第178話 王立図書館
新章の開始です。
物語だけでなく、食生活も大きく動きます、お楽しみ下さい。
タイトルの元ネタはボッシュートなあれ(笑)
(真ん中の単語を平仮名にするのは止めておきました……)
王立図書館の閲覧カードを貰った翌日、早速みんなを連れていて行ってみることにした。カードを持っていないイコとライザ、それに四人の王たちはお留守番だ。動物も連れていけないから、ヴェルデにも隠れてもらっている。
「ふぉぉぉぉー、これが王立図書館。ここは知識の泉、この世の天国」
ソラがいつもより小声で大興奮しているが、この光景は俺もちょっと圧倒された。
吹き抜け構造になっている中央部分のスペースには、簡易的なパーティションで区切られた閲覧用の机が並べられている。周りを取り囲む壁は出入り口以外が全部本棚で、高い部分には体育館にあるようなキャットウォークが全周に設置され、二階建ての建物に近い構造だ。
入り口にいた職員の話だと地下も存在するが、俺たちの持っているカードではそこに入ることは出来ない。
「学校の図書館とは比べ物にならないな」
「三つ向こうの駅前にあった図書館より大きいね、お兄ちゃん」
「ライムによめる本あるかな?」
「受付のお姉さんは図鑑があるって言ってたよー」
「私も難しい本よりそっちの方がいいですから、一緒に探してみましょう」
「わっ、私も簡単そうな本を探してみます」
クリムとアズルがライムを連れて図鑑を探しに行き、コールと真白は小説のような本がないか案内板を見に行った。
「稀少本、高いとこにあるみたい、付き合って」
「われもエルフの里にないような珍しい本を探してみるのじゃ」
「私は本なんて持てないから、リュウセイ君たちに付き合うわ」
「稀少本は上層の本棚にあるのか、一緒に行こう」
上層にある本棚にアクセスするための階段を登っていき、稀少本が収められているコーナーに行く。やはりかなり古い本ばかりで、周囲には他とは違う独特の匂いが漂っている。
「神代文字の本ある、さすが王都すごい」
「それは古い文字のことなのか?」
「神から教わった、そんな風に言われてる文字」
「ソラにはそれが読めるんだ」
「うん、家にあったから読める。あそこの本、伝承書かれてる、取ってもらっていい?」
ソラの指差した本を棚から抜き取ってみたが、俺には何かの模様にしか見えない。この世界に飛ばされた時に言葉と文字は理解できるようになっていたけど、その効果は神代文字に通用しないみたいだ。
「そこにある本は前史エルフ語で書かれておるのじゃ。まさか人族の街で見られるとは思わなんだのじゃ」
「それも古い文字なんだよな?」
「今の大陸共通語ができる前、エルフ族だけで用いられとったそうじゃ。お役目について書かれた本は、その言語が使われておったのでな、われにも読めるのじゃよ」
「なんか二人とも凄いな」
「あれは歴史書のようじゃな、取ってもらっても構わんか?」
スファレの指定した本も取り出してみたが、こちらは一筆書きで描かれたような線が並んでいる。パラパラとめくったページに並んでいる文章には、この世界では見たことのない縦書きが使われていた。
「あらあら凄いわ、あれは妖精にしか読めない本よ、一体誰が作ったのかしら」
「そんな文字があるのか?」
「文字とはちょっと違うわね、どう言ったらいいのかしら……
妖精にしか出来ない発音が正しいのかもしれないわね」
「そんなのをどうやって文字にしたのか謎だな」
「きっと音感を文字にしたんだと思うわ。妖精と協力しながら書いたんでしょうけれど、かなり苦労したはずよ」
少しだけ聞かせてもらったその発音は、言語というよりはハミングを聞いている感じだった。棚から取り出した本は、効果音や動物の鳴き声なんかを文字にする、いわゆるオノマトペのような手法で書かれているようだ。
普段その言葉を使わないのかと聞いてみたら、同じ内容を伝えるのに通常言語より大幅に時間がかかるらしい。面倒な上に知っているのは妖精王と各女王くらいだから、誰も使う人はいないとのことだ。
「これは何について書かれた本なんだ?」
「ん~、挨拶とか日常会話みたいね。妖精の言葉で誰かとお話ししてみたかったのかしら……」
「妖精の言葉、使って伝えたいこと、あったのかも」
「その言葉で誰かに思いを告げようとしたのじゃったら、なかなか情緒的なのじゃ」
「うふふふ、それは素敵かもしれないわ。ねえねえ、リュウセイ君も覚えてみない?」
もし二人がそんな関係だったとしたら、相手はヴィオレみたいな存在か妖精王しかいないということか。過去にも俺たちと同じように良い関係を築いた人物がいるのだとすれば、ちょっと興味がある。
とりあえず、妖精の言葉を覚えるのは、もう少し保留にしておこう。
◇◆◇
三人の読んでみたい本が決まった所で、読書スペースに一度戻ってきた。みんなは少し大きなパーティションで区切られた場所にいて、クリムの膝に座ったライムがアズルと一緒に図鑑を読んでいる。その向かい側には、少し小さめの本を手にしているコールと真白がいた。
「みんな読みたいものが見つかったんだな」
「とーさん、これ動物とか鳥がいっぱいかいてるよ」
「今はいない動物も載ってるみたいなんだー」
「お花の図鑑も借りてきました」
「まあまあ、後で私も一緒に見せてね」
三人が見ている図鑑はペンでリアルに描かれた動物の絵が、いくつも載っていた。さすが図書館に置かれる図鑑だけあって、以前アージンの冒険者ギルドで見せてもらった、少しデフォルメされた絵が描かれた本とは全く違う。
「私の借りたのは、両親に婚約者を押し付けられそうになった仲のいい兄妹が、別の国へ移住して結婚する物語だよ」
「私がお借りしたのは人族の女王と獣人族の青年が、身分や種族を超えて結ばれる物語らしいです」
「王立図書館、さすがとしか言いよう無い」
「国で一番の蔵書数は伊達ではないのじゃ」
ここは主に研究者向けの施設だったはずだが、どうして恋愛小説が置いているのか謎だ。日本にあった国会図書館みたいに、全ての本を蒐集してるんだろうか……
「俺は竜人族に関する本を探してみるよ」
「ヴィオレの読みたい本は、われがめくってやるのじゃ」
「助かるわスファレちゃん」
それぞれが席についたのを確認して、本棚の方へ移動した。
◇◆◇
まずはどこに行こうかと考え、学術的な資料が置いてある辺りに移動する。種族としての特徴や生態が調べられないかと本を何冊か手にとってみたものの、載っているのは模様のある角が生えた外見に関して程度で、顎の下にある少し硬くなった部分などは、どの本にも書かれていない。
中にはゲームに出てくるような二足歩行する竜だったり、人の体にリザードマンのような尻尾が生えたイラストも見つけた。竜人族が成長したらそのような姿になる、あるいはなれる可能性も捨てきれないが、恐らく想像で描いているんだろう。
そんな姿になったライムを想像してみたが……大丈夫だ、あの子ならどんな姿になっても、絶対にかわいい。
ハイエルフのパーティーに聞いた竜人族の使命についても手がかりはなく、色々な街で教えてもらった噂以上の情報は得られなかった。
学術資料は諦めて、今度は人々に伝わっている伝承や故事をまとめた本が置いてあるコーナーに向かう。ピャチの街で聞いた、悪いことをすると竜人が来るといった言い伝えが、他にないか調べるためだ。
頭文字の順番に並んでいる背表紙を眺めていると、あるタイトルが目に止まった。そこには【竜族の信仰と竜の神】と書かれている。神というのは精霊王たちに聞いた、神界に住んでいるという竜神のことだろう。
俺はその本を読んでみようと手を伸ばした。
「あらぁ~、あなた竜の神様に興味があるのぉ~?」
突然後ろから声をかけられて振り向くと、白衣を身にまとった小柄な人物が立っていた。声の感じは女性っぽいが、シワの目立つ白衣を羽織って目が隠れるほど伸ばした髪は、ちょっとボサボサだ。身長はイコやライザと同じくらいだろうか、髪の毛に隠れて耳は見えないけど、小人族なのかもしれない。
「竜人族について調べてたんだが、目に止まったから読んでみよう思ったんだ」
「へぇ~、竜人族ねぇ~……
ここで見たことない顔だけどぉ、あなた研究員じゃないよねぇ~」
「俺は王都で冒険者活動をしてるんだ」
「その若さで黒階なんて凄いじゃないぃ~」
なんだかすごくのんびりと喋る人だ。紫竜のチェレンみたいに面倒くさそうな話し方ではないけど、何となく性格が現れているような感じがする。
「まだ黄段なんだが、特別にここの閲覧カードを発行してもらえた」
「あぁ~っ……もしかしてぇ、あなたが噂の流れ人ぉ~」
「何か噂になってるのか?」
「え~っとぉ、確か冒険者ギルドと国の関係者から特別に許可が出たぁ……だったかなぁ~
今朝ぁ所長がそんな事いってた気がするよぉ、明日会ってたら忘れちゃってたかもしれないけどねぇ~」
「所長って、どこかの研究所に勤めてるんだな」
「お姉さんは国の考古学研究所でぇ、主席研究員をやってるのだぁ~、えっへん!」
「主席って一番上なんだろ、凄いじゃないか」
「え!? あっ、うん、すごいんだぞぉ~」
ちょっと言葉に詰まってから胸を張る姿は嘘を言ってる雰囲気ではなく、戸惑いのようなものを感じる慌てかただ。褒められることに、慣れてないんだろうか?
声の感じからしてまだ若そうだし、髪を伸ばした程度ではエルフの耳は隠せない。そもそも今の王都に古代エルフは、シェイキアさんとスファレしかいないはずだ。自分のことを“お姉さん”と強調している辺り、色々と苦労してそうな気がする。
「自己紹介が遅れてしまったけど、俺は去年の夏にこの世界に呼ばれた、リュウセイというんだ」
「お姉さんはぁ、王立考古学研究所にある古代文明研究室でぇ、主席研究員やってるシエナっていうのぉ~。よろしくねぇ~」
「シエナさんだな、よろしく頼む」
差し出された手を握ったが本当に小さく、ちょっとぷにぷにしていて柔らかい。彼女の背丈は俺の胸の辺りまでしかなく、どうしても小学生を相手にしているような気持ちになってしまう。
「ん~……? 君ぃなにか失礼なこと考えてないぃ~?」
「一緒に活動してる小人族より背は高いけど、古代エルフ族には見えないなと思って、ちょっと気になったんだ」
「私は人族だよぉ、失礼しちゃうなぁ~!」
「そうだったのか、誤解してしまって申し訳ない」
「まぁいいよぉ、もう慣れちゃったしぃ……」
なんだか目の前でしょんぼりされてしまった、顔は見えていないが。
とりあえず何とかして機嫌を直してもらわないと、こちらの罪悪感が半端ない。
「俺に出来ることなら、お詫びになにかするよ、何でも言ってくれ」
「それじゃぁ、君の取り出した本の左にあるやつ取ってもらえるぅ~?」
「それくらいお安いご用だ」
シエナさんが指定した本には【竜文明と古代遺跡】というタイトルが書かれていた。かなり高い位置にあるから、脚立なしには取れなかったのか。
「もしかして竜族だけで社会を形成して、街を作って暮らしていた時代があるのか?」
「学会では見向きされない説なんだけどねぇ~」
「こんな本が出ているということは、そう結び付けられる何かがあるんだろうし、多角的なモノの見かたは大切じゃないかと思う」
「あらぁ~、なかなか柔軟な考え方なのねぇ、やっぱり元の世界の影響ぉ~?」
「それも多少あるけど、パーティーメンバーの影響が大きいかもしれないな」
なにせ俺たち家族にはソラがいる。彼女は固定観念や常識にとらわれない、自由な発想ができる人だ。
それにしても竜族が作る社会というのには興味がある、ちょっと詳しい話を聞きたくなってきた。
神代文字は漢文に近いイメージ。
前史エルフ語はくずし字に近いイメージ。
妖精語は音感やアクセントを、漫画の書き文字みたいに表現したイメージです。




