第197話 シェイキアの依頼
話の流れが妙な方向に進み、一番難易度が低そうな膝枕でベルさんの頭を撫でていたら、いつの間にか寝てしまっていた。
あれから寝返りを打ったベルさんは、仰向けの状態で寝顔を晒している。首が変な方向に曲がらないよう後頭部に手を添えているが、表情も穏やかだし気持ちよく眠れてるんだろう。
「うぅ~、ベルちゃん気持ち良さそうでいいなぁ、私もリュウセイ君に甘えたいなー」
「ベルがこうしてリュウセイに甘えるのは初めてじゃろ、邪魔するのは無粋なのじゃ」
「こんなに幸せそうな寝顔なんだもん、可愛い娘にそんな意地悪はしないよ」
「この子に会うのは初めてだけど、普段こうすることは無いんだね」
「お外にいるときのベルおねーちゃんは男の人のかっこうしてるから、とーさんに抱っこやなでなでしてもらったこと無いよ」
「誰もいない場所あると、リュウセイに肩車してもらう」
「シエナちゃんもそうだったけど、ベルちゃんもリュウセイ君の肩車はお気に入りなのよ」
「肩車は楽しいよね。あんな体験はボクも初めてだったから、その気持わかる気がするな」
「隠密たちの目があるとベルちゃんは遠慮しちゃうから、リュウセイ君のパーティーと一緒の時は護衛を付けないようにするね」
「都市間の移動ならあまり危険もないだろうし、ベルさんがこうやって気兼ねなく過ごせるなら、そうしてもらえると嬉しいよ」
こうして間近に見るベルさんの顔は、まつげが長くてとても綺麗だ。シェイキアさんが引き取った孤児という話しか聞いてないけど、王家の血が入ってるんじゃないだろうか。
そんなことを考えつつ頭を撫で続けていたら、目元に少し力が入り艶のある唇がわずかに動く。
「そろそろ目を覚ましそうだねー」
「ゆっくり眠れたでしょうか」
「……ん…あれ……ここ、どこ?」
「おはよう、ベルさん」
「ふぁ~……おはよう、お父様」
ベルさんはまだ寝ぼけているようで、俺をお父さんと呼んでしまっている。でも普段見られないこんな姿はとても可愛い。父性が荒ぶってしまいそうだ。
「食事の時間までもう少しあるから、このまま横になってて大丈夫だよ」
「……ありがとう、そうするね」
「何かして欲しいことは無いか?」
「……お父様に頭、なでて欲しい」
「わかったよ、ベル」
半開きの眠たそうな目でおねだりしてくるベルさんが愛らしすぎて、思わず呼び捨てにしてしまった。これはかなり恥ずかしいぞ。
シェイキアさんは鼻を押さえながら身悶えしていて、その姿は必死で何かを抑えているみたいだ。格好のいじりネタを与えてしまったかもしれないな。
「ベルちゃんにお父さん認定されたなら、私とリュウセイ君は夫婦ということね!」
「今のは寝言みたいなもんじゃろ、何を言っとるのじゃ」
「でもでも今のリュウセイくんを見てご覧なさいよ、あれって完全に父親の姿だよ」
「リュウセイはシエナと出会ってから、しょっちゅう父性が荒ぶるようになったのじゃ。あれは良くあることなのじゃ」
「ライムのとーさんだからね!」
「リュウセイはもう、みんなのお父さんでいいんじゃないかな?」
対面のソファーが妙に盛り上がりっているけど、もう少し静かにしてやってくれ。ベルさんを変に覚醒させると、大変なことになる気がする。
◇◆◇
そんな訳でしばらくベルさんの頭を撫でていたら、突然跳ね起きてアタフタしだした。今は大きくなったネロを抱きしめて、その体に顔を埋めている。
「もうお母さんキュンキュンしちゃった!
<お父様に頭、なでて欲しい>
<わかったよ、ベル>
今日は一生の思い出ができたわ」
「お母様、お願いだからそれくらいで勘弁して……」
「にゃぁーう」
「私もお兄ちゃんとベルさんのやり取り見てみたかったよー」
「ちょっと残念です」
「もう少し早く来ればよかったのです」
「もう一度再現して欲しいですよ」
夕食の準備で席を外していた四人は、先程のやり取りを見られず盛大に残念がっている。シェイキアさんがやってる身振り手振りの説明は俺もかなり恥ずかしいし、再現なんてもっての外だ。
「今日はここに泊めてもらうことになったし、ご飯の後でベルちゃんの可愛かったところを、いっぱい話したげるね」
「えっ!? 今日は泊まっていくの?」
「だってほら、あの事も話してみないといけないし、ベルちゃんもリュウセイ君に甘え足りないでしょ?」
「私は膝枕だけで十分ですっ!」
「にゃぁぁぁぁー」
「ベルちから入れすぎ、ネロ苦しがってる」
「あっ、ごめんねネロ」
「にゃーう」
「とりあえず冷める前にご飯にしてしまおう、その後ゆっくり話をしような」
立ち上がってネロとベルさんの頭を撫でると、ちょっと涙目で見上げてきた。
今日のベルさんは可愛すぎる。
◇◆◇
食事をすませてお風呂に入った後は、ベルさんも多少持ち直していた。それでも普段どおりに戻っていないのは、いつもより開けられた距離でわかる……
神樹祭の時にやった褒め殺しのように、開き直るまで羞恥心を高めたらどうなるんだろう。開いた足の間に座ってもらい、後ろから抱きしめて頭を撫でるとか。
いやまて、そこまでやると俺のほうが危険な状態になると、何度も脳内シミュレーションしたはずだ。今日は俺もちょっと思考がおかしくなっている、別の話題で気を紛らわそう。
「食事の前に言っていた話を聞かせてもらってもいいか?」
「そうだったね」
「また何か依頼があるんですか?」
「違うよマシロちゃん。
とは言っても、一応仕事ではあるんだけどね」
「またダンジョン行くのー?」
「私たちにしか出来ない事とかー、どこかに出張とかでしょうかー」
「リュウセイ君がいると助かるかなーってくらいで、誰にでも出来ることだよ。
ただし、信用できる人にしか任せられないんだ」
簡単なことだけど信用が大事、それに俺がいると助かるってことは、何かの貴重品を運ぶんだろうか。それなら民間に任せないで、信用のおける国の関係者に依頼した方がいいだろう。このヒントじゃ何もわからないな。
「もったいぶらず早く話すのじゃ」
「あなたたち禁書庫に入ってみたくない?」
「ふぉぉぉぉー、禁書庫! 入れるの!?」
「定期的に蔵書を虫干しして中を掃除するんだけど、もうすぐそれをやる日なの」
音集言語と呼ばれていた妖精語の本と、それを共通語に訳した本があって、片方にだけ協力者と思われる妖精の名前が記されていた。本の妖精女王であるポーニャは王立図書館にいなかったから、王城にある禁書庫で暮らしているかもしれない、俺たちはそんな予想をしている。
当然その事は一部の関係者以外に漏らしてない。知っているのは俺たちとシエナさん、それに王立考古学研究所の所長だけだ。
そこで所長が親交のあるシェイキアさんに、禁書庫に手がかりがあるかもしれないと伝えてくれた。どうやらシエナさんが持ち帰った数々の発見に対する、追加報酬みたいなものらしい。
「あらあら、もしかしたらポーニャがいるかもしれないし、それはぜひ行ってみたいわ」
「あそこにはウチが押収した書物も保管してるから、毎回手伝いに行ってるんだよ」
「私も何度か手伝ってるの」
「今回はウチの使用人と執事ってことで入れるように申請してるし、あの服を着てくれたら問題ないから安心してね」
「みんなが着ていた服、すごく似合ってたってお母様に聞いてるから、私も当日を楽しみにしてるわ」
執事服とメイド服を着てこいというのは、シェイキアさんの趣味もだいぶ入ってそうだけど、禁書庫に入れるなら安いものだ。せっかくだから、ベルさんにも執事のマネをして反応を見てみよう。
◇◆◇
実施日や当日の集合場所を聞き、色々用意しておくものを確認する。掃除はイコとライザが普通にやってくれるし、荷物は俺の収納で運べば問題ない。収納魔法には生き物を入れられないので、本を傷める原因になる虫対策にも有効だ。
お昼も毎年持ち込んでいるらしく、真白が大量にサンドイッチを作ると意気込んでいる。本に風を当てる場所は王城にある中庭の一つで、そこは霊木が植えられた場所らしい。もしあの時の白い猫がいたら、約束どおりブラッシングをしよう。
「にゃにゃにゃーう」
「ネロちゃん、なかなかやるにゃー」
「動きが俊敏でー、狙いも正確ですにゃんー」
「リュウセイ君、リュウセイ君」
「どうしたんだ、ベルさん」
「こんな可愛いネロを見たの、初めてなんだけど!」
「この猫じゃらしという道具には、猫にとって抗えない魅力があるんだ」
「ついつい追いかけちゃうにゃー」
「猫人族の本能をー、刺激するんですにゃんー」
「ネロと一緒に二人も持ち帰ったらダメ?」
くっ、今日のベルさんは反則的に可愛いな。上目遣いにお願いされたら、ついつい首を縦に振りそうになる。
「クリムとアズルを連れて帰られたら困るが、猫じゃらしは一本進呈するよ」
「二人が一緒じゃないのは残念だけど、私も毎晩ネロと遊んであげることにするわ」
「にゃにゃーう」
ネロの前で猫じゃらしを振って満足そうにしているベルさんに、購入した雑貨屋と置いている場所も伝えておく。羞恥心で開いていた距離も元に戻っているし、猫じゃらし様々だ。
「私もウチの子に使ってみようと思ったんだけど、売ってる場所がわからなかったんだー」
「そこの店主も商品の存在自体を忘れてたみたいだし、目に付きにくい場所に置いてたから仕方ないと思う」
「まさか守護獣も虜にしてしまうなんて、君たちといると本当に面白いことばかり起こるね」
「そうだ、ディストも一緒に王城に行くか?」
「いや、ボクは執事服とやらを持ってないし、精霊王たちとここで留守番してるよ」
「お昼はサンドイッチを置いておくから、ちゃんと食べてね」
「ありがとう、マシロ」
ポーニャのこともあってエコォウがついてくるので、ウチからは十三人の参加になるのか。ヴェルデには霊木の辺りで遊んでもらうことにして、バニラはどうしようか。
「シェイキアさん、バニラも連れて行って大丈夫か?」
「キュイー?」
「警備の指揮はコンガー君が執るし、彼に伝えておけば大丈夫だよ」
「コンガーは一度ここに来てバニラに会ってるから問題ないな」
「よかったね、バニラちゃん!」
「キュキュキュー」
近衛の隊長が警備を担当してくれるなら安心だ。逆に言うと、それだけ厳重に管理された書物ということで、ちょっと緊張するな。
「リュウセイさんが以前会ったって言っていた白猫は、いるでしょうか」
「リュウセイ君は王城にいる霊獣に会ったの?」
「霊獣かどうかわからないんだが、尻尾が二股に分かれている白い猫を公園で見かけたんだ。王城の聖域にいる霊獣は、猫の姿をしてるのか?」
「それがね、あの場所にいる霊獣の記録って残されていないんだよ」
「そうだったのか……」
「霊木には必ず霊獣いる、前みたいに木の中、隠れてるかも」
「バニラを連れていけば、霊獣が出てくるやもしれんのじゃ」
「キューイ」
「当日の楽しみが増えたね、お兄ちゃん」
泉の花広場みたいに隠蔽された入口があれば、ソラやエコォウが見つけてくれるだろうし、バニラがいれば出てきてくれそうな気がする。真白の言う通り当日の楽しみが増えたな。
そんな話をしながら寝る前の抱っこやなでなでを済ませ、その日は布団に入ることにした。
〝地位は人を作る〟ということわざがありますが、この世界に来てからの主人公はそれを地で行っています。
13人の内訳
龍青・真白・ライム・コール・ヴェルデ
クリム&アズル・ソラ・ヴィオレ・スファレ
イコ&ライザ・エコォウ
それに+バニラで総勢14名。




