第186話 冬の名物
第0章に割り込み投稿で1話追加しました。
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ご迷惑おかけしますが、話の流れがおかしいと感じましたら、小説トップページに戻ってご確認下さい。
【プロット作成時に用意していた名前候補を、使い切るとは思ってなかったので(笑)】
数日かけて旅の準備を整え、セミの街まで転移してきた。収穫の季節である黄月はもう終わりだが、次の紫月までは街も賑やかな状態が続くらしい。
「うわぁ~、本当に一瞬なんだねぇ~」
「覚えられるのが一定範囲で一か所だけだったり、好きな場所が選べなかったり、色々制約はあるんだけどな」
「そんなのあるんだぁ~」
「王都だと自分の家にしか行けないよ」
「研究所に転移できたらぁ、もっとゆっくり寝られるのになぁ~」
相変わらず思考が駄目な方向にしかいかないな、この人は……
所長の計らいで、打ち合わせをした翌日から公休扱いにしてもらい、シエナさんを出発まで預かっていた。朝がかなり弱くて起こすのが大変だけど、なんとか人並みの生活を送ってもらっている。放っておくと書斎に引きこもるのは玉に瑕だが。
遠征の荷造りで入らせてもらった部屋は、まさに汚部屋とか腐海と言われる状態だった。そんな場所に放置していた服は全て洗濯し直し、身なりは見違えるほど良くなっている。
磨けば光る人なのに、実にもったいない。
「とーさん、こんどのお馬さんもライムが選んでいい?」
「あぁ、もちろんだ。ライムが選んでくれる子はみんないい馬だから、頼りにしているぞ」
「またがんばって選ぶ!」
両手を伸ばしてきたライムを抱き上げ、頭を撫でながらみんなで通りを歩く。
ケーナさんの情報によると、農閑期には手の空いた馬が増えるので、普段より安く借りられるらしい。月末が近い今の時期は、ちょうといいタイミングみたいだ。
「お兄ちゃん、買い物する組と馬を見に行く組に分けない?」
「その方が効率がいいし、そうしようか」
「私は収納があるから、マシロちゃんと一緒に行くわ」
「私はあるじさまが王都に戻ってる間、馬の相手をするねー」
「もちろんご主人さまと一緒に行きます」
「お姉さんは歩く距離が短い方に行くよぉ~」
さすがシエナさんは、安定の怠惰思考だな。
最終的に馬を見に行くのは四人の王たちと俺・ライム・クリム・アズル・ソラで、残りは買い物に行くことになった。
ソラとライムを同時に抱っこして歩き出そうとしたとき、シエナさんがじっとこちらを見ていたけど、もしかして同じようにやって欲しかったんだろうか?
◇◆◇
街の郊外にある貸し馬車屋の近くまで来たが、厩舎や放牧場の規模は王都より大きい。対応してくれたおばさんによると、生産者も全員が荷車や馬を持っているわけではなく、ここで借りて仕事をする人が多いそうだ。
「王都よりいっぱいいるねー」
「どの子がいいでしょうか……」
「ライムの双肩にかかってる」
「がんばるね、ソラおねーちゃん」
俺の腕の中でグッとガッツポーズする姿はやはり可愛いな、今は両手がふさがっているから後で頭を撫でてあげよう。
「あんた達はどこまで行くんだい?」
「ヴォーセまで行くつもりなんだ」
「へぇー、もし良かったらなんだけど、あたしのお願いを聞いちゃくれないかい?」
引き受けたら値引きしてくれるという言葉で詳しい話を聞いてみると、ある生産者の家でいつもこの時期に帰ってくる息子が、今年は妻の出産が重なって戻れなくなったそうだ。その息子が毎年運んでいた荷物を、ヴォーセまで持っていって欲しい、そんな依頼だった。
家族ぐるみの付き合いがある人なので、こうして来店した冒険者や出稼ぎ労働者に相談しているらしい。
「収納魔法で大抵のものなら運べるから、その依頼を受けることにするよ」
「それは助かるね、あんたはどれくらい収納できるんだい?」
「荷馬車まるごとくらいなら余裕だ」
「……あんた冒険者じゃなくても、そっちで食ってけるじゃないか」
まぁ、将来はそれで家計を支えていくのもアリだけど、今はこの世界を色々見て回る生活が楽しい。そのついでにこうした依頼を受けるくらいで十分だと決めている。
◇◆◇
みんなが馬を選んでいる間に依頼主がいる場所へ案内してもらい、荷物を確認すると大量の木箱に詰め込まれた芋だった。依頼主の男性によるとあまり人気がないそうだが、代々作り続けているので今さら別の作物に乗り換える気は無いそうだ。
赤紫の皮に包まれた黄色い中身と細長い形は、地球にもあったサツマイモそっくりに見える。これって焼くだけでも無茶苦茶美味しんじゃないだろうか。一箱もらえる事になってるから、後で真白に相談してみよう。
全て収納し終えて貸し馬車屋に戻ると、放牧場に四人が集まっていた。近くには白い体毛でどっしりとした体つきの馬が二人いて、片方は灰色のたてがみや尻尾で、もう片方がクリーム色だ。
『あやつらは、以前一緒に旅をした馬のようだな』
『あら、お知り合いですの?』
『ライムたちに、すげぇ懐いてるじゃねぇか』
「あれはシェスチーまで一緒に旅をした馬なんだ」
「へぇーそうなのかい、この時期は色んな街から馬が集まってくるからね」
「なかなか不思議な縁ではないか、なら借りるのはその二人で決定だな」
「あの二人なら人が乗っても嫌がらないし、そうするよ」
俺たちに気づいた馬が嘶き、四人は頭を撫でていた手を止めて、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「とーさん、まえに一緒だったお馬さんだよ」
「ちゃんと覚えてくれてた、嬉しい」
「私たちを見つけて、近くに来てくれたんだよー」
「ご主人さま、この子たちをお借りしましょう」
「今度も鞍を借りて乗せてもらおうな」
「わーい、ライム楽しみ!」
馬の近くまで行くと、頭を下げて挨拶してくれる。また毎日ブラッシングして、ツヤツヤになってもらおう。
「またよろしく頼むよ」
「それじゃぁ手続きしようか、こっちに来てもらっていいかい」
荷馬車を別に借りる必要のない俺たちは、今回のレンタル料を運搬依頼と相殺する形で、タダということにしてもらっている。本来なら依頼料を上乗せしても良いらしいけど、それはサツマイモの現物支給で手を打った。俺も真白も石焼き芋が好きだからだ。
◇◆◇
以前と同じ幌付きの馬車に乗って、転移ポイントのある湖の近くに行くと、買い物を終えたメンバーが既に待っていた。
「かーさん、ただいまー」
「お帰りライムちゃん、みんな」
「ただいま、真白。少し相談があるんだけど、構わないか?」
「どうしたの、お兄ちゃん」
ついさっき貰ってきた木箱を取り出して中に入っていた芋を見せると、手にとって確認していた真白がとてもいい笑顔になった。
「これで石焼き芋が作れるよ!」
「やっぱりそうか、よく似てると思ったんだよ」
「かーさん“いしやきいも”ってなに?」
「この芋を上手に焼くと、甘くてホクホクしたお菓子みたいになるんだよ」
「芋を焼くだけでぇ、お菓子になるのぉ~?」
「お兄ちゃんが荷台の掃除に行ってる間に、ここで作ってみましょう!」
「何を準備すればいいんだ?」
「まずはバーベキューコンロと大きな鍋を用意してくれる?」
雑貨類を詰め込んだ荷車を取り出し、バーベキューコンロとその上に乗る大きさの鍋を用意する。
「次は湖の近くにある、硬そうでこれくらいの大きさの石を、鍋のこの高さまで集めて」
「ライムお手伝いする」
「われも探すのじゃ」
「角のない丸いツルツルの石にしてね」
全員で石を拾っていると、あっという間に集まった。石を敷き詰めた鍋をバーベキューコンロの上に置いて、きれいに洗った芋を乗せてフタをする。そして下に置いた固形燃料に火をつけて、あとは待つだけだ。
「俺は一度王都に戻ってくるよ」
「結構時間がかかるから、ゆっくりしてきていいよ、お兄ちゃん」
全員が出来上がりを待つというので、俺は一人で王都に戻ることにした。
◇◆◇
王都の家に戻ってイコとライザに荷台の掃除と敷物をお願いし、お茶を飲んでゆっくりしてからセミの街まで戻ってきた。転移門をくぐった瞬間、辺りにいい匂いが漂っているのに気づく。
「ただいまみんな、すごくいい匂いがしてるな」
「お帰りお兄ちゃん、そろそろ出来上がるところだよ」
鍋のフタを開けると懐かしい匂いがさらに強くなり、無意識の喉がゴクリと鳴ってしまう。真白が細い串を突き刺すと、中にスッと入っていくので完成しているはずだ。果たして異世界の石焼き芋はどんな味なのか、ちょっとドキドキしてきた。
お皿の上に乗せて配ってくれた芋は所々焦げ目がついていて、半分に割ってみると湯気とともに黄色くてふわっとした中身が現れる。
火傷しないように少しだけかじると、ホクホクとした食感と一緒に優しい甘みが口いっぱいに広がった。
「今まで食べた焼き芋の中で一番美味しいよ」
「かーさん、あついけど甘くておいしい!」
「熱い食べ物苦手だけど止まらないよー」
「こんなにおいしい食べ物がまだ存在していたなんて驚きです」
元の世界で食べていた石焼き芋より、甘味や食感の良さはこちらのほうが断然上だ。これは石焼き芋を作るために生まれた品種といっても過言ではない。
「時々ひっくり返す、そして待つだけ、なのにこの美味しさ、魔法にしか思えない」
「その辺に転がっとる石で作ったものが、これほど旨くなるのは驚きしかないのじゃ」
「マシロさんの作る料理は、いつも私たちの想像を超えてきます」
「これお菓子だよぉ、お菓子ぃ~」
石焼き芋はみんなにも好評で、少しだけ口にしたヴィオレも味を感じるほどだった。きっとハチミツに近い甘味があるんだろう。
予定外の依頼だったけど、こんなに美味しいものが食べられるとは思わなかった。今回の旅はとても幸先の良いものになったな。
あの独特のメロディーは、ラーメンのチャルメラに通じるものがあります(笑)




