第199話 新しい歴史
禁書庫にあった蔵書を棚ごと全て収納し、護衛の兵士に守られながら霊木のある中庭までやってきた。
「キュィッ!」
「ピピィー!」
「バニラちゃん、ヴェルデちゃん、お昼になったらよびにいくね」
ライムの腕から飛び出したバニラと、俺の頭から飛び立ったヴェルデが、霊木の方に移動していく。この場所を守る霊獣と知り合えたら、後で紹介してもらおう。
本を虫干しにする場所は横長な体育館のように大きな建物で、中には一段高くなったステージもある。そこで楽団が音楽を奏で、ホールでダンスや立食会をするそうだ。
いくつもある大きな扉は全て開放され、中には机が整然と並べられていた。まずは壁際に収納した本棚を置いて、机の上に一冊づつ立てて風を通していく。
ここまでくれば後は流れ作業なので、机の上は次々と本で埋まっていった。
「神代文字の本、結構多い」
「なんの本なのー?」
「禁書というくらいですから、危ない内容ですよね?」
「多いの錬金術関係、あと呪術とかもある」
「錬金術はまだしも、呪術はちょっと嫌ですね」
「人工生命体、人が手を出すのダメ。悪魔召喚や呪い、もっての外」
ソラやコールたちが整理している辺りは、何やらヤバそうな本が置かれているみたいだ。この世界でもホムンクルスみたいな研究が、されていたということだろうか。
ゲームに出てくるその手の人工生命体はアシスタント的で可愛いけど、七つの大罪を背負ってたり人を襲ったりするのは嫌だ。
「前史エルフ語で書かれた本も少しあるのじゃ」
「あっ、スファレちゃんって、それ読めるんだった」
「お母様は読めなかったですよね?」
「私のいた里で読めるのは長老たちとスファレちゃんの家族、それにあと一人か二人くらいじゃないかな」
「ここにあるのは、他種族への差別を助長するような本じゃ、こんな物は世に出回らん方が良いのじゃ」
スファレやシェイキアさんたちが整理している棚には、他の種族を人とは認めないような選民思想的なものが置かれているっぽい。エルフ族や竜人族の一部には若干そんな傾向があるけど、この世界の人たちは概ねどの種族も仲良く暮らしている。今の時代に、そんな本は必要ないな。
「さすがシェイキア様の家に仕える使用人だ」
「知識や能力は国の最高位と変わらないかもしれない」
「高難度のダンジョンに行くには、シェイキア様の家で働く使用人を超える力が必要だと、冒険者の間で有名になっているぞ」
「冒険者ギルドでも戦闘訓練をする教官用に、制服を導入すると予算申請があった」
「あの近衛隊長が手も足も出なかったという噂だからな」
「「「「「……世界最強集団」」」」」
なにか聞き捨てならないことが耳に入った気がするけど、詳細は伝わっていないようなのでそっとしておこう。冒険者ギルドにはトロボさんがいるし、執事服やメイド服なんかにはならないはずだ。
……多分。
「わざわざ送っていただいて、ありがとうございましたなのです」
「お手数おかけいたしましたですよ」
「いえ! こちらこそ大変お世話になりました」
「いつでも訪ねてきてください、我々一同歓迎いたします」
「では、これで失礼いたします! イコ様、ライザ様」
そろそろ本も並べ終わるかという頃、イコとライザが三人の兵士に守られながら、イベントホールにやってきた。二人を送るにしては、ちょっと過剰戦力の気もする。やたら敬われている感じだし、何かあったんだろうか……
「二人ともお疲れ様」
「お待たせいたしましたのです、旦那様」
「遅くなって申し訳ありませんですよ」
「いや、今年はかなり時間に余裕があるみたいだから、問題ないよ。それより何かあったのか?」
「建物の警備をされている皆さまのお部屋も、掃除してきたのです」
「その後お食事も、お作りしたですよ」
なるほど、それならさっきの兵士たちが取っていた態度も納得だ。二人の掃除は早くて丁寧だし、料理も真白直伝の腕を持っている。格好だけの俺たちと違い、イコとライザは本職だからな。
「もうじき本も並べ終えるし、ヴィオレが帰ってきたらお昼ごはんにしようか」
「それなら棚の掃除を済ませてしまうのです」
「ササッと終わらせるですよ」
二人が棚の掃除に向かった直後、ヴィオレもイベントホールに来て合流できた。人が大勢いるとポーニャが恥ずかしがるので、今はエコォウと一緒に霊木の所にいるそうだ。お昼はその近くでご飯を食べる予定だから、その時に挨拶しよう。
◇◆◇
数日かけて大量に作ったサンドイッチを、建物内で作業していた国の職員や警備担当の兵士たちに渡していく。たまごサンドやツナサンド、それに生野菜とハムにチーズを挟んだものまである。マヨネーズづくりを超頑張ったから、存分に味わって欲しい。
自分たちもそろそろ移動しようかという時、コンガーが若い男女と子供を連れて中庭にやってきた。
男性は白を基調にしたズボンとシャツの上から、軍服のように見える上着を着込んでいる。女性も白い清楚な感じのドレスで、どちらの服にも金色の刺繍や縁取りが入っていて、高貴な身分なのがひと目でわかった。
子供も淡い水色の可愛らしいドレスで、女性のスカートを握って隠れるように歩いている姿が可愛い。
「あら、サンザ王子にラメラ王妃、それにカリン王女まで、一体どうされたのですか?」
「やぁシェイキア、お勤めご苦労さま。コンガーがお世話になった者が来ていると聞いてね、挨拶に来たんだ」
「では、あの噂は本当だったのですね?」
「君の家のことだから、もうとっくに知っていると思ったんだけど?」
「さすがに王家の内情を探るような真似は……」
マラクスさんがこっそり教えてくれたが、目の前にいる男性は今の国王の長男、つまり王位継承権第一位の人物らしい。そんな相手だからシェイキアさんも丁寧な対応になるわけか。
とはいえ二人の会話は腹の探り合いをやってるようで、ちょっと怖いものがあるが……
「リュウセイたちに、これを見てもらおうと思ってな、一緒に来ていただいたんだ」
近くに来たコンガーが胸当てを外して服の首元を少しずらすと、そこには見覚えのあるリボンに似たマークが付いていた。しかしクリムやアズルに浮かんでいた、祝福前の形とは微妙に違う。
「なんか模様がずれてるよー?」
「これは二重になってるんでしょうか……」
「よく気づいたなアズル、その通りだ」
「つまりコンガーは二人と主従契約が結べたってことか?」
「おうよ! 俺はサンザ様、ラメラ様に一生尽くすと決めた!」
これは驚いた。同時に二人の主を持つなんて、普通は考えられない。たとえそれが夫婦だったとしても、忠誠心を疑われかねない行為だ。
「うわー、凄いねー」
「これは私もびっくりました」
「コンガーは主従契約に、新しい歴史を刻んだってことか」
「コンガーおにーちゃん、かっこいい!」
「こんな契約ができたのも、お前たちのおかげだ」
簡単に経緯を説明してくれたが、コンガーがまだ幼く周りにいじめられていた頃、泣いていた彼にサンザ王子が声をかけたことがあった。理由を聞いた王子は「悔しかったら強くなれ、誰にも負けないようになったら自分の家臣にしてやる」そう話して励ましたそうだ。
大きくなって力が付き、粗暴な態度が目立ち始めた頃にはそのことを忘れていたが、俺たちに負けて昔話をした時に思い出すことができた。
ラメラ王妃も昔のコンガーを知っていたので、何か問題を起こしても庇ってくれることが多く、どうしても恩を返したい。赤の精霊王エレギーに主従契約で一番大事なことを聞き、今の国王ではなく年の近い王子と王妃に自分の人生を捧げようと決心する。
その想いが実って、二人と主従契約するという快挙を成し遂げた。
「流れ人の君たちに驚いてもらえて、私も満足だよ」
「俺はもっと強くなって、サンザ様の家族を守っていく。いつかリュウセイとライムを追い越してやるからな!」
「その時はまた対戦しよう」
腕相撲のように出された手を握って、お互いの再戦を誓い合う。二人の人物と主従契約を結ぶというのは、どんな相乗効果を生み出すか誰も知らない。コンガーなら本当に竜人族を超える力を身に付けてしまう可能性だってある。
王子や王妃を見ても優しそうな人だし、次世代の王家はかなり安泰なんじゃないだろうか。
「お昼時に悪かったな」
「良かったらコンガーさんも一緒に食べていきませんか?」
「いいのか、マシロ?」
「警備の人たちの分もと思ってたくさん作ってますから、遠慮なく食べていってください」
「サンザ様たちも一緒にどうですか? マシロの料理は王都で一番旨いですよ」
「ホントかい、コンガー。なら、ごちそうになっても構わないかな?」
「はい、王家の方のお口に合うかわかりませんが、よろしければ食べていってください」
さすが真白だ、相手が王子でも全くブレがない。
こうしてサンザ王子一家とコンガーの四人を加え、霊木のある中庭に移動することになった。
◇◆◇
霊木のある場所は近くに花壇が作られ、いくつかの区画は花が咲き乱れている。さすがに王城内部だけあって、手入れもしっかりされていてとても綺麗だ。
俺たちが近づいていくと、霊木の影からバニラが飛び出してきた。その後ろから近づいてきた白猫の尻尾は、根本から二股に分かれている。
「キュキュキューイ」
「ありがとうバニラ。霊獣を連れてきてくれたんだな」
「キュイーン」
「やっぱりお前がここの霊獣だったのか」
「みゃん!」
「あの時はありがとう、迷子の猫も見つかって探していた子供も喜んでいたよ」
「みゃみゃ」
足元に寄ってきた白猫の頭をしゃがみこんで撫でると、気持ちよさそうにすり寄ってきた。ご飯を食べ終えたら、約束どおりブラッシングをしてあげよう。
「……しろいねこさん?」
「みゃぅ!」
「……しろいきつねさん?」
「キュィ!」
「……お兄ちゃんのおともだち?」
「こっちの白い狐が俺たちの家族で、名前はバニラと言うんだ。こっちの白い猫は、この聖域を守っている霊獣なんだよ」
「……ここ、まもってくれてるの?」
「みゃみゃん」
「……ありがとう、ねこさん」
「みゃう!」
ずっとラメラ王妃の後ろに隠れていたカリン王女が、いつのまにか一人で俺の近くに来ていた。きっと霊獣たちに興味が出たんだろう。そんなに動物が好きなんだったら、ヴェルデも紹介してみよう。
「こっちに来てくれるか、ヴェルデ」
「ピピピーッ」
「……みどりのとりさん」
「ピピッ!」
「この子はあっちにいる鬼人族の女性の守護獣で、ヴェルデという名前なんだよ」
霊木の上にいたヴェルデが俺の頭に止まったのを、カリン王女は一生懸命見つめている。王家の血筋は美男美女が生まれやすいとシェイキアさんに聞いていたけど、まだ幼い彼女も将来が楽しみなくらい愛らしい顔立ちだ。
「あらら、リュウセイ君ってほんとに凄いわね」
「そうですねお母様、これは僕も驚きました」
「カリンが自分から誰かに話しかけたのは初めて……」
「本当だねラメラ。流れ人の彼には、人を惹きつける何かがあるのかもしれない」
「ライムのとーさんだからね!」
「俺でも出来なかったことをやってのけるとは、さすがリュウセイだ!」
第一印象どおり、カリン王女はかなりの人見知りらしい。近くに人がいると、ずっと王妃や王子の後ろに隠れていて、話しかけても黙ってしまうことが多いそうだ。
こうして喋ってくれたのも、きっとバニラやヴェルデたちのおかげだな。せっかく打ち解けられてきたんだから、このままお昼を食べてもらおう。
収納から大きなレジャーシートを取り出し、霊木の横に広げて準備を開始した。




