第192話 ディスト
神域と呼ばれる結界内で、自らの身体を使って邪魔玉を封印していたのは、ディストという名前の真竜だった。
力を使いすぎた状態で人化スキルを使った彼は、ワイルドな銀髪ショートカットが似合っている、小学生くらいの姿になってしまう。とりあえず服を着せたディストを抱っこしたまま、みんなの所に戻ることにした。
「あらあら、そうしているとリュウセイ君に子供が増えたみたいね」
「当然、私との子供だよね! お兄ちゃん」
「ディストにーちゃんって呼んでもいい?」
「それよりライムの父親か確かめるほうが先じゃ」
「そうだったね、それから話そうか」
簡単に自己紹介をしてからレジャーシートに座ると、まるでそこにいるのが当たり前という風に、ディストがあぐらをかいた足の上へ腰掛けてきた。
「どうしてそこに座るんだ?」
「なんだか居心地がいいんだよね、何となく癒やされるっていうか、そんな感じ?」
「まぁ、別にそのままでも問題ないから、座ってて構わないぞ」
『リュウセイが持つ座りの良さは、真竜にもわかるのだな』
『ライムさんがこれだけ好いているのですから、当然かもしれませんわね』
『まぁ、俺様たちも同じだがな』
「その気持は“ほわーっ”と呼ぶそうだ」
「ピルー」
「とーさん、ライムもそっちに行っていい?」
「あぁ、もちろんだ、おいで」
ディストに遠慮しているのか、伺うように尋ねるライムを手招きすると、嬉しそうに膝の上に移動してきた。銀色の髪を持つ少年を見つめる金の瞳には、一体どんな気持ちが宿っているんだろう。
この場所に来てライムと同化してから、ディストにはなにか惹かれるものがあった。それはやっぱり血の繋がりそう思わせたのか、あるいはもっと別の要因があったのか。もし本当に親子関係だったら、俺はどうしたらいいのか、どうするのが正解なのかわからない。
出会ってから一年と二ヶ月くらいだが、ライムはもうかけがえのない存在だ。俺と真白にとっての宝物で、家族みんなの大切な妹でもある。これから聞くことは、そんな関係にヒビが入ってしまうかもしれない。でも、絶対に避けて通るわけにはいかない話だ。
隣りに座った真白と固く手を握りあって、ディストの目を見ながらうなずいた。
「それじゃあ、ライムの両親の話からだね」
「……聞かせて、くれ」
「神子と呼ばれる竜人族はね、真竜を補佐する協力者として、この世界が生み出すんだよ」
「世界が……生み出す?」
「それじゃぁ、ライムちゃんの両親って……」
「この世界そのものと言ったらいいのかな」
「ライムの父さんはリュウセイとーさんで、母さんはマシロかーさんでいいの?」
「ライムが選んだのなら、それで問題ないよ」
「ライム!」「ライムちゃん!」
大切な娘がいなくならないで良かった、真白と二人でライムを抱きしめながら、心からそう思った。誰もいない場所に一人放置されていたのも、ドラムが見つけて俺と出会ったのも、偶然なのか何かの意志が働いたのかという疑問は残る。
しかしそんな事は、もうどうだっていい。
一番大切なのは、これからもライムは俺と真白の娘、その一点だけだ。
「とーさん、かーさん、泣いてるの?」
「これは嬉し泣きだ」
「お母さんも同じだよ、すごく嬉しいの」
「おうちができた時とおなじだね」
真白の目には涙が浮かんでいるし、俺も鼻の奥がツンとなっている。こんな気持になったのはいつ以来だろう、最後に泣いたのはもう思い出せないくらい昔だ。
「これからもライムちゃんは一緒だねー」
「もう、声が出せないくらい緊張していました」
「私もヴェルデと別れないといけなかった頃を思い出して、泣きそうでしたよ」
「ピルルー」
「ライムこれからも妹、とても嬉しい」
「ライムがおらん生活など、いまさら考えられんのじゃ」
「家族はやっぱり一緒じゃないとダメよね」
みんなも近くに来て、順番にライムの頭を撫でてくれた。
自分の意志で新しい道を目指し、家族から離れていくのは受け入れられると思う。でも、望まない別れというのはやっぱり嫌だ。今回のことで、その気持をはっきりと自覚できた。
「本来ならボクがライムを迎えに行くはずだったんだけど、ちょうどここで足止めされちゃって行けなかったんだ」
「それならディストが親代わりとして、ライムを育てるはずだったのか?」
「竜人族の隠れ里へに行って、しばらく暮らしてから旅に出る予定だったのさ」
「ライム、家族のみんなといろんな所にいったことあるよ!」
「へー、それは楽しそうだね、聞かせてもらってもいいかな」
ライムは俺と出会った時のこと、アージンの街で暮らし始めたこと、ドーヴァや旅の途中に寄った村、それにトーリの街。泉の花広場でバニラと出会ったこと、チェトレの港町や王都での暮らし、そしてリコや神樹祭のことを、次々とディストに聞かせていった。
「ボクが近くに行かないと目覚めないはずのライムが、リュウセイに反応したってのは興味深いね」
「俺が流れ人というのは関係あるのか?」
「流れ人もこの世界が呼び込む存在だけど、因果関係はちょっとわからないなぁ……
元の世界で竜の血を引いていたとかは無いんだよね?」
「元の世界には竜という生き物は存在しなかったけど、俺の名前には龍を意味する言葉が使われてるんだ」
「たとえどんな理由があったにせよ、ライムがこうして目覚めているのは事実だし、細かいことはどうでもいいかな。きっと君の近くで感じる居心地の良さと、関係ある気がするよ」
「ライムのとーさんだからね!」
元の世界には“名は体を表す”という言葉があった。この世界に存在する竜族は、真竜のディストも含めて西洋の竜に近いけど、俺の持つ東洋龍を意味する漢字が、何かしら影響を与えてるんだろうか。
「ライムを俺たちの娘として認めてもらえたのは嬉しいけど、ディストの補佐役としての役目はどうなるんだ?」
「神子が誕生するのは、この世界に異変が発生した時なんだよ。それは間違いなく今までボクを縛り付けていた、あの玉が引き起こそうとしている厄災だ。さっきライムから聞いた話だと、君たちはそれを浄化して回ってるんだよね」
「今まで六個の浄化が終わって、ディストの分を含めると七個目になるな」
「それならボクの知りたいことは一つだけだ。今からする簡単な質問に、ライムの正直な気持ちを教えて欲しい」
「うん、わかった」
「ライムはこの世界が好きかい?」
「とーさんやかーさん、それにおねーちゃんたちやお友達がいっぱいいるから、大好きだよ!」
ディストがなぜそんな事を聞いたのかわからないけど、ライムは一瞬のためらいもなく答えを出していた。
「今の質問って、かなり重要な意味があったんですよね?」
「そうだよマシロ。神子には裁定者としての役割もあるんだ。ボクと一緒に旅をしながら様々なことを体験して、この世界にどういった印象を持つか判断してもらう、というね」
「もしライムがこの世界を嫌いと言ったら、どうするつもりだったんだ?」
「ライムの姿を見てそれは無いと思ったから確認したんだけど、もし嫌いと言ったならボクは積極的に手を貸さずに、この世界に住む人達に行く末を委ねることにしたかな」
「てつだってくれなかったってこと?」
「ボクだって文明が滅んで欲しくはないから、ある程度は手を貸すけどね」
「つまり、今の答えを聞いたからには、全面的に協力してくれるって考えていいんだな?」
『真竜ディストの名において、当代の神子ライムとその家族に、始祖たる我が身の力を貸そう』
ディストの言葉はエコーやヴィオレが、魔法を乗せて話す時と同じ響きを持っていた。恐らくこれは具体的な効果を持った宣誓なんだろう。
「あのぉ~、これってリュウセイくんたちがぁ、真竜の力を手に入れたってことなのかなぁ~」
「ボクが人に直接力を貸すのは、この世界が始まって初めてのことだよ。まさかこんな事になるなって思わなかったから、ボク自身もびっくりさ」
「お姉さんすっごく怖いんだけどぉ、大丈夫なのぉ~?」
「今世の精霊王と妖精王まで揃ってるのに、いまさらボクが増えた所でたいして変わらないと思うんだけど?」
「同じようなことをぉ、スファレちゃんも言ってた気がするよぉ~」
「とにかく一度この洞窟を出ようよ、せっかくだから地脈の源泉でも見ながら話をしないかい?」
竜の姿で動き回る体力が無かったので洞窟内に留まっていたけど、人化して抱っこできるようになったから移動も可能だ。確かにこんな場所より外のほうが、気持ちよく話ができるな。
◇◆◇
洞窟の外にあった大きな池は水ではなく、地脈が可視化されたものらしい。神域と呼ばれるこの場所は地脈を汲み上げる井戸のような役目があって、ここから様々な場所に力を流している。
そんな場所に去年の夏前、どこからともなく現れたのが邪魔玉だった。
そのまま放置すれば地脈を汚してしまい、大陸全土に悪影響が出る。邪魔玉を外に持ち出そうとしても、起動キーになる真竜の血に邪気が干渉し、転移装置が働かない。
結界を解除すると再展開に長い時間がかかり、地脈を汲み上げる力が大幅に低下する副作用もある。真竜といえども万能ではなく、本来の役目は世界を見守ることなので、自分の力で浄化する手段もない。
そのため苦肉の策として体の中に取り込み、力を内側に使い続けることによって、邪気を封じ込めていたそうだ。まさに身を挺して、この大陸を守ってくれていたという訳だな。
「俺や真白がこの世界に来てから平穏に暮らしていけたのは、ディストのおかげだったんだな」
「ディストにーちゃん、ありがとう!」
「いやいや、まさか外界でも同じようなことが起きてたなんて全く知らなかったから、ボクの方こそありがとうだよ」
「ここで発生した邪魔玉は浄化に一番時間がかかりましたから、かなりたちの悪い物だったと思います。その影響を抑え続けてくれたから、こうして旅を続けることが出来たんですよ。だから、ありがとうございます」
「ボクは崇められたり、祭り上げられるような経験しかないから、こうやって直接お礼を言われたりするのは、ちょっとくすぐったいね」
「こんな姿になるまで頑張ってくれたんだから、素直に受け取っておいてくれ」
抱き上げているディストの頭をそっと撫でると、目を細めて嬉しそうな顔になる。神に近い存在だったとしても、こうしている姿はただの少年だ。
そんな話をしながら歩いていると、地脈の源泉と言われる池の近くまで来た。
池の近くにある木は泉の花広場にあった霊木より小振りなものの、森で見かける野生の木よりはるかに立派だ。周りには花も咲いていて、地面は芝生のような草で覆われている。
「外の世界では見たことのない花があるわ」
「この結界内は外界と環境や生態系が違うからね」
「妖精や精霊いない、その違いのせい?」
「ここで生活をしてもらうのは全く問題ないんだけど、入ったら出られなくなって可哀想だから、連れて来ないことにしてるんだ」
さっきまで使っていた布製のレジャーシートを再び広げ、座ってゆっくりと話をすることにする。まだ陽の光も眩しい時間なので、しばらくのんびりしても大丈夫だろう。
ライムとディストを膝に乗せながら、今夜はこの場所に泊まらせてもらおうか、俺はそんな事を考えていた。
様々な情報が一気に判明しますが、なるべく分散して出すようにしています。




