第172話 森林階層
砂漠の階層を抜けたあと、森を少し入った所で一泊し、いよいよ森林階で捜索を開始する。ここも砂漠と同じ一階のみの階層で、全てが森というわけではない。大きな道になっている部分は草が生えたり、地面が露出していて歩きやすくなっていた。
次の階に行くルートは二つあって、森の中を突っ切る危険なコースと、森の外縁部分を進んでいく遠回りのコースだ。それ以外の場所は、地図すら出来ていない未開のジャングルといった感じで、エルフ族がいないと遭難してしまうほどの広さがある。
効率的に捜索する方法については、精霊王たちとダンジョンに行くようになった時に教えてもらった、地上との違いを利用させてもらう。ダンジョン内では外にあるような大きな流れが存在せず、精霊たちもあまり動き回らないという特徴がある。つまり、その場にいる精霊たちに聞けば、この辺りに誰か来たかどうかがわかるという訳だ。
ここまでの道中で、出口へ向かうエルフ族を見たという話は聞けなかったから、まだこの階層に留まっている可能性は高い。
「さて、どの辺りから探すのじゃ、シェイキア」
「道路まで戻ってこられないなら、かなり奥の方にいると思うし、まずは中心に向かってみよっか」
「了解じゃ」
今日はシェイキアさんも弓を背負って、矢筒を腰に装備している。初めて見る姿だけど、スファレと同じように自然体に見えるのは、やはり実力行使を伴う仕事をしてるからだろう。
遠距離から弓とクリムの魔法で攻撃し、接近されたら隠密たちの短剣で対応するのが、この階における基本戦術だ。残りのメンバーは防御とサポートを担当、ギルド長とソラが危ない変種だと判断した時には、俺とライムが同化して対応する。
『精霊たちの話は儂らが聞いておく、お主たちは魔物に集中しておくといい』
『ダンジョンにいる精霊は少ねぇが、まぁ何とかならぁ』
『ここにいる精霊たちはみんないい子ですから、心配ご無用ですわ』
「危険な環境は引き続き私の方で警戒しておこう。ソラには魔物と魔力、それに人の感知を託そう」
「わかった、そっちは任せて」
それぞれの役割分担を再確認し、道から外れて森の中へと進んでいく。
かろうじて道と言えるような、草木の密度が低い部分を何度か渡っていくうちに、元の場所に戻れる自信はなくなってしまう。
「ダンジョンの森って、地上より迷いやすいのか?」
「方向感覚が狂いやすいように、木や障害物をものすごく意地悪な配置にしてるんだよ」
「ここに来るのは初めてじゃが、悪意すら感じるのじゃ」
「エルフ族の案内なしに入って、延々同じ場所を周り続けて全滅したなんて記録も、ギルドに残ってるぞ」
「木や地面、目印つてけもすぐ消える。長いなわ伸ばしながら入った人、戻る途中で消えてて迷った話ある」
「それって魔物がどこかに持っていってしまうんですか?」
「入った人、出られなくするためダンジョンが隠してる、そう言われてる」
「まったく、いやらしい性格をしておるのじゃ」
どこも同じようで微妙に変化している風景や、目印を使えなくするトラップのような存在は、確かに悪意のようなものを感じてしまう。中に入って欲しくないという意志なのか、探索する人を困らせて喜んでいるのか、ダンジョンというのは本当に不思議だらけだな。
「前から飛んでくる、数は三、ハチ型で大きい」
「そいつは遠距離から毒針を打ち込んでくる、それを防いだら攻撃手段が無くなるから、すぐ撤退するはずだ」
「私が障壁魔法で跳ね返してみます」
「うまく避けたものがいれば、われが弓で倒すのじゃ」
先頭に立ったアズルが三倍強化の障壁魔法をスタンバイすると、森の奥から不快な羽音を立てながら魔物が接近してきた。胴体の大きさがラグビーボールくらいあって、昆虫というより大型の鳥みたいだ。
なんの予備知識もなしに遭遇したら、まず間違いなく逃げる。怖いというより気持ち悪い。真白も嫌そうな顔をしてるので、きっと俺と同じ気持ちになってるんだろう。
ハチの魔物がアズルに向かって三体同時に毒針を撃ち込むと、障壁魔法に当たり発射した方向に跳ね返っていく。飛んできたものがくるりと反転して、撃った相手に向かう光景は何度見ても不思議だ。
一体の魔物には自分の針が命中して落下したが、残り二体は反転して逃げだした。それを見たスファレとシェイキアさんが矢を放つと、片方だけ命中して倒すことに成功する。遠ざかる魔物にクリムが魔法を発動したが、それも外れて奥へと飛んでいってしまった。
「弓の腕ではスファレちゃんに敵わないなぁ」
「森で鳥や動物をよく狩っておったからな、慣れの問題なのじゃ」
「私の魔法も当たらなかったよー」
「あの魔物が同じ方向に逃げようとしたってことは、近くに集団居住地があるかもしれん」
「やっつけたほうがいいの? トロボおじちゃん」
「なるべく潰しておいた方が他の冒険者の安全につながるが、どうする?」
うまく道案内になる一匹がいることだし、駆除に向かうということで意見が一致する。スファレの付与魔法で試してみたいこともあるから、巣のような場所があるなら好都合だ。
◇◆◇
逃げ出した魔物が向かった先には胴回りの太い巨木があり、幹の途中にあるウロの部分に住処があった。こうした集団生活をするのはハチ型やアリ型の魔物に、よく見られる習性らしい。魔物は子供を作ったりしないから、元になった生物の本能が反映されいるんだろう。
「魔晶は回収できなくなるけど、楽に全滅させられるはずだから挑戦してみようか」
「ちょっと楽しみなのじゃ」
「スファレちゃん、一体何やるの?」
「紫の彩色石を二つ使った、集団感染の実験なのじゃ」
同じ色の彩色石を二つ使うと強力な効果になることがわかっているが、毒に関しては触った相手に伝染することを発見した。途中で効果時間が切れる通常の付与と違い、永久付与だと周囲の魔物が全滅するまで感染を広げる。
倒れるまでの時間が体の大きさに比例するので、砂漠階で遭遇した魔物の群れなんかだと、物理で殴るほうが速い。しかし、この程度の大きさなら時間もかからないだろうし、都合のいい習性のおかげで一網打尽だ。
ダンジョンに生態系があるのか不明だが、こんなキモい魔物は絶滅させるに限る。
「もうオレは驚かんぞ、規格外大いに結構。殲滅、根絶、一掃、どれも素晴らしい言葉じゃないか!」
ギルド長はもう、半ばやけくそになってるみたいだ。今回は自重なしに色々やらかしているから、非常識な行為には目をつぶってもらおう。
「スファレ一人だけなら私の魔法で姿を隠せる、魔物の近くまで連れて行ってやろう」
「それは助かるのじゃ、よろしく頼むのじゃ」
俺から離れていったエコォウがスファレの肩に座って魔法を行使すると、その姿が完全に周囲と同化する。妖精王の祝福を受けたソラと、同じ種族が使う魔力の流れを感じるヴィオレしか気づけない、見事な隠形だ。
ウロに向かう一体の魔物にスファレの魔法が付与されると、その体が少し紫色に変色した。
しばらくは普通に出入りがあり、変色した体で出てきた魔物が何体か外で魔晶を落とす。やがてウロから魔物が出て来なくなったので、一匹残らず倒れたんだろう。
『この辺りに三人組の集団が来たようだ』
『更に奥へ向かっていったようですわね』
『つい最近だっつってるから、探してる連中に間違いねぇだろ』
「ありがとうございます、精霊王様。
貴重な手がかりが見つかったし、気をつけて奥に進もっか」
外に落ちた魔晶を拾い集めていると、近くにいる精霊の話を聞いてくれた王たちから、情報が伝えられる。無事どこかで救助を待っていて欲しい、そんな願いを込めながら森の奥へと進行を再開した。
◇◆◇
この階には、何かを飛ばしたり落としてくる魔物が多い。掴まったり登ったり出来る場所には困らないので、サル型の魔物が上から石を落としてきたり、クモ型の魔物が糸を伝って襲ってきたり、とにかく気が抜けない。ソラの索敵とアズルの障壁がなかったら、かなり苦労しただろう。
途中で何度か変種と遭遇したが、まだ同化の力を使わずに対処できていた。なにより、障害物が多く見通しの悪い森では、スファレとシェイキアさんの独壇場だ。針の穴を通すような正確な狙いで、木と木の隙間を縫うように飛んでいく矢の軌道は感動する。
「確かにこりゃ変種が多すぎるな」
「三人だとちょっときつかったかもしれないね」
「さっきのヘビもそう、図鑑に載ってないやつ」
「あの手の変種はやっかいな毒を持ってるやつもいるからな、マシロがいなかったら回避の判断をしていたかもしれん」
さっき出た魔物は縞模様の小さなヘビで、ソラとギルド長の知識に無いものだった。動きも素早かったので、クリムのハンマーで魔晶ごと叩き潰すという安全策を取っている。
それぞれの魔法や種族が持つ特技を活かせるのが、このパーティーのいい所だ。今回のような事態には、最善の人選だったのじゃないだろうか。シェイキアさんのことだから、その辺りもちゃんと計算してるだろうな。
「魔物の変種ってこんなに出ることはないんですよね?」
「難易度の高いダンジョンは比較的出やすいんだが、半日潜った程度で数体に出くわすなんてありえんな」
「コールおねーちゃんも見たことないんだよね」
「私は皆さんより少しだけダンジョンに入った時期が早いですけど、見たのは今日が初めてですよ」
「いったい何が原因なのかしらね」
真白の質問に答えるギルド長の渋い顔を見る限り、かなり深刻な事態が発生しているのは間違いない。もし調査に向かった人たちがそれを突き止めていたら、原因の排除にも協力するほうが良さそうだ。
「みんな、この先行ったとこ、青の反応三つ。一人寝てる、怪我してるかも」
「治癒魔法持ちが一人付いてるから、状態異常かもしれんな。急ごう」
「青の反応が出てるんだったら、まだ無事な証拠ね。良かったわ」
シェイキアさんはホッとした表情を見せて、ソラの指差す方に歩いていく。一時期預かっていた人たちだと言っていたので、内心かなり心配していたんだろう。
嬉しそうな顔でこちらを見上げてきたライムの頭を撫でて進んでいくと、ダンジョンの壁のような場所に到着した。一見なにもないように見えるけど、ソラの反応と精霊の案内があるから、この近くにいるのは間違いない。
「そこ、うまく隠してるけど、小さな入口ある」
「あそこだけ不自然だな」
『精霊の反応も同じだ』
ソラと王たちの指し示す場所を少し探ると、蔦状の植物に紛れて細い割れ目のような部分が見つかった。自然物をうまく利用した防護柵のようになっていて、この辺りは流石エルフ族だと感心する。
人が横になって通れる程度の通路が奥に続いていたので、慎重に進んでいくとすぐ広い場所に到着した。
コールの照明魔法が照らした先には、毛布の上で横になっている女性が一人、近くに座っている男性が二人いて、怪我をしている様子はない。
「お前たち、無事か?」
「ギルド長が自ら来てくれたのか」
「私もいるわよ」
「シェ、シェイキアさん」
「近くにいる人たちは、シェイキアさんの家にいる使用人と執事ですか?」
「違うよ、うちの家の関係者は隣りにいる隠密の四人だけ。残りの子は、あなた達の救出に協力してくれた、優秀な冒険者パーティーよ」
今日はメイド服と執事服に身を固めているので、そんな誤解はもっともだ。それにヴァイオリさんを見ていると、あの家で働いている使用人たちも相当実力がありそうに感じてしまうしな。
簡単な自己紹介をして、エルフの異性に何も反応を示さないことに驚かれたが、ここに留まっていた経緯を説明してくれた。
それによると、縞模様のついたヘビ型の変種に女性が噛まれ、発熱と同時に魔法が使えなくなってしまった。彼女は感知魔法を持っていて、それ無しにこの森を抜けるのは自殺行為だからと、安全な場所に留まって救援を待つことにしたらしい。
治癒魔法で傷はふさがったが、ポーションを飲んでも症状が改善せず、熱もずっと下がらないそうだ。恐らく変異種の持つ未知の状態異常効果だろう。
「私の治癒魔法で状態異常の解除をやってみますね」
「治癒魔法じゃそんな事はできないぞ?」
「シェイキア様が直々に頼み込んで来てもらった連中だ、コイツラに任せておけ」
「特殊な治癒魔法だから、悪影響とか一切ないよ」
「……シェイキアさんが、そのように言われるのでしたら、お願いします」
話し声で目を覚ました女性が、そう言って手を差し出してくれる。真白の負担を減らすために、一倍の強化に戻してから呪文を唱えると、女性はピクッと体を震わせた後に大きく息を吐く。
「……すごいわ、体のだるさが抜けて頭もスッキリとしてきた」
「魔法も使えるようになってると思いますから、試してみて下さい」
近くに置いてあったカバンから彩色石を取り出して呪文を唱えると、女性の顔が嬉しそうに変化した。これで状態異常は治ったはずだし、この階層の異常事態について情報交換を始めよう。
反射障壁と言っても重力の影響は免れないので、上から落ちてきたものを相手のいる場所まで跳ね返すなんて、斥力っぽい作用はありません。そういった物理現象の影響を受けない、状態異常攻撃なんかはその限りではありませんが……




