱に隠れてこちらを伺っている、数人の女性がいた。誰も何も言わないので気にしないようにしていたが、彼女たちは王子家族の側付き侍女らしい。
国の重要人物である三人が何か変なものを口にしていないか、ハラハラしながら見守っていたみたいだ。
立場上相席は出来ないので、王妃が呼び寄せてサンドイッチの入った箱を渡していた。
「似たような料理はこの国にもあるけど、マシロちゃんが作ると全く別のものに仕上がるのが凄いわぁ」
「衣をつけて揚げたお肉が挟まれたものは、当家の隠密たちが喜びそうです」
「これはお弁当じゃなくて、普段の食事にしてしまっても良いくらいだね」
「これを一口大に切ってから細い棒を刺してお皿に並べると、パーティーでも出せるような軽食になるので、良かったら試してみて下さい」
真白は持ち上げてもこぼれない具の作り方や、挟む量を少なめにして二段や三段重ねにする方法を教えている。サンドイッチは割と自由な料理だから、王城やシェイキアさんの家で腕をふるっている人たちが、どんなアレンジをするのかちょっと楽しみだ。
◇◆◇
午前中に本は全て並べ終えているので、虫干しが終わるまでもう少し時間がある。ここの霊獣と交わした約束を果たすことにしよう。
収納から日用雑貨の入った袋を取り出し、柔らかめのブラシをチョイスする。
「前に約束したブラッシングをするよ、こっちに来てくれるか」
「みゃん!」
「……お兄ちゃん、なにするの?」
「このブラシで白い猫の毛を整えてあげるんだ、一緒にやってみるか?」
「……うん、やりたい」
俺の前にカリン王女が座り、もう一つ取り出したブラシで優しく毛を整えていく。バニラと同じように真っ白の毛は、サラサラしていて手触りがいい。
「カリンおねーちゃん、じょうずだね」
「……ほんとう?」
「猫がこんな顔するのは、すごく気持ちいい時なんだよー」
「ご主人さまにブラッシングされている時のネロさんと同じです」
「みゃぁぁぁぁぁーん」
カリン王女は力加減が上手なうえ、ブラシの動かし方がやさしくて丁寧だ。白猫の体もどんどん伸びているので、かなり気持ちがいいんだろう。
「……このねこさん、なまえないの?」
「バニラは一緒に住んでるから名前をつけてあげたけど、この子に名前はないんだ」
「……かわいそう」
「この霊獣はここに住んでいるのだし、カリンちゃんがつけてあげればいいんじゃないかしら」
「それ……すごくいいと……思う。きっと喜んで……くれる」
「……なまえ、つけてもいい?」
「みゃぁーん!」
白猫は元気に鳴き声を上げて、カリン王女の手をペロペロと舐めた。これは間違いなく名前を望んでいるんだろう。
「……じゃぁ、ミルク」
「みゃみゃみゃん」
「ミルクちゃん、すごく喜んでいるのです」
「とても嬉しそうですよ」
「白くて可愛くて、よく似合ってると思います」
「ピピィー」
白猫改めミルクは、立ち上がってカリン王女に体を擦り付けて甘えている。しかし、こうやって霊獣に懐かれたり、ポーニャが頭の上から離れないのは、俺に近い何かを持っているのかもしれない。
その正体はわからないけど、きっと彼女の将来に役立つはずだ。
この世界にいきなり飛ばされた俺自身が、こうやっていい出会いに恵まれて幸せに暮らせている。同じことがこの子に起きたとしても、何も不思議じゃない。
カリン王女の頭の上にいるポーニャもこの場の雰囲気に慣れてきたのか、身を乗り出すようにしてミルクのことを見ている。折角だし、このまま本を書いた人のことを聞いてみよう。
次回はいよいよ妖精語の本を執筆した人物の話です。
果たしてどんな人だったのか、ご期待下さい!




