第174話 拉致
邪魔玉を取り込んだ魔物を倒し、ひとまず今回の依頼は達成ということになった。とは言っても、ダンジョン最深部にいる魔物と同等の魔法を発動できた変種や、ポーションで治せなかった状態異常のこともあるので、問題は山積みだ。
邪気の影響と変種が異常発生した因果関係は明確になっておらず、今後も継続的に調査を進めていかないといけない。ひとまず当面の対策を冒険者ギルドで協議してもらい、手に負えない事態が発生したときには協力すると約束した。
ダンジョンにいる精霊は、その場をほとんど動かない特徴があるので、広範囲の情報を集めるのは難しい。しかし、同じ場所に複数の邪魔玉が存在したことは今までなかったので、その点に関してはあまり心配はいらないんじゃないかと思っている。
帰りは転移魔法で一気に地上に戻ってきたので、当然ハイエルフの三人には驚かれた。シェイキアさんの方から箝口令が出ているので、俺たちの力が外部に漏れる可能性は低いだろう。
―――――・―――――・―――――
と、昨日まではそんな風に思っていた。
「どうしてこんな場所に連れてこられたんだ?」
「はっはっはっ! 噂のパーティーにどうしても会ってみたかったんだ!!」
目の前にいる俺より大きな男性は、白い頭髪の前髪部分に一房だけ黒が混じっており、耳は小さめでフサフサだ。ちょっとモフりたい。
腰のあたりにはクリムやアズルより太いしっぽが伸びていて、そこは白と黒の縞模様になっている。これはあれだな、動物ならホワイトタイガーって種類だろう。ブラッシングもしてみたい。
「近衛隊長でいいんだよな?」
「おうよ! 俺が近衛兵をまとめてるコンガーだ、よろしく頼むぞ」
そう言って手を差し出してきたので、とりあえず握手した。かなり握力が強いぞ、この人は。手も大きくて硬く、まさに武人といった感じがする。
――それは今朝のことだった。
朝ごはんを食べてくつろいでいたら家の前に馬車が止まり、昨日のことで話を聞きたいと言われて乗り込んだ。国内の冒険者ギルドを統括する本部が行政区にあるので、川を渡った時もてっきりそちらに行くものだと思っていた。小綺麗な箱馬車だったのは、油断させるのが目的だったんだろうか……
城壁に近い広大な敷地にアパートのような建物が何棟も並び、辺りからは金属同士のぶつかる音や気合を入れるような声が聞こえてくる。前方に見える壁に囲まれたスペースは一部が開放され、中は綺麗に整備された運動場のようになっていた。どう考えても訓練場だな、あれは。
「歴代の近衛隊長は王国に仕えている御三家の一つで、武人を育てている獣人族の一番強い者が務めるんだったな」
「よく知ってるな、その通りだ!」
「で、そこの当主が一介の冒険者に、一体何の用なんだ?」
「そこにいる鬼人族と猫人族の女が、ダンジョンで魔物相手に無双してたと聞いて、俺も戦ってみたくなった。それ以外の理由はないっ!」
あー、この人はあれだ、典型的な脳筋だ。シェイキアさんも戦闘狂と言っていたし、血が騒いだとかそんな理由だろう。それにしても、他の冒険者からの目撃情報だったのか、その点に関してはうっかりしていた。
いずれギルド長やシェイキアさんが手を打ってくれるだろうけど、ライムとの同化や森での戦いがバレていなければ問題ない。それよりも、国の重鎮が一般人に拉致まがいのことして大丈夫なのか?
「戦うって何がしたいのー?」
「戦闘訓練とかでしょうか」
「軽い手合わせみたいなもんだ。手加減はしてやるが、怪我くらいは覚悟しとけ」
それは軽い手合わせと言うんだろうか……
周りに集まってきた人たちからも、「また隊長の悪い癖が出た」という声が聞こえてくる。
「むー、手加減なんて失礼だなー」
「確かに虎人族は強いですが、私たちだって負けてません」
「おっ、やる気になったか? お前ら小さいから二人一緒にかかってこい、それくらいの条件で丁度いいくらいだ」
「私とアズルちゃんはあるじさまと主従契約してるんだから、いくら国で一番強くたって負けないよー」
「あのご主人さま、やってみてもいいでしょうか」
「軽い手合わせくらいなら構わないが……」
「主従契約だと、そいつはますます面白い! そんな細身で弱そうな男に仕えるお前らが、どれくらい強いか俺が確かめてやる」
「あるじさまは弱くなんか無いよー!」
「ご主人さまは脱いだら凄いんです!」
俺がバカにされてると二人は怒っているけど、煽るのがうまいなコンガーは。そこまでして戦ってみたいというのは、さすが戦闘狂と評されているだけはある。
だが脱いだら凄いという、誤解を受ける表現は止めてくれ。あちこちから変な視線を向けてられて、非常に居心地が悪い。特に若い獣人族の男性からは、殺気のようなものが感じられる。
◇◆◇
結局、壁に囲まれた訓練場に移動して、模擬戦をやることになった。クリムとアズルは獣人族の力と、主従契約の効果だけで戦ってみたいと言って、強化魔法は使っていない。
「二人とも怪我だけはしないようにな」
「心配いらないよー、あるじさま」
「私たち二人の力を見せてきます」
「そっちもあまり無茶しないでくれよ」
「俺たちの部隊には治癒師がいるから心配するな」
怪我すること前提とか、不安しか無い。
真白がいるからこんな事に付き合えるが、そうじゃなかったらとっとと帰ってるところだ。
「クリムおねーちゃん、アズルおねーちゃん、がんばってね」
「みんなの絆、いま見せる時」
「図体ばかりでかい男など、軽くひねってやるのじゃ」
みんなの応援を受けながら、二人は訓練場の中心でコンガーと対峙する。
クリムが少し前に出てアズルが後ろに控えるいつものフォーメーションで構えを取るが、コンガーは腕を組んで立ったまま動こうとしない。
「いくよー!」
まずはクリムが飛び出し、一瞬で相手の懐に飛び込み軽く牽制した。コンガーもその攻撃を自分の拳で受け流している。それにしても二人共ものすごいスピードで、目で追うだけでも大変だ。
「ほぅ、なかなか速いじゃないか」
「こんなのまだ小手調べだよー」
「たっ、隊長と互角の速度で攻撃している」
「猫人族に素早いやつは多いが、近衛や騎士団にもあの速さを出せる者はいないぞ」
「主従契約というのは、獣人族の力をあれほど高めるのか……」
周りで見学している人たちからも色々な感想が聞こえてくるが、それだけの身体能力を持った二人を同時に相手できるコンガーはやはり凄い。近衛隊長が国内最強と言われるだけのことはある。
クリムとアズルの二人は、その後も激しく動き回って攻撃を繰り返すものの、コンガーに有効打を入れられない状態が続いた。
「そこですっ!」
「あまいっ!!」
クリムの死角から飛び出したアズルの攻撃も防がれ、二人は一旦コンガーから距離を取る。今度は同時に飛び出し、クリムの攻撃に合わせようとしたコンガーの前に、アズルが割り込んで呪文を唱えた。
障壁魔法に自分の拳を弾かれ体勢の崩れた所に、走り込んでジャンプしたアズルの蹴りが命中する。攻撃が当たった肩を手で押さえているが、それ程ダメージを受けた様子はない。
「……やるじゃないか」
「へへーん、どうだー」
「二人がかりでいいと言った言葉、後悔しましたか?」
「俺は負けないから、それは無い。なぜなら、お前らの攻撃は軽すぎるからだ。こんなもん何発もらったところで、痛くも痒くもない。
……俺が本当の攻撃を見せてやる」
コンガーがその場で力を貯めると、弾丸のようなスピードでアズルに接近する。とっさに障壁魔法で防ごうとしたアズルの呪文は間に合ったものの、その勢いで体ごと飛ばされてしまった。
《おしおきハンマー!》
障壁のあった部分に拳を突き出した状態で止まっていたコンガーに、今度はアズルが土のハンマーを具現化させて襲いかかる。それに気づいたコンガーの口がわずかに動くと、手には土で出来た剣が具現化された。
「おらぁっ!」
その剣をクリムめがけて振り抜き、二つの武器が衝突すると辺りに鈍い音が響き渡る。互角かと思われた具現化武器同士の衝突だったが、剣が当たった部分に小さなヒビが入っていた。
クリムのハンマーはそこから崩れていき、やがて形を失ってしまう。一点に力が集中する分だけ、剣のほうが強かったのか……
「隊長に武器を出させたぞ」
「その前に放った突きは、本気で力を乗せていたな」
「あの二人、かなり強いじゃないか」
コンガーの技術や駆け引きは、素人目にわかるほど優れている。力もスピードもあり、どんな状況でも最適のカウンター攻撃を繰り出していた。そうでなかったら同じ属性の具現化魔法で、相手の武器破壊などできなかっただろう。
「わーん、私の武器が負けちゃったよー」
「攻撃を受け止めきれませんでした」
「二人は国内最強の武人に本気の攻撃をさせるくらい強かったんだ、もっと胸を張ってもいい」
「でもくやしいよー」
「ご主人さまをバカにされたままなのは嫌です」
目尻に涙をためた二人が見上げてくるので、頭を撫でながら胸に抱き寄せる。しっぽもペタンと垂れて、二人の気持ちを表していた。
「よし、次は鬼人族のお前、勝負しようぜ」
「えっと……私は遠慮しておきます」
「なんだ、怖気づいたのか?」
「そういう訳ではありませんけど、あなたと戦う理由がありませんから」
コールは俺の近くに来て、一緒にクリムとアズルを慰めてくれているが、コンガーの誘いには乗らないみたいだ。優しい性格だし、不必要な戦いをする必要はないと思ったんだろう。
「何だつまらんな。一撃で吹き飛ばされたり武器を壊されたりする弱い奴らの仲間は、しょせんその程度ってことか。それならそこの竜人族と勝負させろ、子供でも強いんだろ?」
ライムと勝負したいなんて言い出すとは思わなかった。体は丈夫だとしても、力はまだ子供とそう変わらないから、さすがに許可は出来ない。竜人族の能力が発揮できるのは、俺と同化した時だけだ。
俺が断ろうとした時、そばにいたコールがスッとコンガーの方に近づいた。
「……今の言葉、取り消して下さい」
「ん? なんか言ったか」
「私は何を言われたっていいです。でもクリムさんやアズルさんを悪く言うのは許せません。それにライムちゃんと戦いたいなんて、非常識にもほどがあります」
「ならお前が戦え、それならもうあんな事は言わん」
「わかりました。
……ヴェルデ、大きくなって」
「ピピーーーッ!」
ヴェルデが俺の頭の上から飛び出し、進化状態になってコールの肩に止まる。その変化に周囲からどよめきが起きるが、俺は怒ったコールを初めて見て驚いていた。
声と表情から感情が抜けて、とても冷たい印象をまとった姿は、普段とのギャップが大きすぎる。これが静かに怒っているという状態なんだろうか。
「ほう、守護獣持ちとは楽しませてくれそうじゃないか!」
「リュウセイさん、ヴェルデの強化をお願いします」
「わかった。でも、無理はしないようにな」
「はい、この機会に自分の力量を確かめてみたいと思います」
冷静さを失っていないその姿にホッとして、ヴェルデに三倍の強化魔法を唱える。
しんと静まり返った訓練場の中を二人は進み、中央まで行くとお互いに距離をとって対峙した――
圧倒的に少ない男性キャラの追加(笑)
※簡易的な国軍の組織図
近衛隊
/↑\
騎 士 団
/↑↑↑↑↑\
一 般 兵 士




