第184話 三つの選択肢
職場までシエナさんを送り届けようと、大通りにある辻馬車の停留所に二人で向かった。家から百メートルも走らないうちにシエナさんが力尽き、俺は彼女に三つの選択肢を突きつける。
「このままだと停留所までたどり着けない、そこで俺から提案がある。肩車、おんぶ、抱っこ、この三つから選んでくれ」
「……よくわからないけどぉ、お姉さんは抱っこを選ぶよぉ~」
「なかなか潔いな、それに俺も抱っこがオススメだ」
体力の限界で思考も放棄しているのか、シエナさんはあっさりと抱っこを選んだ。肩車は目立ちすぎるし、おんぶは両手が塞がるのであまりやりたくない。その点、抱っこは慣れているし、シエナさんくらいなら片手でも十分支えられる。
疲れて立ち尽くしているシエナさんの近くにしゃがみ、足の付根に手を回して持ち上げた。足の上に座った時にも感じたけど、ちょっと体重が軽すぎる。もっとしっかり食べて体力をつけてもらわないと、将来が心配だ。
「えっ!? あのぉ、リュウセイくん何してるのぉ~?」
「抱っこを選んだから、こうしてるだけだぞ」
「あれってそういう意味だったのぉ~?」
「動けないんだったら、誰かが運ぶしか無いだろ? 幸い抱っこは得意だから任せてくれ」
「やっぱり子供扱いされてるぅぅぅ~」
「スファレやシェイキアさんにも、同じことしてるから大丈夫だ」
「シェイキア様もやってもらってるならぁ、大丈夫なのかなぁ~
……って、そんな訳ないよぉ~!
お姉さんなのにぃ、年下の男の子に抱っこされてるなんて恥ずかしいよぉ~」
「そんな事は、一人で起きられるようになってから言ってくれ」
「グゥの音も出ないですぅ、恥を忍んでこのままお願いしますぅぅぅ~」
諦めてくれたようなので、停留所まで抱っこで運んでしまおう。
◇◆◇
首に手を回してしっかり掴まってもらい、駆け足で通りを進んでいく。俺はしょっちゅう誰かを抱きかかえて移動しているから、すれ違う人たちも軽く挨拶してくるくらいで、いつもの光景として受け止められている。
「お姉さんだとぉ、こんなに早く移動できないよぉ~」
「背の高さが違うんだから、それは仕方ないと思うぞ」
「高い位置から見たらぁ、街や家の印象ってすごく変わるんだねぇ~。塀の向こう側まで覗けちゃうのわぁ、驚きだよぉ~」
「俺にはこれが普通だから想像できないけど、周りが見渡せないと困ったりするものか?」
「周りが障害物ばっかりでぇ、動きにくいっていうのはあるかなぁ~。そのせいで物や人にぃ、良くぶつかっちゃうのぉ~」
それは単に前方不注意では? という言葉は寸前で飲み込んだ。
シエナさんより更に身長の低いソラから、そんな苦労話を聞くことはほとんど無い。彼女の場合は種族的に割り切っている部分があるからだろうか……
身長の低い家族が多いので、この機会にもっと気遣えるようになろう。
「良かったら背が低くて不利なことや、逆に有利なことを聞かせてくれないか?」
「もちろんいいよぉ、聞くも涙ぁ、語るも涙なんだからぁ~」
そう言って聞かせてくれた苦労話は、やはり視界が悪いというのが一番多かった。次いで高い場所の物が取りにくいとか、机や椅子の高さが合わないことだ。シエナさんはそのせいで、外食をほとんどしないらしい。
逆に得することは、お店でオマケをしてもらえる点を挙げている。理由は言わずもがなだが、それを語っている時は本当に涙目だった。頭を撫でて慰めたら、余計に泣かれてしまったが……
そんな話をしているうちに停留所へ到着し、出発直前の馬車に乗り込んで一つだけ空いていた席に座る。
もちろんシエナさんは膝の上だ。
「お姉さんなのにぃ、お姉さんなのにぃ~」
「席が一つしか空いてなかったから、仕方ないじゃないか」
「次の馬車を待つ余裕なんて無いからぁ、それはわかってるんだけどぉ~」
「あら、リュウセイちゃんじゃないか。おはようさん」
「あぁ、おはよう」
馬車の中で声をかけてくれたのは、時々大型家具を運ぶ依頼を受けている、雑貨屋のおばさんだった。若い人は男女問わず、ちゃん付けする話し好きの人だ。
「今日はライムちゃんと一緒じゃないんだね。膝の上に座ってるのは、リュウセイちゃんの新しい子供かい?」
「俺は見境なく子供を増やしたりしないぞ?」
「そんなこと言って、つい最近もリコちゃんと若い奥さんを連れて、ウチの店に来てくれたじゃないかい」
確かに半月ほど前、ケーナさんたちが引越し先で使う雑貨を買いに行ってるな。あの時はリコを抱っこしていたし、そんな風に見られていたのか。
「リュウセイくんってぇ、そんな見境なしに女の人に手を出してるのぉ~?」
「ちょっと待ってくれ、それは誤解だ。王都に移住してきた母娘の引越を、手伝っていただけだぞ」
「ホントにぃ~? あんな可愛い子をいっぱい囲ってるのにぃ、外にも愛人がいるなんて不潔よぉ~」
「いや、だから、俺はそんな節操なしじゃないって……」
「やっぱり私の体が目当てでぇ、弄ばれた後に捨てられるんだぁ~」
今までからかいすぎたせいか、ここぞとばかりに反撃されている。思いっきり誤解を招く言い方をしているので、車内にいる乗客の目が痛い。まさか、こんな特大ブーメランが返ってくるとは思わなかった。
ある意味、自業自得と言えなくもないが、ちょっと悔しいので目の前にある頭を撫でておこう。
「お嬢ちゃん小さいのに、リュウセイちゃんにヤキモチ焼いてるのね」
「この人は俺より年上の女性だよ」
「お姉さんはぁ、リュウセイくんより十歳も歳上なんだぞぉ~」
「「「「「!?!?!?」」」」」
その時、車内に衝撃が走った。おばさんの確かめるような視線に、大きく頷くことで返事をしておく。
「ほらぁ、普通はこんな反応されるんだよぉ、リュウセイくんがどれだけ特殊な性癖なのか理解できたぁ~?」
「それは理解できたけど、さっきからわざと変な言い方してるだろ?」
「だってだってぇ、リュウセイくんってお姉さんの事いぢめ過ぎなんだもん~」
「これからは程々にするから勘弁してくれ」
「手加減して欲しいんじゃないよぉ、もっと甘やかして欲しいんだよぉ~」
「そんな事したら、自堕落が加速するじゃないか。これ以上生活力がなくなったら、仕事を続けられなくなるぞ?」
「うぅ~、やっぱりうちの所長と同じくらい厳しいよぉ~」
その所長さんも、彼女のことを思って厳しくしてるんだと思う。強制的にフィールドワークを命じたり、かなりいい上司なのは間違いない。
「何というか、あんたたち見てると胸焼けしそうだね、ごちそうさま」
ちょっとうんざり顔のおばさんの言葉に、車内にいた乗客が一斉にうなずいた。もしかして他人には、俺たちがイチャイチャしているように映っているのか?
親友との距離感というのは、まだまだわからない事だらけだ。
◇◆◇
辻馬車を下りてからシエナさんを再び抱っこし、道案内してもらいながら職場へ向かう。昨日行った図書館より奥へ入った区画を進んでいくと、塀に囲まれた大きな建物があった。門には【王立考古学研究所】と書かれた看板が掲げられ、なぜかその横に背の高い女性が立っている。
「リュウセイくん、今日は日が悪いから帰ることにしないぃ~?」
「病気でもないのに、ズル休みはダメじゃないか」
「これから体調が悪くなるんだよぉ~」
「何を言ってるんだ、ここまで来て帰れるわけないだろ」
「でもでもぉ、このままだと私の命がなくなっちゃうよぉ~」
「一体何を言ってるんだ……」
自分の職場で命の危険にさらされるなんて、この研究所はどんな魔境なんだ。別の道から来た職員らしき人は、門の前にいる女性に軽く挨拶して中に入っているので、どこかに危険があるとは思えない。
「おい、そこの少年!」
「ひぃっ!」
門の前にいた女性が声を出すと、抱っこしていたシエナさんが震えながらしがみついてきた。なるほど、あの人がシエナさんの上司みたいだ。
「俺のことだよな?」
「あぁ、そうだ。少年はそのままシエナを連れてきてくれ」
「うわぁ~ん、ごめんなさいぃ、もうしません、明日から頑張って起きますからぁ、減給だけは勘弁してぇぇぇ~」
「落ち着くんだシエナさん、まだ始業時間前だぞ」
「でも所長があんな所で待ってるなんてぇ、絶対怒られるに決まってるよぉぉぉ~」
普段どれだけ怒られているんだ、この人は。
門の近くまで来たら別れて帰ろうかと思っていたけど、呼ばれてしまったからにはこのまま行くしか無いだろう。
「すまんな少年、ウチの所員が迷惑をかけた。大方、迷子になっていたか、どこかで転んで泣いていたのだろう?」
「私そんなにドジじゃないよぉ~」
「迷子はともかく、よく転ぶのは事実だな」
「わぁ~ん、リュウセイくんが辛辣すぎるぅぅぅ~」
「なんだ? えらく仲良しになってるじゃないか」
「そんな事よりぃ、門の前にいたのは私を待っていたからですかぁ~?」
「あぁ、寮まで行ったんだが昨日は帰ってないと言われたから、ちょっと心配になって待っていたのが一つ目の理由だ」
主席研究員とはいえ、たった一人のために寮まで様子を見に行ったり門の前で待っていたり、やっぱりいい上司のようだ。
「二つ目の理由はぁ~?」
「そろそろ現地調査に行ってもらおうと思ってな、その打ち合わせをしたい」
「うぅ~、そんな時期だと思ってましたぁ~」
「わかっているなら話は早い。お前はこうでもしないとすぐ逃げ出すから、ここで捕まえてやろうと思っていたんだ」
「だって現地調査なんて嫌なんだもん、疲れるし面倒だしぃ……
でもぉ、今年はもうどこに行くか決めましたからぁ~」
「ほう、男に抱かれている事といい、自ら計画を立てている事といい、今日は珍しいものが見られたな。明日は雪か?」
「この辺りも雪が降ることはあるのか?」
「数十年に一度くらい降ることがあるぞ、少年。明日がその日だな」
「まだ秋の季節ですよぉぉぉ~」
ちょっとこの所長さん面白いな、妙なシンパシーを感じる。見た目は四十代くらいだけど、口調はかなり若々しくて少し男性っぽい。
「それで、どこに行くつもりなんだ?」
「リュウセイくんたちのパーティーとぉ、ヴォーセにある竜神殿の遺跡に行こうと思ってますぅ~」
「リュウセイというのは、そこの少年の名前だな?」
「あぁ、そうだ」
「ふむ、詳しい話は中で聞こうか。少年も一緒に来たまえ」
「部外者の俺が入っても大丈夫なのか?」
「所長の私が許可するのだから問題ない」
「それなら一緒に行かせてもらうよ」
「あー、シエナはそのまま確保しておいてくれよ」
「了解だ」
「えぇ~!? 抱っこされたまま中を歩くのぉ~? 誰か止めてよぉ、恥ずかしいよぉぉぉ~」
シエナさんの叫びを無視して、三人で研究所の中へ入ることになった。
ポンコツキャラを書くのが楽しすぎて、話が進まない不具合の発生中です(笑)




