第187話 万能薬
生産者の男性に石焼き芋をおすそ分けして作り方を伝えると、その手軽さと美味しさに驚いていた。この世界では煮るレシピしか無かったので、焼いて食べたのは初めてだったそうだ。
特別な道具が必要ないということもあり、今年から試験的に販売してみるらしい。この街の新しい名物になるかもしれないな。
◇◆◇
予定より少し遅くなったけど、いよいよ街から出て街道を進み始める。二人の馬も元気に荷台を引っ張り、御者をやっている俺の膝にはライムが座ってごきげんだ。
「馬車のたびは楽しいね、とーさん」
「景色を見ながらのんびり移動できるから、父さんも大好きだ」
「普通はこんなに荷台を広々と使えたりしないんだけどなぁ、それに狭くて固くて揺れるから気持ち悪くなったりするんだよぉ~」
「乗り物酔いになったら、私に言ってちょうだいね」
「ヴィオレちゃんが女神すぎるぅぅぅ~」
荷台に置いてるのは靴とわずかな雑貨だけだし、床はイコとライザの手によって完璧に掃除され、クッション性の高い敷物で覆われている。荷運びのお礼も兼ねてグレードの高い荷台を貸してもらっているので、居住性に関しては以前の旅よりさらに上質だ。
「坂道になったらまた歩こうねー」
「馬車に乗りっぱなしだと、体が鈍ってしまいますからね」
「私もヴェルデと一緒に、時々走りに行こうと思います」
「ピルルルルー」
「うぅ~、歩くのやだよぉ~」
「シエナ、小人族の私より体力ない、もっと歩かないとダメ」
「旅の途中で死んじゃうよぉ~」
「疲れた時はリュウセイに肩車してもらうと良いのじゃ」
「お兄ちゃんの肩車も、旅を楽しみむ重要な要素だからね!」
「お姉さんの命はぁ、リュウセイくんの肩車に託すよぉ~」
「肩車もするし馬の背中にも乗せるから、動けなくなるまで安心して歩いてくれ」
「動けなくなる前にお願いしますぅぅぅ~」
本当に反応がいいな、この人は。この調子で最後まで旅ができるなら、定期的に調査に参加してもいいくらいだ。年に何回も行く羽目になったら、本人は嫌がるかもしれないが……
『ホント、オメーはぐーたらだな。チェレンのやつに匹敵するんじゃねぇか?』
「あの竜はこちらから声をかけないと起きないからな」
『朝起きられぬ辺り、よく似ておるかもしれんな』
『人というのは、そんなに眠っていられる存在ではなかった筈ですものね』
「王たちのお言葉が、心にグザグサ突き刺さってくるぅぅぅ~」
数日一緒に暮らしてため、四人の王たちにもシエナさんの自堕落ぶりが周知されていた。この旅の間にどれだけ改善するか、できるだけ頑張ってみよう。
◇◆◇
お昼を食べてしばらく進んだ場所でそれはやってきた、目の前に伸びる坂道だ。勾配はそれほどではないものの、どこまで続いてるかここからだと見通せない。
「よし、みんな降りて歩こうか」
「クリムさん、アズルさん、あそこにある木まで競争してみませんか?」
「望むところだよー」
「お昼を食べて十分な時間が経過しましたし、受けて立ちましょう」
「ライムもさんかするー」
「俺は荷台の回収と馬具の付替えをやるから、誰か合図を頼む」
進化状態で旅を続けているヴェルデに三倍強化をかけ、馬たちについている革具を外していく。スタートの合図は真白がやってくれたらしく、四人が土煙を上げながら坂道に駆け出していった。
「うわぁ~、ライムちゃんも速いなぁ~」
「最近リュウセイより速くなった」
あまりその事を言わないでくれ、ソラ。
一応、俺にも父親としてのプライドはあるんだ。
「ライムはリュウセイと同化することで、体の動かし方が巧くなるようじゃな」
「最近はリュウセイ君と同化する機会が増えたものね」
「人族が竜人族に負けるのは仕方ないと思うんだけどぉ、獣人族より身体能力の高い鬼人族ってぇ、お姉さんの目に不具合が発生したように見えるわぁ~」
「コールには守護獣がついてるし、強化魔法や精霊王の祝福で、かなり底上げされてるからな」
『あんなに結びつきの強い二人ですから、わたくしも祝福を授けた甲斐がありますわ』
そうやって話しをしている間に、馬具の付替えと荷台の収納も終わったので、そろそろこちらも出発することにしよう。すっかり遠くに行ってしまった四人はゴールに着いたらしく、その場で大きく手を振っている。
「とりあえず俺たちもあそこ目指して進もうか」
「あんな場所まで歩ける気がしないよぉ~」
「弱音を吐くのは、少しでも進んでからにしような」
「私も途中まで歩く、シエナも頑張ろう」
「シエナもソラに負けない程度を目指してみるのじゃ」
「頑張ったらご飯も美味しく食べられますよ」
「うぅ~、マシロちゃんのご飯のために頑張ってみるぅ~」
この数日ですっかり真白に胃袋を掴まれたから、食べ物で釣るのが一番効果的みたいだ。
「リュウセイ君の近くにいると、私のスキルで疲れにくくなるわよ」
「ソラとシエナさんは俺と手を繋いで歩こう」
「うん、リュウセイと一緒に行く」
「歩くのはゆっくりでお願いしますぅ~」
真白とスファレが馬を曳き、俺は二人の手を取って歩き出す。
しかし、すぐ訪れた限界はシエナさんの歩調を鈍らせていき、膝に手を当てた状態で止まってしまった。
「まだ半分くらいしか来ていないぞ?」
「はぁはぁ……お姉さん、もうらめぇ~」
「話のできる余裕があるうちはまだ大丈夫だと思うけど、そうだな……真白の料理で好きなものを教えてくれないか?」
「それになんの意味がぁ……はぁはぁ、あるのかわからないけどぉ、カレーパンが美味しかったよぉ~」
「カレーパンを目の前にぶら下げれば、やる気が出ると考えたんだが、やってみるか?」
「お姉さんの事なんだと思ってるんだよぉ、そんなので動けるようになったりしないもん! それにまだお腹なんて空いてないもん!」
「思いっきり反論できるくらい体力が回復したみたいだな、そろそろ先に進もうか」
「うわ~ん、リュウセイくんが容赦なさすぎるぅぅぅ~」
こうやって休みながら行けば、きっとゴールに辿り着ける。あと半分だし、そこまでは頑張ってもらおう。
◇◆◇
「……お姉さん……はぁはぁ……一生分の体力ぅ……はぁはぁ……使い果たしたよぉ~」
「よく頑張ったな、偉いぞ」
「子供扱いされてもぉ……はぁはぁ……反論する力すら残ってないぃ~」
「シエナおねーちゃん、おつかれさま」
「ライムちゃんのなでなでぇ、すごく癒やされるぅ~」
長い道のりだった、何度も途中で諦めようと思った。しかし、彼女は見事に成し遂げたのだ。この大きな一歩は、確実にこれからの自信につながる。
「ソラも頑張ったな」
「結構疲れた、もう少しなら行ける」
「この先も坂が続いてるから、今日は無理せずに馬に乗っていこうか」
「うん、そうする」
「ライムも馬に乗っていくか?」
「ソラおねーちゃんと、いっしょに乗ってあるきたい」
ライムとソラをそれぞれ馬に乗せ、ここからはクリムとアズルが先導してくれることになった。
「あのぉ~、限界突破で虫の息なお姉さんはぁ、どうしたら良いのかなぁ~」
「シエナさんは俺の肩車だな」
「わ~い?」
「どうして疑問形なんだ、俺の肩車に命を預けるんじゃなかったのか?」
「だってぇ、やっぱり肩車なんて子供みたいなんだもん~」
「お兄ちゃんの肩車を体験したら、そんな事は二度と言えなくなりますよ」
「リュウセイさんの肩車は、絶対に体験するべきです」
「マシロちゃんはともかくぅ、コールちゃんまでそんなこと言うなんてぇ、依存性でもあるのぉ~?」
薬物じゃないんだから、依存性とかやめて欲しい。ともかく日の高いうちに平地までいかないと、今夜泊まるのに苦労してしまう。とっとと肩車して連れて行こう。
◇◆◇
「うわぁ~、これって鬼人族より視線が高いよねぇ~」
「とーさんのかたぐるま楽しい?」
「うん~、みんなが勧めてくれたのわかったぁ、中毒性あるよこれぇ~」
中毒性まである俺の肩車には、一体どんな成分が含まれてるんだろう。半分くらいは優しさで出来ていて欲しい。
「あるじさまに肩車してもらったら、疲れも吹き飛ぶよねー」
「どんな病気でも治ってしまいます」
「心の病も治りそうじゃな」
「俺の肩車は、いつから万能薬になったんだ?」
「すっごく疲れたけどぉ、こんなご褒美があるならぁ、旅の間も頑張って歩くよぉ~」
「あらあら、本当に万能薬ね」
『効き目は抜群のようだな』
『チェレンのやつにも、やってもらいてぇくらいだぜ』
『チェレンさんが乗ると、潰れてしまいますわよ』
「ライムと同化すると、支えられるかもしれんな」
「みんな好き勝手いわないでくれ」
「ぷっ……あはははは」
俺たちのやり取りを聞いていたシエナさんが、いきなり頭の上で笑い出した。何かがツボにはまったらしく、ヴィオレがちょっと心配するくらい笑い転げている。
「シエナ、大丈夫?」
「うん、あははっ……ごめんねソラちゃん、もう大丈夫だよぉ~」
「ちょっと笑い過ぎじゃないか?」
「だってぇ、リュウセイくんがイジられてるのぉ、すっごく面白かったんだもん~」
「まぁ、楽しんでくれたんなら俺としては文句ないが……」
「みんなと旅ができて本当に良かったぁ、こんなに楽しい現地調査って初めてだよぉ~」
その後のシエナさんは疲れも忘れたように、俺の肩の上でずっとはしゃいでいた。
そこまで喜んでもらえるなら、できるだけこんな時間を増やしていこう。
お兄ちゃんは用法用量を守って正しくお使い下さい。




