第177話 本当の実力
第14章の最終話になります。
少し遅めの昼食を終え、リビングで全員がくつろいでいる。もちろんコンガーにも食べてもらい、今は暖炉の前に敷いたフカフカ絨毯の上だ。
「んほぉぉぉぉぉー、これはたまらんぞぉ……」
「コンガーおにーちゃんのは、ながくて太いからライム一人だとむりだね」
「みんなでヤれば怖くない、リュウセイそっち持って」
「任せてくれ、このまま骨抜きにしてやろう」
「メシはうまいし気持ちもいいし、ここは獣人族の楽園だぁ……」
お風呂上がりということもあり、クリムとアズルのしっぽをブラッシングしていたら、コンガーも興味を示したのでやってみることにした。白い毛に黒の縞模様が入ったしっぽは太くて長く、毛は短くて細いのでサラサラした感触がある。
獣人族にも様々な種があるけど、同じネコ科でも全く違う特徴があって面白い。後で許可が出たら耳もモフらせてもらおう。
「こうして見ていると、さっき戦った人とは別人みたいです」
「ピピィー」
「みんなのブラッシングを受けたら仕方ないよー」
「この快楽にはー、どんな獣人族も抗えませんー」
「クリムとアズルは本当にいい主人に出会えたなぁ……」
「あるじさまは渡さないよー」
「今度は刺し違えてでもー、倒しますからねー」
「リュウセイは絶対に捕ったりしないから、心配しなくても大丈夫だぁ……」
二人の警戒心はまだ抜けないようだけど、俺はもう心配してない。むしろこれからは友人として、うまくやっていけそうな気がしている。
「私はこの世界に来て一年くらいしか経ってないんですけど、白に黒の模様が入ってる虎人族って初めて見ました。珍しいんですか?」
「親父とお袋は先祖返りだとか言ってたなぁ……」
「あらあら、すごく希少なんじゃないかしら」
「珍しいせいで昔はよくいじめられたんだぜぇ……」
「それはわかります。私も髪の毛の色や守護獣のことで、同じような目に遭いましたから」
「俺は全員叩きのめしてやったが、コールはどうだったんだぁ……?」
「私は耐えることしか出来ませんでした。でも、この人たちと出会うきっかけになっていますから、今はもう何も感じません」
「俺はそのおかげで強くなれたが、お前はいい出会いに恵まれたわけかぁ……」
コンガーから昔話を聞かせてもらったが、獣人族のみで組織された武門の家にはいくつもの流派があり、それぞれが切磋琢磨して己を鍛えている。その中でもあまり強くない流派だったので、珍しい毛色をしていたコンガーはいじめられていたそうだ。
しかし先祖返り特有の強靭な肉体で徐々に力をつけ、若くして先代当主を倒し一門のトップに上り詰めた。強い者に惹かれるという獣人族の習性もあり、今では白い毛と黒い模様がお家の象徴のように思われているらしい。
そんな事があって増長していたせいで、強い冒険者や武人の噂を聞けば勝負を挑むようになった。それが今回の騒動に繋がってしまった原因だ。
「でも先祖の血が濃いんだったら、主従契約できそうだよねー」
「国王様とはー、無理だったんですよねー?」
「守りたいって気持ちは誰にも負けてねえと思うが、何度やってもダメだったなぁ……
逆にお前たち二人はどうして主従契約できたんだぁ……?」
「私とアズルちゃんはあんまり参考にならないと思うけど、出会ったその日にあるじさまが前世の恩人だってわかったからだよー」
「私とクリムちゃんはー、ご主人さまの世界で生まれた猫がー、この世界で猫人族として転生してますからー」
二人はずっと前世の記憶を夢に見ていたこと、俺に抱っこされて自分たちを助けてくれた本人だとわかり、主従契約を結びたいと思ったことをコンガーに聞かせている。
「凄いなお前たち、俺はちょっと感動したぜぇ……」
『俺様が一つだけ教えてやろう。主従契約でいっとーでーじなのは、忠誠心とかじゃねぇ。そいつと共にこの先ずぅっと生きて行こうてぇ覚悟だ、おめぇさんに足りねぇのはきっとそれだと思うぜ』
「覚悟、かぁ……」
「クリムとアズル、何があってもリュウセイから離れない、その想い成功の鍵になった?」
「これはとても面白い話が聞けたのじゃ」
「やっぱり、とーさんとおねーちゃんたちが仲良しだからだね」
「何かつかめた気がするぜぇ……
本当にお前たちに出会えてよかった、ありがとよぉ……」
エレギーのヒントで成功するかどうかはまだわからないが、この国の安定につながるきっかけになったのなら、今回の出来事も意味があった、そんな気がする。
◇◆◇
ブラッシングの後は、コンガーの耳もモフらせてもらった。近衛隊長の彼が男の膝枕で悶まくっているという絵は、決して他人に見せられないだろう。うちの女性陣も若干ひいていたしな。
だが、かなり喜んでもらえたし、今まで触れたたことのなかった虎人族を思う存分モフれたので、俺としては大満足だ。
「クリムは力だけで対抗しようとするな、自分の利点や得意な部分を最大限に活かせ」
「動き回って手数で勝負しろってことー?」
「そうだ、お前の良いところはその機動力にある。縦横無尽に動き回って、相手を撹乱させながら攻撃すれば、必ずスキが生まれる。そこを全力で叩くんだ」
せっかくお風呂に入ったあとだが、今日の反省会をやろうとコンガーから提案され、庭に出て軽い手合わせをする事になった。本人たちも乗り気だったし、コンガーも楽しそうなので何も言うことはない。お風呂は寝る前にもう一度入る予定だしな。
「アズルは正面から防御しようとしすぎだ、半歩ずらして受け流すことを意識しろ」
「こうでしょうか」
「右足をもう少し引いて、体をもっと前に傾けろ。
そのままの体勢でいろよ……おらぁっ!!」
今日の模擬戦でやったのと同じ突き攻撃だったが、今度は体勢を崩さず弾き返すことに成功した。
「凄いです、こちらに衝撃があまり来ませんでした」
「それをとっさの防御の時でも出来るようにすれば、お前は一流の障壁使いになれる」
「やったねー、クリムちゃん」
「クリムとアズルは、個人でも騎士団の頂点に立てるほどの潜在力を持っていると俺は思う。そんな二人が連携すれば、お前たちの力は二倍にも三倍にもなる。そこをもっと伸ばしていくのが俺のおすすめだ」
受け流しを得意としているコールでは、籠手と障壁の違いがあって、うまくやり方を伝えられなかった。コンガーは自分でポーズをとったり、足の位置や体の方向を細かく指示して、最適な体勢を教えてくれる。
これまでの経験で同じ障壁使いを何人も見てきたから、他人を指導することが出来るんだろう。
「それからコール、お前はどうしても攻撃の時に手加減してしまうだろ?」
「はい、やっぱり誰かに危害を加えるのは怖くて……」
「いや、それでいいんだ。それがお前のいいところだからな。
コールの強さと速さはウチの副隊長より上だ、それだけの力を持ったやつが本気で闘うなんて状況は、無い方がいい。ただ、どうしても引けない状況が来た時には、その考えを捨てられるようになれ」
「私に出来るでしょうか」
「普段は意識しなくてもいい。だが、もしそんな場面に遭遇したら今の言葉を思い出せ。俺が力になってやる」
こうして手ほどきを受けてみると、コンガーは指導者としてもかなり優秀なのがわかる。ビブラさんやギルド長の指導とは別の視点から指摘されるアドバイスは、的確かつ具体的だ。
たった一度の対戦で長所や短所に気づくのも、戦いの最中に相手をよく見ているからだろう。そうやって攻略の糸口をつかめることが、彼の強に繋がっているのは間違いない。
「面白いことになってるな、どうしてお前たちが近衛隊長と一緒にいるんだ?」
「ギルド長じゃないか、何かあったのか?」
「昨日の報告書がまとまったんでな、お前たちに確認ついでに聞きたいことがあって訪ねたんだ」
「おっ、トロボのおっさんか。今日はいろんなヤツに会う日だな」
「お前こそこんな所でなにしてるんだ、近衛の職務はいいのか」
「派手に暴れて訓練場の壁を壊しちまって、謹慎食らったんだよ」
正確には、説教を受ける前に自宅謹慎すると逃げてきたらしい。そんな状況の彼が、こんな場所で油を売ってて良いのかと思うけど、こうした機会に恵まれたんだから黙っておこう。
「まさかとは思うが、リュウセイたちに勝負を挑んだんじゃないだろうな?」
「わっはっはっ! リュウセイとライムの同化で、コテンパンにされたぜ!!」
「全く無茶しやがって……」
ギルド長は俺とライムが同化して戦っている姿を見てるから、ヤレヤレと言った感じに首を振っている。
「まぁ、そのなんだ。今まで強い冒険者を連れ出したりして悪かったな、もう二度とそんな真似をしないから許してくれ」
「って、おいおい、コンガーが素直に謝るとか、一体どういうことだ?」
「リュウセイたちに出会えて俺は目がさめた、そしてここにいる皆と親友になった。主従契約を成立させた二人の獣人族、俺と互角の勝負ができる鬼人族、それに竜人族の力を宿すことのできる人族がいるんだ。これ以上面白いことなんて、絶対見つけられないからな!」
「戦闘狂の暴君を手懐けるとは、お前らやっぱり凄いな……」
力でねじ伏せたと言えなくもないけど、何だかんだで良い方向に収まったんじゃないだろうか。
◇◆◇
時間に余裕があるとギルド長が言ってくれたので、反省会の総括をしてからコンガーは帰っていった。また遊びに来ると言っていたし、泊りがけで来てもらったり、今日みたいな指導をお願いしたりしよう。
「しかし、シェイキア様の家だけでなく、コンガーの家まで手中にしちまったら、国を乗っ取れるぞ?」
「俺はこの世界もこの国も気に入ってるし、そんな波風立てることはしないからな」
「リュウセイは文官の家で、次期当主候補と呼ばれとる男とも知り合いなのじゃ」
「影から支配することも可能じゃねえか……」
国を動かすなんて面倒が多そうだから、絶対にお断りだ。そんな事をするくらいなら、執事喫茶でも作って働く方がましだな。
「それより報告を聞かせてもらえないか」
「おっと、そうだったな。まずはマシロが浄化した邪魔玉だが、国が買い取ることになった――」
庭からリビングに戻ってギルド長の報告を受けているが、浄化後に出来た虹色に輝く透明な玉を研究して、製法や性質を調べると同時に発生原因も探ってみるらしい。依頼の最中に出たものは冒険者にその所有権があるので、俺たちやハイエルフのパーティーに許可を取る必要があったそうだ。
買取金額はまだ決まってないが、ハイエルフのパーティーは受け取りを辞退しているので、全額俺たちに振り込まれることになった。途中で見つけた黒玉丸も競売にかけることになっているから、依頼の報酬と合わせると結構な金額になるだろう。
「特別依頼の報酬でも渡してやりたかったとこだが、もう全員がピャチでもらってるし残念だ」
「能力の秘匿に関してとか色々お世話になってるし、その辺りはあまり気にしないでくれ」
「その代わりと言っちゃ何だが、シェイキア様と冒険者ギルドからこいつを贈呈することにした」
そう言ってギルド長が差し出してくれたのは、人数分の黒いカードだった。表面には細かくて複雑な模様が刻み込まれ、名前の部分は金色の文字で書かれている。ギルドカードより一回り大きく、かなり高級感あふれる見た目だ。
「これは?」
「こいつは王立図書館の閲覧カードだ」
「ふぉぉぉぉぉーっ! 国の研究員しか入れないという、あこがれの場所!!」
「やはりソラは喜んでくれたな、シェイキア様の言ったとおりだ」
「そんな場所に一般人が入っても構わないのか?」
「実はギルドランクが黒階になってから申請すると、冒険者でも手に入れることは可能なんだ。お前たちはまだ階位に上げられないが、特別に発行許可が出た」
研究員じゃないのである程度の閲覧制限はあるが、大部分の蔵書は読めるとのことだ。とにかくソラが大喜びしてるので、良いものをもらうことが出来た。
そんな特別報酬も受け取り、今回の依頼は無事終了ということになった。
次章は旅に出ます。
新しい街、新しい出会い、新しい食材と盛りだくさんですのでお楽しみに。
そして、物語は最大の転換期を……




