第16話 新しい魔法
食べ終わった食器を返しに行くと、ちょうど食堂の方から戻ってきたシロフと遭遇する。手には何枚もお皿を乗せているので、空いた食器を下げてきたみたいだ。
「今日もごちそうさま」
「どうだった? マシロちゃんの料理」
「元の世界で食べたのと同じくらい美味しかったよ、それに上にかかってたソースがコロッケに良く合っていた」
「元の料理を知ってる人にそう言ってもらえたら、お父さんも喜ぶと思うよ」
「まさか習いはじめた初日に、この世界に無い料理を作るとは思ってなかった」
「私も賄いで食べさせてもらったけど、パンに挟むと凄く美味しいよね」
「ライムもいつもより多めに食べてたな」
「食堂でも大人気で、今日作った分はもう売り切れちゃったんだよ」
シロフが下げてきたお皿にも黒いソースの跡があるので、お酒のおつまみとしても好評みたいだ。
「後で真白にも伝えておくよ、喜ぶと思う」
「それにマシロちゃんって凄いね、お母さんと普通に話をしてたの」
「そうなのか?」
「私もびっくりしちゃった」
シロフの母親はかなり人見知りが激しいらしく、宿屋でも接客や給仕は全くやらず、人前に出ることはほとんど無い。この世界の暦でひと月近く暮らしてきて、出会ったら挨拶はするくらいで話をした経験はまだない。俺と違って社交性があり、誰とでも仲良くなれる子だったが、それは異世界に来ても変わらないようだ。
◇◆◇
シロフと話し終えた後にお湯をもらいに行ったが、親父さんから「これからお湯は無料で好きなだけ使っていい」と言ってもらえた。これからもちょくちょく料理を作らせてもらう約束をしたらしく、この先も生み出されるだろう新しいメニューのお礼に、優遇してもらえる事になった。宿泊代もそうだが、まだ生活基盤の安定していない俺たちには、出費が少しでも抑えられるのはとてもありがたい。
いくら無料になったとは言え贅沢に使うわけにもいかないので、今日も三杯分のお湯をもらって全員が体を拭き終わり、寝るまでのゆったりした時間をベッドの上で過ごす。
「こっちの世界の人にも、コロッケを喜んでもらえて良かったよ」
「お酒を飲みに来た人にも好評だったみたいだ」
「ライムもコロッケまた食べたい」
コロッケは夜の定番メニューに、そして昼の日替わりにも採用されるだろう。パン粉というこの世界に知られていなかった材料を使うだけで、難易度は親父さんがいつも作ってる料理とさほど変わらないらしいから、明日からはいつでも食べられるようになるはずだ。
「そう言えばシロフの母さんと話をしたんだって?」
「うん、優しくて凄く可愛い人だったよ」
「かーさんすごいね、ライムもまだ話したことないんだよ」
「掃除の時に指を少し切っちゃったみたいだったから、私の魔法で治療してあげたんだ」
「そうだったのか、それで話をしてくれるようになったんだな」
「人見知りだって聞いてたけど、ちょっと恥ずかしがり屋さんみたい」
何でもよく知らない人と面と向かって話すのが苦手なので、宿泊客とも顔を合わせづらいらしい。挨拶で声をかけても軽く会釈して目線をそらされるので、怖がられてるんじゃないかと思っていたが、目を合わせるのが苦手だったのか。
「それから、お兄ちゃんこれを見て」
《ステイタス・オープン》
真白が自分の能力を表示する呪文を唱えると左手の甲に文字が浮かび上がったが、そこには昨日までと違い[治癒|マナ共有|マナ計器]と表示されていた。
「一気に二つも魔法が発現したのか……」
「マナなんとかって書いてるね」
「“マナ共有”と“マナ計器”だな」
「マナ共有は誰かとマナを分かち合える魔法だと思うんだけど、マナ計器の方は持ってるマナの大きさがわかるみたい」
「どんな風にわかるんだ?」
「ちょっと意識すると、体力ゲージみたいなものが目の前に浮かんでくる」
「マナを使った量や残りの量がわかるわけか、それは凄いな」
「かーさん、すごい!」
やはり俺と同じ流れ人だからか、真白にもこの世界にない魔法が発現している。それに共有というくらいだから、何かの手続きをすれば他人のマナを一つにして利用できるようになるはずだ。
「マナ共有の使い方は誰も知らないだろうから、自分たちで試していくしかないな」
「その事でお兄ちゃんにちょっと実験してもらいたいんだ」
「なんだ?」
「今日わかったんだけど、私の魔法って使いたい人に触ると効果があったんだ。だからお兄ちゃんの色彩強化も、もしかしたら同じなんじゃないかなって」
「確かに昨日はそうやって試してなかったな」
近づいて相手に集中してみたり、側面や背中から呪文を唱えてみたりしても、自分の魔法が強化されるだけだった。よく妹に抱きつかれるので抵抗はないが、こちらから触りに行くのは気恥ずかしい部分があってやらなかったので、今日は覚悟を決めて試してみよう。
「それなら手を握ってもいいか?」
「うん、そのまま明日まで離さなくてもいいよ」
「とーさん、あとでライムの手もにぎってね」
「了解だ」
妹の手をそっと掴むと、嬉しそうに握り返してくる。こうして意識しながら握ると、やはり真白の手は小さくて華奢だ。男の手のように関節がゴツゴツして無く、細くなめらかで少しひんやりしていて、触り心地はとても良い。
そして、そのまま相手に意識を向けながら、呪文を唱えてみた。
《カラー・ブースト》
その瞬間、握っていた左手に表示されていた文字が[治癒+浄化|マナ共有|マナ計器]に書き換わった。浄化というのは、言葉通りの効果だとすれば状態改善だろう。この世界の治癒魔法は怪我の治療はできても、毒や麻痺などの状態異常は治せない。それらの治療をするには、安価だが効き目の遅い薬草や薬液、高価で即効性のあるポーションを使うのが一般的だ。
「これは治癒に浄化する効果が追加されたってことかな」
「恐らくそうだろう」
「なにが出来るようになるの?」
「怪我の治療と一緒に、毒とか麻痺とかの状態異常を治せると思う」
「状態異常はこの世界の治癒魔法で治せないんだったね」
「魔法の本にはそう書いてあったから、間違いないだろう」
「かーさん、すごいね!」
それから真白に強化状態の魔法は、一度使うと元に戻ることを伝えていく。俺の空間魔法の場合は全く別の効果なので呪文も複数必要だが、真白の魔法の場合は追加効果なので同じ呪文で大丈夫だろう。
「お兄ちゃんの魔法が他の人にも効果があるんだったら、私のマナ共有も同じだと思うんだ」
「なら誰かに触れながら呪文を唱えればいいのか」
「試しにやってみたいから、お兄ちゃんはちょっと目を閉じてくれる?」
「なぜ目を閉じる必要があるんだ?」
「いいから、いいから、痛くないしすぐ済むから、ちょっとだけお願い」
「注射をするわけじゃないんだぞ……」
まぁ変なことをしないだろうと、言われたとおりに目をつぶる。隣りに座っていた真白が移動して正面に回り込んできたんだろうか、ちょっと緊張しているような気配が伝わってくる。
「……それじゃぁ、いくね」
《コネクト》
呪文が聞こえてきた瞬間、額に柔らかいものが触れる感触があった。びっくりして目を開けると、少し頬を染めた真白の顔が至近距離にある。
「一体何をやったんだ?」
「えっと……儀式? お約束? テンプレ?」
「……どれも疑問系だな」
「かーさんが、とーさんのおでこに、お口をくっつけてたよ」
「わー、ライムちゃん言っちゃダメー」
真白が慌ててライムの口を押さえにいくがもう遅い、さっきの感触は額にキスされたものだったのか。思い出すと頬が熱くなりそうになる、たぶん表情には出てないと思うが。
「まぁくちびる同士じゃないなら問題ない……か?」
「私はくちびるでも良かったんだけどな……」
「それでどうだ? なにか変化はあったか」
「えっと、ちょっと待ってね」
じゃれ合っていたライムから離れると、居住まいを正してこちらに向き直り、何かに集中するようにじっと見つめる。
「……お兄ちゃん凄いね、私の倍近くマナの量があるよ」
「かなり大きなものが収納できたから、マナの量は多いと思ってたけど、この世界の平均値よりどれくらい多いんだろうな」
「今は私の分と共有されちゃったけど、少しだけマナが減ってるのは収納に荷物を入れてるからかな」
「収納した容量に従ってマナが減っていくから、大きさの限界があるわけか」
マナ共有の仕組みはまだ不明なので、その効果がどこまで影響するかわからないが、もし容量もそれに合わせて増えるのなら、俺の収納魔法は更にキャパシティが上昇したことになる。マナ共有が永続的なものか一時的なものか、しばらく様子を見ないと判断できないとはいえ、これはとんでもないチート魔法だ。
「かーさん、さっきのライムにもやってみて」
「いいよ、ライムちゃんも目をつぶってね」
ライムをベッドの上で立たせ、膝立ちになった真白が呪文を唱えながら、額に軽く口付けをする。そして少し離れて同じように集中していたが、その顔が驚きの表情に変わった。
「ライムちゃんのマナって、お兄ちゃんの十倍くらいあるよ……」
「まだ生まれたばかりなのに、そんなに多いのか」
「ライムすごい?」
「凄いよライムちゃん! さすがは私とお兄ちゃんの子供だね」
「そうだな、さすがは俺たちの子供だ」
人より多いと言われた俺の更に十倍の量が、この小さな体に秘められているというのは驚きだ。竜魔法というのは、それだけのキャパシティが無いと扱えない魔法ということなんだろう。
真白に新しい魔法が発現したのは、実際に治癒を使ってみたからだろう。色彩強化が治癒にしか影響しないのは、この世界にない魔法は色に関係ないからだと推測できる。少しづつ自分たちの能力や使い方がわかってきたが、これがどんな影響を与えるかまだ未知数だ。様子を見ながら慎重に使うようにしよう。
妹の固有魔法が発現したので、資料集の方にプロフィールを追加しました。




