第175話 意趣返し
近衛隊長コンガーに、クリムとアズルの事を弱いと貶され、更にライムが勝負を挑まれてしまう。それを聞いたコールが静かに怒り出し、三倍強化の身体補助を発動した状態で、模擬戦をすることになった。
訓練場の中心に立つ二人は、大人と子供ほど身長差がある。コンガーの身長は俺より高く、恐らく百九十センチ以上あるはずだ。対してコールの身長はクリムとアズルより低いので、体格差の不利がより強調されてしまう。
いい勝負が出来るんじゃないかと言われていたが、高い戦闘技術とセンスを持つコンガーに、どこまで拮抗できるかまだわからない。
「いきます!」
まず動いたのはコールだった。
獣人族を超えるスピードで相手の懐に飛び込み、コンガーの腹に拳を叩き込む。その威力はコンガーの巨体を後ろに下がらせるほどあり、クリムに蹴られても平然としていたその顔を少し歪ませる。
「くっ……おいおい、俺たち獣人族より早く動けるとか、向こうにいる守護獣のおかげか?」
「ヴェルデは今の時代だと暴食の守護獣と呼ばれる、太古の守護獣が持っていた強さと結びつきを受け継いだ、私の大事な家族です」
「ピルルルルーッ!」
「暴食の守護獣を飼いならしてるだと……? そいつはますます面白い!
今度はこっちから行くぞ!!」
少し距離をとっていたコンガーが一気にコールへ近づくと、その小柄な体に向かって何発もパンチを叩き込む。しかし、コールはその全てを受け流し、一旦相手との距離をとった。
そしてコンガーを中心にして、円を描くように移動する。身体補助に支援まで加えられたその動きは、氷の上を優雅に滑っているように見えて、思わず目を奪われてしまう。
「それはビブラの旦那が使ってた使ってた技か?」
「直伝ですよ」
「最後まで弟子をとらなかった、あの旦那から直接教わっただと!?
楽しいっ! ますます楽しくなってきだぞーっ!!」
凶暴な笑みを浮かべたコンガーは、本当に戦うことが好きのようだ。上がりすぎたテンションのせいで、リミッターが外れかかってるんじゃないか? いざとなったら俺とライムで止めよう。
「あらら、ちょっと面白いことになっちゃったね」
「シェイキアさん、どうしてここに?」
俺の隣に小さな影がスッと近づいてきたので目線を下げると、そこにいたのはシェイキアさんだった。国の関係者である彼女が王城の近くにいても不思議じゃないけど、こんな場所に用事があるとは思えない。
「うちの隠密に、リュウセイ君たちがここへ連れ込まれたって報告を受けたから、様子を見に来たんだよ」
「昨日のことで聞きたいことがあると言われて馬車に乗り込んだら、この場所に到着した」
「まったく、また勝手なことやって……
コンガー君は後でキツイお仕置きね」
俺の疑問がわかっているように理由を話してくれたが、あれだけ強い武人にどうやってお仕置きするのか疑問だ。しかし、深く追求すると国の暗部を覗いてしまいそうな予感がする。
「あの鬼人族の女性、隊長と互角に戦ってるぞ」
「獣人族の双子もかなり強かったが、一体何者なんだ?」
「噂ではどこかの家に勤める使用人らしい」
「ダンジョンで魔物を圧倒していたそうだ」
「そんなに強い使用人がいるということは、やはりシェイキア様の家か……」
「ウチとは無関係だけど、この子たちは私の大切な友人よ。
だから、今日ここで見たことは他言無用にしておくこと、誰かに喋ったらわかってるわね?」
「「「「「了解であります!!!!!」」」」」
周りに集まっていた人が一斉に直立不動の姿勢になり、シェイキアさんに向かって敬礼している。御三家のパワーバランスって、かなりシェイキアさんの家に傾いてないか?
「楽しい! 実に楽しいな!! こんなに熱くなる戦いは、俺の師匠を倒した時以来だ」
「私は誰かと争うのは好きじゃありません」
「それならお前に機会をくれてやる、これを受け止められたら俺の負けでいいぞっ!」
「たっ、隊長! それは危険です、止めて下さい!!」
「相手は女の子ですよ!」
「そんなに危険な技なのか?」
「彼の家に伝わる、当主にしか伝授されない奥義みたいなものよ」
「止めた方がいい気がするんだが」
「ん~、コールちゃんなら大丈夫じゃないかな……
それにもう遅いみたいだしね」
二人の方を見ると、クラウチングスタートに似た姿勢をとったコンガーの右腕が、服の上からでもわかるほど大きく盛り上がっている。そのまま地を這うような低姿勢で飛び出し、コールにショルダータックルをぶちかます。
自身の体重とスピードの乗ったその威力は凄まじく、防御姿勢を取ったコールを訓練場の壁まで吹き飛ばした。壁はその衝撃に耐えられずに崩れ去り、辺りに土煙が舞い上がっている。
「コールちゃんー!」
「コールさん!」
「コールおねーちゃん!」
全員で壁が崩れた現場に走っていくと、瓦礫の中からゆっくりとコールが立ち上がった。見た感じどこも怪我をしていないみたいだが、いまのはちょっと心臓に悪い。
「大丈夫か? コール」
「うぅっ、受けきれなかったのは悔しいです」
涙目になっているコールを抱き寄せて、ホコリや瓦礫で汚れてしまった髪の毛や体をそっと撫でる。クリムとアズルもそうだったが、こんなに悔しがっている姿を見るのは初めてだ。
「ピルルー?」
「ちょっと痛かっただけだから大丈夫だよ、ヴェルデ。心配かけてごめんね」
骨にヒビが入っているといけないので、二倍強化にした真白の治癒魔法をかけてもらう。これでひとまず大丈夫だと思うが、それにしてもコンガーは少しやりすぎた。怪我なしで済んだのは、鬼人族の強靭な肉体にヴェルデの身体補助があったからだ。
お互いに拳を合わせてみて、コールなら大丈夫だと判断したから、あの大技を出した可能性はある。しかし、例えそうだったとしても、自分の家族が負けたままで平然としていられるほど、俺は大人じゃない。
「お兄ちゃん、怒ってる?」
「このままだとみんなの気持ちが晴れないし、いくら相手が強いからといって素人に奥義まで出すのはやりすぎだ」
「私が責任とったげるから、やっちゃっていいよリュウセイ君」
「ライムと一緒に彼と戦ってみたいと思ってるがどうする?」
「クリムおねーちゃんとアズルおねーちゃんと、コールおねーちゃんをいじめた人だから、かたきとりたい」
「よし、それなら二人でやっつけようか」
服が所々破れてしまってるコールにローブを渡して、ライムと二人でコンガーの所に行く。
「なんだ、なんか文句言いに来たのか?」
「いや、コンガーに勝負を申し込みに来た」
「戦うのはお前と竜人族のどっちだ」
「俺とライムの二人だ」
「お前は特に体を鍛えてるわけでもなさそうだが、足手まといが居たんじゃ俺には勝てんぞ」
「そんな心配はしなくていい、俺とライムは一心同体だからな」
手を繋いだライムに視線を向けると、大きくうなずいて呪文を唱えた。
《とーさんといっしょ!》
光になったライムが俺の肩で形になり、全身が緑色に光ると感じている世界が一変する。周りで見学していた兵士たちの驚きや戸惑い、それに応援してくれる家族の声、それまで気づかなかった隠密の気配も感じられるようになった。
「なっ、何だそりゃ!? さっきの鬼人族が使ってた守護獣みたいなもんか?」
『竜人族と戦ってみたかったんだろ? 怪我しない程度に手加減してやるから、かかってこい』
『いつでも大丈夫だよ』
「いったな小僧! 最初から全力でいってやる」
コンガーの手には具現化された土の剣が出現し、それを大上段に構えて間合いをとった。俺も収納から竜人族の戦士が使っていたと言われる大剣を取り出し、正眼に構えて対峙する。
「おらぁーっ!」
気勢を上げて爆発的な加速で突っ込んでくるコンガーの動きは速く、そのスピードは俊敏が伸びてきたアズル以上だ。勢いよく移動しているにもかかわらず剣の軌道にブレはなく、真っ直ぐ俺に向かって振り下ろされている。
俺は迫ってくる刃に自分の剣を当てて軽く払いのけたが、コンガーの具現化武器はその場所からポッキリ折れてしまった。
「……なっ!?」
『どうだ? 負けを認めるなら、ここで引いてやるぞ』
『降参する?』
「バカ言うな! まだまだこれからだ!!」
折れてしまった剣を捨てて、今度は拳で殴りかかってきた。俺はその場から一歩も動かず、全て手のひらで受け止める。さすが国内最強だけあって、決して単調な攻撃にならず、一撃一撃が重たいのは凄い。
「隊長の攻撃が全く通用しない……」
「全て余裕で防がれてるぞ……」
「さっき竜人族の力と言っていたが、こんなに強いのか……」
殴りかかってくるのを諦めたコンガーは少し距離をとって、さっきコールに仕掛けたショルダータックルの姿勢になる。剣で突っ込んできた時以上の速度で迫ってきたが、片足を引いて腰を落とし真正面から受け止めた。
竜人族の力を宿していても勢いを殺しきれず、腕がジンと痺れるほどの攻撃だ。小柄な女性の鬼人族だと、受けきれないのは当然だろう。
『お返しだ』
『やーっ!』
そのまま右足を大きく踏み込むと、体を反転させて背中から相手に体当りするという、格闘ゲームでよくある技を使ってみた。
ゼロ距離に近い攻撃だったがコンガーの体は勢いよく吹っ飛び、後ろにある壁を破壊してその運動を止める。コールにやった行為の意趣返しみたいなものだが、きっとこれで負けを認めてくれるだろう……
「一体何の騒ぎだね」
「リュウセイさんたちがここへ連れてこられたって聞いて来てみたのだけど、一体何があったの?」
訓練場の入り口から二人の人物が入ってくると、今の状況を見て顔をしかめている。
その二人とはビブラさんとマリンさんだった――
主人公に関わった人物が次々登場してきます。
次回もあの人が登場! その人物とは……?
お楽しみに。
◇◆◇
この話でシェイキアが言ったセリフと、ほぼ同じことを感想で頂いてドキッとしましたw
頂いた感想の返信で時々寸劇が繰り広げられていますので、ご興味ありましたら外伝的な小話として読んでみてください。
(キャライメージが多少崩壊するかもですがー)
◇◆◇
ビブラは侍従としての立場を重んじており、武力集団である近衛や騎士に指導することは控えてました。
(有事の際も時間稼ぎが自分の仕事だと割り切っていたので)
それでも凄腕と言われてましたが、自己評価と周りの評価で違いがあるのは、良くあることです(笑)




