第17話 迷子と治癒魔法
目が覚めると今朝も体の上に心地よい重みと、左腕にまろやかな感触がある。真白に発現した新しい魔法は、接続した人同士のマナを一つにして共有するものと、そのマナの量がわかるという素晴らしい効果があった。しかもライムの持っているマナの量は、一般的な人より一桁多いという驚くべきことも判明した。
このマナ共有という魔法は永続的なものなのかまだわからないが、収納できる容量を向上させたり、治癒魔法の利用回数を増やしたり、魔法を使う上で大きな助けになることは間違いない。
「……お兄ちゃん、おはよう」
「おはよう、真白」
「ライムちゃんは、今日もお兄ちゃんの上だね」
「いつも夜中に登ってくるみたいなんだが、まったく気づかないんだよ」
「ライムちゃんって見た目以上に軽いもんね」
「毎日しっかり食べてるし、痩せ過ぎてる訳じゃないと思う」
「体を拭いてあげる時も見てるけど、それは大丈夫なはずだよ」
「ライムにも羽があるし、竜族のドラムは種族スキルで空を飛んでいたから、もしかしたら同じような能力を持っているのかもしれないな」
「あの羽って、とっても可愛んだよー」
「初めて見たときは大騒ぎしてたもんな」
「心配して見に来てくれたお兄ちゃんに、裸を見られちゃったね」
「俺も考えなしに飛び込んで悪かったよ」
「それは別に構わないよ、呼んだのは私だし。それより、私の姿を見て興奮した?」
「……なにを言ってるんだ、お前は」
いたずらっぽく微笑む真白に、いつもの調子で答えを返せなかった。しかし、あの時は興奮するというより、綺麗なものに見とれていたという方が、正しいのかもしれない。雑誌のグラビアやネットの画像で、女性の水着姿や扇情的なポーズをとった写真を見ることはあるが、そのどれよりも美しいと感じた。
「ねぇ、今日はどうするの?」
「真白はまだ雑貨屋とこの宿くらいしか行ったことないだろ?」
「うん、後は教会と冒険者ギルドだけかな」
「今日は三人で街を色々見て回らないか?」
「お兄ちゃんとデートだね!」
「ライムもいるけどな」
「家族でデートだね!」
何故かデートにこだわっているが、真白にこの街を案内してやりたい。あまり大きな街ではないし、観光地でもないので見る場所はあまりないが、お店を回ってみたり街の外にも少し出てみるのもいいだろう。
「ライムが起きてきたら、朝ごはんを食べて出かけようか」
「今日は三人で手をつないで歩こうね」
「時間もあるしそれがいいな」
前回三人で出かけたときは、ライムを肩車したり抱き上げたりして移動したが、今日は時間も十分あるし、のんびり歩く方が楽しそうだ。そんな時間を増やせば家族の絆も、もっと深まるような気がする。
◇◆◇
朝食を食べて少しだけ休んだ後、三人で手を繋ぎながら通りを歩く。今日は一日お出かけをすると聞いたライムは大喜びで、今もニコニコしながら俺と真白の手を取って歩いている。
「かーさんにライムの知ってるお店を、いっぱい教えてあげるね」
「お母さんはこの街のこと全然知らないから、お願いねライムちゃん」
「途中でお菓子も買っていこうな」
「「やったー!」」
ライムだけじゃなく真白も大喜びだ、やはり女の子は甘いものが好きらしい。この街で売っているお菓子の種類はあまり多くないが、クッキーのような焼き菓子の他に飴もあるし、薄く焼いたちょっと固くて甘いせんべいのような物も売っていた。真白も簡単なお菓子を時々作ってくれたので、道具や材料があればこの世界でも食べられるかもしれない。
「そういえば真白、昨日共有したマナって今もそのままなのか?」
「うん、さっきも確かめてみたけど、三人分のマナが全部一つになって見えてるよ」
「つまりマナ共有っていうのは、パッシブスキルみたいなものか」
「接続を切る呪文は考えてないから、これで三人の絆は永遠だね」
「ずっと仲良しなのはうれしい」
共有する時は呪文を唱えながら額にキスするという、ちょっと恥ずかしい方法をとっていたので、親しい人限定で解除は考えていないんだろう。この世界にないチートスキルだから、自分たちの家族や仲間になれる人とだけ繋がる方がいいと、真白も俺と同じ判断をしたみたいだ。
「真白とライムがいてくれるから、収納魔法の限界に挑戦してみたくなるな」
「どれくらい大きなの入るかな」
「お兄ちゃんがいま入れてる量だとほとんどマナが減らないから、家ごと収納できたりして」
「固定されている物の一部を収納するのは無理みたいだから、地面にしっかり建っている家は入らないと思うが、テントみたいに持ち運びできるものなら大丈夫だろう」
「小さな小屋とか入れられたら、どっか旅する時とか便利そうだね」
「いっしょに寝られるベッドもほしい」
カバンにしまったものを全て一つの荷物として収納できるので、小屋に設置した家具もひとまとめに扱えそうだが、そういった特注のものを作ってもらうのが大変そうだ。
「三人で旅行とか行けるようになるかな」
「真白やライムは、どこかに旅行とかしてみたいか?」
「そう言われてもこの世界のことを知らないし、行ってみたい場所とか思いつかないよ」
「ライムもよくわからない」
「お兄ちゃんはどうなの?」
「この街は住みやすいし気に入ってるけど、生活に余裕が出て武器の扱いにも慣れてきたら、他の竜人族を探してみたいと思ってる」
「お兄ちゃん武器の使い方とか練習してるの?」
冒険者ギルドでダンジョン探索の訓練メニューがあり、それに何度か参加して武器の扱い方も習っているが、やはり今まで握ったことがなく水泳とは使う筋肉も違うので、なかなか上達しない。
「冒険者ギルドで教えてもらってる」
「両手で剣をもって、ふりまわしてるとーさんカッコイイよ」
「危なくない?」
「護身目的に身につけておく方がいいと、シンバにアドバイスを貰ったから習い始めたんだが、真白は反対か?」
「日本とは違う世界なんだし、お兄ちゃんなら誰かを傷つけたりしないと思うから反対はしないけど、危ない依頼とか受けないでね」
「戦闘の出来る仲間を作らずにダンジョンに行くつもりはないし、各地を転々としながら旅してると言われる竜人族を探す時に、森の中とかで獣に襲われないように習ってるんだ」
「そっか、ライムちゃんの仲間か……」
「ライムはもう俺たちの娘だから、仲間が見つかったからって別れるつもりはないが、やはり竜人族のことは詳しく知っておきたいと思うんだ」
「とーさんはライムのこと、いっしょうけんめい考えてくれるから大好き!」
「私たちとは違う種族なんだし、やっぱり詳しいことは聞いておく方がいいよね。お兄ちゃん、私も竜人族を探す旅に出るのは賛成だよ」
治癒魔法の使える真白がいてくれると、長期間の旅も随分楽になると思う。それに食事に関しても、頼りにできるのがありがたい。まだまだこの世界のことを知らなすぎるし、戦闘に関しても素人同然なので旅には出られないが、真白と出会えたことで目的へ大きく前進した。知らない世界を見て回りたいという好奇心もあるし、少しづつ準備は進めていこう。
◇◆◇
色々な店を見て回り、お昼も屋台で済ませた後に、次はどこに行ってみようかと通りを歩く。午前中ずっと手をつないで歩いていたライムは、今は俺の肩の上で楽しそうにしている。落ちないように両足を掴んでいるので、肘を張った格好になるが、真白はその部分に手を回して嬉しそうに寄り添っていた。
「屋台の料理ってお祭りみたいで美味しく感じるね」
「あまり凝ったものは出してないはずなのに不思議だな」
「ライムは家でたべるのも、屋台でたべるのも、かーさんのコロッケも全部すき」
「今度はハンバーグも食べさせてあげるからね」
「すっごく楽しみ!」
「俺も楽しみだ」
ハンバーグは子供の好きなメニューの定番だし、俺の好物の一つでもある。道具屋で料理に使う道具を買っていたから、またこの世界にないものを生み出してくれるだろう。
「あれ?」
「どうした、ライム」
「とーさん、あそこ……あっちにある建物の所に、ちっちゃな子がうずくまってる」
肩の上にいたライムが何かに気づき、頭を掴んでいる腕に少し力を入れて教えてくれる。彼女が指差した方に注目してみたが、ここからだと石で出来た階段の影になってよく見えない。
その方向に近づき階段を回り込んでみたら、建物に挟まれて死角になった部分に小さな女の子が座り込んでいた。それを見た真白が慌てて近づき、その場にしゃがんで話しかける。
「こんな所でどうしたの?」
「……お母さん、いなくなった」
「だいじょうぶ?」
第一発見者のライムも肩から降りて、その子の近くに行って覗き込む。こちらから話しかけても顔を上げてくれないが、着ている服は上等で裕福な家の子供のようだ。
「お姉ちゃんたちが、お母さんを一緒に探してあげるよ」
「おひざ痛くてもう歩けない、それに知らない街だからどこかわかんないの……
うぅっ……うわーぁぁぁん、おかぁーさーん」
「転んで擦りむいちゃったんだね、お姉ちゃんが治してあげるからちょっと動かないでね」
「かーさんが治してくれるから泣かないで」
膝を抱えるように座っていた子供が顔を上げると、スカートから覗いた膝に擦り傷ができて血が滲んでいた。そのまま泣き出してしまった子供の頭をライムが優しく撫でているが、不安と寂しさと痛みで泣き止む気配はない。傷口が少し汚れているので収納から水と手ぬぐいを取り出して、それを湿らせた後に真白に渡す。
「少しだけ傷口を触るから我慢してね」
「いたいよー、おかーさぁーん」
「だいじょうぶだからね」
ライムが子供の頭を抱きしめているので、俺もしゃがみこんで頭を優しく撫でてあげる。傷口を拭き終えた真白がその部分に軽く手を当てると、一拍おいてから呪文を唱える。
《ヒール》
ゲームのように光ったりするエフェクトは無いが、当てていた手を離すと擦り傷はきれいに治っていた。傷のあった部分をもう一度濡れた手ぬぐいできれいに拭いているが、今度は痛くないみたいで泣き声が大きくなることはなかった。
「どう? まだ痛い?」
「うわーん、おかぁーさーん、おひざが……あれ? 痛くなくなった」
初めて治癒魔法を見たが、本当に怪我が一瞬で治ってしまうのには驚いた。子供の泣き声を聞いて、近くに集まってきていた通行人からも、「おぉ~」という感嘆の声が聞こえる。
「立てる?」
「……うん、もうだいじょうぶ」
ライムに手を取ってってもらい立ち上がった子供は、少し身長が高いので幼稚園の年長組か、小学校に入りたてくらいの年齢だろう。座り込んで汚れてしまった服をライムに手で払ってもらいながら、俺たち三人を不思議そうに見渡してくる。
「お姉ちゃんが治してくれたの?」
「そうだよ、もう大丈夫でしょ?」
「うん、痛くなくなった」
「かーさんは白い魔法が使えるんだよ」
「白が使える人はすごいって聞いたことある」
目の前で起きたことに頭が一杯になったのか、子供も普通に話をしてくれるようになった。ライムと真白が事情を聞いてくれてい間に、俺も手がかりを探してみようと立ち上がる。
「誰かこの子の母親について知らないだろうか」
「この辺りでは見ない子だね」
「最近引っ越してきたか、親戚の家に来た子じゃないか?」
「服も上等だし多分西区に住んでるんだろう」
周りに集まってきた通行人に聞いてみたが、どうもこの街の住人ではないみたいだ。それに西区は貴族や裕福な人が集まる住宅街で、まだ一度も足を運んだことはない。
「あっ、そうだ! 親切にされたらお礼を言いなさいって、お父さんとお母さんに言われてたんだった」
急に何かを思い出したように声を上げた子供が、こちらに向かってペコリと頭を下げる。
「私の名前はピアーノって言います、助けてくれてありがとうございました」
「私の名前は真白っていうの、よろしくねピアーノちゃん」
「ライムっていうの、なかよくしようねピアーノちゃん」
「俺の名前は龍青だ、お母さんは必ず見つけてあげるからな」
お礼もちゃんと言えるし言葉遣いも丁寧だし、両親にしっかりと教育も受けているみたで、やはり西区に住んでいる家庭の可能性が高そうだ。どうやって母親を見つけようか考えていると、人混みをかき分けるように一人の若い女性が飛び込んできた。
「ピアーノちゃん!!」
「あっ! お母さんっ!!」
「見つかって良かった、探したのよ」
「ごめんなさい、お母さん」
ピアーノは女性のもとに走っていくと、もう離れないとばかりに抱きついている。周りから聞こえてくる住人たちの会話によると、野次馬で集まっていた人たちの一部が子供とはぐれた女性を探しに走り、場所を伝えてくれたらしい。この街の人たちは親切な人が多くて、ますますここが好きになった。
「見つかってよかったね、ピアーノちゃん」
「うん、ありがとうライムちゃん」
「この人達は?」
「えっとね、転んでお膝を怪我しちゃったんだけど、マシロお姉ちゃんが治してくれたの」
「怪我って、膝には何も跡がないわよ?」
「お姉ちゃんは白の魔法使いなんだって」
「まぁ、そうなの!? 娘が大変お世話になりました」
「いいえ、大したことはしていませんから」
「そんな事ありません、白の魔法を使える方がこんな場所に偶然いて下さるなんて、奇跡のようですわ」
「それにライムちゃんには友だちになってもらったし、リュウセイお兄ちゃんには頭を撫でてもらったよ」
「本当にありがとうございました」
「ライム、お友達がふえてうれしい」
「お母さんが見つかってよかったな」
その後、少しだけ話しをして別れたが、ピアーノとライムはお互いが見えなくなるまで手を振りあっていた。二人はこの街にある母親の実家に、子供を連れて初めての帰省していたそうだ。父親は仕事の都合で来られなかったので、母娘二人で街を散歩していたら、少し目を離したスキに離ればなれになってしまったらしい。
「無事再会できてよかったな」
「かーさんの魔法、はじめて見たけどすごかった!」
「ちゃんと使い方を練習しておいて良かったよ」
「俺も初めて見たが、ちょっと感動した」
「せっかくこんなに役に立つ魔法が発現したんだし、私も明日からギルドの依頼を受けてみることにする」
「そうだな、明日はみんなで冒険者ギルドにいくか」
「みんなで行くのは楽しみだね」
明日の予定も決まり、俺たち三人はまた街を少し回ってから宿に帰った。途中で少しハプニングはあったが、家族揃っての外出はとても楽しいものになった。




