第189話 竜神殿の遺跡
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いつも助かっています。
目が覚めると、鎧戸の隙間から光が差し込んできている。紫月に入って徐々に気温は下がってきたが、こうして布団の中にいると暖かい。まぁこれだけ密度が高かったら、真冬でも大丈夫だろう。
「おはよう、ヴェルデ」
「ピッ!」
俺が目を覚ましたことに気づいたヴェルデが布団の上にちょこんと止まり、棚の方にいた四人の王たちも集まってきた。
「バンジオ、モジュレ、エレギー、エコォウもおはよう」
『よく眠れたか?』
「結界と精霊たちのおかげで、ぐっすり眠れたよ。ありがとう」
『今日はいよいよ遺跡に到着する日ですわね』
『おめーらが調査すんなら、何かおもしれぇもんでも見つかるんじゃねぇか?』
「竜人族に関する手がかりが見つかればいいだけどな」
俺によじ登って眠っているライムの頭を撫でてあげたいが、いま腕を動かすわけにはいかない。右腕はスファレにがっちりホールドされているし、左腕はソラが枕で使用中だ。その向こうにはシエナさんがいて、腕の残りを枕にしている。二人とも小柄だからできる技だな。
「そうして身動きできぬのは、いつ見ても大変そうだな」
「いつもの事だしもう慣れたよ」
「人というものは、そうして触れ合うことで発情という状態にはならないのか?」
「今はまだ、みんなの気持ちを受け止めるだけで精一杯だから、自分の欲望をぶつけたいと思えないかな」
「やはり前にいた世界の影響が大きいのか?」
「俺自身にも問題があったのは確かだけど、どうしても第一印象が悪くて敬遠されていたから、こうして触れ合ったりするのは経験値不足で、まだ手探り状態なんだ」
俺も健康な男だから、当然そういった欲求はある。それが抑えられている一番大きな要因は、娘のために良い父親でありたいという気持ちだろう。
その反面、大きくなったのは自分の独占欲だ。たとえ何があっても家族は誰にも渡したくないし、その対象はベルさんやケーナさん、最近だとシエナさんにまで及んできているかもしれない。
元の世界でも、真白との執り成しを依頼してくる男には塩対応で追い払っていたから、そういう素地はあったと思う。しかし、自分の気持ちをここまで占有するほど、大きくなるとは考えてなかった。
人とは異なる倫理観を持ったエコォウはどう判断するのか、ちょっと聞いてみたくなったので今の気持ちを伝えてみる。
「今の私にその善悪は判断できんが、なかなか興味深い話だ」
「エコォウは、こういった営みに関心があるのか?」
「私にそのような欲求はないが、今のイコやライザそれにヴィオレを見ていると、自分でも知りたいと思ってしまうよ」
「お互い勉強中というわけか」
「そうかもしれんな」
もしエコォウにも誰かを好きになったり、手放したくないという気持ちが芽生えたら、何かの拍子にライバル関係になったりするんだろうか。神樹祭の時にあれだけの人数を集められたんだから、他の妖精たちに好かれているのは確かだ。そしてナイスミドルと言っていい顔には、渋さと優しさがバランスよく同居している。
……どう考えても勝ち目は無いな。
「うふふ、リュウセイ君の気持ちを聞くことができて嬉しいわ」
「起きてたのか……」
いつの間にかヴィオレは俺の胸元に寝そべって、ニコニコしながらこちらを眺めていた。
「お話に夢中になってたから、私が移動したのに気づかなかったのね」
「どこから聞いていたのだ?」
「あら、エコォウも気づかなかったなんて珍しいわね。みんな割と最初の方から聞いてたわよ」
「もしかして全員起きてるのか?」
「いま起きてないのは、ライムちゃんとシエナちゃんくらいかしら」
ヴィオレの言葉を聞いて左右に視線を向けると、隣で寝ていたスファレやソラもバッチリ目を開けていた。
「おはよう、リュウセイ」
「朝から良いものが聞けたのじゃ」
聞かれて困る話ではなかったけど、自分の独占欲を知られたのは恥ずかしい。しかも誰か一人でなく、複数の女性に気持ちを向けているのは、元日本人の倫理観からすると非難される対象だ。この世界ではそれが許されているのは知っていても、まだまだ自分の気持が追いつかないのは仕方ないと思う。
そんな葛藤は真白にあっさり見破られ、改めて誰もそんな事を気にしないという意思表明をされてしまった。
朝一番で思わぬイベントが発生してしまったが、家族の絆がより深まったと思うことにしよう……
◇◆◇
朝ごはんを食べ終えて森の中の道を歩きはじめ、そろそろ遺跡の近くまで来たとスファレから告げられた。シエナさんの付いてこられるペースで移動したので、半日ほど余分に時間がかかっている。
しかし、セミまでのショートカットや、王都に一瞬で戻れるアドバンテージがあるので、全く無問題だ。
「今日のリュウセイくんってぇ、ちょっと疲れてる感じだよねぇ~。お姉さんの肩車で無理させちゃったぁ~?」
「疲れているわけじゃないんだ、体調は万全だから問題ない」
「かーさんやおねーちゃんたちは、きのうより元気だよ」
「朝からいいことがあったからねー」
「今日は最高の目覚めでした」
「勝手に聞いちゃって申し訳ないと思ったんですけど、嬉しかったです」
みんなが元気なのはいいことだ、うん。
いま肩車中のシエナさんからは、よくわかってないような気配が伝わってくるけど、このままでいてもらおう。知られたら思いっきり誂われそうな気がする。
「なんだか気になるなぁ~」
「今後の暮らし向きに関する話じゃから、時期が来れば自ずと知ることになるのじゃ」
「ライムちゃんとずーっと一緒だよって感じのお話かな」
「ライムもずーっと一緒がいいよ、かーさん」
「そうじゃな……折角じゃからシエナにも聞いてみたいのじゃが、構わぬか?」
「なになにぃ~? 何でも聞いていいよぉ~」
「お主にとって理想の伴侶のとういのは、どんな人物なのじゃ?」
「結婚なんて考えたことなかったけどぉ、ささやかな望みを挙げるとするならぁ……
毎日お風呂に入れてくれてぇ、着替えも手伝ってくれてぇ、添い寝もしてくれてぇ、ご飯を作って食べさせてくれてぇ、朝はやさしく起こしてくれてぇ、仕事場まで抱っこして送り迎えしてくれる人かなぁ~」
「生活力がゼロどころか、マイナスになってしまうのじゃ……」
全然ささやかじゃないし、いくらなんでも依存しすぎだ。シエナさんに知られない方がいい理由がもう一つ増えた、俺はダメ人間製造機になりたくない。
「でもでもぉ、突然そんな話するのってぇ、もしかしてリュウセイくん、お姉さんと結婚したいのぉ~?」
「残念ながら、その芽はいま摘まれた」
「何よそれぇ、この流れでそんなこと言うなんて酷いよぉ、お姉さん泣いちゃうぞぉ~」
ヴィオレとヴェルデや王たちがいるんだから、頭をポカポカ叩くのはやめて欲しい。全く痛くないけど、悪路で視界がブレると危なすぎる。
旅の間にかなり親しくなれたと思うし、気兼ねしないで済む人なので一緒にいるのが楽しい。惜しむらくは、この人として残念な部分だ。
「シエナ、自分から梯子外した」
「ほんと、もうひと押しなのにね」
「ソラちゃん、ヴィオレちゃん、一体どういうことぉ~? お姉さんにもわかるように説明してよぉ~」
そんな感じで賑やかに話しをしながら歩いていると、前方に開けた場所が現れた。いよいよ竜神殿の遺跡に到着したようだ。
『儂らはその辺をうろついとるから、何かあれば声をかけるがいい』
『聖域ほどではないですが、ここも力溢れる場所ですわ』
『おもしれーもん見つけたら教えてやるぜ』
「私も近くの妖精たちと話をしてみるよ」
四人の王たちが飛んでいった先には、中央にある円形の舞台を中心に、上部が丸まった太い柱のような岩が等間隔に並んでいる。柱の表面に刻まれた模様は風化しかけているが、まだ十分形として判別できた。
「四本の柱はぁ、東西南北に並んでるんだよぉ~」
「大きさは竜と同じくらいだな」
「バンジオおじーちゃんに会いに来たグンデルねーちゃんや、滝のところにきてくれたタムにーちゃんより、ちょっと大きいくらいだね」
「その二人って、二百歳と三百歳で若いから少し小さかったよね」
「空の散歩に連れて行ってくれたオーボさんが、ちょうどこれくらいの大きさでしょうか」
「うわぁ~、本物の竜に会ったことある人からぁ、すごく貴重な意見が聞けてるよぉ~」
約四百歳のチェレンはずっと寝そべっていたので大きさはよくわからなかったけど、一番最初に会ったドラムもこれくらいだったので、四~五百歳くらいで成長が止まるのかもしれないな。
「とりあえず調査の前に、お昼食べちゃおうか」
「わーい、サンドイッチの時間だー」
「たまごサンドは素晴らしい食べ物です」
「ライムはメンチカツサンドも食べるー」
宿泊施設で大量に作り置きしているので、移動中のお昼は毎日サンドイッチになっている。マヨネーズのおかげで種類が大幅に増え、ツナサンドに近いものまで生み出されたのは驚きだった。マヨネーズ様々だ。
美味しいものをお腹いっぱい食べて、午後からの調査を頑張ろう。
◇◆◇
自然石を切り出したような柱は、円形の舞台を中心に等間隔に並べられ、正八角形をかたどっている。そのうちの四本が正確に東西南北の方向になっていることからも、何かしらの意図が込められているのは確実だろう。
柱の表面に刻まれている模様は、神代文字や前史エルフ語とは異なり、象形文字に近い印象がある。この模様に関しては全く資料がなく、それが太古に竜文明が存在していた名残ではないかと、一部の研究者が主張する理由なっているらしい。
「柱に刻まれた模様は、どれも舞台の中心に向いてるんだな」
「この模様はぁ、方角を示す記号じゃないかって説もあるんだぁ~」
「なにかの絵みたいにみえるね、とーさん」
「それぞれの柱に刻まれた絵は違うけど、必ず真ん中で区切られてるのか……」
模様は小判型の枠の中に描かれていて、どれも斜めに分割されている。左上の模様は線の部分を彫る形、右下の模様は線だけ残して周りを彫る形になっていた。こうやって絵や文字を表現するのは、版画や判子を思い出してしまう。
「おかえりなさい、バンジオおじーちゃん、モジュレおねーちゃん、エレギーおにーちゃん、エコォウおじちゃん」
「なにか見つかったか?」
『この辺りは地脈の影響を受けているようだ』
『わたくし達は直接感じ取れませんが、力に満ちているのはその影響みたいですわ』
『こんな場所があんなら、俺様たちも気づきそうなもんだが、印象に残ってねぇんだよなぁ』
「近くの妖精たちに聞くと、我らは数年ぶりの来訪者だと言っていたぞ」
「以前ソラちゃんが、大きな地脈は山に沿って流れるって言っていたから、ここにあるのは小さいものなのかしら」
『儂らに地脈の規模はわからんが、このような場所はあまり存在せんはずだ』
「そんな場所を精霊王たちが覚えてないというのはちょっと気になるが、危険な場所ではないんだよな?」
「危なかったら所長に止められるしぃ、大丈夫だと思うよぉ~」
神殿と言われる場所だし、そういった力の集まる場所に作られる可能性は高い。みんなと一緒にあちこち回っているソラも、何か違和感を訴えてこないので問題ないだろう。
「あるじさまー、みんなー、こっちに来てみてよー」
「ソラさんが言うには、ちょっと変わった石みたいなんです」
「山の上にあった石、似てると思う」
「あれって山の高い場所でよく見る石でぇ、どうやってここまで運んだのか謎なんだよぉ~」
「とーさんおもしろそう、見にいこ!」
古代文明ミステリーみたいなテレビ番組でも、運搬方法のわからない巨大石とか取り上げられていたけど、この世界でもやっぱりあるんだな。とはいえ、あれくらいなら俺でも運べるし、巨大なマナを持った収納使いがいた可能性も考えられる。
舞台の上でワイワイ話している仲間たちのもとへ向かい、抱き上げたライムと一緒に中央に到着した時、突然それが起こった――
主人公の理性が強靭なのは、妹の過剰なスキンシップも原因です(笑)
(主人公はそれを経験値に入れていないほど日常茶飯事)




