第173話 大型変種
パーティーメンバーの状態異常で魔法が使えなくなり、ダンジョン内で救助を待っていた三人組のハイエルフと合流できた。真白の魔法で症状も改善し、自己紹介やダンジョン内の異常について情報交換をやっている。
変種のヘビに噛まれて状態異常になり、感知魔法が使えなくなっていた女性はマキさん。マキさんの夫で治癒魔法使いのシマさん、そして収納魔法を持っている男性がイザーさんというらしい。
日々の生活に刺激を求めていたイザーさんが仲の良かった二人を誘い、王都まで出てきて冒険者活動を始めた。その頃にシェイキアさんと出会って、冒険者のイロハを学んだそうだ。活動歴も百年近くある大ベテランで、ギルドランク最上位の黒階として活躍している。
そんな人ですら帰還が困難になるダンジョンは、やはり危険な場所だ。しかし無理せず安全な場所に留まって、救助が来るまで待ち続けるという冷静な判断ができる辺り、ベテラン冒険者の貫禄を感じる。
「私が噛まれたヘビの魔物には遭遇しなかった?」
「ちょっともったいなかったけど、シマシマ模様のヘビは私のハンマーで魔晶ごと叩き潰したよー」
「ハチ型の魔物が大量に集まってる集団居住地を見なかったか?」
「そこなら、われの魔法で住処ごと殲滅したのじゃ」
「この近くに上から攻撃してくる魔物が密集してる場所があっただろ?」
「私の障壁魔法で全部防いで倒しましたよ」
「私とスファレちゃんの弓もあるし、クリムちゃんは飛翔系も使えるしね」
「ギッ、ギルド長、このパーティーは一体……」
「だから言っただろ、シェイキア様が頼りにしてるって。もう一つ付け加えるなら、上にある砂漠階に群れていた百体以上の魔物を、たった二人で全滅させてるぞ」
「「「怖っ、流れ人のパーティー、怖っ!!!」」」
まぁ安否確認をなるべく早くしたかったし、他の冒険者の安全確保という二つの理由があったから、自重せずにやらかしている。こうして無事合流できたんだから、多少の力技は大目に見てほしい。
「しかし我々のために、精霊王様や妖精王様がお力をお貸しいただけたとは……」
『その事はあまり気にせずとも良いぞ』
『ここに集まった連中は、お人好しばっかだかんな』
『特定の誰かの為に力を尽くす、わたくしたちにそのような行為を教えてくださったのが、この方たちですのよ』
特定の誰かというのはリコとケーナさんの事だと思うが、あの人たちに差し伸べた手がこういった形で返ってきたのなら嬉しい。
「我らもこうした活動を通じて、学んでいる最中ということだ」
「王たちにここまで言わせる人物……」
「「「やっぱり流れ人って怖い」」」
精霊や自然を身近に感じるエルフ族は、王たちを神聖視する傾向が強い。どうしてもこんな反応になってしまうのは仕方ないだろう。
最近は自分たちの生活にすっかり溶け込んでいて、家族や親戚みたいにしか思えなくなっているから、こうした反応を見た時に感じるギャップは、以前より大きくなった。
王たちに与えた影響が、この世界にどういった作用を及ぼすかわからない。しかし、悪い方向に向かっているわけでないという、予感めいたものはある。これまで呼ばれた流れ人も様々な影響を与えているらしいから、俺たちはたまたまこういった方面だったのだろう。
◇◆◇
一旦王都に戻ろうという話は、三人の話で保留になった。異変の原因かもしれないという情報に、少し気になることがあったからだ。
ここから更に奥に入った場所で巨大な変種を発見したが、その周囲は重苦しくて寒気のする空気に支配されていた。そこにいた変種はカメ型で、元の魔物と同じ特徴を備えていた場合、通常の攻撃を受け付けないほど防御力が高い。そう判断して、手を出さずに引き返してきたらしい。
ギルド長も、どんな変種なのか実際に確かめて対策を練りたいとのことなので、明日案内してもらうことにした。
それに周りに立ち込めている空気というのも気になる。もし邪気を取り込んでその姿になっているのだとすれば、近くに邪魔玉やそれに似た何かがあるかもしれない。この異常事態にそんな物が関わっているなら、浄化できるのは恐らく俺たちだけだ。
―――――・―――――・―――――
翌朝、三人の案内で問題の場所まで向かっているが、ソラの正確無比な感知魔法やスファレの弓を使った攻撃、それにアズルの障壁にクリムの上位属性ハンマー、それらを見るたびに驚いている。
もちろん真白の料理やコールの魔法制御も同様で、三人はずっと驚きっぱなしだ。
「彼らがまだ段位なのは信じられない……」
「オレも黒階でいいと思うんだが、活動実績は一年ほどだし本人たちも嫌がってるから、昇格させられん」
「集まってる子たちも、持ってる力も特殊すぎるから、今までの枠では測れないわよ」
「ほぼ全ての種族が揃っていて、これだけ仲良くしてるってだけでも異例だな」
「ライムちゃんって可愛いわぁ、私もあんな子ほしい。頑張ろうねシマ」
戦いに関して完全に傍観モードになった三人組のパーティーは、後ろでギルド長たちと盛り上がってる。ちょっと緩めの空気になっているから、マキさんとシマさん夫婦はかなりラブラブだ。
イザーさんはそんな二人と一緒でよく平気だと思っていたら、色恋より冒険にロマンを感じる人らしい。里にいた頃から三人は仲良しだと言っていたので、恋愛と友情の区別もしっかり出来ているんだろう。
「ライムはまだ小さいから大丈夫だと思うが、このさき竜人族の使命はどう果たすんだ?」
「イザーおにーちゃん、しめいって何のこと?」
「俺たちの里にいたジジイが、若い頃に竜人族と話したことがあるって自慢しててな。そのジイさんが言うには、森に出たハグレを狩るのが竜人族の果たすべき役割だとか、出会ったヤツに聞いたらしい」
「その話は俺もジイさんに聞かされたぞ」
「みんなただの法螺だって信じてなかったけどね」
「竜人族に役割があるなど、われも聞いたこと無いのじゃ」
「古代エルフが知らないってことは、かなり眉唾なんだろう。まぁ、森のどっかに竜人族の隠れ里があるって話もしてたし、興味があったら探してみるんだな」
意外なところから竜人族の話を聞くことが出来た。隠れ里のことは王たちも知らないようなので、本当に存在するかは不確定だけど貴重な情報だ。
以前アージンで迷子の子供を森へ探しに行った時も大きく成長したハグレがいたし、そうした脅威が外に出ないよう務めてくれているのであれば、この大陸に住む人にはとてもありがたい存在になる。
「竜人族のことは色々調べてる最中だから助かるよ、ありがとう」
「ありがとうイザーおにーちゃん。ライム、しめいってわからないけど、だれかに会えたらきいてみるね」
スファレが以前であった竜人族は、ほとんど話さない男性と他の種族を小馬鹿にした男女だったから、そんな話を聞くのは無理だっただろうな。
ライムの仲間を探すというのは旅を始めた最初の目的でもあるし、今はスファレがいてくれるから森の中でも自由に移動ができる。ずっと邪魔玉の問題に力を向けてきたけど、落ち着いたら本格的に探索してみる事にしよう。
◇◆◇
ダンジョンの最奥にある壁際に近づいていくと、徐々に空気が重くなるような感じが強くなる。ソラの感知魔法にも危険な魔力反応が出ているので、邪気が関係していることは間違いなさそうだ。
「ダンジョンの中でもこの感じを受けるなんて、思ってなかったよー」
「しっぽがゾワゾワします」
「危険な魔力、魔物全体に広がってる。中に丸くて濃い反応、邪魔玉取り込んだのかも」
「この場に留まり続けていたのか邪気が濃い、私の浄化も追いつかん」
『妖精王の旦那とリュウセイがいなけりゃ、俺様たちも近づきたくねぇな』
「これが邪魔玉の出す邪気なんだ、正体がわからなかったら逃げ出しちゃうね」
「お前ら、こんな厄介なもんを処理してまわってたのか……」
邪魔玉を取り込んだ魔物が増幅しているのか、妖精王でも処理しきれないほどの邪気が辺りを漂っていた。
初めて邪気を体験してるシェイキアさんや隠密たち、それにギルド長は顔をしかめている。ここまで案内してくれた三人が、手に負えないと即座に撤退の判断したのは正解だ。
「これはリュウセイさんとマシロさんじゃないと、解決できない事案ですね」
「まずはあの魔物の中から邪魔玉を取り出さないと」
「われが麻痺させるのじゃ」
「かなり硬そうだし、クリムの三倍強化で確実に倒そう」
「了解だよー」
マイクロバスくらいありそうなカメ型の魔物は、遠くからでもその巨体がよく見える。甲羅は分厚く頑丈そうで、生半可な攻撃だと通じそうもない。
それぞれの役割分担を決めて死角からそっと近づく。寝ているのか全く身動きしない魔物に、黄色の彩色石を二つ持ったスファレが魔法を付与すると、体がビクリと震えて麻痺状態になった。
これで、永遠に身動きが取れなくなる。
「まって! なにか来る。アズル障壁張って!!」
「わっ、わかりましたソラさん」
「魔法が発動する、みな一か所に固まれ」
魔物を麻痺させて気を抜いた瞬間、ソラがなにかの違和感を感じ、エコォウが魔法の発動を感知した。麻痺すると声も出せなくなるはずだが、魔物はその状態でも魔法を発動できるというのか!?
魔物の頭上に石の礫が複数出現し、一斉にこちらに向かって飛んできた。アズルの障壁で全て跳ね返されたが、それが当たった魔物には傷一つ無い。強い魔物が持っている、物理や魔法攻撃を軽減するパッシブスキルが働いているんだろう。
石礫の数と大きさはそれほどでもなかったが、当たりどころが悪ければ致命傷になっていたかもしれない。俺の背中を冷たいものが流れる。
頭ではわかっていても、やはりどこかで自分たちの力を過信していた。反省は後でしっかりするとして、今は目の前の魔物に集中しよう。
「睡眠に切り替えて眠らせると、魔法は使えなくなるのじゃ」
「眠っている魔物に強い衝撃を与えると、起きてしまうんじゃないかしら」
「どんなに強い魔物でも魔法の連続使用は無理だ。現に今アイツは何も出来ずにこちらを睨んでいるだけだから、倒す機会は今だな」
「わかった、行ってくるよー」
「クリムちゃん、気をつけてね」
「あれくらいの魔法だったら躱せるから、心配しないでアズルちゃんー」
ギルド長のアドバイスを聞いたクリムが一気に飛び出して、魔物に向かって走っていった。自分の撃った魔法ですら耐えた防御力でも、耐性無視の効果が乗った一撃だとダメージが通るはずだ。
《絶対おしおきハンマー!》
三倍の強化魔法がかかったクリムの攻撃が魔物に当たると、硬そうな甲羅にヒビが入る。あちこちをガンガン石のハンマーで殴っていくと魔物の体がゆらぎだし、やがてその姿を維持できずに消えていった……
その場に残されたものは野球ボール大の水色の魔晶と、黒くて禍々しい瘴気を放つ邪魔玉の二つだ。
「お兄ちゃん、邪魔玉を浄化してくる」
「マナ消費を抑えるために通常の強化に戻すよ」
真白の強化を浄化のみにして魔法を発動してもらうと、重苦しい空気が徐々に軽くなってくる。まさかダンジョン内にも邪魔玉が発生しているとは思わなかった。
一体いつここに現れたのかは謎だが、その邪気を取り込んで魔物が変質するというのは、冒険者にとって大きな脅威だ。聖域、三人の精霊王、そして妖精王と今回のダンジョン、これまで六個の邪魔玉を浄化したが、全部でいくつ生まれたんだろうか。
先の見えない作業を延々と続けるのは、精神的にきついものがある。
「リュウセイ君たちに来てもらって本当に良かった。こんなの国でいくら優秀な冒険者を派遣したって、解決は不可能だったよ」
「魔物が魔法を使えると見抜けなかったのはオレの失態だ、みんな本当に済まなかった」
「邪魔玉を取り込んで変質した魔物なんて今回が初めての事例だろうし、ソラとエコォウが気づいてアズルが防いでくれたおかげで誰も怪我をしなかったんだ。もう頭を上げてくれ」
「あんな魔法使える魔物、ダンジョン最深部の守護者級、こんな所で出る判断するの無理」
真っ先に異変に気づいてくれたソラ、そしてみんなを守ってくれたアズルの頭を撫でて、感謝の気持を伝えた。戻ってきたクリムと真白の頭も撫でると、嬉しそうに寄り添ってくれる。
ひとまず現時点の調査で判明している部分の解決はできたはずだ。あとは変種の発生がなくなれば良し、そうでないなら再調査になるだろうけど、その辺りはギルドや国の判断に任せよう。
3人の名前〝マキシマイザー〟は化粧品ではなく、コンプレッサー系のエフェクターです。
そして意外なところから、竜人族の新情報。
カメは顔の両側に目がついているので、見える範囲はかなり広いそうです。




