第188話 たまご三昧
セミからヴォーセに移動する旅はトラブルなく終了し、馬車の返却や荷物の納品も終わらせた。レンタル馬車屋で馬の毛並みの良さに驚かれ、納品先で次々荷物を取り出す姿に驚かれたりしたが、いつものことなのでもう慣れた。
今夜の宿泊場所はピャチの街で利用した施設と同じく、国の関係者が一緒じゃないと利用出来ない場所だ。郊外にあって気兼ねなく過ごせるらしく、俺たちにとっては非常にありがたい。
旅の途中でシエナさんは肩車をご褒美にして、少しづつ歩く距離を伸ばしていった。朝が弱いのは相変わらずだが、くすぐらなくても起きるようになったのは大きな進歩だ。誰かに挟まれないと眠れないのは、ぬいぐるみや抱き枕で解決できないかと、密かに考えている。
「この街、卵安いって本に書いてた」
「卵を使った料理が有名だってぇ、所長も言ってた気がするなぁ~」
「新鮮な卵があったら、多めに買っておこうね」
「かーさん、まえに作ってくれたトロトロのごはんできる?」
「新鮮な卵があったらいくらでも作れるから、この街で探してみよっか」
「やったー!」
この世界で最初に旅したとき、隠密の女性が持ってきてくれた卵で作った、ふわふわオムレツは美味しかったな。街に住んでいると、新鮮なものは貴族や富裕層が優先されるので、なかなかまとまった量が手に入らない。卵料理はみんな大好きだから、この街の流通事情に期待しよう。
「それならまずは買い物に行くー?」
「お昼を食べられる場所も探さないといけませんね」
「卵料理の有名なお店に行って、手に入る場所とか聞いてみようか」
「さすがマシロじゃな、それなら一度に片付くのじゃ」
「マシロさんも色々な卵料理を作ってくれますけど、この街でどんな物が食べられるか楽しみです」
「あそこに見えるお店とかどうかしら」
通りの向こう側に何件もお店が並んでいる中で、ひときわ目立つ看板を掲げている建物がある。白い楕円形をした板の中心が黄色く塗られ、そこに大きく【金と銀の卵亭】と書かれていた。
建物も周りと比べて大きく、繁盛している食堂というのが外からでもわかる。名前も看板も卵を全面に押し出しているので、メニューの種類も多そうだ。
店内を少し覗いてみたが、お昼には少し早い時間にも関わらず席は結構埋まっていて、人気店っぽい感じなので入ってみることにした。
「いらっしゃい! 団体さんで来てくれるとは嬉しいね!
今日は卵を仕入れ過ぎちまったから、いっぱい食べていっておくれよ」
背が低くて恰幅のいいおばさんが、俺たちを見て笑顔で接客してくれる。種族の多さを全く気にしていない辺り、おおらかなのか懐が深いのか。
その人当たりの良さは、元の世界でよく通っていた商店街にあった、八百屋のおばさんみたいだ。無茶苦茶明るく、いつも俺と真白を夫婦扱いする人で、必ず何かおまけしてくれてたな。
「仕入れすぎって、大丈夫なんですか?」
「いつもの三倍ほど仕入れちゃってね、どうしようかって旦那と相談してるところさ」
「あした使ったらダメなの?」
「ウチの売りはその日仕入れた新鮮な卵を使うってとこだから、お客さんを裏切るわけにはいかないんだよ」
真白には少し困った顔をしていたおばさんだが、ライムの質問に胸を張って答えている。そんな確固たるポリシーを持ったお店だから、繁盛しているんだろう。しかし、これは俺たちが手を貸せるんじゃないだろうか。
「もし良かったら、使い切れない分を買い取らせてもらえませんか?」
「そりゃぁ助かるけど、見たとこお客さんたちは旅行客か冒険者だろ? ウチはこんなお店だから、普通の家じゃ使い切れないくらいあるよ」
「食べ物をそのままの状態で保存できる家族がいますので、どれだけ量があっても大丈夫なんです」
「卵くらいの大きさなら、いくらでも収納してあげるわよ」
「ちっちゃいのに凄いんだねぇー。とにかくウチとしては大助かりだから、お願いしてもいいかい?」
ヴィオレを見ても何も言わない辺り、やはり物事に動じない性格みたいだ。
おばさんに案内してもらった倉庫には大量の卵が保管されていて、それを次々収納してしまうヴィオレの姿に、おばさんは羨ましそうな視線を向けていた。時間停止機能がついた収納は、食品を扱う人にとって喉から手が出るくらい欲しい存在だから、その気持は良くわかる。
時空収納がなくてもヴィオレは大切な家族だから、一緒にいられない生活なんて想像するのも嫌だ。仮にスカウトされても、首を縦に振ることはないだろう。
◇◆◇
お店で使い切れない在庫を全部買い取ったら、今日の食事代を無料にしてくれることになった。誤発注は良くある数字の書き間違いで、仕入先の担当者も新人だったので、誰も疑問に思わず納品してしまったそうだ。
おかげで新鮮な卵が大量に手に入り、テーブルの上には美味しそうな料理が次々運ばれている。
「かーさん、すごくおいしそうだね」
「卵づくしだよー」
「お店の名前が金と銀なのが良くわかります」
目玉焼きにしたものや、たくさんの具と混ぜて丸く焼いたもの、野菜やお肉と炒め合わせたものもある。俺が注文したものは、お肉に卵液をつけて焼いた、ピカタのような料理だ。とても美味しそうだけど、お皿の上に気になるものが添えられている。
それは、付け合せの野菜と一緒に盛られている、淡い黄色をした粘り気のあるソースだ。もしこれがマヨネーズなら、他の街で手に入らない材料が使われているのは間違いないだろう。なにせマヨネーズは、真白がこの世界でまだ再現できてない。
少しだけスプーンですくって食べてみると、独特の酸味と油っぽさがある。お肉に合うように味がつけられていて、元の世界のものとは多少違うけど、口当たりはマヨネーズそのものだった。
「真白、これをちょっと食べてみてくれ」
「お兄ちゃん、それってまさか……」
「食べたらわかる」
口を可愛く開けて“あ~ん”をした真白に、マヨネーズを乗せたスプーンを差し出すと、少しだけ匂いを確かめてパクリと口に入れる。
咥えたスプーンをなかなか離してくれないのは、間接キスを堪能してるからだろう。こんなちょっと残念なところは相変わらずだけど、嬉しそうにしてる姿が可愛いから好きにさせておこう。
「この味を出せるお酢が無くて、マヨネーズ作るの無理だったんだよ! これって普通に買えるのかなぁ……」
「おや? そのソースが気に入ったのかい?」
「はい、ちょっと酸っぱくてコクもあって、すごく美味しいです」
「そいつはウチの特製だからね、喜んでもらえて何よりだよ」
「これって新鮮な卵に、酸っぱい材料と油をよく混ぜ合わせて、作ってますよね」
「へぇー、お嬢ちゃんよくわかったね!」
「その酸っぱいものって普通に手に入るんですか?」
「あぁ、この街にある大きな酒屋に置いてるよ」
おばさんに酒屋の場所と商品名を聞いた真白は大喜びで、今日手に入れた卵を使って作ってみると張り切っている。かなりかき混ぜないとダメみたいだから、俺も手伝おう。
このマヨネーズに使われている材料は、白ワインビネガーに近いものらしい。今までは地球で言うところの、お酢が手に入らなかったのでマヨネーズ作りは諦めていたが、これさえあれば大丈夫とのことだ。
「マシロちゃんの料理がぁ、また進化するのねぇ~」
「この喜びかた、凄いもの出来る予感」
「シエナの調査に付き合ったおかげじゃな」
「シエナおねーちゃん、ありがとう」
「えへへぇ~、そう言ってもらえるとぉ、お姉さんも嬉しいよぉ~」
色々な街に行ってみるのは、こうした発見があるから面白い。セミの街では石焼き芋が作れるようになったし、ヴォーセではマヨネーズの材料を発見した。
料理も美味しく気さくなおばさんがいる食堂で思わぬ収穫を得た俺たちは、満腹のお腹を抱えながら街へ繰り出す。いざ、マヨネーズに向けて!
◇◆◇
宿泊施設に到着してからは、ひたすら卵を混ぜ続けた。乳化という現象を起こすまで一心不乱にやって欲しいとお願いされ、油を少しづつ加えながら無心で混ぜた。途中から妙に楽しくなったのは、ランナーズハイみたいな現象だろうか。
材料は卵黄と油にお酢がメインで、ハチミツと塩も少し使っている。香辛料やマスタードのようなものは一切使わない、小さな子でも食べやすいマヨネーズだ。
余った卵白はライムたちも参加してメレンゲにしている。
それで作ったおやつのクッキーは、サクサクしてとても美味しかった。
「みんなお待たせー、今夜はふわとろオムレツと、お芋のサラダだよ」
「やったー、トロトロのごはんだー!」
「こんなに大きな卵料理って初めてだねー」
「なんだかすごく贅沢な気がします」
黄色いラグビーボール型のオムレツをスプーンで少し崩してみると、湯気とともに野菜やミンチと一緒になった、半熟の卵が流れ出した。出来たものからヴィオレが収納してくれるので、熱々のオムレツからいい匂いが漂ってくる。
「お昼に食べたのは良く焼いたのばかりだったけどぉ、マシロちゃんが作るとこんなに柔らかく出来るんだねぇ~」
「こっちの世界の人は、新鮮な卵でもよく焼いて使うのが基本みたいなので、珍しい料理だと思いますよ」
以前、旅の途中に出会った行商の女性に新鮮な卵をもらった時も、半熟目玉焼きを食べて感動していたな。せっかくの新鮮な卵を普通に焼いたら、ちょっともったいない気がする。
「こっちのサラダ、甘くて美味しい」
「これはセミでもらった芋じゃな」
「焼いたお肉の塩辛さが、うまく味を引き締めるんですね」
「お兄ちゃんに頑張ってもらったマヨネーズがあると、こんなサラダも作れるんだよ」
コールも甘い芋と塩辛い肉の組み合わせが想像できなかったらしく、サラダを食べながら何度も感心している。
しかし、こんなに美味しいものが食べられるなら、マヨネーズ作りを頑張ったかいがあるというものだ。
「どっちもすごくおいしいしいよ、かーさん」
「今日の料理も野菜がいっぱいだけどぉ、普通に食べられるようになったよぉ~」
「野菜嫌いが治って良かったじゃないか」
「シエナちゃんも旅の間に、お肌の艶とか良くなってきてるわよ」
「普通は長旅に出ると荒れるんだけどぉ、美味しいご飯とコールちゃんのおかげねぇ~」
「シエナも黒の魔法が使えると良かったのじゃがな」
「ホントだよぉ、そしたらリュウセイくんにお願いしてぇ、好きな魔法に変えてもらえたのにぃ~」
シエナさんの魔法は、赤の飛翔系で風属性だった。全く使う機会がないので宝の持ち腐れらしく、魔法の色は変更はできないのか真剣に聞かれている。俺としては緑の身体補助で、持久力の上がる水属性でも良かったんじゃないかと思ってるが……
「色は持って生まれたものと言われてるから、変更できないのは仕方ないかもしれないな」
「枠も一つだけだったしねぇ~」
「シエナ黒だったら、もっと動かなくなる気する」
『風呂とかぜってー入りそうもねぇな』
『食事も面倒だからと、倒れるまで水だけで過ごしそうですわ』
『暗くなっても本を読んで、ますます朝が弱くなるかもしれんな』
「着火など覚えたら、使い所を間違えて本を全て灰にしかねんぞ」
「本を燃やしたりなんてしないよぉ、私そこまでドジじゃないもん!
清浄とぉ、製水とぉ、照明はぁ、と~っても欲しいけどぉ~」
やっぱりその三つは欲しいんだ。
ホントにこの人に黒が発現しなくて良かった。もし色の変更ができるようになっても、絶対教えないようにしよう。
初めてマヨネーズが食卓に上った夕食は、こうしていつもより少し賑やかに過ぎていった。
卵黄を多く使った衣で揚げる天ぷらを〝金ぷら〟、卵白を多く使ったものは〝銀ぷら〟といいます(豆知識)




