第191話 灰色の竜
どんな時でも家族は一緒、みんなの気持ちを一つにして入った洞窟は、奥が広場になっていた。天井の高さがあるせいで部屋は薄暗く、コールが出してくれた四個目の照明魔法を使っても、部屋の隅まで光は届かない。
そこに寝そべっている竜の体は今まで見た中でも一番小さく、体は古い銀製品のように濁った灰色をしている。
俺たちが近づいても全く反応しないので死んでいるようにも見えるが、感知魔法にも反応するし呼吸音もちゃんと聞こえていた。
『おい、大丈夫か?』
『体の調子が悪いの?』
『……やあ、迎えに来てくれたんだね』
俺とライムの声に反応した竜は、薄っすらと目を開けて弱々しい声でそう言うと、再び目を閉じてしまった。
『迎えに来たってどういうこと?』
『誰か待っていたのか?』
『……………』
『俺たちは貴方の体の中にある、邪気を出す玉を浄化しに来たんだ』
『ライムのかーさんが、邪魔玉を綺麗にしてくれるんだよ』
『……ダメだよこれは、いくら君でも触ると何が起こるかわからない』
「リュウセイ君、ライムちゃん、この竜は意識が朦朧としてると思うわ」
「夢と現の間を彷徨っている感じだな」
「お兄ちゃん、竜の体ごと浄化してみるよ」
『このままだとまともな会話ができそうもないし、それしか無いか……』
『かーさんお願い、この人をはやく助けてあげて』
真白の強化を一倍に戻し、何があってもすぐ動けるように、同化したまま竜に近づく。
《キュア》
呪文を唱えて魔法を行使し始めたが、すぐ諦めて竜から離れてしまった。
「マシロどうしたの? まだ邪魔玉、反応ある」
「あのね、浄化しようとしても全然手応えがないんだよ」
「それは魔法を受け付けないってことかしら?」
「うん、そうだよヴィオレさん。いつもみたいにマナが抜けていく感じがしないんだ」
『この竜自体が結界になっておるのかもしれんな』
『こちらに邪気が一切流れてきていませんし、その可能性が高そうですわね』
『ったく、厄介な状態で寝やがって……おいこら、起きやがれ!』
『……………』
体内に取り込んだ邪魔玉を、なんとか外に出してもらおうと話しかけてみたが、竜は何の反応も返さない。
『これは無理にでも出してもらわないとダメだな』
『どうやって取り出すの、とーさん』
『それはな――』
その方法をみんなに伝え、ソラにはできるだけ正確に邪魔玉の位置を探ってもらった。俺とライム以外は入り口まで退避した上で、アズルが二倍強化の完全防御障壁を張って守りを固める。
邪魔玉に使われている玉はかなりの強度があり、多少乱暴に扱っても壊れる心配はないから、この方法でも大丈夫のはずだ。
『後で文句はいくらでも聞くから、今だけ我慢してくれ』
『怪我してもかーさんが治してくれるからね』
今からやる行為で発生するのは、怪我というより一種の状態異常かもしれない、そんなことを思いながら灰色の竜に近づく。
後ろの方に回り込むと太くて立派な尻尾をしっかり掴み、脇に抱え込んでからその場でぐるぐる回転する。いわゆるこれは、プロレス技でいうジャイアントスイングだ。
ソラの感知魔法によると、お腹の方に邪魔玉の反応があるらしいから、遠心力で吐き出してもらおうという作戦をとってみた。成長しきった竜だと俺とライムの同化でも難しいかもれないが、寝ていた竜はかなり小柄なのでこの技が出来る。
――グッ……グォォォォォォーッ!
竜の口から声とも叫びとも判別できない音がするけど、何かが抜けているならもうひと押しだ。全身に力を込めて、更に回転速度を上げた。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーっ』
『もう少しの辛抱だ』
『すぐ終わるからね』
『尻尾がぁー、尻尾がぁー、切れちゃうぅぅぅぅぅ、切れちゃうよぉぉぉぉぉーーーうぼあぁっ!』
流石に目を覚ましたらしいけど、一度回転してしまうと簡単に止められない。慣性力というやつだ。
最後にまともな言葉を発したあと、変な効果音とともに口から真っ黒の玉が飛び出す。そしてその瞬間、周りの空気が一気に重くなった。
『真白たのむ!』
『かーさん!』
「任せて! お兄ちゃん、ライムちゃん」
ゆっくりと回転速度を下げていき、なるべくそっと地面に横たえたが、竜の体はビクンビクン痙攣していた。地上最強の生物とはいえ、ちょっとやりすぎたかもしれない。
邪魔玉の浄化が終わったら、念の為に二倍強化で治癒魔法をかけてもらおう。
◇◆◇
『ボクは不滅の存在なんだけど、さっきは死を感じたよ……』
「あれ以外の方法を思いつかなかったんだ、本当にすまなかった」
「ごめんなさい」
真白の治療を受けると、気絶していた竜が目を覚ました。浄化して銀色に変化した体は、金属っぽい光沢ではなく、つや消し処理を施している感じだ。濁った色になっていたのは、邪気の影響だったらしい。
『おかげで目も覚めたし、体調も良くなったからそれはいったん置いておこう……
それより、色々聞きたいことはあるんだけど、そこにいる竜人族の子供は神子だね』
「ライムはみこって名前じゃないよ」
「そもそも、その“みこ”っていうのは何なんだ?」
『真竜の血をひく竜人族を、そう言うんだよ』
真白の治療で体調は良くなったけど力はまだ回復していないと、寝そべったまま銀竜は話をしている。俺たちも地面に布で作ったレジャーシートを広げ、時間的にティータイム気分になっていた。初めて竜に遭遇したシエナさんは、一言も喋らず俺の後ろに隠れているが……
邪魔玉と竜の浄化でマナを流しすぎた真白は、あぐらをかいた俺に抱きしめられるように座って、例の“お兄ちゃん成分”とやらを補給中だ。ライムは真白の膝の上でくつろいでいる。
ここに来るまではどんな状況かわからずに緊張したけど、こうしてちゃんと会話ができる相手で良かった。邪魔玉の取り出し方については目をつぶってもらうとして、竜族と対立なんてしたくないからな。
「しんりゅう、そんなの聞いたこと、読んだことない」
『人の歴史に残る存在じゃないから仕方ないけど、竜の神様くらいは聞いたことあるんじゃないかい?』
「竜神は竜人族の祖先じゃと、創世神話でも言われとる存在じゃな」
『さすが古代エルフ、よく知ってるね』
「つまりライムちゃんは、その古い血をひいているってことですか?」
『金色の瞳を持つ竜人族は真竜の血をひく神の御使い、つまり神子って言われるんだよ』
「ライムがその神子という存在だったとして、“しんりゅう”というのは一体どこにいるんだ?」
『目の前にいるじゃないか』
よくよく考えてみれば確かにそうだ。目の前にいる竜は、この大陸に存在すると言われている八色とは異なる、銀色の体をしている。
えっ……? ということは………つまり?
……この竜からライムが生まれたということか?
……あんな辺鄙な場所に卵を放置して?
……偶然ドラムが見つけてくれなかったらどうなった?
……この世界に生きる竜人族はこれが普通?
……自分の娘を、だぞ?
「なら、あんたがライムの親だっていうのか? なんであんな場所に子供を置き去りにしたんだ、例え邪魔玉の封印があったとしても、そんな事をして良いはずないだろ」
「お兄ちゃん、ちょっと落ち着いて。危険な場所にライムちゃんを置けなかったって理由があるかもしれないし、まだ目の前の竜がライムちゃんの親だって決まったわけじゃないよ」
抱きしめていた真白に腕を強く握られて我に返る。
初めて出会った時、俺にすがり付きながら寝ていた姿を思い出し、頭の中がグチャグチャになっていた。
「……そうだったな、申し訳ない。ついカッとなってしまった」
「銀の竜さんが、ライムのお父さんなの?」
『銀の竜ってのは呼びづらいね。
ボクの名前はディスト。神の竜とも言われてるけど、正確には真なる竜。真竜という竜族と竜人族の祖先にあたる存在さ』
目の前のディストと名乗った竜は軽く言っているが、創世神話に語られるようなはるか昔から、この世界で生きている存在ということになる。俺はそんな存在に、ついつい声を荒げてしまったのか。
たとえ目の前の竜がライムの親じゃなかったとしても、俺みたいな人間に子供は預けられないとか言われたらどうしよう。ちょっと嫌な汗が出てきた。
「ふぉぉぉぉぉー、今度は神話級の存在! 凄い、生きててよかった!!」
『すごく喜んでくれているところ申し訳ないけど、ボクなんてただの引きこもりだよ。この結界内は神域なんて呼ばれてるんだけど、ここから滅多に出ることはないからね』
『それで儂ら精霊王ですら知らぬ存在なのだな』
『ここに精霊や妖精たちがいないのも、その結界のせいなのですね』
『おぃおぃ、えれぇ場所に来ちまったじゃねぇか』
「世界の根幹に関わる者と、相まみえるとは思わなかったな」
『大陸の代表者みたいな人が集まってるから、ちゃんと話をしたいんだけど、そっちの子供が怯えてるから、ボクも人の姿になるよ』
「わたし子供じゃないもん、お姉さんだもん……
でも人の姿でお願いしますぅ、竜ってちょっと怖いですぅぅぅ~」
シエナさんは俺の背中にしがみついて、プルプル震えながら俺たちの話を聞いていた。横からちょっとだけ出した顔は半泣きで、確かにこのままだと可哀想だ。
『ただ、人の姿になると着るものがないんだよなぁ……
ボクは気にしないけど、人に裸で過ごす文化はないよね?』
「着替えは俺がいくつか持ってるけど、ディストさんの性別はどっちなんだ?」
『人たちの基準でいうと雄になるよ』
「目隠しに小屋を出すから、その後ろで着替えようか」
みんなとの間に野営小屋を取り出して準備すると、ディストさんの体が光りながら球体になって宙に浮く。それはライムが同化する時の状態とよく似ていた。
やがてそれが人の形に変化し、光が収まると少年の姿になる。
本人の申告どおり、ちゃんとついてる男の子だ。
「おっととと……」
「大丈夫か?」
「人化は久しぶりだからってのもあるんだけど、この姿になるのは結構力を使うんだよ」
よろけてバランスを崩した体を慌てて支え、倒れないように軽く抱きしめる。竜が人化できるというのも驚いたけど、この姿を見ると華奢な少年にしか見えない。
「ディストさんも邪魔玉の封印で疲れてるだろうに、申し訳ないな」
「それは気にしなくていいよ、あのままだと仮死状態にまでなっていただろうしね」
「そんなに危ない状態だったのか……」
「それで封印が解けたりしないし、死ぬこともないから、邪気が消えたらちゃんと生き返るよ。それが何年先か、何千年先かは判らないけど」
仮死状態になったディストさんの体は、彫刻のように固まってしまうらしい。そうなったら邪魔玉の取り出しは、困難を極めただろう。まだ意識のあるうちに出会えて本当によかった。
「そんな状態になる前に間に合ってよかったよ。
それとさっきは頭に血がのぼって、考えなしに酷いことを言って、すまなかった」
「謝る必要なんてないよ、それだけ大切にしてくれてるってことだからね。それに、あんな素直で優しい子に育ててくれて、ボクのほうが感謝してるくらいさ」
今すぐにでもライムの親について聞きたいけど、ここは我慢だ。
「しかし、この大きさに合う服はないな」
「力の使いすぎで、だいぶ縮んじゃったからなぁ……」
「元のディストさんは、もっと大きいのか?」
「元の状態だと地上にいるどの竜より大きくて、人化してもちゃんとした大人の姿さ。背の高さは君と同じくらいあるし、喋り方もこんな感じじゃなかったんだけど、肉体に引っ張られてるみたいだね」
「とりあえず、シャツと下着だけ身に着けよう」
ディストさんの身長はソラより大きくて、シエナさんより小さいくらいだ。俺の下着を通し紐で縛って半ズボンのように履き、小さめのシャツも着てもらった。それでも裾がヒザ下までかかって、ワンピースのようになってしまうのは致し方ない。
「それから今のボクはこんな姿だし、名前は呼び捨てでいいよ。なにせ神子が自ら選んだ人物なんだ」
「それならディストと呼ばせてもらうけど、ライムのことは神子ではなく名前で読んであげて欲しい」
「わかったよ、ライムだね」
「他の家族も紹介するから、元の場所に戻ろうか」
俺はそのままディストを抱きかかえて、みんなのいる場所まで戻ることにした。
発熱の時と同じく、主人公がライムに関して冷静でいられないのは、心の拠り所になってるから。
もし妹に何かあっても同じような反応をしますから、なんだかんだと彼女たちに依存してるわけです。
そして念願の(?)ショタキャラ登場!(笑)
 




