第198話 禁書庫
シェイキアさんとベルさんが泊まりに来てから数日たち、いよいよ禁書庫を掃除する日がやってきた。秋晴れが続く紫月終盤の今日は、空気も乾燥して雲ひとつない絶好の虫干し日和だ。
メイド服と執事服を着込んで辻馬車に乗り込み、乗客からの質問攻めに遭いつつ王城に到着した。
「お城にはいるの楽しみだね、とーさん」
「キュィッ」
「王都に住んでいる人でもなかなか入れない場所だから、どんな風になってるか父さんも楽しみだよ」
「ちょっと緊張するね、ヴェルデ」
「ピィィー」
「庭園にはお花がいっぱいあって、すごく綺麗なのよ」
「ヴィオレさんは飛んで入ったことあるんですよね」
「お庭と霊木のある場所だけ行ったことあるわよ、マシロちゃん」
「地下水使った噴水、あるって本に書いてた」
「小さな塔から水が湧き出してたわ、あれが噴水じゃないかしら」
王城の周りには城壁と堀で守られているし、上空からじゃないと侵入は難しそうだ。縮地で強引に突破できるかもしれないが、仮に中に入れたとしてもすぐ捕まるだろうな。
「お前たち、前に猫を探しに来てたな」
「あっ、あのとき公園に行ったって教えてくれた人だー」
「その節はお世話になりました」
王城の正門にある跳ね上げ式の橋から離れた場所でシェイキアさんを待っていると、巡回中だった衛兵が声をかけてくれた。
「猫は見つかったのか?」
「あの時はありがとう、公園で寝ているのを見つけられたよ」
「それは良かったな」
衛兵の男性は俺たちのことをじっと見つめて暫くうつむいていたが、何かを思い出したように顔を上げて手を叩く。
「そうだそうだ、今日はシェイキア様の家で雇った使用人たちが来るって話だった。お前たちがそうなのか?」
「今日は王城で仕事があると言われて、ここで待ち合わせしておるのじゃ」
「ちょっと変わった格好だが、シェイキア様の家ならありだな。ちょうど来られたようだし、今日は頑張れよ」
手を振りながら去っていった衛兵の方を見ると、ちょうどシェイキアさんが男の格好をしたベルさんと、執事のヴァイオリさんを連れて近づいてくるところだった。
「おはようみんな、相変わらず似合ってるわねー」
「おはようみんな、今日はよろしくね」
「おはようございます、シェイキア様、マラクス様、ヴァイオリさん」
「くっ、リュウセイ君の丁寧語は相変わらず破壊力が高すぎるわっ」
「お母様の言ったとおりだね、僕も驚いたよ」
「おはようございます、リュウセイ殿、皆様」
危うくベルお嬢様と言うところだった、今日一日ボロを出さないように気をつけよう。それにマラクスさんも男の格好をしてるんだから、頬を染めながらこちらを見るのはやめた方がいい気がする。あらぬ誤解を受けそうだ。
こんな機会は滅多にないうえ、日本のサブカル知識で演じてる執事だから、男性の場合はどう呼ぶのが適切なのか今ひとつ良くわからない。旦那様は明らかにおかしい気がするし、成人した人をお坊ちゃまと呼ぶのも憚られる。無難に様をつけてみたけど、ヴァイオリさんみたいに殿というのもアリだろうか。
「とりあえず中に入ろっか」
「妖精女王を探すなど初めての経験だ、少し楽しみだな」
「王都で二番目に本多いとこ、どんなの置いてるか期待高まる」
シェイキアさんを先頭にして跳ね橋を渡り、詰め所で軽いチェックを受けた後、城壁の中へ初めて足を踏み入れた。
◇◆◇
城門を越えて中に入ると、まず大きな庭が目に入る。中央に真っ白の石材で作られた丸い池があり、水の流れている塔が中心に立っていた。あれがソラの言っていた噴水だろう。
事前に教えてもらっていたレイアウトを頭に思い浮かべながら、辺りをぐるっと見渡す。目の前に広がる庭を囲むように広い回廊があり、奥には政務を司る各部署が入る横長の建物。そして山を切り崩して平坦にしたような場所に存在する、ひときわ目立つ建物が王城だ。
城壁の外からだと高い部分しか見られないが、こうして近くに来るとやはり迫力が違う。尖った屋根を持つ太い塔が四隅に建てられ、中央部分は大小の箱を重ねたような形になっている。
シェイキアさんの説明だと、大きさの違う境目部分はバルコニーになっていて、屋上にも上がれるらしい。みんなで屋上に登って景色を眺めてみたい、高所恐怖症のアズルでもあれくらいなら耐えられるだろうか。
他にもパーティーで使う大きなホールや王族が暮らす宮殿など、多くの建造物が城壁の中に詰め込まれている。
「大きな建物を見ると家妖精の血がうずくのです」
「旦那様の家で受け取っている力を、今こそ発揮するですよ」
「そういえば、二人はこの場所と契約できなかったんだよな?」
「力のあふれる場所なのですが、建物が多すぎるのです」
「一つの建物と違って、力が分散してしまってるですよ」
「この構造だと、二人同時に契約するのは無理だろう」
イコとライザそれにエコォウの説明だと、城壁内は一つの敷地として一括管理の対象になり、そこに建っている構造物で場の力を分け合ってる。そうやって力を分散する時には、かなりの無駄が発生するそうだ。
いくら聖域の加護があったとしても、普通の建物より少し力が強い程度まで薄まってしまい、二人の家妖精を同時に維持できない。
もし巨大な建造物が一つか二つだけだったら、イコとライザも契約できた可能性があるという事だった。
「旦那様や皆さまとお会いできたですから、契約できなくて良かったのです」
「お風呂と旦那様の抱っこがない生活はしたくないですよ」
「俺も二人に逢えて幸せだから、これからもよろしく頼むな」
「もちろんなのです」
「お任せくださいですよ」
微笑みながら見上げてきた二人の頭を撫で、全員で回廊を進んでいく。ちょうど忙しい時間なのか通路を歩く人はおらず、時々見かけるのは警備の兵士だけだ。
禁書庫は倉庫として使われている堅牢な建物内にあるので、王城へ向かう回廊とは別方向に進路を変える。その時、前から見知った顔が近づいてきた。
模擬戦をやった時と違い、装飾の施された鎧を身に着けたコンガーだ。軽装なのは彼の戦闘スタイルを考慮してのことだろう。
「よく来たなリュウセイ、みんな」
「今日はかっこいいねー」
「見違えました」
「城内で活動する時は、この鎧をつけとかないと怒られるんだ」
「よく似合ってるよ、コンガー」
「リュウセイにそう言ってもらえると嬉しいぜ!
今日の警備はバッチリ任せとけ、お前たちは作業がんばれよ」
俺の肩をバシッと叩いたコンガーは、手を振りながら王城の方へ歩いていった。話したいことがあるからまた来ると去り際に言っていたので、時間が合えばお昼も一緒に食べてもらおう。
「お母様から聞いてたけど、コンガーは別人みたいになってるね」
「彼はリュウセイ君にべた惚れだもん」
「コンガーおにーちゃんは、しんゆうだって言ってたよ」
「あの近衛隊長に好意を寄せられるなんて、流れ人ってやっぱり怖い」
強い者に惹かれるという、獣人族の持つ特徴が大きく影響して友人になれたんだから、そこだけは間違えないようにして欲しい。これ以上、新しい扉を開くつもりはない。
◇◆◇
倉庫専用となっている平屋の建物はかなり大きく、武器や防具に加えて非常時の備蓄となる様々な物も保管されているそうだ。分厚いレンガの壁と金属の扉で守られていて、ちょっとやそっとで破壊できないのがわかる。
出入り口には兵士が立ち、中にも詰め所があるという警戒ぶりは、最重要施設の一つだかららしい。
各部屋についている扉も全て金属製で、一つだけ開放されて人が出入りをしていた。今は国の担当者が目録の確認をしている所で、問題のなかった部分から本を運び出して、中庭にある指定の場所に運んでいく。
「これは……誰かいるな」
「ここまで近づいたら私にも気配がわかるわ」
「いよいよポーニャさんに会えるんだね、なんだかワクワクするよ」
「慌てるなマシロ。まずは私が話をしてみよう、彼女の許可がもらえたら外に連れ出してみる」
「待ってエコォウ、私も一緒に行くわ」
エコォウとヴィオレが部屋の中に飛んでいく姿を、近くで作業をしていた人が唖然と眺めている。ポーニャは恥ずかしがり屋だと言っていたので、きっと誰も妖精の姿を見たことがないんだろう。
あっちは二人に任せて、俺は自分の仕事をしないとな。
一応、執事という立場で来ているし、謎の丁寧語スキル発動だ。
「ここにある蔵書は、棚ごと持ち出せばよろしいのでしょうか」
「うん、そうだよ。リュウセイ君だったら一度に運べちゃうよね?」
「ここにある分くらいでしたら、問題なく運べます」
「あっ……あの、シェイキア様、少しよろしいでしょうか」
「何かわからないことでもあった?」
「いえ、ここにある棚を一度に運ぶというのは、いくらなんでも無理じゃないかと。国に仕えている収納魔法持ちでも、毎年数往復しておりますから……」
「この子がその気になったら、私の屋敷をまるごと収納できちゃうから、これくらい余裕よ」
「……は?」
シェイキアさんにはまだ言っていないが、実はディストともマナが繋がっている。さすが真竜だけあって、フィドの約五倍という驚くべき量だった。
流石にここまで大きくなると、一体どれくらいの量が収納できるか想像できない。計算上はいつも使っている野営小屋を、四千個収納できるはずだ。
「とりあえず確認の終わった棚から、教えていただいても宜しいでしょうか」
「はっ、はい。ほとんど確認は終わっていますので、奥の方から収納していただけますか」
「承知いたしました」
棚は転倒防止のため、下に行くに従って奥行きが増す形になっている。王立図書館のように壁や床に固定された棚はないので、連番をつけて次々収納していった。
◇◆◇
「ほっ、本当に全部収納してしまった……」
「ね、言ったでしょ」
真白のマナメーターで見ても、本棚を三桁収納した程度だと、減ったことすらわからない。あって困るものじゃないけど、個人で扱うには多すぎる。なにせコールがやけくそになって、王都で使う水を一人で全部賄えると言い放ったくらいだ。
「エコォウ様とヴィオレ様はどこに行かれたです?」
「上の方に小さな通気口があるですよ」
「登って見てみるのです」
「旦那様、このまま飛んで上から掃除していくですよ」
「俺たちは本を並べてくるから、よろしく頼む」
イコとライザはハタキを取り出して飛び上がると、天井付近にある小さな通気口を覗き込んでいる。スカートの中はいつも通り、安心の暗黒空間だ。
「あっ、あの……人が飛んでいるのですが!?」
「あの子たちは家の妖精だから飛べるわよ」
「では先ほど部屋の中に飛んでいった二人も……」
「使用人の服を着ていた方は花妖精の女王で、もう一人の男性は妖精王よ」
「「「「「怖っ! シェイキア様の家に仕える使用人と執事、怖っ!!」」」」」
エコォウは執事じゃないが、そんな事はどうでもいいな。
自宅では妖精の魔法を使っている二人だが、道具を使ってやる掃除もプロ並みの腕を持っている。ここはイコとライザに任せておけば大丈夫だろう。
全員で部屋を出て、護衛の兵士と一緒に中庭に向けて移動を開始した。
感度……じゃない、容量2000倍(笑)
野営小屋の床面積が8畳程度なので、32,000畳くらい?




