第182話 距離感
お風呂に入った後のブラッシング中に、シエナさんが膝枕をしてみたいと希望したので、やってもらっている。獣人族の耳を思う存分モフれるのは楽しいらしく、クリムの頭を撫で回すシエナさんは、とてもいい笑顔だ。
「まさかこんな風に触らせてくれる子がいるなんてぇ、思わなかったよぉ~」
「触られても平気なのは、あるじさまと仲のいい人だけだよー」
「私とリュウセイくんってぇ、仲良しに見えるぅ~?」
「最初にお会いしたときー、ご主人さまと手をつないでましたしー、親密な関係に見えましたよー」
「あれは階段が危ないからって繋いでくれたんだけどぉ、微妙に子供扱いされてる気がするのよねぇ~」
「……そんな事ないぞ」
「リュウセイちょっと目、逸らした」
妖精王の祝福を受けたおかげか、ソラの察しが良すぎる。真白もニコニコしてこちらを見てるし、絶対なにかに気づいているはずだ。
「もぉ~、私のほうがお姉さんなのにぃ、失礼しちゃうなぁ~」
「われやソラのことは、ちゃんと大人の女として扱ってくれとるのに、リュウセイにしては珍しいのじゃ」
「背丈はソラ様のほうが低いですから、関係ないのです」
「お顔はスファレ様の里で見た、古代エルフの方々みたいですよ」
「リュウセイさんにそう思わせるのは、何が原因なんでしょうか……」
「強いて挙げるとすれば……食べ物の好き嫌いが激しいところかな」
「好き嫌いくらい誰にでもあるもん! マシロちゃんの料理だったら、全部食べられるもん! そんなこと言うなんてひどいよぉ、お姉さん泣いちゃうぞぉ~」
そんな喋り方も庇護欲を掻き立てると気づいて欲しい、頭を撫でたくてたまらなくなる。
「リュウセイの父性、荒ぶってるだけ、バカにしたりはしてない」
「われも甘えられる男じゃから、それは大いに有り得るのじゃ。シエナも一緒にどうじゃ、座り心地も結構いいんじゃぞ」
「なんだか納得できないけどぉ、膝にはちょっと座ってみたいかもぉ~?」
「あらあら、また娘が増えてしまうわね」
「娘じゃないよぉ~、お姉さんだよぉ~」
弟の膝に座るのは、お姉さん的にアリなんだろうか。
まぁ、スファレやシェイキアさんが座ってる時点で、気にするだけ無駄な気もするな……
ふと他の年上女性に同じことをしたら、一体どうなるだろうと考えてみて、それを途中でキャンセルした。俺の脳裏を派手なエフェクトと共に、格闘ゲームの確殺コンボで地面に沈むシーンが流れたからだ。
俺にはまだ、今の関係でいるほうが絶対にいい。
◇◆◇
「猫じゃらしで遊ぶように……えにゃっ! なってから、相手の動きがよく見えるように……てにゃっ! なった気がするにゃー」
「不規則な動きにー、対応できるようになったですにゃんー」
「ねぇねぇ、リュウセイくん~」
「言いたいことは何となく想像できるけど、聞かせてくれ」
「この二人を連れて帰ったらダメかなぁ~」
「自分の生活もままならない人に、二人を預けるわけにはいかないぞ」
「うぅ~、お姉さんなのに信用されてないよぉぉぉ~」
全員のブラッシングを終え、あぐらをかいた俺の足に座ったシエナさんが、二本の猫じゃらしを持ってクリムとアズルを翻弄している。左右が全く別の動きをしていて、フェイント動作もランダムで入る辺り、なかなか手先の器用な人だ。
どうしてこれで走ると転ぶんだろう、運動神経が全部手にいってしまったのだろうか?
「お兄ちゃん、あんまり頭を撫ですぎるから、髪留めがずれて顔が隠れ始めてるよ」
「あぁ、すまない。つい無意識に撫でていた」
「リュウセイくんってぇ、ちょっと撫でグセがひどいんじゃないかなぁ~」
どうも俺は彼女に対してだけ、他の家族と一緒の対応が出来ないでいる。思考と体がうまく制御できず、ついついやりすぎてしまう。こんな事は初めてなので、ちょっと不思議な気分だ。
「シエナちゃんは、前髪をもっと短くしないのかしら?」
「シエナおねーちゃん、きれいなのにもったいないよ?」
「前髪を伸ばしてないとぉ、時々変な人が寄ってくるんだよぉ~」
「シエナの容姿なら、古代エルフと同じことが起きても仕方ないのじゃ」
前髪を伸ばしている理由は、やっぱりそれか。
エルフは種族的に、スキルやフェロモンに似たものを持ってるんじゃないか、俺はそう考えている。シエナさんはそれが無いはずなのに誰かを惹きつけてしまうのは、きっと容姿だけじゃない。その深淵を覗こうとすると、何かに絡め取られて抜け出せなくなりそうだから、止めておこう。
「正直、隠すのは勿体ないけど、自衛のためなら続けるしかないか……」
「あれあれぇ~? リュウセイ君もお姉さんのことぉ、そんな目で見てるのぉ~?」
「その扉は開かないように、さっき厳重に封印した」
「何を言ってるかよくわからないけどぉ、やっぱり子供扱いされてる気がするぅ~」
「さほど付き合いは長くないが、リュウセイのそんな態度は初めて見るな」
『儂には、いつもより余裕が無いように見える』
『オメーらしくねぇぞ、シャキっとしやがれ、リュウセイ』
『リュウセイさんも戸惑ってらっしゃる感じですから、あまり無理を言うものではありませんよ、エレギー』
王たちにも、今の俺は普段と違うように見えるみたいだ。
他の家族も膝に乗せ、いつものように抱っこやなでなでをやってみたが、結局シエナさんとの違いはわからずじまいだった。
まぁ実害といえばシエナさんが時々頬を膨らますくらいで、可愛い姿が見られるのでお得な点が多い。あまりからかい過ぎないようにだけ気をつけよう。
◇◆◇
シエナさんが客室へ移動し、王たちは多目的ルームに帰っていった。丸くなったライムが俺の横で寝ているが、そのうち登ってくるだろう。
「シエナさんて、すごく親しみやすい人だよね」
「ヴェルデやバニラさんを見ても少し驚くくらいで、すぐ受け入れてくれました」
「ピピッ」
「キュィッ」
「度量の大きさは、なかなかのものじゃな」
「もう少し詮索されると思ったのだけど、ポーニャのこと以外はあまり聞いてこなかったわね」
「研究者だから好奇心旺盛、でも線引きしっかりしてる」
研究者が来るということで、王たちは少し警戒していた。しかし蓋を開けてみると、何かを聞かれることもなく、俺たちの家族として受け入れられている。
「今日はあるじさまの、珍しい姿が見られたねー」
「基本的にご主人さまは誰に対しても優しいですけど、シエナさんに対しては少しだけ意地悪というか……遠慮がない感じがします」
「さすがにクリムとアズルはよく見てるな……俺もあの人との距離感が、どうにも掴みづらいんだ」
「マシロさんなら、何かわかるんじゃないですか?」
「う~ん、一応心当たりはあるんだけど、私が言っちゃってもいいのかなぁ」
ライムの向こう側で寝ている真白が、伺うような視線を俺に向けてくる。
「これからしばらく一緒に旅をするんだし、なにか致命的なことをやらかして悲しませたくないから、できれば教えてくれ」
「最初に言っておくけど、これは私の想像だから、答えはお兄ちゃんの中でちゃんと見つけてね」
「わかった、約束するよ」
真白が寝返りをうつように体を回転させ、俺の目をしっかりと見ながら話し始めた。
「お兄ちゃんが元の世界にいた時、学校の同級生ともちょっと距離を取ってたよね」
「どんな時も表情が変わらないから怖がられたし、こんな目つきで避けられることも多かったからな」
「休みの日でも誰かと出かける事なんて殆ど無かったぶん、私が独占できて嬉しかったんだけどね」
話をしたり一緒に学食に行くような事くらいはあったが、休日にわざわざ会おうという友人がいなかったのは事実だ。いま考えると、寂しい学生時代を送っていたな……
「その話はどうでもいいから置いといて、お兄ちゃんはこの世界に来て家族ができて、知り合いもたくさん増えたでしょ」
「こうしてひとつ屋根の下で暮らす大切な家族ができたし、アージンのシンバや最近だとコンガーとか、以前とは比べ物にならないくらい知り合いが増えたのは確かだ」
「家族を除いたこの世界の知り合いに、親友って呼べる人はいる?」
「……そこまで親しい友人は、いない気がする」
「今日のお兄ちゃんとシエナさんを見てると、私はそんな親しい関係に感じたんだ」
コンガーは俺のことを親友だと言ってくれるけど、自分ではまだまだ踏み込んでいけない部分がある。そうした壁が存在せず気兼ねしないでいい関係、それを親友と言うなら真白の言ったことは正解に近いだろう。今日の俺はシエナさんに対して、他の人だと遠慮してしまうことを、言ったりやったりしていた。
「今まで俺が作ってこなかった関わり方だから、距離感がつかめなくて当然という訳か……」
「あくまでも私がそう感じただけだし、男と女なんだからこの先どう変わるかわからないよ。その時はちゃんと考えてあげてね」
「それは肝に銘じておく。でも、何となくスッキリしたよ、ありがとう真白」
元の世界でもよく言われていたけど、男女間の友情が成立するのか俺には良くわからない。でも、初めて出来たかもしれないこの関係は、これからも大切にしたいと思う。
そんな事を考えていたら、部屋のドアがノックされる音に気づいた。扉の隙間から申し訳無さそうにこちらを伺っていのは、客室で寝ているはずのシエナさんだ。
「どうしたんだ? なにか問題でもあったのか?」
「えっとねぇ……」
言い淀んだシエナさんの視線は、ベッドと自分の足元を行ったり来たりしている。
「良かったらシエナさんも一緒に寝ますか?」
「えっ!? いいのぉ、マシロちゃん~」
「ちょうどライムちゃんが、お兄ちゃんに登ったところですから、私の隣が空いてますよ」
「旦那様の隣ならぐっすり眠れるのです」
「大陸一の特等席ですよ」
「リュウセイくんは平気ぃ~?」
「俺と真白に挟まれて少し狭くても良かったら、遠慮なく来てくれて構わない」
それを聞いて不安そうだった表情が和らぎ、ベッドの上を四つん這いになって隣に移動してきた。ライムが移動して出来たスペースなので狭かったが、小柄なシエナさんはすっぽり収まってしまう。
「ごめんねぇ、私お姉さんなのにぃ~」
「知らない家で寝るのはやっぱり不安だったのか?」
「あのねぇ、部屋が片付きすぎてて落ち着かなかったのぉ~。私って何かに囲まれてないとぉ、眠れないんだよぉ~」
どんだけ部屋を散らかしてるんだ、この人は。近いうちに寮に行って、徹底的に掃除をしたい。
でもまぁ、親友が困ってるなら、助けるのは当然だよな。
そんな言い訳をしながら、今日会ったばかりの女性と一緒に寝ることにした。
最高の言い訳(笑)
なろうの評価システムが変わったみたいなので、よろしければ↓にある星マークを気軽にポチッと押してやって下さい。
いや、ここはあえて「押すなよ、絶対押すんじゃないぞ(フラグ)」と言うべきだろうかw




